人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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114話 日の目を見ない天才

 7月20日(月)

 

 昼休み

 

 ~二年C組~

 

「期末の結果が張り出されたぞー!」

 

 廊下を駆け抜ける生徒の声を聞き、我先にと昇降口に向かう生徒たち。

 そんな行列を横目に、俺は二年生の教室を訪れていた。

 

「うん、これなら山岸さんから聞いてた通りでよさそうだ」

「お世話になります、平賀先輩」

 

 部活で会議していた“参考動画”を作るためだ。

 

「ううん、この前の試合では迷惑をかけちゃったし」

「その件はもう謝っていただきましたが……そういうことなら遠慮なく」

「明日から三日間よろしくね。ところで葉隠君は試験の結果、見にいかないの?」

「クラスメイトが確認に行くので、ついでに頼みました」

「そうなんだ」

 

 その後、軽く最近の話をしたり、先輩に体調を確かめられたりして教室に戻ると……

 

「…………」

「オワッタ……ナニモカモ」

 

 息はあるが、死体のようになった友近と順平の姿。

 まず間違いなく成績が悪かったのだろう。

 目に見えて暗いオーラを放っている。

 

 ……比喩じゃなく、本当に二人の周りが薄暗く見えるんだが……

 

「なんだこれ……」

「成績、相当悪かったらしいよ。前回がわりと良かったから油断してたんでしょ~?」

「「……」」

「ありゃりゃ、反応がないね」

「島田さん、追い討ちはやめてやれ」

 

 言われた瞬間に闇が濃くなったから、無反応ではないと思う。

 しかし島田さんには見えていない? ということは、オーナー側の何かだろうな……

 

「……影虎ぁ、お前の成績、見てきたぜ」

「どうだった……?」

「マエトオナジ。イチバンダッタヨ。スゴイネー……アハハハハ」

「お、おう、ありがとな」

 

 二人の闇がさらに濃くなっていく。

 順平は会話もままならない様子だ。

 そっとしておいたほうが良さそうだ……

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 ~放課後~

 

「オレッチ復活! なぁなぁ、今日遊び行かねー?」

「悪い、部活のほうで用事があるんだ」

「じゃしかたねーか……またな!」

 

 ……暗い色がまだ残っている。

 だいぶ薄くなっているけど、態度ほど完全に復活したわけではないんじゃないか?

 

『生徒の呼び出しを行います。 一年A組、葉隠影虎君。生徒会室まで……』

 

 例の物か。とりあえず受け取りに行こう。

 

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 ~校門前~

 

 生徒会室で学年一位のご褒美。十五万円の給付型奨学金を桐条先輩から受け取った俺は、部室から荷物を取って中等部の校舎へ向かう。今日は理事長もいなかったので気分良く歩いていると、中等部の校門前に二人が見えた。

 

「お疲れー」

「「お疲れ様です! 兄貴!」」

「おいおい…… 」

 

 中等部の生徒の目が集まる。

 なんだか噂をされているみたいだ。

 

「じゃあ兄貴、早速いきましょう」

「こっちっす!」

 

 二人の後について中等部の校舎を歩くが、やはり見られている。

 

「なぁ、本当にいいのか?」

「大丈夫ですよ、向こうの先生も許可してくれましたし」

「本人も会いてぇって言ってたっす」

「にしてはなんか、すごく見られてるんだが」

「そりゃそうでしょ」

「なんたって兄貴はあの真田先輩をぶったおした人なんすから」

 

 和田がそう言った瞬間、遠巻きに俺を見ていた女子が数人近寄ってきた。

 

「あの! もしかして高等部1年の葉隠先輩ですか?」

「そうだけど……」

「やっぱり!」

「前見た写真とけっこう違わない?」

「情報古いよ、テレビの撮影でイメチェンさせられたんだってさ」

「先輩テレビに出てるんですよね! 写真撮ってもらっていいですか!?」

 

 なんだこの感じ。写真?

 

「かまいませんが……」

 

 つい丁寧語になってしまった。

 女子の1人が出したケータイに手を伸ばす。

 

「君ので撮ればいいのかな?」

「お願いしまーす!」

「じゃあ……」

 

 カメラは起動されていたので、写真を撮ろうとすると

 

「ちょっと先輩、なにやってんですか」

「え? 写真を撮ろうと」

 

 そう言うと女子たちは笑い始めた。

 

「もー、私たちだけ撮ってどうするんですかぁ」

「先輩おもしろーい!」

「先輩も一緒に写るんですよ!」

 

 そう言って携帯電話が取り上げられた。

 即座に左右に並ぶ中等部の女子。

 そして何枚か写真を撮った後、彼女たちは嵐のように去っていった。

 

「……何だったのあれ」

「真田先輩は中等部でも人気なんすよ。だからあの試合はこっちでも注目してる奴らが多かったっす」

「だから真田先輩をぶったおした後は、こっちでも有名なんですよ。最初は真田先輩からの評価が高いって話から始まって、最近はテレビ出演もあったし。なぁ?」

「新人のアイドルと勘違いしてる奴もいるみたいだしな」

「そんなことになってんの!?」

 

 直接の交流が少ない分、噂が一人歩きしているらしい。

 

「俺の知らないところで、大変なことに……」

「まぁまぁ、事実は事実でちゃんとしてるし、いいじゃないっすか」

「それより着きますよ、兄貴」

 

 気づけば体育館が目の前にあった。

 高等部とあまり変わらない。

 

「でも兄貴、剣道にも興味あったんすね」

「中学の授業でやってたし、昨日ちょっとな」

 

 収録で一緒になった萩野さん。彼女がパフォーマンスの用意で竹刀を振っているのを見て、頼んでみたら彼女は快く指導してくれた。それほど長い時間はなかったが、指摘は的確。竹刀の扱いに限れば、間違いなく俺より上手かった。おまけに本番では本気で相手に打ち込む動きを記憶させてもらったし、今後の参考になるだろう。

 

 だが、その代わりにこう言われた。

 

『伝言を頼みたいんじゃ、月光館におる知り合いに』

 

 お安い御用と引き受けてから詳細を聞くと、その人とは大会で何度も顔を合わせているが、連絡先の交換はしていないそうだ。なんでも中学時代、自分より一つ下なのにとても強くて、大会に出るたびに競い合っていたんだとか。

 

 肝心の本人は俺と萩野さんの一つ下、中学三年ってことで二人に聞いてみた結果、すぐに分かった。

 

「その“矢場(やば)真琴(まこと)”って子が、まさか二人のクラスメイトだったとはね……」

「本当にクラスが同じってだけですけどね」

「萩野って名前は知ってたんで、間違いねぇっすよ」

「それはいいけど……なに、お前らその矢場さんと仲悪いの?」

 

 なんだか様子がおかしい。

 

「仲悪いってことはないですよ。ただ、あんま話さないというか……」

「なんつーか、嫌いじゃないけど苦手なんすよね……あいつの雰囲気っつーか。あ、でも悪い奴じゃないんで、会って行ってほしいっす!」

「ここまできて帰るとは言わないが……」

 

 こいつら、昨日からやけに俺とその子を会わせたがっている気がする。

 なぜかは分からないが……

 しかし二人がその子を苦手としている理由だけはすぐに分かった。

 

 

 

 

 

 ~中等部体育館~

 

 矢場(やば)真琴(まこと)

 第一印象はショートカットが爽やかで、中性的な美人。

 剣道部の主将を務めているようで、部員に指示を出してこちらにやってくる。

 その際に面を外すと、短い髪を振り乱すしぐさに女子生徒の歓声が上がる。

 そういうことか……

 

 彼女はある意味、桐条先輩と同じポジションにいる人間だ。

 

「はじめまして葉隠先輩! ボク、先輩に一度会って話してみたかったんです!」

「それはそれは……葉隠です。よろしくお願いします」

 

 男から見れば美人、女子から見れば王子様。

 対する和田と新井は、先日までサッカー漬けの青春を送っていた丸刈り男。

 女慣れしてない上に、相手がこれじゃそりゃ気後れするわ。

 それに

 

「ねぇねぇ見て見て!」

「静かに! 声が聞こえないよ」

「……真琴君と話してるの、誰?」

「葉隠先輩だよ、あの噂の」

「じゃ高校生? なんの用だろ……まさか告白!?」

「だったら部活中に話さないでしょ」

「それもそっか。でも真琴君やっぱりいいわぁ~」

「先輩と話してるから、いつもよりキリッとしてるよね~……ジュルリ」

「ああっ、真琴様ぁ」

 

 ……こっそり聞いてるつもりかもしれないが、ぜんぜん隠れられていない。

 彼女たちの目も気になるだろう。

 

「これ、よかったら部の皆さんで」

「ありがとうございます! 皆! 葉隠先輩からお菓子頂いたよ!」

『ありがとうございまーす!!』

 

 持ってきた荷物を近づいてきた女子部員に預ける。

 

「中身はサービスエリアで買ったお饅頭だから、早めに食べてね」

「ありがとうございます! ……うわー、見てちょっと!」

「これテレビで紹介されてたやつじゃん。どっかのサービスエリアでしか売ってないんでしょ?」

「こんなにいいんですか?」

「お土産用に買いすぎちゃったから、気にしないで」

 

 たまたま在庫を入れ換える時間に当たり、これだけ買ったら安くすると言われて多めに買ったものだ。先生方全員に配っても余るので、消費してもらえるとこちらも助かる。

 

「それで、萩野さんは?」

「“インターハイで待つ”だそうです。今年はおそらく会わないだろうからと」

「同じ大会でも戦うことはない、か……じゃあ来年までにみっちり鍛えないといけませんね。ありがとうございました。葉隠先輩。……ところで先輩は剣道に興味があるとか」

「少し。中学の授業でやってたから」

「じゃあせっかくだから、練習に参加しませんか?」

 

 彼女の体から、一瞬赤い炎が(ほとばし)ったように見えた。

 この流れには覚えがある。 

 

「失礼を承知で聞かせてもらいたいんだけど、強い相手に飢えてる感じはない?」

「? 言われてみると、ある、かも……なんで分かるんですか?」

「矢場さんみたいにいきなり試合を申し込んできたボクサーがいたからだよ」

「ボクサー……あっ」

 

 察したようだが、なんだか申し訳なさそうな表情をさせてしまった。

 そこまで言うつもりは無い。

 

「バイトがあるからそう長くはできないけど、少しなら平気だよ。俺のためにもなるし、邪魔でなければ」

 

 闘技場に通い始めたせいか、タルタロスの外でも戦うことに抵抗がなくなってきたかもしれない。以前の真田ほど嫌悪感を感じなかった。

 

「それはもちろん! こちらから誘ったわけですし……あ、皆はいい?」

『歓迎しまーす!』

 

 剣道部員一同は、俺が渡した土産を掲げて笑顔を見せていた。

 しかもよく見ると若くて影の薄い男性教師が生徒に混ざり、ゴーサインを出している。

 おそらく顧問。それでいいのか?

 

 とはいえ顧問の許可が出た以上、遠慮する必要もない。俺の参加できる時間が短いということで、矢場さんと向かい合って素振りをした後、すぐに試合を行う運びとなった。 

 

「用意はいいですか? 葉隠先輩」

「問題ない。準備オーケーだ」

 

 借りた防具を身につけて、気迫を漲らせた彼女と向かい合う。

 中間には審判として、影の薄い顧問が立つ。

 特筆すべきルールは二つ。

 ・試合の制限時間は十分(俺が行かなきゃならないギリギリまで)

 ・片方が中学生なので、突きの禁止。

 

「では、はじめ!!」

 

 開始の合図が出るが、矢場さんは攻め込んでこない。

 

 これはどうする……萩野さんと互角に戦えるなら、剣道の技術はおそらく矢場さんの方が上。だが、先輩として後輩に譲るべきなんだろうか?

 

 様子を見ていると、向こうが動いた。

 一足一刀の間合いから踏み込んで、竹刀が頭へ伸びる。

 

「ふっ!」

 

 振り上げた竹刀を横からぶつけ、後退しながら小手めがけて振り下ろす。しかし彼女は一度弾かれた竹刀を即座に戻し、小手への攻撃を防いだ。さらに弾かれた竹刀を俺が戻そうとする動きに合わせ、彼女は下をくぐらせた。

 

 

 直後に衝撃。竹刀を打たれた感触が手に伝わり、必要以上の動きが隙になる。

 

 ヤバイ

 

 そう思ったとき、体はすでに動いていた。

 体勢を低く、体の前まで引き戻した竹刀を腰の捻りで強引に滑り込ませる。

 

「胴っ!?」

「はぁっ!」

 

 体ごとぶつかるように押し返し、距離を離して今度はこちらから仕掛けた。

 だが結果は似たようなもの。

 

 萩野さんの指導で多少は良くなった自負はあるが、彼女ほどの繊細さはまだ持ち合わせていない。攻撃は的を捕らえることが無いまま、唯一勝っていた足捌きに実戦経験を合わせ、かろうじて一本をしのぐ状態が続き……あっという間に十分が経つ。

 

「そこまで! ……時間です」

 

 観客から拍手と歓声が湧き上がる中、作法にのっとって礼。

 面を外しながら近づいてくる矢場さんに、こちらも面を外して声をかけた。

 

「ありがとう、やっぱり強いな」

「こちらこそです! 葉隠先輩も十分強いと思いますよ」

 

 満足したのだろうか? だいぶ落ち着いた雰囲気になっている。

 

「兄貴ー」

「時間、大丈夫っすか?」

「そうだった」

 

 あまりのんびりしていると遅れかねない。

 

「それじゃ悪いけど、俺はこの辺で。今日の試合、だいぶ参考になった」

「ボクもなんだかスッキリした気分です。ありがとうございました」

 

 こうして剣道部を後にしたが……後で二人に話を聞いて驚いた。

 

「えっ、部員が剣道をやめる?」

「高校からは将来のために勉強に専念するって、副将とか三年の実力者が部活に参加しなくなったらしいですよ」

「矢場のやつ、それでこないだまで揉めてたんすよ。最近はライバル的な奴もいなくなって落ち込んでたみたいで。でも兄貴と試合した後はなんかスッキリしたみたいっす。あざっす!!」

 

 そんな事があったのか……というか

 

「お前ら、最初から試合をさせる気だったのか?」

「試合とかは考えてなかったっすよ! 兄貴に誓って!」

「というか会わせてからの事は何も考えてませんでした!」

「それはそれでなんで胸張ってんだよ……」

「いや、本人が興味持ってたし? 兄貴なら何とかしてくれんじゃないかと」

「どっからその信頼が沸いてきたんだ」

「ハハッ……実は俺ら、クラスじゃ席も近いんです。あいつは苦手だけど、いい奴ではあるんすよね……俺らがグレてた時、他の連中は何も言わずに離れていくだけだったっす。そりゃしかたねぇのは分かりますけど……あいつだけ違ったんで」

「教室に顔出すとすーぐ飛んできて真っ向から説教してきたし、なんだかサッカーやめた後の俺らみたいになってたんで目につくし。

 だから兄貴から連絡もらった時に思いついたんです。とりあえず会わせてみよう! って。電話もらったときに思ってそのまま」

「これで計画が行き当たりばったりじゃなければなぁ……」

 

 会わせるの一点張りだったのは、それ以外に何も考えがなかったからのようだ。

 

 二人の良い部分を見て、同時に抜けた部分も再確認した放課後だった。




影虎に謎の能力が目覚めかけている……
影虎は奨学金十五万円を手に入れた!
中等部での人気を知った!
中等部の剣道部部長、矢場(やば)真琴(まこと)と知り合った!

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