人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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117話 一学期終了

 7月22日(水)

 

 ~教室~

 

 四時間目の英語。

 担当の寺内先生が、誰を当てようかとクラスを見回している。

 クラスメイトが当てられないように身を縮める中、いつもは誰よりもそうする奴が胸を張っていた。

 

「あら……Mr.伊織? 珍しく起きていますね。次の会話を訳してくださーい」

「はいっ!

 “俺のハンバーガーを食べたのは誰だっ!?”

 “すみません、俺です。とってもお腹が空いてたので……”

 “今すぐ新しいのを買って来い!”

 “じゃあバイク貸してください”

 “仕方ないな……ほら”

 “いってきます”

 

 そんでもって二時間後……

 

 “戻りました”

 “遅いぞ! 何やってた!”

 “すみません、財布を忘れて。でもハンバーガーは買ってきました。どうぞ!”

 “おお! 俺のハンバーガー……冷めてるじゃないか! 道草食ってたな!?”

 “いいえ! 俺は買った後、真っ直ぐ歩いて帰ってきました!”

 “じゃあなんで冷めてるんだ!”

 “歩いて帰ってきたからです!”

 “……俺のバイクはどうした?”

 “財布を忘れたので、バイクを売ってお金にしました”

 “………………信じられない”

 “本当です”

 “不可能だ!”

 “可能でした!!”

 “……信じたくない”

 

 ボビーは呆然として動かなくなった……です!」

「エクセレント! Mr.伊織、完璧な和訳です! Exam(試験)の点が悪かったから心配でしたが……ちゃんと予習をしたのですね?」

「もちっすよ! ……てか本当にこれで正しかったのかよ。なんつー会話してんだこいつら」

「これはアメリカンジョークでーす。訳ができても、理解するのは難しいですね」

 

 アメリカンジョーク……?

 真偽はともかく、順平はちゃんと予習をしてきたらしい。

 昨日のアドバイスが役にたったようで何よりだ。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 昼休み

 

 昼食の買い出しを昨日の礼にと申し出てくれた順平に任せ、教室で待つ。

 その間、昨日買った本を読むことにした。

 

 “フードファイト心得”

 

 フードファイトとは何か?

 食物をより多く食べるための方法。

 食材ごとの満腹感の違い。

 日ごろからの練習と、基礎となる体作り。

 そして日本全国の大盛り有名店。

 フードファイトに関する知識を手に入れた。

 意外と大食いメニューを置いてる店はあるようだ。

 初心者向けは巌戸台にもあるらしい。

 美味そうだったし、忘れないうちに行ってみよう。

 

 “事務作業マニュアル”

 事務作業で抑えておくべきポイントが懇切丁寧に書かれている。

 派手さはないが、非常にシンプルかつ分かりやすい。

 これに従えば、書類作成も楽になりそうだ。

 

 “こんなにいらない英単語”

 始めて見る単語で内容の大半が埋め尽くされている。

 比喩表現や罵倒まで豊富。

 ネイティブと口喧嘩になったとしても、語彙力で負けることは無いだろう。

 相手が理解できるか分からないが。

 

「買ってきたぜー! おっ、昨日の本じゃん。持ってきたのか?」

「トレーニング用の重石にちょうどいいかと思ってな。暇ができたらこうして読めるし」

「……お前、そのスピードで読んでんの? 何か探してる単語があるんじゃなくて」

「前から似たことはできたし、ハイパー速読術って本を買って読んだから」

「速読……練習でできるようになるってマジ?」

「なんだったら本貸すよ、ついでに“違いの出る勉強法”もつけて」

「おっ! マジか、なら借してもらおっかな~♪ 今日の英語もズバッと答えられたし、オレッチ、勉強に目覚めちまったかもな!」

 

 この前までの暗さはどこへ行ったのか。

 今は太陽のごとく輝いている順平だった。

 ちょっと眩しいから、もう少し落ち着いてほしい。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~巌戸台~

 

「らっしゃい! カウンターどうぞ!」

 

 教材ビデオ撮影とバイトで腹をすかせ、やってきた中華料理屋。

 こじんまりとした店のカウンター越しに、中年男性の声が聞こえる。

 

「何にします?」

「ここに大盛り盛り(・・・・)チャーハンがあると聞いたんですが」

「あいよ! 大盛り盛り(・・・・)チャーハン一丁!」

 

 軽快な返事から中が慌しくなり、中華鍋に大量の具材が放り込まれていく。

 

「はいよっ! 大盛り盛り(・・・・)チャーハン一丁上がり!」

 

 チャーハンの大皿ギリギリの円周、そして40センチはある高さ。

 盛りに盛られたチャーハンが姿を現した。

 

「いただきます。……!!」

 

 怯まずにレンゲを入れて口へと運ぶ。

 具材の旨味が全体に染み渡っている。

 それでいてパラパラな米は重たさを感じさせない。 

 動き出した手は止まらない!

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「ごちそうさまでした」

「まいどありー」

 

 苦労も無く食べきれる量と味。

 入門メニューならただのおいしい食事だった。

 

「そこのチミ」

 

 ? 周囲には他に誰もいない……

 

「俺?」

「そうそうチミだよ」

 

 振り向いた先には小太りな男子がいる。

 ってかこいつ! 

 

「グルメキング……」

「なっ!? なんでボクのことを?」

「! あー、いや、その……」

 

 つい口にでた言葉に反応するグルメキング。

 もとい原作で“月”のコミュを担当する“末光(すえみつ)望美(のぞみ)”。

 

「ちょっと噂を聞いてたから」

「……そういうことか。ボクのファンなんだね?」

「はっ?」

「照れない照れない! さっきボクもお気に入りのメニューを食べてただろう? 初心者向けとはいえ良い食べっぷりだったから声をかけてみたんだけど……まさかボクを追いかけるつもりかい?」

「いや……」

「まぁ、チミがボクに追いつけるかは分からないけど……せっかくのファンだし、応援するよ。チミは学校も同じみたいだしね。その制服を見ればザッツ・オール! この出会いの記念に次のステップへ進むための店を紹介してあげようか?

 なにせボクはグルメキング! だからね。キングがキングたる食の奇跡を君に見せてあげるよ。おいしい店は……店、は……」

 

 グルメキングの顔色がおかしい……

 

「……大丈夫か?」

「お? おぉ……おおお!?」

 

 末光のお腹がうなり声を上げ始めた!

 

「なぁぜぇにぃ……ポ、ポンポン痛ぇ……! えぇ……えま、エマージェン……しぃ……!! ず、ずばぬ……ごちそぉ……また今度……!!」

 

 末光は走り去ってしまった。

 

「嵐のような奴だったな……」

 

 さて、稼ぎに行こう。

 今日は鞭打を試してみるか……

 

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 7月23日(木)

 

 夜

 

 ~アクセサリーショップ Be Blue V~

 

「こちら千五十円になります」

「ありがとうございました!」

「「……ふぅ」」

「大丈夫か?」

「平気。葉隠君こそ疲れてない?」

「私たちの監督と仕事に占いまでやってるじゃん」

 

 今日は岳羽さんと島田さんの研修初日。

 しかし二人は元々アクセサリーショップには慣れていて、商品の知識も持っていた。

 さらに島田さんは接客が上手い。本人と客層が合っているようで、アクセサリーの話が弾んでいた。ちょっとお客様とのお喋りが多い気もするが、仕事はしている。それにお客様は笑顔で何かしら買って帰っていく。

 

 岳羽さんは要領が良いとはいえないが、教えた仕事はまじめに取り組むし問題点も特になかった。

 

「えらそうなこと言うけど、二人は手間がかからないほうだと思うよ。たまにコンビニとかでやる気のないダラッとした店員見るじゃない? 万が一あんなのだったと考えると……」

「たまにいるよね、そういう人」

「いるいる、ひっどい対応の……ってか初日からそんな態度でやるわけないじゃん」

「それもそうか。んじゃ今後もそうならないことを願う。ところで、どう? 今日一日働いてみて、やっていけそう?」

「ばっちり! 仕事はまだ覚えなきゃだけど、楽しいし」

「オーナーも良い人だよね。最初すっごい驚いたけど……」

 

 よかった。これで俺が帰ってくるまでの代理を頼める。

 

「葉隠君の旅行っていつからいつまでなの?」

「7月31日の飛行機でテキサスへ行って、4週間で帰る予定。だけどバイトのシフトは9月からだから」

「つまり8月は丸々いないと考えればいいのね。了解っ! 私と岳羽さんに任せなさい」

「それまでは色々教えてもらうからね」

「オーケー。なんなら店の仕事だけじゃなくて、占いもやる?」

「そっちはいいって。葉隠君の占いって人気出てきてるんでしょ? 素人の私が代役とか、それだいぶチャレンジ行為だって」

 

 さすがに引き受けてもらえないか……

 

「! いらっしゃいませー!」

 

 無理強いせずに仕事に戻った。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 7月24日(金)

 

 終業式後

 

 ~教室~

 

「ねぇねぇ、夏休みどうすんの?」

「高校生にもなったんだし、ちょっと大人っぽい事したいよね」

「大人っぽい事って、彼氏作るとか? それともここでは言えないような?」

「やだ~、何言ってんの~」

「みさちん大胆ー」

「あっ、大胆といえば私新しい水着買ったんだけど~」

「なぁ、おい。女子も解放的になってるんじゃね?」

「俺らも負けてらんねぇよな」

「俺たちの明るい高校生活のために……」

「ああ、まずは資金調達だ!」

 

 皆もう夏休みのことで頭がいっぱいらしい。

 

「葉隠、ちょっといいか?」

「これから遊び行こうって話になったんだけどさ、お前もどう?」

「あんまり遊んだことないし、この機会にさ」

 

 宮本とクラスメイトの男子たちに誘われた。

 バイトもないし、夏休みは日本にいない。

 せっかく誘ってくれたんだから、遊べるときに遊んどこう。

 

「おっし! じゃあホームルーム終わったらいったん帰って、着替えて三時に現地集合でいいか?」

「巌戸台の“ストライク”なんだけど」

 

 “ストライク”

 正式名称はストライク10。ボウリング場を中心にダーツやビリヤード、さらに体を使ったさまざまなゲームができる複合エンターテイメント施設だ。

 

「巌戸台にもあるんだ」

「一軒だけだけどね。ほらここ、場所わかる? どこかで待ち合わせても良いけど」

「ん~……」

 

 携帯で見せてもらうと、行ったことのない地域だ。

 でも駐車場も完備されているし、住所が分かればバイクで行けるだろう。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 夕方

 

 クラスメイトとの交友を深めた後、現地解散になった。

 俺はバイクで向かったため、一人で気ままに帰ることに。

 

「……よってくか」

 

 目についた看板に従い、左折。

 駐車場にバイクを止めて、階段を上る。

 

 

 ~長鳴神社~

 

「ワン! ワウッ!!」

「おっ、今日は一人か?」

「ワフッ!」

 

 階段を上りきると、いきなりコロマルが飛んできた。

 

「今日はどうした? 何もしてないぞ、俺は」

「ワフッ」

 

 こちらの言葉は伝わっていると思う。

 しかし、返事が分からない。

 ……コロマルにも使えるかな?

 小型のメモとペンを取り出し、ルーンを書きこむ。

 内容は意思疎通、でもこちらの言葉は伝えなくていい。

 コロマルの意思を俺が受け止めるだけにとどめる。

 

「これでよし」

「ワフゥ?」

 

 ! おぼろげながら、コロマルが疑問を抱いているのを感じる……

 

「これか? これは、ちょっとしたおまじないだな」

「ワフッ」

 

 そういうものか、と興味を失ったようだ。

 そのままコロマルは俺が上ってきた階段に目を向けた。

 見ている。

 じっと見ている。

 階段を。

 

「……何かあるのか?」

「ワン!」

 

 ? 来る? ……誰かが来るらしい。

 

「もしかして、飼い主さんが来るのか?」

「クゥ~……」

「違うらしいな……じゃあ誰が」

「!! ワン!」

「あっ!」

 

 コロマルが急に走り出す。

 その先には……

 

「うぉっ、っと。おいおい、いきなり飛びついてくんなコロ。あぶねぇだろ」

「クゥ~ン」

「ま、次から気をつけろよ。それより今日も飯、持ってきてやったからな。腹いっぱい………………」

「……どうも、荒垣先輩」

「お前、いつからそこに……」

「コロマルが飛びつく前から、ちょっと!?」

 

 気まずそうに立ち去ろうとする荒垣先輩を急いで呼び止める。

 

「待ってください誰にも言いませんから! コロマルは階段の上でずっと待ってたんですよ!」

「ワンワン!! クゥ~ン……」

「……ちっ! 分かった」

 

 ため息を吐く先輩を連れ、境内へ。

 

「ほらコロ、ゆっくり食べろよ」

「ワフッ、ハグッ、ハグッ……」

 

 タッパーの中身は明らかに市販のものではない。

 

「……この前はあの後、どうした?」

「? ああ、真田先輩との」

「また変な迷惑かけてねぇか?」

「意外とあっさりしてましたよ」

「少しは絡まれてんじゃねぇか……」

 

 その後荒垣先輩は世間話を続け、コロマルが食事を終えるとそそくさと帰ってしまう。

 食事を作ってきたことに触れられたくなかったんだな、絶対。

 

「ワン! ワン!」

 

 たっぷりと食べたコロマルが、元気に境内を駆け回っている。

 一緒に遊んでみた。

 

 二人とちょっとだけ親しくなれた気がする。




影虎は末光望美と出会った!
影虎は島田と岳羽の新人研修を行った!
一学期が終了した!
影虎はコロマルと荒垣の二人と交流した!


次回の更新で、舞台を巌戸台からアメリカへ移す予定。
ここから夏休み期間はほぼオリジナルの展開になるので、
原作がまったく無い中で上手く書けるか、個人的にチャレンジします。

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