人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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118話 夏休み初日

 7月25日(土)

 

 朝

 

 ~自室~

 

「電話? 誰だろ」

 

 ランニング帰りで朝食も済ませたが、そこそこ早い時間帯だ。

 番号にも見覚えがない。

 出てみると、相手の声が聞こえない。

 

「もしもし?」

『ゴホッ……はがくれ……』

 

 咳? 間違い電話ではなさそうだ。

 

「もしもし? どちらさまでしょうか?」

『あ゛あ……しづれい……生徒会、ふぐっ会長の武田だ、ゴホッ』

「おはようございます、大丈夫ですか?」

『体調は悪い……その件で連絡、ゴホッ、させてもらった』

 

 あまり容態の芳しくなさそうな武田先輩が言うには終業式の後始末など、生徒会の仕事があるらしい。しかし先輩は体調不良でとても仕事に出られそうにない。ということで、代役を頼みたいとのことだった。

 

『葉隠の仕事ぶりは、前にも見せてもらった。ハァ……になら、任せられる』

「……わかりました。午前中は用事もありませんし、バイトの時間まででよろしければ」

『助かる……』

「それではこれから学校へ向かいます。お大事に」

 

 話すのも辛そうだったので、早々に電話を切った。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~生徒会室~

 

「というわけです」

「こちらとしては助かるが、いいのか?」

「午後まで用事はありませんから」

「そうか、ならありがたく手伝ってもらおう」

「じゃあ葉隠君はこっちの席ね。武将いないから遠慮なく席使っちゃって。そんでもって仕事はこれ」

 

 海土泊会長、やけに手際がいいな。

 

「遠足とか学校行事の前に張り切って、当日風邪で寝込んじゃう子っているじゃない? そんな感じで、武将って節目が来るとよく寝込むんだよ」

「あ、そういう人なんですね……」

「だいたい六割くらいの確率だね。だから事前に仕事を分担する用意はしてたわけ。普段バリバリ働いてくれるし、こういう時は私が働かないと。でも戦力があれば使うんで、そこんとこよろしく!」

 

 最初の仕事内容は生徒向けのプリント作成。

 作業の進みが以前よりも速い。

 

「会長、プリントはこれでどうでしょう?」

「………………うん! 問題ないよ。久保田くん、もう一枚のデータは?」

「できてます。このUSBに」

「ありがと。それじゃこの中にそのデータも入れて、コピーしてきて。それを全校生徒分に二枚一組で分けてくれる?」

「了解です」

 

 ……

 

 コピーしたプリントを分ける。

 用紙を扱う指先は滑ることなく、規定の枚数を一度で取り出していく。

 

「できました」

「オーケー、じゃちょっと待ってて。すぐ仕事できるから」

 

 待機している間に生徒会室を見ると、誰もが仕事に集中している。

 その机には資料と一緒に、中身の空いているカップが目につく。

 入っていたのはどれもコーヒーのようだ

 ……邪魔にならないよう、音を殺して席を立つ。

 

 海土泊会長はスティックシュガー一本、ミルクが一個。

 久保田先輩は砂糖なしのミルク一個。

 久住先輩は砂糖三本にミルク二個

 桐条先輩はブラックだな……

 

 カップ内に残るコーヒーの色、そしてソーサー周辺に残るごみ。

 そこから砂糖とミルクの有無と量を推察し、新しく入れたコーヒーにつけて配る。

 ごみと空いたカップを回収し、洗って戻ると新しい仕事の用意ができていた。

 

「葉隠、次は私の手伝いを頼みたい」

 

 今度は会議用の資料作成のためのデータ入力だった。

 書類の内容を記憶して、入力する地道な作業。

 

 最大限の効率化を発揮するために必要なのは、正しい姿勢。

 事務作業のためにさまざまな道具があるが、それを使うのは人間。

 人間である以上、作業を続ければ疲労が蓄積し、作業の効率を落としてしまう。

 姿勢はそれを軽減も倍増もさせる。

 

 “事務作業マニュアル”の知識が役に立った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~ポロニアンモール・路地裏~

 

 生徒会の仕事が早く終わった。

 しかしバイトのシフトまではまだ時間がある。

 どうしようかと考えた結果、ちょっと新人二人の様子を見ることに決めた。

 

 ドッペルゲンガーで服装を適当な物に、顔を闘技場用(ヒソカ)に変える。

 これならバレまい。いろんな意味で覆面調査だ。

 

「いらっしゃいませー……外国の人かな?」

「うはっ! 何あのイケメン。何か探してるのかな? 探しものがあるなら、案内したほうがいいよね」

「だね。言葉が通じるといいけど。いらっしゃいませ、何かお探しですか? 」

「ネックレスのチェーンだけ、買えますか? 昨日、金具が壊れてしまって」

「はい、それでしたらこちらのコーナーに」

「こちらへ! どうぞー♪ いらっしゃいませー」

 

 島田さんが興奮気味なのはともかくとして、応対はちゃんとしていた。

 

 

 ついでといっては何だが、時間があるのでシャガールにも行くと

 

「い、いらっしゃいませー……」

「山岸さん、五番テーブルの片付けお願い」

 

 慣れない様子で接客をするウェイトレス服の山岸さんと、軽やかに動く高城さんの姿があった。

 

 こちらもちゃんと働けているようだ……

 邪魔をしてもいけないので、そっとしておこう。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~アクセサリーショップ Be Blue V~

 

 失敗した。

 島田さんのヒソカへの食いつきがハンパない。

 恋愛感情はなく、単にイケメンへの興味なのが幸いだが……

 

「ねぇねぇ葉隠君! さっきさ、すっごいイケメンがお店に来たよ!」

「茶髪で外国人っぽい、でも日本語はちゃんとしゃべれて」

「なんかこのあたりじゃ見ないような人だった」

 

 お客様がいない時はずっとヒソカの話をしている。

 真面目に聞いていると喜びの黄色に熱意の赤が混じってこう……

 護符を作るほどではないけど、鮮やかすぎるオーラが目に悪そうだ。

 

「ねー葉隠君、聞いてる?」

「聞いてるー」

「絶対ウソだ」

「内容はちゃんと頭に入ってるって。というか、男がイケメンの話を積極的に聞きたがるのもそれはそれでどうよ?」

「一部の女子には人気が出そうだね。私はパスだけど。そういう話じゃなくて……ちゃんと話を聞いてくれない男は、女の子に嫌われるよ?」

「そういわれてもな……」

 

 だって俺の変装だもの。

 どうしても興味なんか出ない。

 

「そういう話は岳羽さんとしたらいいじゃない」

「ダメダメ。ゆかりちゃん、かわいーのにそういう話好きじゃないみたいだから。他人の話は聞くし応援もするけど、自分は絶対に男女交際お断りなんだよね。中学では告白受けまくりで、断りまくり。同性愛者でもないみたいだし、なんでだろ?」

「……さぁ? 考え方は人それぞれだし」

「そりゃそうなんだけどさー……! いらっしゃいませー」

「!?」

 

 店内におずおずと入ってきたお客様。

 彼女を見て、俺は一瞬とまどった。

 

「久慈川さん?」

「葉隠先輩!」

「あれ? 葉隠君の知り合い? まさか彼女?」

「違う。この前テレビの撮影で知り合った子だよ。アイドルの卵で、迷惑になるからそういう話は謹んでくれ」

「おっと、これはかなりガチめなトーンだ……ま、そういうことならしょうがないか」

「大丈夫ですよ。私、まだデビューもしてませんから」

「それはそうかもしれないが……ところで今日はどうして?」

「えっと、これ!」

 

 そう言って彼女が取り出したのは、例の雑誌。

 

「テレビ局で話してた時からポートアイランドってなんとなく聞いた事あったんですけど、これ見てわかりました。私が所属してる事務所からそんなに遠くなかったんです」

「そうなの?」

「巌戸台から七駅でした」

 

 となるとモノレールの乗り換えや待ち時間を含めても、一時間かからないな……

 

「奇遇だな。それをわざわざ教えに来てくれたのか?」

「……それと占いもお願いしたいんです。悩みができちゃって誰かに相談したいけど、学校の子とかにはできないくて。だから」

「そういうことなら引き受けるよ。個人としても、仕事としても」

 

 タロットの用意を整える。

 

「さて、まずは相談内容を聞かせてもらえるか?」

「……」

 

 なんだか言いにくそうだ。

 よく見ると暗いオーラも見えてきた……?

 

 なら、使用するのはピラミッド・スプレッド。

 下段に三枚、中段に二枚、上段に一枚のカードで三角形を作る。

 このスプレッドの下段の三枚は現在、過去、未来における問題の原因や状況を示す。

 

 一枚目:隠者の逆位置 キーワード:暗い性格

 二枚目:愚者の正位置 キーワード:変化 スタート

 三枚目:太陽の正位置 キーワード:未来の明るさ 発展

 

 なるほど。デビューが近い。それに伴う不安ってところか。

 

 彼女はもともと明るい性格ではない。

 そんな自分を変えるためにアイドル活動を始める。

 それを表すかのように、隠者の逆位置。

 悪い方向で閉鎖的なイメージが現れていた。

 

 そこに変化、未来の明るさと続けば簡単に分かる。

 

 だいたい原作の9月ごろには、クラブ“エスカペイド”でのシークレットライブをやろうとしてトラブルという話もあったと思う。練習期間を考えると、デビューまで一年を切っている可能性は高い。

 

 しかしこの内容だと……

 

「ここで話すのはやめておこう」

 

 オーナーに頼み、奥を使わせてもらうことにする。

 

「さて、問題はデビューが近いことに関する不安でいいかな?」

「嘘!? ……なんで?」

「カードに出てる」

 

 そういうことにしてカードの解釈を説明すると、彼女はゆっくりと語り始めた。

 

「実は今日、事務所の偉い人から私のデビューについて話があったんです。この前のテレビ局の見学も、将来自分が目指す場所を見せるためだったって……急に言われて……

 私、歌とダンスのレッスンはやってきました。デビューしていく先輩たちに、辞めていく先輩たち。たくさん見て、自分はどっちになるんだろうって考えたり、デビューして変わりたいって思いながら練習して……

 でも、本当にデビューできる日がくるなんて……私、このままデビューしてもいいんでしょうか?」

 

 目に浮かんだ涙が一滴、頬を通ってこぼれ落ちる。

 長い時間をかけても手が届くかわからない目標。

 それが突然手の届く場所に現れた。

 いざとなって、一歩踏み出せずにいるようだ。

 

 オーラには島田さんと同じ黄色や赤色も見える。

 しかしそれを大半を占める黒が塗り潰しそうな状態。

 

 デビューに対して喜びや熱意はあるようだけど……

 真面目で思いつめる性格なだけに、プレッシャーも大きいのだろう。

 しかし彼女は成功する。それはカードも示している。

 

 六枚目:星の正位置

 

「ピラミッドの頂点は、未来を示す場所。そしてこのカードには“成功”という意味がある。さらに最初に見た三枚からは、暗い過去から明るい未来への変化も読み取れる。今はそのための転換期、ということだ」

「成功するって、そんな簡単に」

「それだけの見込みがなければ事務所だってデビューはさせないさ。この前も言っただろ? ……それに、楽々とは言ってない。やらなきゃならない苦労もあるはずだ。それを乗り越え、成功にいたるまでのアドバイスもカードは示している」

 

 四枚目:正義の正位置 キーワード:誠実さ

 五枚目:節制の正位置 キーワード:忍耐

 

「清く正しく誠実に、身を慎んで辛抱強く。仕事を真剣にこなしていくこと」

「それだけ……?」

「それだけが難しい。できない奴もいるさ。……それに、前のテレビ局で俺を参考にするよう言われたんだろ? そのときの俺の評価ポイントは?」

「っ! ……ハプニングにもめげない、姿勢……」

「慣れてきて無自覚に手を抜いたり、なんてこともあるからね。そこは注意が必要だ」

「……そうすれば、やっていけるんでしょうか? 私、変わろうって決めたのに怖くて」

「不安だろうけど、アイドルをやりたいって気持ちはあるだろう? 怖いといっていても、じゃあ辞める! って言えない。それだけの熱意があるのが、久慈川さんを見ていて分かるよ」

「……」

「大丈夫。その気持ちと熱意に従えば良い。楽な道じゃないだろうけど、丁寧に仕事に取り組んで、自分を磨いていけば必ず成功する。それだけの能力が、素質が、久慈川さんにはある!」

 

 強く断言した。

 未来を知っているからこそできた曖昧さの一切ない、心からの一言。

 そこには彼女が目を丸くさせる効果があったようだ。

 

「……………………ぷっ、あはははっ!」

「……何かおかしかった?」

「おかしいって言うか……まさかそんな真顔で言い切られるとは思わなくて……ふふっ」

 

 笑いをこらえる久慈川さんを見ていると、だんだん恥ずかしくなってきた……

 

「……私、占いってもっと遠まわしで、当たってるのか当たってないのか分からない事を言われると思ってました。……だったら自分の好きなように解釈しよう。そうすれば自信……自分の不安を紛らわせることができるかも、って……ちょっと考えてたかも。なのに先輩、ズバズバッと断言するんだもの。

 ……でも心強かった。おかげで私、ちょっと元気でた。相談内容とか、当たっててビックリもしたし……まだ不安はあるけど、先輩のアドバイスを信じてアイドル頑張ってみる」

 

 どうやら良いアドバイスができたようだ。

 オーラの色も明るめの青を中心とした色合いに変わってきた。

 

「デビューが決まったら連絡するから、その時はライブ見に来てくださいね!」

 

 興味はあるし、その時は見に行く。

 約束をして、久慈川さんの占いを締めくくった。

 

 だがこの後

 

「ねぇ葉隠君。どうしてあの子の目には泣いた跡があるのかな~」

「女の子泣かすとか、ちょっとありえなくない? まさかとは思うけど……」

 

 変な疑いをかけられちょっと焦った。




「待て待て。二人とも、俺は責められるようなことは」
「そうです! えっと、なんて言ったらいいか……とにかく! 葉隠先輩はひどい事とかしてません。とっても優しくしてくれました!」

 その瞬間、岳羽さんの表情が凍った。

「とっても優しく……?」
「なんだか意味深……」
「ッ! 葉隠君、あんた奥で何やってたの!? 最ッ低!」
「どうしてそうなる!?」
「なんで余計に怒ってるの? 落ち込んでた私を励ましてくれただけなのに……」
「なんだ、やっぱその程度か~……てかゆかりちゃん、耳年増?」

 こんなやりとりがあったとか、なかったとか……


 当分機会がなくなるので、また唐突なりせちー登場でした。

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