人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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11話 戦わない影時間

 ~影時間~

 

 早く、早く、さらに早く。夜の街をひた走る。

 

「着いた……」

 

 到着したのはタルタロスではなく巌戸台駅。一度は寮に帰ったけれど、やっぱり封筒の行方が気にかかり、今度は周辺把握を全力で使って探してみる事にする。でもその前に……

 

「んぐっ、んぐっ……はぁ……」

 

 寮から持って来た缶ジュース、“純粋ハチミツ”を開けて乾いた喉に流し込む。

 

 味は……うん、ハチミツ味。果物とかそういう香料の入っていない純粋なハチミツ味。トロッとした感触はないのでハチミツ入りの水みたいな感じでゴクゴク飲める。回復効果はシャドウから吸う時のような実感が無いのでよく分からないけど、喉は潤う。要はただの美味しいジュースだ。

 

 まぁ、何処でも買えるジュースに高い効果があるわけないか。影時間が何らかの影響を及ぼして回復アイテムに変わるとか、そんな事もないみたいだし。

 

「さて……え~っと、お札一枚が大体0.01cmで十五万なら0.15cm。封筒の厚みを入れても0.2cmは越えない。いくらか崩していたとしても数枚だろうし……0.15から0.3cmくらいの厚みの封筒を探す、と」

 

 封筒の予想される厚みをできる限り明確にイメージしながら周辺把握の範囲を広げ、頭に流れ込む周囲の物体の形状に集中。……物体の表面を辿るように意識を向ければ小さな隙間の中も探れるな……おっ。自販機の下に封筒らしき物がある!

 

 すぐ駆け寄って手を伸ばし、中身の入った封筒を引っ張り出す。

 

「よっ……なんだ、十枚つづりの宝くじかよ」

 

 なんて紛らわしい。しかし自販機の下には宝くじだけじゃなくて小銭がたくさん落ちているようだ。手の届く範囲を掻き出してみたら十円、十円、五十円、十円、百円。あ、五百円も……こんなに出てきた。

 

「ネコババすれば結構たまるんじゃないか……?」

 

 そんな事を思いついた自分のセコさに苦笑いしつつ、見つけた小銭はちゃんと拾ってから、山岸さんと歩いた商店街へ向かう。

 

 叔父さんの所でバイトさせてもらうかな……

 

 

 

 ~巌戸台商店街~

 

 五円、一円、ビンの蓋。いかがわしいチラシに誰かの携帯……いろんな物が落ちている。普段気にしてないだけかもしれないけど、周辺把握で見つかる落とし物の多さに驚きだ。

 

 慣れて精度が上がったのか、徐々に物体の大きさや凹凸から物体の判別が出来るようになってきたな……特に小銭は数字が読み取れるから完璧に分かる。しかし肝心の封筒が中々見つからない。落としたんじゃなくて、盗まれたんじゃないだろうか?

 

 そう諦めかけた時、感知できる範囲に人が入ってきた。人数は二人、ストレガのタカヤとチドリだ。ゴスロリ服と上半身に服を着てないロン毛だと表面が特徴的で分かりやすいな。

 

 どうも向こうも俺に気づいているようで、まっすぐこっちに歩いてくる。軽く警戒しながら声を整え、奴らが来る方に目を向けて待つ。すると一分もしないうちに商店街の脇道から二人が出てきた。

 

「こんばんは」

 

 ……声をかけたはいいが、何かがしっくりこない。

 

「やっぱりあなただった……」

「こんばんは、意外と早く会いましたね?」

「こちらもここで会うとは思わなかった。今日は一人居ないな?」

「ジンなら仕事」

「復讐代行か」

「最近は依頼が増えてそれなりに忙しいのです。あなたは何故ここに?」

 

 そう聞いたタカヤはちらりと遠くに見えるタルタロスを見る。今日は行かないのかと言う事か。

 

「探し物をしていた」

「探し物?」

「金を落とした」

「なるほど。世の中、唯生きるだけでもお金は必要ですからね」

 

 俺がチドリへ落とした物が何かを答えると、タカヤはそう言ってから少し考え、口を開いた。

 

「もしよければ仕事を紹介しますよ?」

「何?」

 

 何か勘違いされてる?

 

「復讐代行の仕事か?」

「それがいいと言うのでしたら明日からでも復讐代行を頼みますが、他にも仕事はありますよ。我々は常に人手不足なので」

「普段はジンしか働かないから」

 

 それは人手不足じゃないだろ。大変だな、あのメガネ……しかし

 

「遠慮しておこう、生活には困っていない」

「そうですか、少し残念です。気が変わったらいつでもどうぞ。貴方は復讐代行に向いていると思いますから」

 

 俺が?

 

「何を根拠に」

「貴方があまりにもシャドウらしいので。この時間に選ばれなかった者に資格を与えるのも容易いでしょう」

「……棺桶を人に戻すという意味なら、やり方すら知らん」

「棺桶に自身のペルソナの力を注げばいいのですよ。ペルソナは我々が選ばれた者である証。その力の一端を注げば、資格無き者も一時的にこの時間で生きる資格を得ます。やり方は言葉で伝えられるような物ではないので、やる気があれば自分で感覚を掴んでください」

「そんな事を教えていいのか?」

「別に……秘密じゃない」

 

 マジで? かなり重要な情報だと思うけど、ストレガにとってはどうでもいいのか。そういえばこいつらは過去も未来もどうでも良いと思って生きてるんだっけ?

 

 うろ覚えの設定を記憶から引き出しても疑ってしまう。すると、それを察したタカヤが俺に聞いてきた。

 

「納得いかないのでしたら、対価として一つ聞かせていただけますか?」

「何だ?」

「貴方はあの日、何故滅びの搭に居たのですか?」

 

 どう答えるか一瞬迷うが、嘘もついてもすぐ分かるだろう。

 

「ペルソナの訓練をしていた。先日、シャドウに襲われた時に呼び出せるようになったばかりだからな」

「ほう……それは今後も続けるのですか?」

「そのつもりだ」

「何故です?」

「身を守るために」

「……滅びの搭から出てくるシャドウは少なく、どれも弱いものばかりです。搭のシャドウを騒がせる程度の力があるなら十分では? そもそも身を守るために危険に飛び込んでは本末転倒でしょう」

「……今は問題ないが、いつかさらに強いシャドウが現れるかもしれない。分からないからこそ、備えるんだ」

 

 そう言うと、タカヤはまた黙り込み、次に発された言葉に心臓が跳ねる。

 

「分からないからこそ備える……分からないと言うわりに、強いシャドウが現れる確信を持っているように聞こえますね」

「そうか」

 

 無言や慌てた否定は肯定のようなものだと自分に言い聞かせるが、心臓がうるさい。

 

「しかし、なるほど……」

「なにかあの搭に入ると不都合があるのか?」

「いえ、単なる興味です。おかげで初めて会った時から抱いていた違和感が何か分かりました。貴方は我々と同じく“死を受け入れた者”。しかし貴方は我々と違い、死を受け入れてなお生きようとしているのですね。

 ……搭については、戦い続ける事が貴方の“今”の生き方であるなら、止めませんよ」

 

 

 死を受け入れた云々は疑問が残るが……それより搭に入ってシャドウと戦う事は敵対理由にならないんだな。

 

 それから一人納得したタカヤは俺に「抵抗をやめるのも一つの生き方、死は誰がどんな生き方をしても平等に訪れる、違いは早いか遅いかだけ」と言い残し、チドリを伴って去って行った。

 

「ふぅ……」

 

 ストレガにタルタロスでの訓練を妨害する気がないと分かったのは大きい。影時間に人を落とす方法も知っておいて損はないが、だいぶ時間を取られた。……探索を再開しよう。影時間中に封筒を見つけられないと、いろいろな意味で面倒になる。

 

 

 

 

 

 ……ん? これは……

 

 探索を再開して十分ほど経った頃、封筒らしき物が感知できた。

 

「この中……だな、間違いなく」

 

 反応は商店街の隅に掘られた排水溝の中から。深くて暗いので肉眼では封筒を確認できない。格子状の蓋で塞がれているが、薄い封筒なら入りそうな隙間がある。

 

 問題は手が入らない事。そして入ったとしても届かない事。

 

「困ったな……ドッペルゲンガーで取れるか?」

 

 右手の五指から紐のようにドッペルゲンガーを伸ばして送り込んでみるが……

 

「あー、落とした」

 

 ドッペルゲンガーの細かい遠隔操作が思ったより難しく、そちらに集中しすぎると周辺把握の精度が落ちて目標の位置を見失ってしまい、周辺把握に集中しすぎると操作を誤る。

 

「伸ばすだけなら簡単なのに」

 

 クレーンゲームのような作業で封筒を取り落とすこと数十回。

 

「場所を確認、近づけて支えて……そっと引き上げ。いいぞ、きてるきてるそのまま、っ!」

 

 伸ばして封筒に巻きつけた五本の紐の動きが狂い、緩んだ拍子に縦穴の半ばまで持ち上がっていた封筒が下に落ちかける。

 

「っと! セーフ」

 

 反射的に一本を下に伸ばして支える事に成功。もう一度しっかりと封筒に紐を巻きつけ、今度こそ引き上げに成功。

 

「っしゃあ!」

 

 左手で掴み取ったのは桐条銀行と書かれた封筒。期待に胸を膨らませて中を確認すると、一万円札がきっちり十五枚。間違いない!

 

「見つけた~! っ、くさっ」

 

 喜びの直後、鼻についた匂いでテンションが一気に平常に戻った。

 

 いや、まぁ、落ちてた場所が排水溝だもんなぁ。雨とか水撒きで流されないうちに見つかっただけいいか。

 

「……もう帰ろう。トラフーリ!」

 

 探し物が見つかった以上ここに居る理由も無いのでスキルを使用。

 

 しかし戦闘以外にペルソナを役立てるのもいいものだ。戦うのとは違った達成感がある。

 

 そんな事を考えているうちに、俺は自分の部屋へと戻っていた。

 

 このスキルを使うたびに思う、一日一回しか使えないのが惜しい……使ってるうちに回数増えたりしないかな?




バイトの選択肢に、“危ない仕事”が加わってしまいました。

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