人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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122話 夏休みの方針

 夕方

 

 ~トレーニングルーム~

 

 約束していたトレーニングを受けられることになった。

 動きやすい服装に着替えて顔を出したところ、ボンズさんはまだ来ていないようだ。

 誰も居ない室内で、準備運動をして体を温めていると、近づいてくる。

 

「早いな、待たせてしまったか」

 

 待ったというほどではない。

 そう伝えると、早速始めてくれるようだ。

 

「私はナイフや銃を相手に、素手で対処する護身術を教えようと思うが……まだタイガーがどれだけ動けるかを知らない。とりあえず一度、組手をしてみよう」

「はい!」

 

 いきなりだが、戦ってみることになった。

 

「特にルールは定めないから、タイガーは自分のやり方で戦ってくれ。私はそれを私のやり方で受け止める。どちらかの降参か私のストップで終了だ。では、始め!」

 

 合図と同時に前へ出る! 

 

「っ!!」

 

 軽く目を見開いたが、ボンズさんは冷静に俺の腕を払って組もうとする。

 掴まらないよう腕を引き戻しながら、フットワークで位置を変えて回し蹴り。

 

「……」

 

 ……やりづらい。ボンズさんは特別なことを一切していない。

 ただとても静かに。そして的確に避けて、受けて、払われる。

 言葉にすればそれだけだが、堅実で攻めきれない。

 

「っ!」

 

 飛び込んできた。

 迎撃の突きをかわして腕が伸びてくる。

 伏せて避けるが、続いて覆いかぶさるように迫る体。

 地面についた手を軸に回転して逃れたが、当然のように追って来る。

 すかさず放った前蹴りが当たるも、蹴り足に手がかかった。

 

「はっ!」

「む……」

 

 完全につかまる前に。

 足を抱え込もうとしているところへ両足を投げ出すような蹴りで攻撃。

 生まれた一瞬の隙になんとか距離をとれた。

 

 ……得意な格闘戦なのに、ギリギリの戦いを強いられている。

 さすがに、一筋縄ではいかない! 

 

 打ち込まれた拳が腹に当たる。

 痛みを堪えて肘で叩き返す。

 こんどは少し距離が開いた。

 

 そして戦い続けた末に

 

「ぐっ!?」

 

 地面に組み倒されてしまった。

 逃げ出すようにもがくが、その過程で腕も固められてしまう。

 とても逃げられそうにない……

 

「参りました……」

 

 宣言すると、ボンズさんはすぐに俺の上からどく。

 だいぶあっさりと負けてしまったように思えてならない。

 

「そう落ち込むことはない。正直私は驚いているよ。見た限りタイガーの戦い方は護身に特化している。動きが身軽で読み辛く、踏み込みも攻撃もかなり速い。打撃戦と比べて組み合いには不慣れなようだが、それを自覚してできるだけ組まないように動いているのも見て取れた。

 護身のために一番の方法は“戦わないこと”“逃げること”そして少しでも危険から遠ざかること。それが君はできている。だから状況が違えば……たとえばここが室内ではなく市街地だとする。そして腕試しではなく喧嘩なら、おそらくタイガーは私から逃げることはできただろう。

 今は限られたスペースの中で逃げずに向かってくることを強いていた。そういう意味では状況における優位がまず私にはあったな。私もそう簡単に負けてやるわけにはいかんよ。

 あとはそうだな……もう少し相手の二手、三手先を読むことを心がけることだ。こればかりは経験だがね」

 

 息を整えたボンズさんは詳細な説明の後、今日は武器への対処を中心に指導をしてくれた。

 

「もっと飛び込むように。タイガーは防御の技術に自信を持っていい。反撃を受けても対応できる。防御の腕前があるからこそ安心して前へ出られる! それくらいの気持ちで!」

「はい!」

 

 射撃のときもそうだったが、ボンズさんの教え方はイメージしていた罵声が飛び交うような指導ではない。実践を交えながらの丁寧な指導で、護身技術への理解が深まった! 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~リビング~

 

「あっ、先輩だ」

 

 なにやらリビングに天田やジョナサンたち、それに安藤家の5人が集まっている。

 

「何してたんだ?」

「さっきまでジョージさんたちの演奏を聴いてたのよ」

「タイガーとダディはちょっと遅かったでーす。もう終わってしまいました」

「先輩はどこ行ってたんですか?」

 

 ボンズさんとトレーニングをしていたことを伝えると

 

「えっ!? それなら僕も……先輩だけずるいです」

「悪い悪い、さっき宿題やってたみたいだったからさ」

「すみませんボンズさん、うちの虎ちゃんが」

「ノープロブレム! タイガーは熱心で良い生徒だ。おぼえもいいから苦労しない。それより満足してもらえただろうか?」

「もちろんです」

 

 豊富な技を学ばせていただいた。

 

「よかったじゃねぇか、影虎」

「父さんの方は?」

「こっちもこっちで楽しんだよ。普段音楽なんて聴かねぇから技術がどうとかは言えねぇが……とにかくスゲェ、って感じだ」

 

 伝達力低っ! 全然伝わらない……

 

「音楽は心で感じるもんだって言うだろ。聴いて、スゲェもんはスゲェ! 難しいこと考えずに、これでいいんだよ」

「否定はしないけどさ、もっとこう」

「あー……ジョージさんはサックス。ロイドがキーボードで、エレナさんがギター。カレンさんが歌って、あのアンジェリーナちゃんがドラム叩いてました。みんな上手で、一体感があって、すごくかっこよかったですよ」

「おう、そうだそうだ。よく言った!」

 

 ちゃっかり小学生の天田に乗っかる親父だった。

 

「ヒヒヒ……影虎君ももう少し早く戻ってきていれば分かったでしょうねぇ。とてもすばらしい演奏でした」

「サンキュー、エドガワー」

「タイガーにはまた今度聞かせてあげるわ」

「なんなら一緒に演奏しましょうか?」

 

 褒め言葉をきっかけに、話に加わる安藤家の三人。

 その後ろで静かに頷くだけのジョージさん。

 よく見れば耳元まで赤くなっている。

 サングラス越しの無表情だが、どうやら照れているようだ。

 

「あら? アンジェリーナちゃんは?」

「それならさっき出て行ったけど」

 

 俺が話してるあいだにこっそりと。

 それはそれはびっくりするくらい静かに。

 正直、周辺把握がなかったら気づけなかったかもしれない。

 

「なんだ、また逃げてしまったのか」

「ははは……」

「おい影虎。お前、あの子に何もしてねぇんだよな?」

「特に心当たりはないけど」

「本当か? ……あの子な、俺らとはちゃんと話すんだよ。確かに人見知りっぽかったが、声をかけりゃゆっくりでも返事が返ってきた。だからよ、逃げるのはお前からだけだぞ」

「そう言われても困るって」

 

 何かするほど話す時間もなかったし……父さんが平気なら顔を怖がってるわけでもないだろうし……

 

「そうなるか……ってコラ。喧嘩売ってんのか」

「売ってない売ってない、事実だから」

「普通そこは冗談って言うとこだろ!」

「まぁまぁ、そんなことは些細なことですねー? でもダディ、カレン。本当にどうしてか分からない?」

 

 ジョナサンのストレートな質問に、家族の面々は困り顔になってしまう。

 

「……もしかしたら、タイガーがドクターに似てるからかも」

「ドクター?」

「アンジェリーナは体が弱い、だよね? カレン」

「そうよ。最近はそうでもないんだけど……昔は発作的に高熱を出すことが頻繁にあって」

「……不躾ですが、詳しくお聞きしても?」

「ただ体が弱いだけだ」

「そんな無愛想な言い方じゃ誤解されるでしょ、もう……パパが言いたいのは、持病はないってことよ。病院のドクターからはそう言われてたの」

 

 しかし高熱で倒れては病院に搬送されることは事実として何度もある。にもかかわらず検査では原因不明。処置も対症療法しかなく、心無い医師の言動に傷つけられたことがあったそうだ。

 

「人見知りは人付き合いの機会が少なかったのもあると思うわ」

 

 そういうことなのか……と、その場はそこまでで話は終わる。

 

 だが、部屋に戻る途中。

 

「影虎君、気づきましたか?」

「なんというか、何か隠してるっぽかったですね」

 

 所々でそんな感じがした。微妙に気になる。

 

「ですねぇ……嘘は言っていないと思いますが。まぁ体調に関する事であれば、他言したくなくても変ではないのですが。そういった雰囲気でもないようでしたし……どうします?」

「どう、とは?」

「ここにいるなら彼女とは何度も顔を合わせることになるでしょう。ですからこの件に関して影虎君がとれる道は二つです。仲良くなる努力をするのか。それともこの夏の間だけと割り切って、気にせずに夏休みを楽しむのか。

 まぁ今すぐ決める必要もありませんが、考え続けて夏休みを楽しみきれないのは勿体ありませんからね。ヒヒッ、では私はここで」

「おやすみなさい」

 

 言い残して、江戸川先生は自室に消えた。

 

 どうするか……ね。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 8月2日(日)

 

 午前中

 

「走れ走れーっ! もっとだ! いくぞ!!」

「っ! 飛んだ!!」

 

 体が浮かび、滑空を始める。

 インストラクターの指導の下、ハンググライダーを経験した! 

 理論と基本操縦の知識は得た。ハンググライダーの形状も記録してある。

 これならドッペルゲンガーで再現することもできそうだ。

 練習は必要だけど……

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

「タイガー、昨日弾いてた“情熱大陸”って曲を教えてよ。僕もキーボードで弾きたいんだ」

「残念だけど、楽譜はないよ」

「じゃあ録音させて! そこからなんとかするからさ」

 

 ロイド君に頼まれ、バイオリンの曲を弾けるだけ録音した。

 バイオリンもなかなか様になってきた。

 それに、なんだかこれまで以上に意思が伝わってくるような気がする。

 

「………………」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 8月3日(月)

 

 午前中

 

「3! 2! 1!」

「おお……」

 

 今日はパラグライダーを体験。

 昨日のハンググライダーよりものんびりと景色を楽しめる。

 

「上昇気流に乗ったぞ!!」

「高っ!! おおおおお……」

「どうだ? 景色が良く見えるだろう! 上昇気流の見つけ方はレクチャーしたな? どこにあるか分かるか?」

 

 パラグライダーで上昇気流に乗り、高度を稼ぐことを“ソアリング”と言う。

 “ソアリング”は大きく分けて二種類あり、風が障害物に当たって上昇する気流を使う“リッジソアリング”。熱による大気の滞留を利用する“サーマルソアリング”。

 

 前者は山や崖などの目印があるため発見しやすいが、後者は目に見えない大気の塊を利用するため難しい。……はずだが

 

「……あそこと! あそこ! 違いますか!?」

「オゥ! グレイト!! よく分かったな!」

 

 丁寧な事前のレクチャーとアナライズの処理能力のおかげで、自信は持てないが予測できてしまった。

 

「上手く見つけられた君にはサービスだ! 全部の上昇気流に乗ろう!!」

「うぉぉぉおおお!?」

 

 今日のインストラクターさんは、サービス精神が旺盛すぎやしないだろうか? 

 上昇からの旋回、下降、そしてまた上昇。

 自由自在という言葉がピッタリな、素人には不可能な機敏な動き。

 素人の俺はしばらく、空の上で振り回され続けた……

 

 なおそれで慣れたのか、その後に行った低高度でのパラグライダー操作練習では実にスムーズに進み、とても筋がいいと褒められた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 アメリアさんに射撃をさせてもらい、部屋に戻った直後。

 天田が訪ねてきた。

 

「先輩、ちょっとここの問題、教えてもらってもいいですか?」

「ん? どれだ……ああ、ここはな」

 

 天田の宿題を手伝った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 8月4日(火)

 

 午前中

 

「き、今日は前より高いですね……」

「ヒヒヒ、雲が近いですねぇ」

「ヘーイ、ドンウォーリー」

 

 今日はスカイダイビング。

 三日連続で空のアクティビティだが、どれも少しずつ違って面白い。

 ちなみに会社はボンズさんの知人(元空軍所属)が経営している。

 

「さぁ準備はいいか? 誰から行く? 一番に行く勇気のある奴はいないか?」

 

 インストラクターのリーダを勤める男性が軽く煽るように俺たちを見る。

 ……だったら

 

「「俺が先」」

 

 父さんと声がかぶった。

 

「影虎、お前は俺の後な」

「なんでよ」

「挑発されたっぽいのは分かった。となればここで逃げるわけにはいかねぇだろ」

 

 喧嘩腰とまでは行かないが、譲る気は無いようだ。

 親父、英語の聞き取りダメなのか。

 ……来年の転勤、大丈夫かな? ドイツ語ならイケる、なんてことも無いだろうし……

 

 そんな話をしているうちに

 

「最初は奥さんか」

「なにっ!?」

 

 いつの間にか母さんと女性インストラクターのペアが、飛び降りる用意をしていた。

 

「だぁっ、雪美に先越されちまったじゃねぇか」

「うふふ。お先に失礼するわね」

 

 仕方なく親父が次、その次に俺。

 次々に不意の落下を防止する金具を取り付け、飛行機の扉が開くのを待った。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~リビング~

 

「何ぃ? お前も強くなりたいってか」

「はい、龍斗さんは暴走族のリーダーだったんですよね? 喧嘩も強かったってきいて」

「たしかに俺の相手ができる奴は少なかったけどよ。影虎みたいなこと言いやがるな……つーか影虎はどうしたよ?」

「先輩には部活で色々教わってます。でもその先輩も龍斗さんと鍛えてたって」

「鍛えたっつーか、どつき合ってただけって言った方が正しいが……ま、いいか。喧嘩のやり方なら教えてやるよ」

「! いいんですか!?」

「どうせ相手はいじめっ子か何かだろ? 男ならガツンとやらなきゃならねぇときもあるわなぁ」

 

 天田は喧嘩のやり方を学ぼうとしている。

 名前で呼ぶようになっているし、父さんにだいぶ慣れてきたようだけど……

 

「いいか? まずガンのつけ方から行くぞ。殴り合いの前に相手をビビらすんだ」

「はい! えっと、ぶっころすぞー、とか言えばいいんでしょうか?」

「ダメだダメだ。無闇に物騒な言葉を使えばいいってもんじゃねぇ。どうしても言うなら言うで、もっと腹から声出せ。それより目つきをもっとこう……」

「こう、ですか?」

「いやもっと鋭く、こうだ」

 

 ……天田の教育に悪い気がする……止めるべきだろうか? 

 

 それからもう一つ。

 

「………………」

 

 リビングの扉に隠れて様子をうかがう俺の様子を、廊下の角に隠れたアンジェリーナちゃんが伺っている。こっちもこっちで、どうしたらいいのだろう? ……話しかけてみよう。

 

「!!」

 

 振り向いた瞬間に逃げられた……普通に傷つく。




天田の顔……
ワンピースでチョッパーの体にフランキーの精神が入る話、ありましたよね。
書いててあれが頭に浮かびました。

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