4月14日(月)
一週間の内、学校や仕事が始まる日。
今日を憂鬱だと考える生徒はきっと少なくない。
そんな月曜日の授業ももう半分は終わった。
昼食を済ませた俺は、昨日拾ったお金を山岸さんへ返すためD組に来ている。本当は朝に返したかったが、今朝は陸上部の部長が手のひらを返したように勧誘の件を謝ってきたので、応対してたら時間がなくなってしまった。
どうも桐条先輩の方から厳重注意をされて、俺が同好会を作ろうとしている事を知ったらしいが……江戸川先生に顧問を頼むほど追い詰めてしまったって何かね?
強引な勧誘についても謝られたけれど、それより江戸川先生の方を申し訳無さそうに謝っていた。それはもう、この先が不安になるくらいに……
まあ、もう済んだ事だ。陸上部ももう勧誘に来ないと言ってくれたし、今は山岸さんに……どこだろう? 窓から教室内を覗いてみても、山岸さんの姿を見つけられない。
「すみません、ちょっといいですか?」
「え? 何の用?」
「A組の葉隠といいますが、山岸さんは居ますか?」
「山岸? 見てないなぁ……」
「あっ、山岸さん帰ってきたよ。山岸さん!」
扉から一番近くに居た男子生徒に聞いたら、横から別の女子生徒が教えてくれた。おかげで山岸さんが俺に気づいて小走りで近づいてくる。
「木村さんに、葉隠君? どうしたの?」
「この人が用事だって」
「こんにちは、山岸さん。突然来てごめん。昨日の落し物を見つけたから返しに来たんだ」
ブレザーの内胸ポケットから、口を密閉できるポリ袋へ二重に入れた封筒を取り出すと、山岸さんは目を見開いて俺と封筒を交互に見回す。
「見つかったの!?」
「商店街のドブに落ちてた。湿って汚れてるけど、幸い中身が判別できるから銀行に持っていけば新札と替えてもらえるよ」
そう伝えると山岸さんは笑顔でお礼を言ってくれたが、すぐにまた何かに困り始める。
「なにかお礼しないと……。こういう時は一割かな?」
「いらない」
速攻で断った。別に礼金目当てで探した訳じゃないし、教室でお金、それも高額のやり取りするのはどうも……何よりその汚れた封筒から一割出されても困るって。
「でも! 見つけてくれたって事は、あの後で捜しに戻ってくれたって事だから何かしたいんです!」
「……じゃあ今度缶ジュースを奢ってもらうって事で」
山岸さんはお礼をすると引かないので妥協案を出し、今日も勢いで納得させて気が変わらないうちにD組を出る。
あまり高い物を女の子に奢らせるのも悪いし、変な気づかいで手料理を貰うのは避けたい。ほぼ初対面の相手にわざわざ手料理作る女子なんて居ないと思うけど、万が一あったら……まだ食べる勇気は無い。失礼だけど、美味しくもないだろうし。
でもD組での様子を見た限り、まだ山岸さんへのいじめは始まっていないみたいだ。山岸さんの名前を出しても周りからの忌避感や変な関心は向けられなかったと思う。
いじめなんて無いに越した事はないけど、来年には始まるんだよな? ……気分悪いけど、始まる正確な日や原因が記憶に無いし、始まってからじゃいじめを辞めさせるのは難しいだろう。それに下手に防いで山岸さんの特別課外活動部への入部フラグをもしもぶち折ったら、きっと特別課外活動部は詰む。
ナビゲーション無しでのタルタロス攻略とか無理だろ。最終決戦どころか、恋愛とか皇帝の大型シャドウにも勝てるかどうか怪しいぞ。
どうにか辞めさせたとしても、いじめ問題とは関係なく勧誘がくれば……原作では体が弱いってことで勧誘する前に諦められたか? いや、それもいじめを苦にして休みがちになったのが原因だから…………ややこしい!
成り行きとはいえ山岸さんとは顔見知りになったんだ、これから時々様子を見ておくしかないか……
問題を先延ばしにした俺が教室に戻ると、にやついて物凄く気持ち悪い目をした友近と順平が待ち構えていた。
「……何?」
「いやいや、影虎も隅に置けないなぁ。俺ら見たぜ、D組の女の子を呼び出して話してたとこ」
「儚げで可愛かったじゃん? 影虎って、ああいう子が好み?」
うっわ、面倒くさっ!
「見てたのかよ……」
「そりゃもう、葉隠君、って名前呼ばれたとこをばっちりと」
「邪魔しちゃ悪いと思って、声かけずに順平とすぐ教室戻ったけどな」
じゃあ会った所でその後を見てないのか。
へんな誤解をされても困るので、二人に事情を話して特別な関係ではない事を説明する。
「じゃあさ、影虎の好みってどんな女子なんだ?」
「また唐突だなぁ。そういう友近はどうなんだ?」
「俺? 俺はやっぱりお姉さん系だな。 同年代も悪くは無いけど、やっぱガキっぽいっつーか……」
適当に聞き返したらなんか語り始めた……年上好きは知ってるよ。
「じゃー次は順平」
「俺!? ん~、俺は特にねーけど……後輩の女子に先輩、って呼ばれてみたいってのはあるかな」
「順平は年下か~、なら影虎、お前は? 年上、年下、どっちだ?」
ばかばかしい話だけど、とりあえず考えて答える。
「その二択だと…………年上かな?」
「おっ! わかってるな影虎! で、どの位まで?」
声を潜めて先生くらいと答えると、友近がうれしそうだ。
俺の場合は年上好きというより、この世界に来る前の年に近いからなんだけどな。
今の同年代の女子、例えば山岸さんや岳羽さんも可愛いとは思う。
付き合おうとはいろいろな意味で今は考えられないけど。
そんな話に付き合っていたら、後ろからあきれた様な声で呼ばれる。
「ちょっと葉隠君、バカ話してるとこ悪いけど、お客さん来てるよ」
「お客? 誰……」
振り向いて声の主である西脇さんを見ると、手で扉のほうを指していた。そのまま視線を扉に移せば……
「失礼する」
俺の顔を見て、ざわつく教室に一声かけて颯爽と入ってくる桐条先輩が見えた。
「おはようございます、桐条先輩」
「おはよう、葉隠君。歓談中にすまない。五時限目も近いので早速話に入らせてもらうが、君のパルクール同好会の申請が週末中に通った」
「えっ!? もう通ったんですか!? 活動内容に反対とかは……」
「活動内容には、無かったな」
活動内容には、ってどういう意味か聞こうとしたら、先に桐条先輩に放課後の予定を聞かれてしまう。
「特に用事はありません」
「そうか、なら今日の放課後に生徒会室に来て欲しい。パルクール同好会に割り当てられた部室と練習場所まで一度案内する。少々離れた場所に決まったのでね」
「わかりました、放課後に伺います」
そう答えると図ったように予鈴が鳴り、桐条先輩は満足そうに頷いて俺に一声かけ、来た時と同じように颯爽と教室を出て行った。……っと、五時間目の用意をしないと。
~放課後~
「待たせたな」
「お忙しいところをありがとうございます」
約束通りに生徒会室を訪ね、書類を片付けた先輩と合流した。
早速部室に案内されるが
「桐条先輩だ!」
「ああ、きょうもふつくしい……」
ただ廊下を歩くだけで桐条先輩は視線を集めまくる。ついでに先輩について歩く俺にも視線が向けられる。先輩はこの視線が当たり前のように気にする様子が全く無いけど、俺はちょっと勘弁して欲しい。
「葉隠君、部室や活動について歩きながら説明をしたいのだが、いいか?」
「はい、お願いします」
「ではまず活動内容は君が書類に記入した内容で構わないが、校外活動を行う前には顧問の江戸川先生に連絡を入れる事」
「それは当然ですね、活動予定や活動報告書などは提出しますか?」
「報告書は顧問の先生に週に一度の提出が義務となっているが、予定は不要だ。人数の少ない同好会では部員の都合で予定が変わる事もあるからな。代わりに一週間の活動回数と活動日を決めてくれ」
「週に何回位がいいのでしょうか?」
「顧問の先生と相談の上で決めてもらう事になるが、大抵の部は二回か三回だ」
こうして説明を受けながら歩いていると校門前の下駄箱に着き、先輩から靴を履き替えるようにと言われる。とりあえずは指示に従って靴を履き替えるが、外に出るのか? 再度合流した先輩に聞いてみると、先輩は困り顔で教えてくれた。
「君に割り当てられた部室というのは、“月見の搭”が稼動していた頃に倉庫や職員の休憩所として使われていた建物なんだ」
「月見の搭、って天文台ですよね?」
「その通りだ。実は部活動の設立が認められた後、部室の割り振りに江戸川先生が幾つかの注文をつけ加えてな……何を考えて希望を出したかは分からないが、その休憩所が君と江戸川先生の希望に合致したため、割り当てられたというわけさ」
江戸川先生の希望なんて、不安しか感じない。というか部室の割り振りに先生の希望って入れられるのか? まぁ、俺の希望を聞き入れてくれてるんだから、おかしくもないか。そう考えながらも、どこか引っかかりを感じたので聞いて見ると、桐条先輩の眉間の皺が深くなる。
「私にも分からない。君から預かった書類を職員室に提出し、結果が返ってきた時には休憩所が部室として割り当てられる事が決定していたんだ。
天文台と共に使われなくなった建物とはいえ、部室として割り当てると聞いたときには私も驚いた。校舎内に空き教室もある筈だが……」
「江戸川先生が何かしたんでしょうか?」
「……そうかもしれないな。江戸川先生には謎が多い」
「否定しないんですね……」
話せば話すほど江戸川先生の謎が深まり、これからの部活動に一抹どころじゃない不安を抱えながら歩くと、だんだんと高等部の校舎から中等部の校舎に近い林の中へ、細い道を分け入る。
それから数分で林の中にひっそりと建てられた一軒の平屋が見えた。建物はシンプルだけど部室というには大きい。材質はたぶんコンクリート。所々に塗装が剥がれた部分や汚れが目に付くけれど、ヒビや傷はぱっと見た限り見当たらない。
「こんなに立派なところを使っていいんですか?」
「経緯はともかく、正式な手続きで割り当てられた部室だ。古い建物だが使用に問題が無い事は確認してある。遠慮なく使うといい。今鍵を」
先輩がポケットから鍵を取り出そうとしたその時。平屋の扉から音が鳴る。
「鍵が開いた?」
俺が呟いた言葉に答えるように、錆びた蝶番がやかましい音を立てる。静かな林で、古い建物の扉が、音を立ててゆっくり開く。まるでホラーゲームにありがちで不気味なシチュエーションに、俺と先輩の目は扉へ集中する。
そして、大きく開いた扉の先には
「ヒッヒッヒ……ようやく来ましたね、影虎君……ヒッヒッヒ」
普段通り、いや、普段の三割り増しで不気味に笑う江戸川先生が立っていた。
次回、部活動初日。