人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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130話 

 ~影虎視点~

 

 十階まで到達。

 ここまでいい調子で登って来られたが、ドッペルゲンガー越しでも熱気を感じるようになってきた。火の粉が降り注ぐ中を突き抜けて十一、十二、十三階を突破。

 

 ……だいぶ人が集まってるな……

 

 野次馬から注目が集まっている。

 消防隊は大騒ぎ。落下に備えてマットの用意を始めていた。

 落下……不安が頭をよぎるが、それで手足の動きを鈍らせてしまえば本当に危ない。

 火元の階への到達も間近。耐火の魔術と防煙の魔術を発動。

 すべては時間との勝負だ。

 

 十六、十七階は火が近く視界も悪い。

 だが魔術で生まれた気流が煙と熱を受け流せている。

 焦げ臭さは感じるが煙は吸わずに…………届いた!

 

『オォオオオオーーーー!!!』

 

 問題の窓の下へたどり着いた瞬間、野次馬からの歓声が上がる。

 いったい何人集まっているのか、距離をすっ飛ばしてこの耳に届くほどの大声援。

 

「っと、聞こえるかー!? 大丈夫かー!?」

「ヘ、ヘルプ……」

 

 窓越しに声をかけると、弱弱しい声が返ってきた。

 まだ意識がある!

 だが喜んでもいられない。

 周辺把握によると窓の先は個室のトイレ。

 扉の先は障害物らしき物が積み重なっている。

 生存者は男の子一人。この体格なら窓のガラス板を取り除けば通り抜けられそうだ。

 

 とりあえずドッペルゲンガーで体を固定しッ!?

 

『キャーーーー!!?!??』

 

 轟音。炎。衝撃と錯覚するほどの強風。

 それらが突然襲い来た直後、悲鳴を聞いた俺の体は、浮いていた(・・・・・)

 

「ヤ、バッ……!」

 

 爆風に煽られた。

 手足がビルから離れている。

 届けと願い、苦し紛れに手を伸ばした手は宙をさまよう。

 目標の窓も遠ざかる。

 このままでは落ち……

 

「てたまるかァアアア!!!」

 

 槍貫手。苦し紛れに放ったそれが、一階下の窓を貫いた。

 次の瞬間、左肩に締め付けられるような痛みがはしる。

 

「っ! ……っぅ……助、かった……?」

 

 貫いた窓枠に、抜き手の指先を曲げて引っ掛けられた。

 かろうじて落下だけは阻止。

 ……落下のエネルギーを左腕一本で支えたせいか、少々痛む。

 けど、この状況では動かさなければならない。

 まずは新しい足場に……

 

『オォーー……』

 

 ぶら下がる腕と体を振り子のように慎重に揺らし、無事に足場を確保すると野次馬からはやや小さな安堵の声が上がった。

 ……てっきり死んだと思ったんだろうな……俺も一瞬考えた。

 今のはペルソナ使いじゃなきゃ死んでる。

 というかドッペルゲンガーじゃなかったら死んでた。

 

 なんとか元の場所に戻り、先端を鉤にしたドッペルゲンガーを数本窓の中に送り込む。これで体の固定は完了。

 

 窓は金属のパーツの端をL字に曲げることで、はめ込んだガラス板を固定している。

 ガラス板にはワイヤーが入っているので、叩き割ることは難しい。

 一枚ずつ外そう。手の一部をバールのようなものに変形し、固定箇所に差し込む。

 

 ……俺は何をやってるんだろう……

 こんな事、俺がするべきことじゃない。

 そう思っていたはずなのに、結局ここまで来てしまった。

 一回は死に掛けたのに、戻ってきた。

 何でそんなことをするんだろう……

 人助けと考えれば良い事だと思う。

 けど自分の命まで賭けたりはしなかったはず。

 そんな事をすれば、ドッペルゲンガーも暴走しかねない……

 と思ったけど、今は暴走している感じはしない。

 訳が分からない。ただ体だけが何かに突き動かされている。

 

 考える間に最後の一枚が外れた。

 

「大丈夫か!」

「ぁ……」

 

 男の子はまだ息がある。倒れている位置は窓のほぼ真下。窓からの換気で煙の少ない位置に頭があった。意識は朦朧としているが、返事ができるならあまり煙は吸っていないのかもしれない。

 

 熱にやられて汗だくな少年の体にドッペルゲンガーを巻きつける

 先日のアクティビティで使った固定器具と同じように。

 上半身、腰、股下をガッチリと固定。

 俺一人の体重を腕一本のドッペルゲンガーで吊れることは、奇しくも証明された。

 

 紐を伸ばし、先に俺一人が外へ。

 この窓には二人で通れるほどの大きさはない。

 

「いくぞ!」

 

 体を固定し、全力で少年を引きずり出す。

 

『ワー!!!!』

『よくやったー!!』

『早く降りて!!』

 

 野次馬が沸いた。

 とにかく大騒ぎする野次馬の中に、拡声器か何かで叫んでいる人もいるようだ。

 早く降りよう。

 

 少年をしっかり背負った状態で固定した所で、拡声器の声がもう一つ増えた。

 

『そこのピエロ! こちらが見えるか!?』

 

 声の元は、はしご車に乗った消防士だ。

 こちらに向けて車自体が真下へ移動してきている。

 手を振って返事をした。

 

『これからそちらへアームを最大限に伸ばす! ただちに下りなさい!』

 

 険しい顔をした中年消防士からの指示に従って、ビルを降りることにする。

 

 ……

 

「っ」

「子供は!?」

「……場所が良かったのか意識も少し」

 

 固定器具に偽装したドッペルゲンガーから少年を解放しつつ、変えた声で簡単に状況を説明すると、男性は子供の介抱と連絡を始めた。もう俺の出る幕はない。

 

「ぁ……」

 

 男の子がこちらを向いた。

 何かを言おうとしている?

 

「何だ? 無理は」

「ぁ……り、が……と」

 

 ……ありがとう、か。

 ……何かが違う気がした。

 

「ちゃんと誰に助けられたかを認識できている。これなら大丈夫だろう」

 

 専門家の判断を聞いて一安心。

 

「こちらこそ、ありがとう」

 

 同時に変な事を言ってしまった。

 訂正しようかと考えたところで男性がこちらを見た。

 いけない。

 

「君……」

「それでは失礼」

「あっ! 待ちなさい!!」

 

 静止を振り切り、すばやくビルに飛び移る。

 

「こらっ! 戻りなさい! そこは危ない!」

 

 狭い足場の上をあちらの手の届かない位置まで移動。

 

「申し訳ありません。私が貴方がたの職分を侵し、危険な行為に及んだ自覚はありますが……このまま降りて捕まるわけにはいかないので」

「待てっ!」 

 

 そのまま隣のビルへ飛び移り、全力で現場から逃げた。


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