人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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今回は四話を一度に投稿しました。
前回の続きは三つ前からです。


131話

 夜

 

 ~トレーニングルーム~

 

『火災現場に謎のピエロがあらわる!』

『高層ビル火災から少年を救出』

『少年を引き渡した直後に忽然と姿を消したピエロ。未だ見つからず』

『ビルの間を飛び越えるとは信じがたい身体能力ですな』

『“ブラッククラウン(黒いピエロ)”はこの世に舞い降りた本物のヒーローなのか!』

『少年は社員の息子で、家庭の事情で仕方なく親が連れてきていました。出火の際は急な取引先からの呼び出しで世話を部下に頼み、会社を離れていたとの事です』

『落下を阻止した“伸びる手”の他、少年を保護した消防官からは少年を担いで降りるため最低限の装備が付いているのを見たとの証言があり、あの服装は特殊なモビルスーツではないかとの見方もあるようですが……』

『装備? そんな事は問題じゃない! あんなやり方は間違っている!』

 

 器具を使う俺の横で、先生がチャンネルを回す。

 しかしどの局でも昼間の事件の報道ばかりだ……

 

「ヒッヒッヒ……派手にやりましたねぇ」

「やっぱり気づかれましたか」

「私は君ができる事は教えてもらっていますからね。それに、エレナさんの様子もおかしかったですし……現場までは一緒にいたんでしょう?」

「ああ……帰ってきてから、アンジェリーナちゃんと姉妹だなぁって感じでしたね」

 

 あの後合流したエレナは何も言わなかったが、俺を疑っているようだ。

 妹と同じく物陰から様子を伺っている事が何度もあった。

 

「家族は行動も似るといいますからねぇ……それはともかく、何か怪我や体調不良などはありませんか? みたところ普通に動けているようですが……」

「特には」

「左腕は? 片腕一本でぶら下がっていたでしょう」

「最初は少し痛みましたが、もう何も」

「念のため診ておきましょう」

 

 上を脱いで左腕を見せる。

 

「ふむ……骨や腱に異常はないようですね。高所からの落下を片腕一本で止めるなんて、脱臼くらいはしてもおかしくないのですが……あの服が全身を包んでいた、となると上手く衝撃が分散されたんでしょうか……なんにしても無事で何よりです。しかし、どうしてまたあんな事を?」

「正直……よく分かりません。自分でも消防隊に任せるべきだと思ったんですが、気分が悪くなってきて、そのまま」

「なるほど……影虎君、私は以前から様子を見ていて思った事があります。君は“サバイバーズギルト”という言葉を聞いたことはありませんか?」

「災害から生き残った人が感じる罪悪感、でしたっけ? 名前だけで、詳細まではあまり」

 

 サバイバーズギルトと聞いて、まず思い浮かぶのはFateの衛宮士郎。

 しかし俺はあのキャラとは程遠いと思うが……

 昔は病院にかかったこともあるが、それは影時間への恐怖からだった。

 何よりもう克服したんじゃないか? 普通に生活もできていると思う。

 

「日常的に聞くような単語でもありませんし、それくらいの認識があればいいでしょう。付け加えるならば、その罪悪感が行き過ぎて生活に支障をきたす。あるいはPTSD(心的外傷後ストレス障害)を起こす場合もある事です。

 ……君はかつてポートアイランドの事件を事前に知っていたと言っていましたね」

「確かに。ですが、知っていただけで経験したわけじゃありません。俺はただ何もせず見ていただけで」

「それです」

 

 先生はビシッと指を突きつけてきた。

 

「“助けられる人を見捨てた”“何か方法があったかもしれない”それも含めてサバイバーズギルトなのですよ」

「……そういわれても実感が」

「君の場合、日常生活に大きな支障をきたすような症状はないと思います。でなければ私ももっと早くこの話をしていたでしょう。ただ……以前、学校の裏で岳羽さんと話していた時の事を思い出してみてください」

 

 ……あの時は……事故の事を考えていたら体調を崩した。

 

「原因不明の吐き気や頭痛といった体調不良もPTSDの症状の一つです。……私は精神を専門とする医師ではありません。だから軽々しく断定するのは憚られましたが……普段の君と症状の出た君を見て、そして今日の話。可能性は高いと考えています。

 自覚症状がない場合も珍しくはありません。だからこそ、心の病というのは難しく、また他人にも理解されにくいのです」

 

 ……他人事のように聞こえてしまう。

 

「PTSDの診断基準には恐怖、心的外傷に関する出来事の回避や麻痺、フラッシュバックなど想起の反復、過度の警戒心などがありますが……自分でも分からない感情に突き動かされてあのような行動をとった。これは“見捨てる”という行為を回避しようとしたのではありませんか?」

 

 ……わからない……

 

「そうですか。分からなければ分からないでいいのです。無理にそう考える必要はどこにもありません。私も知識はあれど専門外ですし、君の事情を気兼ねなく相談できる専門医もいません……治療するにしても今日明日で治った! とはいきませんから。

 ただし! ……今後似た状況に自分が置かれた時、また同じような事をしそうになるかもしれません。その時はまず第一に、自分の命を守ることを優先しなさい。自分が無茶をしやすい事を自覚して、無謀な行動を取らないようにできるだけ気をつけることです。私からはこれだけですね」

「……ありがとうございます」

「これが私の役目です。それに入学当初でもおそらく無理ですが、今は身体能力強化の魔術も使えるでしょう? 君がその気になれば、力づくで止めるなんてできませんからね。少なくとも私には……ヒヒッ! その分こうして口だけは挟ませていただきますが。

 ……しかし……もし私の意に沿わなかったとしても、君が悔いのない行動ができたというのであれば、それはそれで良いとも私は思うのです」

「?」

「ヒッヒッヒ、せっかくですから一つ簡単な授業をしましょうか。心の話も出たことですし……内容は“アドラー心理学”について」

「アドラー心理学?」

「心理学者の三大巨頭の一人。オーストリア出身の精神医学者、アルフレッド・アドラーが創始した心理学の体系です。今日は彼が提唱したポイントを一つか二つ掻い摘んでお話しましょう。

 まず一つめは……“他者からの否定を恐れなくてよい”という事。これはもちろん悪事に手を染めて良いという意味ではなく、“自身が善行だと考えて行動した”。その結果、誰かから否定されたとしても気にしなくて良いという意味です」

 

 先生は隣から目の前へ。

 教壇に立つように、姿勢を正して話を続けた。

 

「何かを行う場合には当然ながら失敗することもあるでしょう。誰かを助けようとした結果、他人の体や心を傷つけてしまうかもしれません。ですが、だからといって行動そのものを辞めてしまえば、誰かが困っている状況を放置することになる。

 アドラー先生はまず行動を起こす事。そして失敗したのであれば、後悔ではなく問題点を見出し反省することで()へと活かす。そうすることで行動を起こさないよりも物事は確実に良い方向へ進むと言います。そして行動をやめてしまう事こそ一番の問題であるとも言っています。

 今回の場合に当てはめますと……他者からの否定は、君やったことが危険な行為である、間違っていると言う意見ですね。それらは事実の部分もあるでしょう。しかし君が動かなければ男の子は助からなかったかもしれない。そして君は成功した。この二点もまた事実であることを忘れてはなりません。その上で反省点、改善できる点が見つかればそれを次回に活かせば良い。

 ヒッヒッヒ……危険な行為だったとしても、実際に一人の少年を救い、君は無事に帰ってきた。これを後悔する必要はまったくないのです。だから先ほども言いましたが、自分が無茶しやすい自覚を持ちましょう。それを今回の反省とすればいいのです」

「……」

「さらにアドラー心理学では“大切なのは今を生きる事”とも言っています。過去がどうであったか、未来がどうなるのかに一喜一憂するのではなく、現在自分ができることに全力で取り組む事こそ、人生において重要なことである。と……

 君は死期が近いと宣告された身でありながら火災の中に飛び込み、力を尽くして少年を助けた。経緯や理由はどうあれ、君の行動は善行であり良い結果をもたらしたことには変わりない。

 私は君が危ないことをしたと思っていますが、間違ったことをしたとは思いません。……今後も報道のように、本当にヒーローとして活動してみますか?」

「からかわないでくださいよ。大体何するんですか」

「まぁ危険が少ないものを選ぶとして……ドブ掃除とかですかね?」

「それはヒーローの仕事ですか!?」

「アメリカには現実にコスプレをして日々小さな人助けに精を出す人々がいるらしいですよ? そしてこれもまた善行の一つ。やらないよりも良い事なのは確かですねぇ」

「コスプレはともかく人助けなら。……あれ? 顔を隠したほうが魔術使えるし……効率がいい?」

「日本なら職質を受けそうですが、アメリカでは認められそうですねぇ。ヒヒヒ……ところで影虎君。このアドラー心理学の考え方は君のお知り合いの生き方に似ていませんか?」

「知り合い……!!」

 

 過去にこだわらず、未来を恐れず、今だけを生きる……

 

「ストレガ」

「聞けば銃器の所持や薬の密売、さらには復讐屋など物騒な活動をしているようですが……奇抜な服装もある意味で否定されることを恐れていないと言えます。退廃的にも見えますが、彼らはアドラー心理学の実践者なのかもしれませんね」

「……」

 

 判断がつかない……

 

「まぁあまり急激に詰め込んでも混乱するでしょうし、気持ちに整理をつける時間も必要でしょう。この話もここまでにしますが……そういえば影虎君、これは個人的興味なのですが。君の強化魔術はどれだけ身体能力が向上するんですかね?」

「一応攻撃力・防御力・機動力、それぞれ五倍で考えてますが……具体的に測ったことはないですね……」

「ちょっとあのバーベルで試してみませんか? 周辺把握で人の接近は分かりますね?」

 

 こうして測ってみると“ウル”のルーンを使った状態で200キロまで持ち上げられた。

 純粋に筋力が上がっている感じだ。

 まだもう少しなら行けそうだけど、先に錘が無くなってしまった。

 

「ヒヒッ……これなら冗談抜きでヒーローになれると思いますよ?」

 

 ありがたい話の後に、くだらない話をした。

 江戸川先生との絆が深まった気がする……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 8月8日(土)

 

 朝

 

 今日明日は昨日の疲れを取るため、何も予定を入れていない。

 アンジェリーナちゃんの言葉もあるし、トレーニングをしながら引きこもっていよう。

 

「影虎、ツーリング行こうぜ!」

 

 と思ったら……いきなり飛び込んできた親父と一緒に、レンタルバイクで近くの山の上まで登ることになった。親父は事前に国際免許取っていたらしい。ただ俺は取っていないので後ろに乗ることに。

 

「よっしゃ行くぞ!」

 

 広い道路で親父はどんどんスピードを上げる。

 かなり速いと思いきや、なんと法定速度だ。

 テキサスは日本と比べて法定速度の上限が高い。

 日本の高速道路が時速100キロ。

 対してテキサスは何と、100キロを大幅に超える時速129キロ(80マイル)。

 住宅街でも25マイル(約40キロ)が許可されている。

 

「スカッとするなぁ! 影虎ァ!」

 

 少々気は張っていたが、そこそこ爽快なツーリングが楽しめた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼

 

「ご馳走様でした」

 

 ツーリングから帰ると、天田と母さんが昼食を用意してくれていた。

 

「今日も美味しかったわ、雪美さん」

「私も楽だしねぇ。ほんと、いいお客さんだわ」

「タイガーとリューもアイスありがとね」

「なぁに、ツーリングの帰りに寄ってみただけだよ」

「ジョナサン、あんたも少しは手伝いをしたらどうなんだい? 皿洗いがあるよ」

「オゥ、ソーリー。今日は約束があるのでー」

 

 ジョナサンがそそくさと出て行く。

 

「HAHAHA、逃げられてしまったな」

「まったくもう」

「まぁまぁ、ジョナサンも久しぶりで友達付き合いもあるでしょうし。代わりに俺が手伝いますよ」

「あら! ホントかい? んまー、助かるわ」

「いいのか? 悪いな、タイガー」

「そう思うならあなたも手伝ってくれていいわよ」

「それが終わったらトレーニングをしよう。私は体を温めておくよ」

 

 そしてボンズさんも出て行った。

 

「まったくうちの男共は、家事をぜんぜんしてくれないんだから」

 

 ぼやくアメリアさんと共に後片付けにとりかかる。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~トレーニングルーム~

 

 片づけを済ませて顔を出すと、いたのはボンズさんだけじゃなかった。

 天田と江戸川先生、そしてロイドがいる。

 

「やぁ、早速始めるかい?」

「よろしくお願いします。今日は三人も一緒に?」

「ああ、私とタイガーの訓練を聞きつけてきたんだ」

「でも四人一度に教えるのはグランパも大変だよね。やっぱり僕は……」

「ロイド。今日は逃がさんぞ。お前もこの機会に護身術の一つも身に着けておきなさい」

「オーマイ……」

「……まるで小さい頃のジョナサンだな」

 

 運動は苦手らしいロイドが逃げ損ねて肩を落とす。

 それを尻目にボンズさんがゴム製のナイフを配り始めた。

 

「今日は対ナイフの護身術を中心に教えようと思っているが……そのためにまず、ナイフの“使い方”から教えることにする。ナイフを実際に使う事でどんな攻撃ができるかをまず知ってくれ。それは相手がどんな攻撃ができるかを知ることになる。ナイフに素手で対抗する技はその後だ」

 

 順手持ちは手首の稼動域が広く、刃先を制御しやすい。しかし格闘戦は若干やりにくい。

 逆手持ちは稼動域が狭まるが力を入れやすく、ナイフを持ちながらの格闘戦がやりやすい。

 順手持ちという一言の中にもさらに多数の持ち方があり、どんな用途に向くかは違う。

 様々な持ち方と特徴。そして状況に合わせた持ち替えを含めて、ナイフの扱い方を学んだ。


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