夜
~トレーニングルーム~
夕食の後はまた訓練。
今度は天田たちの代わりにスーツ姿のジョージさん、夕方ごろに帰ってきたウィリアムさんとカイルさんがタンクトップ姿で立っていた……
「ようタイガー! お前のビデオ、見せてもらったぜ」
「よく鍛えられた良い筋肉だった。それにだいぶタフなようだしな」
「二人とも情報は共有している。それに明日明後日は別の客から予約が少し入っていてな、その間は私が指導できなくなってしまうんだ。代わりと言っては何だが、時間のある限り練習相手として使ってくれ。ウィリアムは格闘、カイルは息子たちの中で一番ナイフの扱いが上手い。それにジョージも腕は立つ」
「こう見えても昔はボディガードをやっていた」
「ああ、やっぱり……」
こう見えても何も、ジョージさんは見たままだ。ただ納得。驚きは微塵も無い。
「さて始めるとするか。まず事前情報の無い状態で、一通り全員と戦ってみなさい。持ち時間は各自五分くらいでいいだろう」
「よろしくお願いします!」
こうして戦闘方法やタイプの違う三人を一人ずつ相手にして、実戦形式の練習が始まる。
最初はカイルさんの場合。
絶え間なく襲い掛かってくる二本のゴムナイフを掻い潜る。
「すばしっこいな!」
避けることは何とかなった。ただし教わった
ジョージさんの場合。
彼は慣れていると言って、スーツ姿のまま目の前に立ちふさがる。
一定距離から攻め込もうとすると、素早く足へ向けた蹴りがくるので止まらざるをえない。
そうして保った間合いから、攻撃に移るとかなり速い拳が繰り出された。
こちらの攻撃は打ち落とすような捌き方で防がれる。
しかも時々目潰しまで入るのでめちゃくちゃやりにくい。
純粋なスピード勝負になってしまい、タイムアップ。
ウィリアムさんの場合
まず体格が違いすぎる。
リーチが長く、一撃の威力でも明らかに負けている。
さらに彼は体格にふさわしいタフさまで持っているようだ。
それら全てを利用して逃げ道を塞いでくる。
唯一勝っていると言えるのはスピードのみ。
「そんなんじゃ効かないぜ!」
攻撃は何度も当たっているが、まるで堪えた様子が無い。
というか動きも別に遅くは無い。
十分小回りもきくし、むしろ速いくらいだ。
「そこまで!」
「っと! 良いとこなのに終わりか」
「ありがとうございました」
結果、そのままタイムアップを迎えて終了。
「休憩だ。三人とも、タイガーをどう見る?」
「聞いていた通り防御の技術が高いな」
「一人ずつとはいえ三人連続で十五分も耐え切るとは思わなかった」
「攻撃は軽いがやりにくいタイプだな。こりゃ俺の練習にもなりそうだ。……タイガー、目指してる仕事は無いんだよな? ならこっちで挌闘家になれよ! うちの団体は強ければガンガン金が入る。お前なら俺が紹介してもいいぜ」
「ありがとうございます。……? ウィリアムさんはバイトしてたんじゃ……」
「言ってなかったか? 膝をやっちまってな。引退する奴もボチボチ出る歳だし、無理をしたら選手生命に関わるってことで去年まで療養中だったのさ。貯金はたんまりあったんだが……」
「療養中とはいえ、暇を持て余して遊び呆けるのも良くないのでな。俺の店で無理の無い程度にバイトをさせているんだ」
「なるほど、良かった。そんな団体でバイトしなきゃならないほど下の方とは思えないというか、思いたくないと言うか」
「心配すんな! 俺たちは強い方だぜ!」
「自分で言うのか」
「まぁ、こいつはお調子者だが実力は確かなのは事実だ」
「タイガーはこの三人と戦ってどう感じた?」
少し考えてみる。
……全員強いが、一番戦いにくかったのはウィリアムさんだ。
こちらの攻撃がほとんど効かないのに、避けきれなかった一発はかない重い。
俺の長所である速度と耐久力でも、時間が経てば経つほどジリ貧になってしまうだろう。
今の俺が挌闘戦を挑むには相性が悪いと思う。
「俺もタイガーみたいにチョロチョロ動く奴は苦手だけどな」
「お互いに相性の悪い相手であれば、弱点克服に良い相手となるだろう。ではジョージは?」
ジョージさんは誰よりも接近しづらく、防御でもじわじわダメージが蓄積していく感じがした。それになんとなく……俺と戦い方が近い気がする。
「私の技が“ジークンドー”だからだと思う。ジークンドーにはカンフーにサバット、レスリングにボクシングなど様々な格闘技の技術が取り入れられている。タイガーの技も空手をベースに色々と混ぜているらしいな」
「そうか……では基本的な戦い方はジョージを手本とするのが合っているかもしれんな。最後にカイルはどう見る?」
カイルさんは……こう言っては悪いが、二人と比べると動きが遅いし分かりやすい。しかし二本のナイフで的確に急所を狙ってくるので、あれが本物だと考えるとヒヤッとする。ジョージさんとは違う意味で接近しにくい。
「俺は二人のようにこれを仕事にしているわけでもない。そんなものだろう」
「でもナイフを奪うときなんかはもう……」
「ナイフは接近した時が最も危ない。特に正気を失うほど怒り狂っていたり、薬物を使用している相手は自分のダメージを無視して刺しにきたりもするからな。そういう場合は熟練者でも非常に危なくなる」
「そういう場合はどう対処すれば良いのでしょうか?」
「まず第一にその場から逃げることだ。どうしても戦わなければならない場合は先ほどのタイガーのようにけん制しつつできるだけ距離を取り……所持している拳銃で撃つ。これが一番だな。
注意すべき点は相手との距離だ。あまり近すぎると拳銃を抜く前にナイフの攻撃範囲に入りかねない。また、手の届くほど近い距離での戦闘であれば、銃よりもナイフの方が脅威となる。これは前に銃から身を守る方法でも教えたな?」
「銃は射線上に相手がいなければ当たらないから、ですね?」
「その通り。銃から身を守るにはまず“自分の体を射線から外す”ことが重要だ。そして銃弾は前方にほぼ直線で飛ぶ。手を押さえられれば銃を持つ方が不利になってしまう」
しかし銃は日本じゃ合法的な所有は難しい。
「法律ばかりはどうしようもないな……」
「……なぁ、タイガー」
「何でしょうか? ウィリアムさん」
「気になってたんだが……お前は魔術だか忍術だか、なんかすごい事ができるんだろ? それで何とかできないのか?」
「攻撃系は苦手な部類ですね。できるのも対人の練習で使うには危険すぎますし、使いすぎると倒れてしまうので……あ、でも一つだけ」
トレーニングルームの隅にぶら下がるサンドバッグへ向き直り、気合一発。
突き出した拳から放たれた気は一直線に突き進み、室内に乾いた音を響かせた。
「……タイガー、今のは?」
「体内のエネルギーを打ち出す技です。威力はだいたいパンチ一発と同等。一週間くらい前に身について、気弾と名づけました」
「何か投げたのではないのか?」
「拳も握っていたし、何かが飛べば気づくだろう」
「……マジで“気”なんてもんが実在すんのかよ。……タイガー、それ当たったら何か変な事になるかなるか?」
「? たぶん衝撃だけだと思いますが」
「なら一発俺の腹に打ってみろ」
疑っているようなので、言われた通りにする。
「いきます!」
「っ! ……マジか……」
「ウィリアム、大丈夫か?」
「平気だよ兄貴。だけど本当に殴られた感触があったぞ」
「……これは深く考えず“ある物”としておくべきだな。タイガー、次からはそれの使用も許可する」
この後、気弾も含めて三人の指導を受けながら実戦形式の訓練を行った。その中で……
「いいか? 人間の胴体で狙える急所は心臓や鳩尾のほかにも脾臓や膵臓。このあたりだ。ここを刺された場合の危険度はさらに高まる。だから身を守るときにも気をつけなければならない。刺されない事が理想だが、どうしても刺されるなら急所だけは避けるんだ」
カイルさんからはナイフで狙える手足の腱や急所の位置を学んだ。
「ジークンドー。漢字で書くと“截拳道”というこの名前には、“相手の攻撃を遮る方法”という意味がある。その名の通り、ジークンドーには行動を遮る動きも多い。その内の1つが蹴りによる“ストッピング”だ。すばやく蹴りで足を止めさせる。これで相手からのタックルなどを防ぐ。靴を履いているとこれだけでもなかなか痛いものだ。
さらに相手が殴りかかってきた時は相手の拳を払って突く。払うと同時に逆の手で突く。あるいは打たれる前に打ってしまう。たまにフィンガージャブ(目突き)など。こういった手技や打ち込みのタイミングを組み合わせて戦うんだ」
ジョージさんはジークンドーの“ストッピング”と早いパンチを打つコツを教えてくれた。
「パンチ力やキック力ってのはすぐに上がるもんじゃない。特にこれまでがっちり鍛えてきたような奴ならなおさらな。だからタイガーはカウンターを覚えろ。相手の攻撃に合わせた反撃! リスクもあるが、上手くやれば相手を利用して攻撃力を増した一撃を返せるぜ!」
そしてウィリアムさんはカウンターの練習に付き合ってくれた。
その結果……
「シッ!」
「うおっ!?」
速いパンチの打ち方を学んだことで、自分の中の何かがかみ合った。
それに伴い気弾の速度も急上昇していくうちに“ソニックパンチ”を習得。
音速は出ていないがかなりの速度。そして何より、初めて物理攻撃スキルを得た!
……
…………
………………
影時間
ドッペルゲンガーに身を包み、周囲を警戒する。
しかし、イレギュラーの姿は無い。いたって静かな影時間だ。
もしかしてと思ったけど、来ないならその方が良い。
「……魔術研究でもするか」
最近忙しくてあまり研究はしていなかったし……ってか、前にまとめたの六月だった。二ヶ月も空いてるとは……助かるため、身を守るために使えそうな防御魔術を考えてみよう。
前は氷で壁を作ろうとして、片腕を氷漬けにした。そこから敵を氷結させる魔術が生まれたけど、防御については未完成のまま。攻撃魔法と同じ要領で“ラド”を組み合わせようと考えていたが……
「ん~……いまいち」
氷の壁を作れたは作れたが完成までに時間がかかりすぎる。小さな結晶が育っていくようにゆーっくり展開されるので、戦闘中じゃまず間に合わないだろう。そのうえ氷はガラスと同じで粘りがないので、殴ってみると簡単に砕け散った。
「どうしたもんか……」
氷……水を組み合わせてみるか。
分厚くすれば多少強度は上がると考え、魔術に
手の前に現れた水が放射状に広がり、凍りつく感じで…………
「やっぱ微妙……」
展開された氷の壁はさっきより分厚くなった。しかしやっぱり殴って壊せる程度なので、障害物としてはあまり期待できない。そのまま良い案は出ず、魔力が減って実験を中断。
「……」
気分転換に体を動かすと、屋根の上から射撃場が見える。
……そういえばボンズさんが銃から身を守る方法の説明で話していたな。
銃を持った相手に襲われたら、できるだけ遮蔽物の多い場所へ逃げ込めと。
なぜなら銃弾は基本的に銃口が向いた方へ直線で飛ぶ。
跳弾はあるけど、弾が遮蔽物を迂回して飛んでくることはまず無い。
だからこそ物陰に隠れるのは効果があると言える。
ただし遮蔽物は多ければ良いというわけはなく、材質や逃げ道の確保も重要だ。
どんなに身を隠せても発泡スチロールじゃ意味が無い。
逃げ道を失えば追い詰められてしまう。
戦時中の兵士が掘って身を隠しながら戦う“塹壕”を例にして……
「……塹壕? 塹壕!」
別に氷にこだわる必要は無かった。大切なのは身を守ること。身が守れるならなんだって良い。魔術で塹壕は掘れないだろうか?
塹壕を掘るなら選ぶべきは地面や土に関するルーンだ。幸いにも心当たりがある。
豊穣や実りを意味する“イング”。収穫を意味する“ヤラ”。
この二つはどちらも農作業、ひいては土までイメージが関連付けられるルーン。
イングに
「っしゃ!」
地面が盛り上がり、体を覆い隠せる壁が構築された!
展開速度も氷よりは圧倒的に速く、なによりこの硬さと安定感!
殴る蹴るを続けても微動だにしない!
「って、しまった地面が……」
こちら側はなんとも無いが、壁を構築した土砂の分だけ反対側に穴があいている。
埋め直さなければ……
イングで土は動かせたし、今度は守りは必要ない。
代わりに作業的なイメージのあるヤラと入れ替えて……これでどうだ!
「おお……」
再び成功。土砂の壁が穴に向かって崩れ、あっという間に穴が埋まった。
しかも土は俺の意思に従ってきれいに地面を均されている。
穴を掘ろうと思えば実現した。なにこれ面白い。
しかし遊んでいると魔力をどんどん消費してしまう。
影時間の終わりも近い。今日のところは結果を記録して実験終了とする。
……
…………
………………
8月9日(日)
~射撃場~
「撃ち方止め! ……いい調子だ。だいぶ構えが様になったな」
「ありがとうございます!」
朝の射撃訓練。ボンズさんからお褒めの言葉を頂けた。
周辺把握、距離感、分度器。
この三つのパッシブスキルが銃を扱う際に大変便利だ。
周辺把握の範囲内であれば、狙いをつけるのは容易い。
それでも技術を持っていなかったため、狙いから多少のずれが生じていたが……
それも今日までの訓練で撃ち方が身につくごとに解消されてきた。
射撃も走り方や格闘技と同じ。
無駄な力は邪魔になるだけ。
足腰、背中、肩、腕、手。
全体をしっかりと安定させる事ができれば、銃弾は正しく狙った方向に飛ぶ。
あとは射程範囲に注意すれば良い。
「おっ?」
「どうかしたか?」
「……ボンズさん、もう一度お願いします。今、コツを掴めた気がするので」
「ほう? ではもう一度やって休憩にしよう」
ボンズさんがターゲットを交換している間に、こちらも準備を整える。
「用意はいいか?」
「はい」
「では、ここで抜き打ちテストだ。マガジンの中身は十五発。ターゲットは私が指示した位置を、指示した順番に打ち抜けるかどうか試してみよう」
「了解!」
「では……」
照準を的の中心に据えた状態で深呼吸を一つ…………いける。
「頭!」
照準を上げて眉間へ一発。
「鳩尾! 右肩!」
速やかに二発。
「心臓! 頭! 肝臓!」
指示に体が即応する。
これまでにない銃との一体感。
今なら的を外す気がしない!!
「左肩! 脾臓! 膵臓! 首! ど真ん中! 頭二回! 心臓二回!」
十五発、すべての弾丸を打ち切った……
「……結果は?」
的を戻して確認したボンズさんの顔が、若干引きつったように見えた。
「お見事。綺麗に指示した場所へ当たっている。文句なしの百点だ。これだけ反応できれば動く的にもある程度は当てられるだろう。もしそんな事があればの話だが……私の指示で狙う位置を変えたように、動く的にあわせて撃つんだ。では片づけをして戻るとしよう」
「ありがとうございました!」
“照準”“拳銃の心得”
朝から二つもスキルを習得できた。
喜ばしいが、銃を使い始めて間もないのにやけに速く習得したな……
影虎は
物理攻撃スキル
“ソニックパンチ” 打撃属性。単体に小ダメージ。
パッシブスキル
“照準” 命中率上昇。
“拳銃の心得” ハンドガンの扱いが上達する。
ルーン魔術
“土の壁” 周辺の土で身を守る壁を作る。タルタロスで使えるかは不明。
“掘削” 地面を操る。
を新たに習得した!