人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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135話 謎の声

 翌日

 

 8月10日(月)

 

 ~フロント~

 

 死の宣告を受けてから四日目。

 一週間だとちょうど折り返し地点の今日、テキサスに来て二回目の会議が行われた。

 

「それじゃ明後日からは海って事で決定な」

「異議なし」

「テキサスの海ってどんなところですか?」

「有名なビーチがありまーす。それに兄たちの店でマリンスポーツやり放題でーす」

「あ、俺ウィリアムさんのジムに来ないかって誘われてるから途中抜けるかも。あとカイルさんからはボディビル大会の見学にも」

「私も夜ですが、オフ会がありますねぇ」

「ずっとそっちに行くわけでもないんだから、そのあたりは臨機応変でいいと思うわ」

 

 モーターショーが終わったら少し休んで海。

 そういう予定だったのをすっかり忘れていた。

 

「んじゃさっそく準備始めるわ。影虎、天田、お前らもちゃんと自分の荷物準備しとけよ」

「そうですね。じゃ僕、部屋に行きます。宿題もしないといけないし」

「ならお部屋まで一緒に行きましょうか」

「僕は友達の所に行ってきまーす。帰りは夜になるからね、マム」

「はいはい行っといで。夕食は用意しといていいんだね?」

「お願い!」

「私も出かけてくるよ。一人ピックアップして飛行場に降ろすだけだから昼には帰る」

 

 会議の参加者は続々と去り、フロントには俺と江戸川先生。アメリアさんが残る。

 

「今日はなんだか静かですね」

「皆仕事か遊びにいってるからね。今のうちにのんびりしておかないと……っ」

 

 アメリアさんが体を伸ばす。なんだか辛そうだ。

 

「大丈夫ですか?」

「心配ありがとね。ただ歳なだけだから平気よ。もう、すぐ肩とかこっちゃって」

「ではお揉みしましょうか?」

「あら、いいのかい? なら遠慮なく頼もうかねぇ」

 

 江戸川先生が肩をもみ始めた。

 

「あんた上手いね~」

「ヒヒヒ、こういう技能も仕事柄必要なのですよ」

 

 そうなのだろうか?

 

「ついでと言ってはなんだけど、江戸川さん。手軽で肩こりや便秘に効くものって何かないかい?」

「栄養に気をつけた食事と適度な運動ですねぇ。薬という手もありますが、体との相性もありますし……薬に頼り切ってしまうのも良くないので」

「やっぱりそうかねぇ……」

 

 アメリアさんはあまり運動がお好きではないようだ。

 ……気功か魔術で何とかならないだろうか?

 この前も気で消化を促進させることができるようになった。

 これについて先生に相談してみると……

 

「可能でしょう。気功には“内気功”と“外気功”という分類があり、内気功は普段君もやっている小周天。体内の気の循環を整えるものです。対して“外気功”は体の外からよい気を取り入れ、悪い気を排出する。あるいは気を他者に与えて怪我や病気の治療に用います。

 これはオーナーのヒーリングと近いですが、ちゃんとした効果を出そうと思うならば相手気の流れを把握し、適した流れにすべきですが……先ほど君は消化促進の魔術を使ったと言いましたね? ならばそれで便秘解消に効く気の流れ方をまず学ぶべきです」

「なるほど」

 

 というわけで即興で肩こりと便秘解消のルーン魔術を作ってみた。

 ……前と同じで気の流れが魔術により変化している。

 肩こりは使ってもあまり変わらなかった。これは循環が滞らなければいいのかもしれない。

 便秘解消は消化に似て、腹部の気が活性化している。

 よく観察しながら、ドッペルゲンガーで記憶しておく。

 これを人の体で起こすことができれば外気功はできるだろうけど……

 魔術が効きすぎた。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「すみません突然」

「ヒッヒッヒ、ちゃんと効果があった印ですねぇ。君が魔術にも慣れてきたようで何よりです。ではアメリアさん、よろしいですか?」

「はいよ」

 

 アメリアさんが俺の近くの椅子に移った。

 これはさっそく試せと?

 

「良いですか?」

「この歳になると運動も辛くてね、治してもらえれば儲けものさ。それにタイガーはアンジェリーナを治療してくれたじゃないか。信じてるよ。それよりこのままでいいのかい?」

「……はい、とりあえずこのままで」

 

 椅子に座って、身を預けてくれるアメリアさん。その信頼には応えたい。

 

 覚悟を決めて、背中側へまわる。

 両肩に両手を置いて、まずはアメリアさんの気を把握……

 ………………これは…………アドバイス?

 アンジェリーナちゃんより体内を流れるエネルギーが弱く、感じとりにくい。

 それでも集中すれば少しは感じられる。

 さらにアドバイスも効いているようだ。

 最近は学習の補助としての用途がメインになっていたけど……

 今は本来の、シャドウの急所が分かる感覚に近い。

 以前と比べて気を把握する能力も上がっているのか?

 アドバイスの精度も上がっているような……気の流れが分かってきた。

 先生のマッサージのせいか、肩の流れはスムーズだ。

 なら腹部の気は………………複雑で分かりにくい。

 

「どうですか?」

「もっと集中しないと駄目ですね……」

 

 集中……そうだ、試してみよう。

 

「コンセントレイト」

 

 スキルを発動。

 コンセントレイトの意味は“集中する”。

 本来魔法の威力を高めるためのスキルだが、この高めた集中力を利用する。

 ……さっきより気の流れがクリアに分かる! これならいける!

 

 手から気を流し込み、アメリアさんの流れに合わせて全体へ巡らせる。

 

「気を流していますが、大丈夫ですか?」

「少し温かいか……悪い感じはしないね」

「では次に行きます」

 

 便秘解消のルーン魔術を発動。

 アメリアさんの気の変化を確認。問題なし。

 コンセントレイトが切れてきたのでもう一度発動。

 流し込んだ気で、腹部の気を先ほど学んだ流れに近づけていく……

 

「ん……タイガー」

 

 呼びかけで治療を止める。

 

「どうしました?」

「効いたみたいだから、ちょっと失礼するよ!」

 

 そう言い残して、足早に立ち去ってしまった……

 つまりそういうことなのだろうか?

 

「成功でしょうか?」

「おそらく……まぁ後で本人に確認すれば分かるかと。それよりも、どうでした?」

「まだ練習が必要ですね」

 

 効果は出たんじゃないかと思う。

 でもアドバイスとコンセントレイトの補助があってようやくだ。

 アメリアさんが協力的で動かず、俺が気の流れに集中しやすい状況だからできた。

 振り返ってみると、もっと鍛える必要を感じる。

 

 しかしこの技術に慣れていけば、もっと簡単に治療ができるようになるだろう。動きながら相手の気を感じられるようになれば、シャドウの急所もより鮮明に分かるかもしれない。この技術は日常でも戦闘でも活用できる可能性がありそうだ。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~厨房~

 

 治療で体力を使ったので休んでいたら、回復はしたが小腹が空いてしまった。

 

「あれ? タイガー?」

「ロイド、なんでここに?」

 

 アメリアさんと何かを話していたようだけど……

 

「グランマがお昼を作ろうとしてたんだけど、キッチンの電気が使えないから呼ばれたんだよ」

「電気が?」

 

 となるとレンジやトースターはもちろん、コンロやオーブンも使えない。

 見ればアメリアさんの足元には大きなクーラーボックスがある。

 動いていない冷蔵庫の代わりにしているようだ。

 

「直らないのか?」

「ダメ。お手上げだよ。パーツ交換すれば直るけど、手元にパーツがなくちゃね。町まで行けば置いてる電気屋を知ってるけど、車がないんだよね」

「そういえば今日は皆さん仕事だったな……なんなら親父に言ってひとっ走りさせようか? バイクなら運転できるし、パーツがかさばる物じゃなければ」

「あのバイクならジョナサンが乗って行ったよ」

「そうなんですか……だったら俺が行きましょうか?」

 

 最寄りの町までは車で十分くらいだったから、距離は問題ない。

 

「ん~……行ってくれると助かるけど、大変じゃないかい?」

 

 しかし直さないと昼食が作れない。

 それに昨日今日はずっとトレーニングだったから、気分転換にランニングもいい。

 

「そうかい? じゃあ、お願いしようかね」

「任せてください」

「それじゃタイガー、買って来るパーツと店の場所を教えるよ。こっちに来て」

 

 ロイドが操るパソコンで、ここから店への道を教えてもらう。

 

「町まではほとんど一直線なんだな」

「うん。今表示してるのが一番曲がり角の少ないルートだから分かりやすいと思う。特に治安の悪い地域を通るわけでもないし、道の名前だけメモしておけば……あれ、メモがない」

「なくても大丈夫だ。見たものを見たまま、聞いたことを聞いたまま記憶できる能力があるから。暗記科目とかも数分で終わるし」

「ホワッツ!? なにその能力! 超うらやましい!」

「この能力は自分でも便利だと思う」

 

 最初は山岸さんのと比べてガッカリ感の漂うスキルだったが、アナライズはもう手放せない。いつか覚えるスキルが限界を迎えて、どれか削除しなければならなくなったとしてもアナライズだけは消さないだろう。

 

「ならとりあえずこの地図を覚えて。まっすぐ行ってここで左ね。それで次の曲がり角だけど、このあたりが小学校。地図の道に沿って歩くとフェンスで囲まれた校庭が見える。ここ僕の母校なんだ。アンジェリーナも今頃遊んでるんじゃないかな?」

「へぇ……ここ結構大きそうだな?」

「このあたりでは普通だよ。そして学校を過ぎたところの曲がり角を右。あとはまっすぐ行くだけ。車の修理工場とか機械関係の店が集まってるからすぐ分かると思う」

「了解。それじゃ行ってくるよ」

 

 貰ったチョコチップクッキーを腹に入れ、俺はお使いに出た。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~町角~

 

「あっついな……」

 

 テキサスの強い日差しに加え、今日は風が無くて蒸し暑い。

 町についたばかりだが、見かけた自販機で水分補給をすることにした。

 

「……“ナース・シュガー&ソルト”これにするか。スポーツドリンクっぽいし」

 

 謎のジュースを買ってみる。

 ……!! スポーツドリンクなのに炭酸が含まれていた。

 少しこぼれてしまったけど、まぁいいか……

 

「うわ微妙」

 

 でも喉は潤った。あと一息頑張ろう。

 

 ここを左………………小学校はあそこだな。

 超えたところを右へ……

 記憶にある地図に従い、ほどほどのペースで走る。

 

 それにしても暑いから? それとも車社会だからか? 

 ここまで外を歩く人がほとんど見当たらなかった。

 学校の校庭にも誰もいなかったし。

 

『……h……』

 

 ? 変な声が何か聞こえたような……

 目的地が近いため、作業中の機械がうるさい。

 ……作業員の声か。 

 

『……hel……』

 

 ! ……また聞こえた。子供の声みたいだ。これは作業員じゃなさそう。

 ヘル……地獄? そもそもどこから聞こえるんだ?

 近くにそれらしき子供の姿はない。けど妙に気になる。

 

「……」

 

 道を外れてしまうが、声の元を探す。

 ……なんとなく、こっちな気がする。

 そこは工場と工場の隙間。路地とも言いにくい細い道だ。

 この先、周辺把握に子供の反応は見つからない。

 しかし妙な確信があった。

 

『……he……』

『……h……』

『……hel……』

『……』

 

 それを肯定するように、声が聞こえる頻度も増えていく。

 そして気づいた。声は近づいたり遠ざかったりしているが、俺には間違いなく聞こえる。

 けど、耳には届いていない(・・・・・・・・・)

 

「コイツ、直接脳内に! ……ってマジでやる奴がいるのか」 

 

 この声の主、ぜったいに普通の人じゃない。

 幽霊か何か知らないが、だんだん声に感情が乗ってきた。

 焦り、不安、恐怖、とにかく緊急性が高そうだ。

 なら言いたいことは……

 

『……help……!』

「やっぱりか!」

 

 はっきりと聞こえた声は、誰かからの救難要請だった。




影虎は気功により他人の治療ができるようになった!
影虎は救援要請を聞きつけた!
影虎には二つの選択肢がある……

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