人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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136話 逃走者

 ~アンジェリーナ視点~

 

「ハッ! ハッ……」

「頑張って!」

「こっちか!?」

「急げ!」

「「ッ!」」

 

 怖い男の人たちの声が聞こえた。

 どんどん近づいてきている。

 

「もうちょっと頑張ろうっ」

「うん……」

「今度はどっちに行ったらいい?」

「……右っ」

 

 何度目かわからない曲がり角。

 一番“煙”の薄い右を選んだ。

 少しでも安全な道を選んでるはずなのに……

 “煙”が、自分とホリーを包んで消えてくれない……

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 数十分前

 

 私たちは学校にいた。

 学校の施設が生徒に開放される日だから。

 高校生のボランティアと先生が見守っている中で、生徒は自由に遊んでいい日。

 私はあまり興味が無いけれど……皆、私にお友達を作って欲しいみたい。

 だから参加している。

 

 けど……

 

「ねぇねぇアンジェリーナ! 見てよこの本!」

「ラブレターの書き方……書くの?」

「えへへー」

 

 クラスメイトのホリー。

 いつも元気なクラスの人気者。

 一人でいる私を見ると、よく声をかけてくる。

 

 私が普段から話すのは、ほとんど彼女だけ。

 ……喋るのもほとんどホリー。

 私は話を聞いているだけかもしれない。

 

「でね? 思い切って書いてみようと思うんだ! 先生に!」

「っ!」

「? どうしたの?」

「……なんでもない」

 

 ホリーは前から担任の先生が好きだと言っていた。

 最近失敗が多いとか、体調が悪そうだからお菓子を作ってあげたいとか。

 そういう話を良く聞かされている。

 今度はその先生にラブレターを書きたいみたい。

 

 でも……私は今朝、先生から出る“煙”を見た。

 先生は優しくて、良い人。

 だけど体調が悪そうだった。

 煙の量を考えると、先生はきっと……

 

 だからやめた方が良いと思う。

 だけどホリーの顔を見ていたら、伝えられなかった。

 そのままホリーはラブレターを書き始めて、渡しに行くから付いてきて欲しいと言われる。

 

 ……行きたくない。けど何度もお願いされて付いていくことに。

 

 仕方なく先生を探してみたら、先生は人目のない校舎裏で二人の警察官と話していた。

 伯父さんもやってる“職務質問”を受けているのかと思ったけれど……警察官は二人とも、濃い煙を出している。

 

「金は用意した。早く貰えないか」

「わかってるよ。おい」

「ほら、今週の分だ」

 

 警察官が渡したのは、白い粉の詰まった袋。たぶん麻薬。

 リアン伯父さんがそういう人たちがこの辺にいると言っていた。

 だから、すぐにそこから離れようとした。

 

 でも……

 

「先生ー!」

 

 ホリーは気づかなかった。

 いつものように、元気に声をかけてしまった。

 三人が私たちに気づいて慌てている。

 そして私たちの体から“煙”が出てきた。

 だから逃げた。無理やりホリーの手を引いて。

 

「わっ!? ちょ、ちょっとアンジェリーナ!?」

「走って!」

「逃げ……」

「追えっ!」

「逃がすな!」

「は、はいっ?!」

「えっ!? なんなの!?」

「いいから逃げる!」

 

 追ってくる声が怖くて、ホリーも自分で走ってくれるようになる。

 私たちは破れた金網や細すぎる隙間……大人には通れない道を使って逃げ回った。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 まだしつこく追ってくる……!!

 

「こっち!」

「っ! いたぞ!!」

 

 横道へ飛び込むところを見られてしまった。

 

「急いで!」

「うんっ!」

 

 必死に、少しでも遠くへ逃げるために走る。

 けど……! 

 

 どっちを見ても“煙”だらけ。

 逃げてもどんどん煙が濃くなってきてる……!

 

「嘘……」

「行き止まり!? 別の道に」

「どこへ行く気かな……?」

「「!?」」

 

 振り向いたら、警官がいた。

 二人そろって拳銃を私たちに向けてる。

 

「まったく……よくここまで逃げてこられたな」

「おかげでずいぶん走らされた。ったく」

「……」

「アンジェリーナ……」

「おっと、動くなよ?」

「こんな事はしたくないが……逃げるなら撃つ」

 

 ……ここは十字路の真ん中。

 前は二人、後ろの道は行き止まり。

 右か左は空いているけど……どっちも煙が濃すぎる。

 

 ……もう逃げられない。

 そう考えたら足から力が抜けた。

 怖い……

 

 

「!?」

 

 ホリーに手を引かれた。

 諦めてないのが伝わる。

 でも……

 

「そっちはまだ逃げるつもりか。……諦めてくれ。この時間、この辺は人通りが極めて少ない。誰も助けにはこない。助けを求めようと、我々は警察官。“学校を抜け出した子供二人”を、“先生の依頼で探している”んだ。大人はすぐに君たちを引き渡してくれるさ。……さっきもそうだっただろう?」

 

 そう……一度工場に駆け込んだけど、引き渡されそうになった。

 この二人が悪者だと言っても、学校に戻りたくないから嘘をついていると思われた。

 全部、この人たちが警察官だから。

 

 なんで?

 どうしてこんな人たちが警察官なの?

 

「……言いたい事はなんとなく分かるが……こうする他にないんだ。おとなしく捕まればまだ生きられる可能性はある。だから捕まってくれ」

「アンジェリーナっ」

 

 片方が私たちを説得しようとしている。

 でもホリーは聞いてない。

 それを見たもう一人の煙が濃くなった。

 

「……もういい。殺すぞ」

「待て!」

「黙ってろ!」

 

 黒い煙がどんどん濃くなる。

 

「話してるうちに人が来たらどうする。ただでさえさっきから妙についてないんだ。もしこいつらを逃がしたらそれこそ事だぞ。俺たちはこいつらを追っていたら銃声を聞いて、駆けつけたら死んでいた。それだけだ!」

「待」

 

 相手よりも自分に言い聞かせるように。

 一気に言い切った勢いのまま銃口が私に向く。

 一瞬のはずなのに、動きがすごくゆっくり見えた。

 

「!」

 

 体を吹き飛ばす強い衝撃と大きな音。

 目の前がまっくらになった……

 でも……思ったより痛くない……

 温かい風も感じる。

 撃たれるって、こういう感じなのかな……

 それともおまじないをしたから……?

 

 ……

 

「アンジェリーナ!」

 

 ホリーの声……

 

「どうして……?」

 

 体は痛くない。でも右に左に体が振り回される。

 横を向くと動いている景色が見えた。

 暗かったのはとても濃い煙のせいだ。

 でも、私の体から出た煙じゃない……

 そして気づいた。自分が煙に包まれた“誰か”に抱えられていることに。

 

「まさかの知り合い……無事か? アンジェリーナ」

 

 この煙……濃すぎる煙にこの声……

 

「……もしかして……タイガー……?」

「見分けられるんじゃないのか? 何にしても少し我慢してくれ! このまま逃げる!」

「待てぇッ!!」

「チッ!」

 

 どこまでも黒く、私たちの危険まで吸い取ったような黒い煙に包まれて……

 ほとんど声しか知らない男の人が助けに来てくれた……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~三人称視点~

 

「ただいまー!」

 

 帰宅したエレナの声がリビングに響いた。

 

「あら、お疲れ様エレナちゃん」

「外は暑かったろ。水飲むか?」

「おかえりなさい」

「ヒヒヒ……お帰りなさい」

「姉ちゃんお帰りー」

 

 リビングにいたロイドと、影虎を除く日本人組がそれぞれエレナを迎える。

 

「皆して何やってるの?」

「タイガーの動画を見てたんだよ」

「ネットで騒がれていたのですが……ヒヒッ、どうにも熱が冷めないようでしてねぇ」

「なんだか派手なことになってるぜ。ほれ」

「どれ? ……何この再生回数。二十万回超えてるじゃない」

「ここまでくるとちょっと怖いわね」

「それにこっちの記事。ドーピング疑惑が出てきてます。“ドーピング検査は規定に従って正しく行われた”“ならドーピング検査で検出されない新種のドーピング薬を使用したのではないか?”って、なんなんですかこれ。言いがかりじゃないですか」

「もはや怪文書に近い書き込みですねぇ……アンチ的な方が増えているのか……」

「確認したら会社にも問い合わせが増えてるらしいぜ。バイクの注文も増えてウハウハらしいけどな。……ま、何とかなるだろ。俺の若い頃もアンチって奴らは大勢いたしな」

「龍斗さんが考えているのとはちょっと違うんじゃないかしら……でも虎ちゃんが帰ってきたらお話しないと」

「? タイガー、出かけてるんですか?」

「キッチンの電気が使えなくなってね。修理パーツを買いに行ってくれてるんだよ」

「へー。……大丈夫かしら?」

 

 そんな話をしている最中、リビングの扉が開かれる。

 

「ただいまー」

「ジョナサン叔父さん。帰ってきたの?」

「帰ってきたよー。エレナも今帰ってきたの?」

「どうしたジョナサン。帰りは夜になるんじゃなかったのか?」

「それが友人にドタキャンされましたー。仕方が無いから帰ってきました。ランチある?」

「アメリアさんがいまサンドイッチ作ってますよ」

「Sandwich?」

「キッチンが壊れたのよ。早く帰るなら連絡ぐらいしなさいな」

「オゥ、ソーリィ」

「テーブルを空けて頂戴。はい、ピーナッツバターとジャムのサンドイッチ。こんなものしかなくて悪いね」

 

 大皿いっぱいのサンドイッチを両手に抱えたアメリアがリビングに顔を出した。

 ここでさらに人が増える。

 

「帰ったぞ」

「お帰りなさい。ジョージとカレンも一緒だったの?」

「駐車場でたまたま一緒になってな」

「そう。悪いけど今日のお昼はこれよ」

 

 遅れてやってきたボンズたちも席に着き、食事と雑談をしていた所へもう一人。

 

「タイガーも大変だな。日本で」

「ただいま……」

「なんだ、エイミーまで帰ってきたのか?」

「珍しいわね。こんな早くに、何かあったの?」

「今日は休暇を申請してきただけ。丁度受け持ってたプロジェクトが一段落したところだったから。それよりお母さん、ランチは残ってる?」

「そのお皿にあるだけよ」

「それにしてもずいぶんと急だな?」

「興味深い研究対象を見つけたから。昨日決めた」

「昨日ってお前……アレか」

「アレよ。お父さん」

 

 ボンズは明言を避けたが事情を知る人間は全員、アレがドッペルゲンガーを指している事に気づき、それぞれ言いたい言葉を飲み込んだ。

 

 天田、雪美、龍斗、ジョナサン。

 事情を知らない人間がこの場にいたためだ。

 

「そ、それにしても……ほとんど皆集まったわね」

「確かに。カイル伯父さんとウィリアム伯父さんは帰ったし、リアン伯父さんとタイガーにアンジェリーナが帰ってくれば平日いる人は全員そろうね」

「急にどうした?」

「何か変じゃない? 皆」

「なんでもないよ。龍斗、ジョナサン叔父さん」

「そうそう、ただそう思っただけで。あ、電話鳴ってない?」

「え? 本当、ちょっと失礼しますね。……はい、安藤です。……カレン・安藤は私ですが……警察?」

 

 “警察”

 その単語で室内は静寂に包まれた。

 

「……はい、落ち着いて。何でしょうか……ええっ!? そんな! アンジェリーナが!? 嘘でしょう……」

 

 誰もが不穏な空気を感じ始め、カレンが応対する声を傾聴する。その顔色は青く、目に見えて動揺している。祈るように電話を握り、確認を取る姿は痛ましく、ジョージが駆け寄ろうとするのをボンズが押し留めた。

 

「……はい。分かりました……お待ちしています。どうか、どうか娘をよろしくお願いします」

「何があった!?」

 

 電話を置いた直後に体を支え、問いかけるジョージ。

 カレンは体を預けて、軽く放心したように口を開いた。

 

「アンジェリーナが……誘拐された、ですって……」

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 緊迫した空気が漂うリビングでは、茶器だけが唯一の音源となっていた。

 

「落ち着いたか?」

 

 ボンズの呼びかけにカレンが頷く。

 

「アンジェリーナは学校にいる時間なんだけど……お友達と一緒に抜け出そうとしたらしいの。そこを先生に見つかって、ちょうどパトロール中のお巡りさんが追いかけたらしいわ。でもその先で……」

「警察は犯人を見失ったのか?」

「二人を追いかけるためにパトカーから離れていて、すぐに追えなかったって。でも犯人は最近有名だから、すぐ見つかるだろうと言っていたわ」

「有名?」

「カレン、誘拐犯が有名ってどういうこと?」

「それが……アンジェリーナを誘拐したのは、あの“ブラッククラウン”らしいの」

 

 その言葉に、真っ先に反応を示したのはエレナだった。

 

「ブラッククラウン!? それどういうこと!?」

「言葉通りよ。警察の人が確認したそうよ」

「そんな、何かの間違いじゃないの?」

「そうだよママ! ブラッククラウンは子供を助けた、どっちかと言うとヒーローじゃないか。格好を真似ただけとか」

「……中身も同一人物だと思うわ」

「なぜですか?」

 

 江戸川が問うと、カレンは首を振った。

 

「誘拐後の逃げ方が異常なの。犯人はアンジェリーナとお友達の二人を、両脇に抱えて(・・・・・・)走り去った(・・・・・)そうよ。車なみの速度でね。ふざけてるのかと思うくらい、人間業じゃないわ。そんな事できる人が何人もいるなんて思えない」

「違う……絶対に違うわよ! あいつがそんな事するはずないわ!」

「エレナ? あんたさっきからどうしたんだい?」

「以前子供を助けたのは認めるけど、どうしてそこまで言い切れるの?」

「それは……」

「……エレナ。お前、何か知っているな?」

 

 アメリアとエイミーの問いかけに口を噤んだエレナ。

 この逡巡はボンズに“何らかの情報を持っている”と確信させるに十分だった。

 エレナがその一身に受ける視線は強まっていく。

 白状するか否か。

 

「……こうなっては仕方ありませんね……」

 

 重苦しい沈黙の中で懊悩する彼女を見て、口を開いたのは江戸川。

 

「エドガワ?」

「江戸川先生?」

「エレナさん。話しましょう」

「エドガワッ!?」

「私にも状況はよくわかりません。しかしそんな話になっているならば情報を共有して誤解を解くこと、今後の対処を考える事。それが彼のためだと私は考えます」

「……Mr.江戸川、貴方も何か知っていたのか」

「答えはYesです。もっとも私たちだけでなく、彼のことはここにいる全員が知っていますが……もちろんテレビで放送されたという意味ではなくね」

「どういうことですか? 娘が攫われたんです! 何か知っているなら教えてください!」

「落ち着いてよママ! きっと無事よ! だって……」

 

 一度江戸川へ視線を送り、エレナは言う。

 

「……“ブラッククラウン”の中身って……タイガーだから」

 

 一瞬の沈黙。

 

 発言の意味が理解できないように黙り込む人々の中で真っ先に立ち直ったのは、口を挟むことなく聞きに徹していた龍斗だった。

 

「ちょっと待て。どうしてうちの息子の名前が出てくるんだ?」

「だから! “ブラッククラウン”はタイガーなのよ!」

「先輩がブラッククラウン? 僕の聞き間違えかな……」

「いいえ。君は発言を正しく理解していますよ」

「そんな! いくら先輩でもあんなビルに登って人を助けるなんて」

「できるのです」

 

 天田の言葉が終わる前に江戸川は断言した。

 

「……天田君とご両親。それからジョナサンさんにはこれまで秘密でしたが、彼は少々特別な事ができるのです」

「江戸川先生。……いえ、他の方々も何かはご存知だったんですね?」

「アンジェリーナも他人とは違うことができる。それがタイガーと江戸川に露見した。それが、きっかけだった」

 

 他よりやや冷静な雪美の質問にはジョージが答え、再び沈黙が流れる。

 

「……先生! 先輩は何をやろうとしてるんですか? 何であの子を?」

「さて……アンジェリーナちゃんを攫った理由は私にも分かりませんね。そもそも彼が誘拐なんて企てるとも思いませんが……」

「……当たり前だ。あいつはそんな事する奴じゃねぇ」

 

 険しい顔で呟かれた龍斗の声はよく通った。

 

「ったくあの野郎……で? これから俺らはどうするよ」

「……問い詰められることを覚悟していましたが」

「何隠してんのか知らねぇが、聞くならあいつの口から聞きてぇ。……それだけだ」

「そうですか……ではこれからの行動を考えましょう」

「そうは言っても、情報が無いと動き様がないわ。連絡手段は無いの?」

「アンジェリーナは携帯持ってないのよ」

「虎ちゃんも持っていないわ」

「海外用の携帯を用意しとくべきだったな……」

「リアンさんはどうですか!? 警察官だし」

「もう捜査に参加してるって言ってたわ。捜査の邪魔になるから、連絡は警官の到着を待ってほしいそうよ」

 

 進展の無いまま、時間だけが過ぎていく……




影虎は救援要請に応えた!
アンジェリーナと合流した!
影虎は誘拐犯になった……
ブラッククラウンの正体が家族にも知れ渡った……

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