人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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13話 部活動初日

 俺と桐条先輩がいきなり出てきた江戸川先生への驚きから立ち直ったのは、ほぼ同時だった。

 

「江戸川先生……」

「来ていらしたのですか」

「お二人とも、私はパルクール同好会の顧問ですよぉ? 居るに決まっているじゃありませんか。立ち話もなんですし、中へどうぞ。影虎君に設備の説明もしなくちゃいけませんしねぇ……ヒッヒッヒ」

 

 一度先輩と顔を見合わせ、自然と覚悟を決めて建物内に足を踏み入れる。

 内装は見た感じ普通だ。土間と言えばいいのか? タイルは敷かれているけど、扉を開けたら玄関は無く、いきなり物が何一つない部屋が広がっている。

 

「流石に初日から様変わりはしていないか」

「桐条君の言う通りまだ何も置いていませんが、いずれはなにかを置きたいですねぇ。このままでは殺風景過ぎます。そう思いませんか? 影虎君」

「それは同意しますけど、ここには、って事はどこかに何か持ち込んだんですか?」

 

 そう聞くと、江戸川先生の笑みがいっそう深まる。

 

「ヒッヒッヒ、つい先ほど実験器具一式を空き部屋に運び込んだところなんですよ。保健室には置ききれなかった器具も色々と。ここはまわりを気にせず器具を置けていいですねぇ。保健室ではベッドや薬棚を常に使えるようにしておかないといけないので、どうしても置ける物が限られていたんですよぉ……影虎君の話を受けて、本当に良かった。ヒッヒッヒ」

「江戸川先生、まさかご自分の実験室欲しさに顧問や部室の件を?」

「私は影虎君により良い環境をと思って口を挟んだだけ、それが偶然私にもいい結果を産んだだけですよぉ、ヒッ、ヒヒヒヒ……」

 

 江戸川先生は入り口と対面にある扉を開き、なんとなく機嫌よさそうに、先へ続く廊下を歩いている。けど、桐条先輩がめっちゃ睨んでますよ……暖簾に腕押しってこういう事を言うのか。

 

「先輩、ここで立ち止まっていても」

「そうだな……中も確認しておくべきか……」

 

 先輩を巻き込んで江戸川先生の後を追うと、廊下は建物を二分するように伸びていた。突き当たりまでには右側に五つ、左に一つドアが付いていて、江戸川先生は左の大きなドアを開けて中へ入っていく。

 

 不安を感じつつ俺も中へ入って見れば、そこは完全にナニカの実験室だった。右側の五部屋分をぶち抜いた部屋にビーカーや試験管はもちろん、よく分からない機材がところせましと置かれている。

 

 所々にミイラのような動物の手やホルマリン漬けの標本が置かれていたり、光を通さない分厚いカーテンに魔法陣のような図形が描かれているのが江戸川先生らしい……

 

「先輩、この部屋は元からこんな内装じゃ、ないですよね?」

「当たり前だ。この部屋は資料庫のはずだが……見る影も無いな」

「ここは保健室の代わりに使えるように色々とそろえましたからね……大抵の怪我には対応できますよ、影虎君」

「ありがとうございます」

 

 本当ならありがたいけど、怪しくてどうしても猜疑心が拭い去れない。

 

「では次に……着替えには向かいの個室を適当に使ってください。私はこの一部屋で十分なので、そっちは私物を置いても結構ですよ。それから廊下の突き当たりに三つ扉がありますが、右がトイレで左が給湯室、真ん中がシャワールームです」

「給湯室には大型のキッチンや冷蔵庫が設置されているが、それも使いたければ使っていいことになっている。ただし、火の用心と後片付けまでしっかりとやるように」

「聞けば聞くほど優遇されすぎな気がしますね……」

「ヒッヒッヒ、いいんですよ影虎君。もらえる物はもらっておけば。学校側が許可を出したんですから、ね? ヒヒヒヒ……」

 

 江戸川先生の胡散臭い言葉を聞いて、桐条先輩の方を見ると

 

「……許可が出ていることは確かだ」

 

 腑に落ちていないように渋々同意した桐条先輩はそのあと、もう案内役はいらないだろうと言って生徒会室へ帰っていった。最後に怪我など、諸々に気をつけるようにとの言葉を残して……

 

 部室に残された俺と江戸川先生は部活動の活動日について話し合い……あれは話し合いじゃないか。

 

「江戸川先生、部の活動日を決めないといけないんですけど」

「日曜以外、全部にしましょう。そうすればここをいつでも使えますからね」

「他の部は週二回か三回だそうですが」

「それ以上活動しちゃいけない決まりなんてありませんよ。運動部だと朝練などで結局ほぼ毎日活動してますから。ここでの練習を週三、校外へ週二を基本に、その日の気分で調整すればいいですよ。ヒッヒッヒ」

「それでは、そういうことで……」

 

 たった三回のやり取りで終わったからな。江戸川先生も適当というか、やっぱり江戸川先生の要望はあの実験室が目的だったんだろう。そうとしか思えない。

 

 話がまとまると江戸川先生は早々に部屋にこもってしまったので、俺は先生を放っておいて建物の周りを軽く走りながら見て回ることにした。

 

 だがその前に、まずは運動服に着替えようとトイレや給湯室に最も近い右奥の部屋に入ってみる。

 

「これは、またどうしていいか」

 

 そこはロッカールームなどではなく、入口を除いて畳敷きの六畳一間。部屋の端には床の間があって普通にくつろげそうな和室……うちの部はいつから茶道部になったんだろう……もういいや。部屋広くてラッキー! これだけでよし。

 

 想像していた部室との違いについては思考を放棄し、着替えた俺は軽い準備運動の後で外へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~一時間後~

 

 林の細道を歩いて部室に戻ると、そのままシャワーに直行。今日できたのは部室と練習環境の確認、あとは軽く流す程度に走ったくらい。だけど、大満足。

 

 林の中はほどよい起伏に富んでいて、林を出ればランニングに丁度いい道路があった。途中には階段やポールなんかの障害物もそこそこあるし、何より林に入る人がいないので思い切り走れるのがいい。妙な事は多いけど、これ以上を望むのは贅沢だし、こうなると江戸川先生に感謝の気持ちが湧いてくる。

 

「ふ~……さっぱりした。今日はこれで上がりにするかな」

 

 強めの水圧で汗を流し、制服を着直した俺は江戸川先生に一言伝えに行く。

 

「江戸川先生、今よろしいでしょうか?」

「はいはい、中へどうぞ。鍵は閉めていませんから」

 

 例の部屋の扉の外から声をかけると、ちょっと大きな声で答えが返ってきた。あんまり入りたくはないが……我慢して入ってみると、江戸川先生が黒いビンからビーカーへ黒い粉末を移し入れている。

 

「どうしました? さっそく怪我ですか?」

「いえ、部室と練習環境は確認できたので、今日はこれで上がろうかと」

「おや。……言われてみれば、もうすぐ他の部活も終わる時間ですねぇ。わかりました。……せっかくですし、コーヒーでも飲みませんか? 丁度淹れようとしていたんですよ」

 

 江戸川先生が部屋に置かれた時計を見てから黒いビンを軽く持ち上げて聞く。あれ、コーヒーだったのか……江戸川先生には今後もお世話になることだし、コーヒーなら。

 

「では、一杯だけ」

「ちょっと待っていてくださいね、ヒッヒッヒ……」

 

 その笑い声がないだけで不安がグッと減ると思うんだけどなぁ……

 

 先生がコーヒーを入れるあいだ、俺は特にすることもなく、用意された椅子に座って怪しげな部屋を眺める。いったいどこでこういう物を買い揃えるんだろうか? やっぱりネット? それとも専門店があるのか?

 

「……影虎君、そういった物に興味がありますか?」

「っ!?」

 

 気づけば江戸川先生がビーカーに入ったコーヒーを持って、目の前まで来ていた。

 

「ええ、と、ネットサーフィンが趣味で、たまにオカルトサイトを覗いたりする程度です」

 

 目的は桐条グループの事件以来、時々上がっている影人間の話だけど……

 

「そうですか。おっと、コーヒーをどうぞ。砂糖とミルクはご自由に」

「あ、ありがとうございます。ブラックで飲みます」

 

 匂いと見た目を確認してから一口飲んで心を落ち着ける。

 特におかしな所のない、普通に美味しいコーヒーだ。

 

「しかし、あれですねぇ。影虎君がこちらにも興味があるなら、それらの話をするのも良いかも知れませんねぇ、ヒヒッ。時間はありますし、何の話が良いでしょうか……」

 

 あれ? いつの間にか講義を受ける流れになってないか?

 

「影虎君、何か聞きたい事はありますか?」

「聞きたい事」

 

 そう聞かれてもなぁ……

 

 しかし、考えて見たら一つだけ思い当たる事があった。

 

「江戸川先生、“ドッペルゲンガー”について何かご存知ですか?」

 

 聞きたいのはもちろん俺のペルソナではなく、都市伝説や心霊現象の方のドッペルゲンガーの事。一応俺も調べてはみたが、江戸川先生なら何か俺が知らない話を知っているかもしれない。まぁ、聞いてどうするわけではないけれど、知っておいて損はないだろう。

 

「神話や黒魔術ではなくドッペルゲンガーですか。そうですねぇ……まず、ドッペルゲンガーとは自分と同じ姿の人を見る、または本人がその時居ない場所で他人に目撃される現象です。ここまではいいですね?」

「はい」

「では続けます。それは古くから世界各地で見られる現象であり、それだけに様々な呼び名があります。例えば江戸時代の日本では“影の病”、中国では“離魂病”などとよばれていました。

 原因は不明で、超常現象や心霊現象ではなく他人の空似や幻覚症状を伴う重度の精神疾患との見方もあります。しかし精神疾患の場合は他者から目撃される説明が不可能であるため、私としては幽体離脱のような現象という説を推します」

「幽体離脱ですか?」

「全てを細かく話すには時間が足りないので割愛しますが、人は現世で生きる肉体と魂、そしてその間に幽体があり、幽体離脱は生きた人の肉体から魂と幽体が抜け出してしまう心霊現象とされています。ドッペルゲンガーはこの抜け出した魂と幽体を目撃してしまうわけですね。まさに中国、離魂病の名の通り! 魂が、離れるのです」

「魂が……」

 

 ペルソナに関係あるのだろうか?

 

「中国の道教では魂は精神を支える“魂”と肉体を支える“魄”の二つに分かれるとされていますし、古代エジプトではなんと五つの部分から成り立っていると考えられていた事から、分かれることがありえないとは言えないでしょう。

 他にも世界には似たような話がたくさんあります。例えばインドの仏教の経典には自身の心の内を見つめる修行を積んだ成果として、意識や心から肉体を作り出すという話もあるのです」

 

 それはペルソナに近い気がするな。ん? 外からチャイムの音が聞こえてきた。

 

 

「おや、時間が来てしまったようですね……今日はここまで、続きが聞きたければまた機会はあるでしょう。私は器具の片づけをしますから、影虎君は帰りなさい。完全下校時刻になりますからね」

「わかりました。コーヒーとお話、ありがとうございました」

「いえいえ」

 

 俺は席から立ち上がり、外へ足を向ける。

 

「ちょっと待ってください」

 

 しかし、出ようとしたら扉の傍で江戸川先生に呼び止められた。

 

「何でしょうか?」

「言い忘れていました。有名なので知っているとはおもいますが、ドッペルゲンガーは“本人が見ると死ぬ”とよく言われます。見てすぐ、数日後、一年後、と期間は決まっていませんが……もしも影虎君が見てしまった場合は……お気をつけて」

「……ご忠告、ありがとうございます」

 

 この言葉を最後に、俺の部活動初日は終わった。しかし……今のは心配してくれたんだろうか?

 


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