人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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139話 開放(前編)

「きたよ、三人。林も確認しながら歩いてるみたい」

「やはり来たか。配置につけ」

 

 携帯で敵の様子を監視するロイドから報告を受け、ボンズさんの合図が出た。

 即座に予定の位置へと動く。

 

 戦闘の舞台は林に挟まれた整備用の小道。駐車場から来て周囲を探すならここを通る。

 ボンズさんとジョージさんは林の中。俺が魔術で掘った塹壕に身を隠している。

 親父達にはさらに後ろに掘った別の塹壕へ避難してもらい、非戦闘要員を守ってもらう。

 草木でカモフラージュしてあるので、遠目からならそう簡単には見つかるまい。

 そして俺は皆から20メートルほど前に出た位置で林へ。姿は能力で隠して息を潜める。

 体調は小周天、治癒促進に加えてアンジェリーナちゃんからの魔力供給でほぼ万全。

 驚いた事に彼女の魔力は俺の回復と塹壕のために三回いただいて、少しだるい程度らしい。

 無自覚でも魔術を使っていた事といい、魔術の才能にあふれているとしか考えられない。

 

 ……来たな。

 

「本当に逃げたのかぁ? まだ中にいるんじゃないか?」

「見つからないから探してるんだろ……」

「薬……早く……殺さなきゃ……」

 

 能力で風景に溶け込んだ俺の前を素通りしていく敵三人。

 どいつもこいつも不健康そうな顔に見える。

 ある程度の所で、まずは一人。

 一番後ろをフラフラと歩く一番やばそうな奴の後頭部へ。強化した拳を叩き込む。

 

「ぎひっ!?」

「あぁ~ん?」

「どうしたっ!?」

「シャァァーッ!!!」

 

 悲鳴と共に転げた男。遅れて振り返る男達の前に、姿を現して叫ぶ。

 

「ワッツ!?」

「バ、ん!?」

 

 突如後方に現れた俺に驚き、二人が銃を向けようとしたが……

 それは必然的に対面へ背中を向けると言うことでもある。

 そして俺の声は注意をひきつけるだけが目的ではない。

 後退して距離をとる。同時に響いた二発の銃声。

 能力が無慈悲なヘッドショットの軌道を捉えた。

 残った敵二人が銃を構える前に静かに崩れ落ちる。

 

「作戦成功!」

「急げ! すぐに追手が来るぞ!」

「了解!」

 

 弾は非殺傷のゴム弾らしいが、当たり所が悪ければ十分に人を殺せる威力がある。

 敵は見事に意識が刈り取られていた。確認ついでに銃器を奪い、全員で逃走開始。

 

 ……

 

「いやがったな……」

「ヒャッハー!!!」

「コロセェ!」

「俺が殺す!!」

「先に行った奴ら、やられてたらしいぞ」

「死んだか?」

「生きてるらしい。ゴム弾だったんだろう」

「なら怖くねぇ! 俺はゴム弾なんか怖くないぞぉ!」

「獲物が生きてりゃ問題ないよ~、うふふふふ……」

「っ、待て! 薬は俺のだ!」

 

 ……聞こえてくる会話内容がヤバイ。

 

 麻薬のせいか異様にテンションの高い集団をやり過ごしたが、皆……特にまだ幼い三人の震えが強くなったのを感じる。一部は恐怖じゃなくて憤りのようだけど……今はどうでも良い。

 

「よし行った。走るぞ」

 

 風呂敷状態を上手く使い、敵をやり過ごして駐車場へ歩を進める。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~駐車場~

 

「準備はいいな?」

 

 風呂敷に包まれ、各自が首を縦に振った。

 個人の所有にしてはやけに広い駐車場の角。

 四方を囲むレンガの壁で、背後から狙われることは防げる位置取り。

 前方には多数の車やバイクとその持ち主であろう武装集団。

 適当に武器を構えて歩き回る目つきの怪しい連中が十二名。

 その中心ではバンの上から、多少まともそうな男が指揮官として指示を飛ばしている。

 他にも二人、身のこなしが明らかに違う奴がいる……要注意。

 

 駐車場の出入り口は二つ。

 一つは俺たちに近く、家へと続く道。万が一の逃走経路。

 もう一つはその対面に位置する、大通りへと続く道。

 こちらは敵が乗ってきた車やバイクを並べてがっちり固めている。

 そのためこの付近は空白地帯になっているが……

 逃げるには敵を排除してこじ開けるしかなさそうだ。

 逆に言うと奴らを何とかすれば、足として使える車を盗むことも容易いだろう。

 

「タイガー。本当にやるんだな? ……この作戦、君が最も危険になるぞ」

「大丈夫です」

 

 何か……妙に自信がある。

 冷静じゃない?

 ……むしろ落ち着きすぎているような気がしてくる。

 

「……援護、お願いします」

「こちらは任せてくれ」

「私たちもできるだけの事はさせてもらうわ」

「お前は自分のことだけ考えろ。気合入れてけよ」

 

 ボンズさんの確認に答え、安藤夫妻と父さんの激励を受けた。

 

「先輩……」

「天田……女の子を守ってくれ」

「っ、はいっ!」

 

 天田も不安なりに俺の言葉に従い、女の子のそばに控えた。

 他の用意も整ったようだ……

 

「始めよう。ロイド、10からカウントダウンしてくれ。0で作戦開始だ」

「OK! ……いくよ。10、9、8、7」

 

 敵を見据えて呼吸を整える。ここが正念場だ。

 

「6、5、4」

 

 体力、魔力は十分。勝算もある。

 

「3! 2! 1!」

 

 生死を分けるのは、作戦通りに全力を出せるかどうか。

 

「0!!」

「“土の壁”!!」

 

 盛り上がる地面が俺たちを隠す壁となる。

 これをもう二つ。さらに攻撃力と機動力も強化。

 魔術の連発で決戦の場を整える。

 これが作戦の第一段階。

 

「?」

「がけ崩れか?」

「そんなわけないだろ」

「今、誰かいたか?」

「なんでまた急にあんなのが……」

 

 敵から疑問の声が続々と上がる中、ドッペルゲンガーを一度消して再召喚。

 ただし召喚場所は、記憶しておいた指揮官の背後(・・)

 

「おい! 誰か見に行けっ!」

「うーす……っ!?」

「ガッ!?」

「ブラッククラウン!?」

「獲物だぁ!!」

 

 召喚の利点を活かしたペルソナ単体での奇襲攻撃。

 遅れて銃器を向ける手下の動きを周辺把握は如実に捉えている。

 派手な音を立てたことで、視線も敵意も銃器も。全てがドッペルゲンガーへ向いた。

 ここでダメ押しにもう一発。ドッペルゲンガーを本来の姿(・・・・)に戻す。

 

「ぶっ」

「うわっ!?」

「自爆か!?」

 

 人型(個体)よりも霧状(・・)の方が体積が大きいのか?

 密集していた敵陣をほぼ包み込むことができた。

 想定以上だが、好都合。

 変幻自在の黒い霧はこの瞬間、即席の“煙幕”へと変化した。

 第二段階、完了。続けて第三段階へ移行!

 

「行きますっ!」

 

 混乱する敵陣へ、単騎での中央突破。

 

「くそっ! 邪魔な!? うぁ……」

 

 車両の間に身を投じ、煙から出ようとした一人を背後から殴り倒す。

 煙幕が敵の視界を遮る中、俺だけは周辺把握で敵の様子が分かる。

 

「右2! 左1!」

 

 三発の銃声。

 煙から這い出ようとした敵を、俺の指示で待ち構えたボンズさん達が撃ち倒した。

 

「反撃してきやがっただと!?」

「ひるむなァ! 戦えェー!」

「獲物はさっきの山の裏だ!!」

「誰かいるぞぅっ!? カハッ……」

「見えねええええええええ!!!」

「――!?!?」

 

 左前方、車の陰から誰かの怒声と銃の乱射音。そして悲鳴。

 

「馬鹿! 下手に撃つな! くそっ! これだからジャンキーは……!」

「おい! さっきの壁に突撃しろ! 敵は向こうだ!」

「あっちかあぁああ!?」

 

 チッ!

 

 身のこなしの違う二人が他より早く状況を把握して指示を出した。

 突然のことに対応できず、蹲っていた奴まで動こうとしている。

 このまま全員で突撃されればボンズさん達だけでは捌ききれない。

 

 だからこそ……このタイミングでドッペルゲンガーを身に纏う。

 煙幕は薄れるが……

 

「い、いたぞ!!! ここにぃっ!?」

「何ぃ!?」

「ブラッククラウンだ!!」

「俺の獲物だぞ!!!」

「邪魔するな!」

 

 目の前に俺という獲物が現れたことで、功を焦る敵の目がこちらに引き付けられた。

 やはり所詮は寄せ集め。

 

「死ねぇええええ!!!!」

 

 真っ先に拳銃を構えた女が引き金を引く。

 頭を狙ったようだけど……構え方が悪く、放たれた弾丸は背後の車へ。

 着弾と同時に火花が散った。

 

「……」

 

 一歩進んで体を半身にした瞬間、後ろの車の陰に潜んでいた男が発砲。

 俺が斜め下から頭を狙う射線から逃れると、弾丸は空へと消える。

 

 分かる(・・・)

 

 きっかけはアンジェリーナちゃんを助けた時。

 あの時、俺は不良警察官から逃げた。

 逃げられた。銃をぶっぱなす相手から。

 障害物もない道を、自分にも抱えた二人にも傷一つなく。

 だから気づけた。

 

 “拳銃の心得”と“照準”。どちらもアメリカで手に入れた銃の扱いに関するスキル。

 それらは自分が銃を扱う際の補助になる。しかし、どこからどこを狙っているのか?

 距離は? 銃口の向きは? 角度は? 引き金を引くタイミングは?

 

 それらを自分の経験を情報と照らし合わせることで、“貫通見切り”の精度まで高める。

 

 ……この状況になってから、複数のスキルが一つにまとまる不思議な感覚。

 不思議に思っていると、

 

『あと少し……』

 

 体の内に声が響く。

 

「チッ!?」

「動くなよ!」

 

 前後からの射線に身をかがめた直後、二発の弾丸が頭上をすれ違う。

 敵は数が多く、果敢に攻めてくるが連携は拙い。

 それが敵の同士討ちを誘発し、こちらの追い風になる。

 

「っ!」

「出てきたぞ!」

「生きてたぁ!」

「逃がすな! 車の上だ!」

 

 自分にチャンスが残っていると、状況を弁えない歓喜の声を上げる薬物中毒者にいらだちを含んだ指示が飛ぶ。

 

 射線が増えるが……

 

「Oh! Sh■t!」

 

 視界が良くなったことで、ボンズさんたちの援護射撃。

 邪魔をされた男たちは車の裏から悔しげに叫んだ。

 結果として、射線を避けるのがさらに容易くなる。

 前後左右から散発的に撃ってくるが……隙間だらけ。

 両手を広げたウィリアムさんを相手にするより逃げやすい。

 

『それでいい』

 

 ……ドッペルゲンガーがやけに饒舌だ。

 ペルソナに目覚めた時も、暴走した時も……

 こうして直接的に言葉が出る時は何かがある。

 

「弾を避けてる!?」

「ありえない……化物め!」

「ヒュウ! So Cool! でも当たってくれよ! 俺のために!」

 

 誰が避けられる弾に好き好んで当たるものか。

 そう考えた時だった。

 

「どけっ!」

 

 烏合の衆の中で二人だけいたプロ風の男。

 その片方が近くの男を押しのけた。手にはショットガン。

 ソニックパンチ。

 

「っ!?」

 

 敵の攻撃よりも先に。ジョージさんから学んだジークンドーの心得。

 そして得た速さ重視の一撃は顔面へ直撃。手ごたえあった。

 

『まだだ』

 

 やはり寄せ集めの雑兵とは違うようだ。

 首が“赤べこ”のように力を失って揺れたが、体勢を立て直している。

 拳銃よりも広範囲に弾をばら撒くショットガンの方が危険。

 奴は先に仕留めるべきだ。

 

 考えた時には体が動いた。

 

「ッ!」

 

 車から跳躍。銃口が向けられる前にショットガンへ左手を伸ばす。

 人体の構造からありえない長さに伸びた手が接触。

 弾はあらぬ方向へはじき出された。

 車の窓が粉砕された音を聞きながら、男が腰のナイフへ伸ばす手を確認する。

 判断が早い。

 ナイフで突き込んできた手首を右の手刀で叩き落す。

 何かが砕けた感触と同時にナイフが男の手から落ちた。

 続けざまに裏拳と鳩尾への一撃。

 厚めの防弾チョッキを着ているのか、胴体よりも頭を狙った方が効きそうだ。

 感じたままに、一気に敵を攻め落とす。

 

『その調子だ。どんどん行け!』

 

 興奮した様子の後押しを受けて、俺もまた気分が高揚しているのを感じる。

 

『その感覚に身を任せろ』

 

 この状況では役に立つ。

 

 俺は不思議とそう確信していた。




影虎たちに捜索の手が伸びた!
影虎たちは戦う決断をした!
影虎は成長している!
しかしドッペルゲンガーの様子が……

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