人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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140話 開放(後編)

「へっ?」

 

 物陰から飛び出してきた男の額へ、吸い込まれるように拳が当たる。

 勢い余った男は車に頭を打ち付けたまま起き上がる様子はない。

 

『動け』

 

 次だ。

 

「うわっ!?」

 

 目標と定めた敵へ一直線に。

 車ごと飛び越える跳び蹴り。

 向けられた銃に左足、敵の顔面へ右足。

 まるでスケボーで技でも決めたような格好で同時に踏みつけた。

 地面まで倒れた敵は動かない。

 

『迷うな』

 

 次だ。

 

「ひぃっ!?」

 

 視線だけで悲鳴を上げた男。

 見るからに気の弱そうな線の細さ。

 足がもつれて転びかけながら、近くの車に手をついて体を支えている。

 それでも敵だ。

 そう思った途端に距離が詰まる。やけに足が軽い。

 

「シャァッ!」

「わぁあ!?」

 

 片手で銃を向けてきた。

 射線の上だが速度は緩めず、引き金が引かれる直前に地を転げる。

 

「!?」

 

 銃弾の下を潜り抜け、カポエイラの技に繋がった。

 低空からの左後ろ回し蹴りが拳銃を弾き飛ばす。

 

「この距離で当たらないのか……」

 

 諦めたように呟いた男は、続く蹴りを避けようともしなかった。

 やはり一撃。魔術で強化した足技で、一般人相手ならこんなものか。

 

『ただ感じるままに動けばいい』

 

「カァッ!!」

 

 一も二もなく言葉に従う。

 自分の認識よりもはるかに機敏に体が動く。

 ……気分の高揚が抑えようにも抑えられない。

 

『己の“(かせ)”を外せ。それが汝の本来の(・・・)動き』

 

 残り五人。

 車を足場に飛び上がり、わざと敵に姿を晒す。

 だいぶ減ったが、普通に考えれば危険な行為だ。

 

『それこそが……“枷”』

 

 一斉に銃を向ける連中。

 それに応じて自然に動く体。

 今度は避ける隙間が狭い。

 でも焦りは微塵も湧かない。

 代わりに両手へナイフが。両肘からは刃が伸びる。

 どれもドッペルゲンガーの一部だけれど、硬度は本物並み。

 それをちょっと厚くして、さらに“防御力五倍”。

 作り出した刃物の腹で射線を遮る。

 避けられないなら障害物を挟んで場所を作ればいい。

 

『考えなしの行動が命取りになる場合もある。だが……』

 

 だいぶ激しく動いたのに、まったく疲れない。

 それどころか体に力が満ちてくる。

 そんな気分と呼応するように、手足を包むドッペルゲンガーが脈動した。

 服から爪や筋肉へと、どんどんと獣じみた姿へ変わっていく。

 

「おいおい……俺らは何と戦ってんだ? 薬のやり過ぎか?」

「めんどくせぇなぁ!」

 

 命知らずが銃弾の降り注ぐ俺に近づいてきた。

 車に登り、背後から垂れていたエルボーブレードに飛びつく。

 

「んがっ!?」

 

 むざむざ掴ませるわけがない。

 直前に霧へ変えると勢い余って落下。

 即座に戻して次の銃弾を弾く。

 

 ドッペルゲンガーの変形がはるかに早くなっていた。

 エイミーさんの意見をきっかけに、エネルギー操作の精度が上がったけれど……

 それよりももっと直感的に、面白いように操れる。

 

『思考は力を制限もする』

 

 !

 

「……ぐあっ!? ッ! 退避ーッ!!」

 

 車から飛び降り、その影に身を隠す。

 直後に轟く爆発音。その正体は“手榴弾”。

 敵がそんな物まで持っていたことに若干の驚きはあるが、それ以上に自分に驚いた。

 

 車の陰でピンを抜き、投げる前の動きを感知した瞬間。

 俺はその一瞬でシングルショットを放つ用意を整えていた。

 貫通力を高めた気弾は出てきた腕を打ち抜いて、手榴弾を落とさせる。

 持っていたのはもう一人のプロらしき男で、当人はすぐに離脱。

 俺も手榴弾が爆発することに備え、車を盾にすることで爆風や破片に備える。

 

 ……これだけの情報を瞬時に判断しての行動。

 むしろ行動が先で、判断が後からついてきている。

 車の陰から躍り出る。考えるよりも先に体が動く。

 気分が良い。爽快だ。不謹慎だが……楽しさすら感じる!

 

『思い出せ。かつての自分を』

 

 生まれ変わる前の俺は……どちらかと言えば机にかじりつく方。

 運動は飛びぬけて下手というわけではないけれど、得意とも言えない。

 格闘技経験は学校の授業くらい。

 

 鍛え始めたのはこの世界に生まれてから。

 生き延びるために、何をおいても力を求めた。

 そのために犠牲にした物もある。

 力を求めることに集中しすぎて、幼稚園から小学校までの人間関係はボロボロだった。

 子供ながらに付き合いはある。俺はその時間を惜しんだ。

 同世代の輪からのけ者にされるまでに時間はかからなかった。

 そうなってからも俺は変わらなかった。

 構わなかった。気にしなかった。気にする余裕を持っていなかった。

 

 無視に堪えた様子がない俺を気に入らないと、やがて手を出す奴らも出てくる。

 やめてくれなんて、言った所で聞きはしない。

 問答無用でケンカになり、勝った。

 勝ち続けると仲間や年上の兄弟を呼んでくる奴もいた。

 取り囲まれると逃げられず、圧倒的に不利でもケンカをした。

 子供に負けているようではシャドウに太刀打ちできるとは思えない。

 

 だけど実際は無様なもの。

 素人が格闘技をある程度身につけるには、どれだけの時間が必要だろうか? 

 同学年ならまだしも、対格差のある年上相手に一対多数で圧倒できる実力は無かった。

 殴られ蹴られ、それでも向かっていく。

 型や技なんて見る影もない。あれこれ考える余裕も無い。

 相手へ怒り、自分の意地、シャドウへの恐怖……

 色々な感情に突き動かされてヤケクソで動いた末に、俺は勝った。

 

『完全勝利は夢のまた夢。弱き汝は無様だろうと汚かろうと……』

 

 こいつ頭おかしいよ!

 相手にしていた子供たちが、泣きながらそんな捨て台詞を吐いて逃げるまで。

 あの時は何も考えられなかった。それでも体は動いて勝てた!

 

『貪欲に求めた末、汝は力を得た。それは汝の心に余裕を生み、一時の平静をもたらす』

 

 基礎を重ねて正しい動きが自然にできるまで身について。

 相手の動きを観察できるようになる。

 受け方、捌き方……身を守る技にも慣れた。

 ペルソナに目覚めてからは、アナライズも使える。

 

 冷静な判断、適切な対応を心がけ……気づかないうちに思考が増えていた。

 獣のような戦い方をしている時も、それは所詮上辺を真似ただけに過ぎなかった。

 そうじゃない。まだ足りない!

 

『理性と技術……それは力。されど野生と本能……それもまた力』

 

 後先考えず、がむしゃらに鍛えて敵へ向かったあの頃のように。

 

『!!』

 

 言葉にならない歓喜と共に、体が活力で満たされた。

 同時に姿はさらに獣に近く荒々しい風貌へ。

 自分の意思で(・・・・・・)姿を変える。

 

 防御の腕があるからこそ、前へ出られる。

 俺がすべきことは、心の底から積み上げてきた力を開放する事。

 

「な、なんだぁ? 形がどんどん変わってくぞ……」

「ハハッ、どこまでもこったコスプレじゃねーか」

「手を止めるな! 撃ち続けろッ!」

 

 俺の変貌に銃撃を止めていた連中へ、生き延びたプロが怒鳴る。

 やっぱりあいつが一番冷静で邪魔だ。あいつを潰そう。

 

「カアッ!」

 

 足元で耳障りな音。

 足場にした車の天井が悲鳴を上げている。

 

「クソがッ! 来るなこのっ、化け物がぁ!!」

 

 足に怪我を負ったようだ。

 近くの車に背中を預けて、怒りに任せて叫んだようでも狙いは他の誰より正確に。

 肩から吊るしたサブマシンガンが火を噴く。

 

 その様子を俺は……上から(・・・)見ていた。

 

 思い切り跳んだ。それだけだ。

 それだけで射線からは逃れられた。

 おまけに男は俺を見失ったようだ。

 速度が爆発的に上がっている。

 今にもあたりを見回しそうな顔を見ながら、背もたれにされた車へ着地。

 やけに派手な音が鳴った。

 

「なッ!?」

 

 向けられかけた銃を払いのける。

 ベルトが切れて銃が吹っ飛び、壁に衝突。

 スピードだけじゃなくてパワーも上がったか! 

 

「ぅっ!」

「ウラァ!!」

 

 銃を失った男の胸倉を掴んだ途端、片手にもかかわらず大人一人が宙を舞う。

 それを見てしまった敵の対応は様々だ。

 慌てて銃を向ける者。

 撃ち尽くしたようで新しく弾を入れる者。

 とにかく隠れた者。

 判断ができず立ち尽くす者。

 

 そんな奴らに対して、

 

「―――――――――!!!!!」

 

 俺は吼えていた。

 心の底からこの高揚と戦意を示すように。

 叫んだ、と言う程度では表現しきれないほどに。

 それこそ獣が敵を威嚇するように。

 本能の赴くまま、彼らに持つ敵意を全て吐き出した。

 

 さぁ、次は誰だ! 

 

「………………?」

 

 敵に動きが無い。

 

「あ……ああ……」

 

 様子がおかしい……銃を向けていた男はその形で固まっている。

 

「いや、嫌よ、来ないで、ごめんなさい、助けて、殺さないで、死にたくないぃ……」

 

 その近くにいた女は、うわごとを呟きながら手の力を失ったように銃とマガジンを落とす。

 そのまま膝まで崩れ落ちて、頭を抱えて震えたまま動かなくなった。

 

 ……?

 

「」

 

 ちょっと移動して隠れていた男の様子を見てみると、気絶している。

 近づくと股間が湿っていて臭い。

 

 ただ立っていた男は……

 

「アハッ、アハハッ。夢だ、こりゃ夢だ。こんなモンスターが現実にいる筈ない……幻覚だ。薬、薬が切れたんだ、薬を使えば忘れられ……あれぇ? 俺、薬持ってたっけ? 薬を貰うために……化けアハッ化アハッッヒアッハッハヒ」

 

 棒立ちのまま、虚ろな目から涙を流して笑っている……

 正気を失っているようだ……

 

 “フィアーボイス”

 “パニックボイス”

 “バインドボイス”

 

 ……どうやらさっきの咆哮に恐怖で混乱させ金縛りにする効果があったようだ。

 

「タイガー! 生きているな!?」

「っ、無事だ!」

「大丈夫か!? 敵はどうなった!? もう出ていいのか!?」

「ちょっと待った!」

 

 大丈夫だとは思うが、とりあえず全員確実に眠ってもらわなければ。

 釈然としないが……無抵抗でも敵の意識を絶って回る。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「大丈夫です! 出てきてください!」

 

 ボンズさんを先頭に皆が壁の裏から出てきた。

 そして俺を見て驚いている。

 

「タイガー、ずいぶんワイルドな姿になったわね……」

「ワァオ、まるで狼人間じゃないか! ……動物としては虎の方が近いかな?」

「……」

 

 ?

 

「アンジェリーナちゃん? どうした?」

「……煙。前より濃くなってる」

「それは、ッ!?」

「影虎!?」

「影虎君!」

 

 この姿が危険なのか? と言いかけた直後、急速に力が抜けた。

 直前までの充足感が夢だったかのような虚脱感。

 姿はピエロに戻り、その場で転びかけた所を親父と先生に支えられた。

 

「大丈夫ですか!?」

「しっかりしろ! おい!」

「先輩!」

「大丈夫だ……意識はある。ただ、慣れない力を使って反動がきたみたいだ……」

「反動?」

 

 いまごろになって理解した……

 

「“ベルセルク”……さっきの姿はそう言うらしい」

「……それはまた難儀な気配がしますねぇ。……ベルセルクといえば北欧神話に登場する戦士の事です。文献によって彼らはオーディンの神通力を受けたですとか、シャーマンで獣の霊を身に宿すと言われたりもしますが……彼らは獣の皮をかぶり、戦場で敵味方の区別がつかなくなるほどの興奮状態で、強大な力を持って戦うとか」

「そこまで極端な興奮状態にはなりませんでしたけど……おおむねそんな感じです」

 

 一時的に精神を高揚させ、身体能力や反応速度を飛躍的に向上させる。

 ただ代償として……急激に体力を消耗するようだ……

 

「長居は無用だ。新手が来る前に逃げるぞ」

 

 ボンズさんの号令で、一気に出口へ移動。

 俺は親父に肩を借りることになった……

 

「ったく、無茶しやがって。だがまぁ、よくやったよ」

「……皆、無事か?」

「おう。全部お前を狙ってたんだろ。来てもボンズさんが片付けたんじゃねぇか? 結局俺の出番は無かったぜ」

「そうか……無事でよかった……」

 

 気が緩んだのか、体からさらに力が抜ける。

 

「おい! しっかりしやがれ!」

「分かってるよ……」

 

 しかし、正直ドッペルゲンガーを維持するのもキツイ。

 こりゃ確かに危ない。アイギスの“オルギアモード”に近いか? 

 ベルセルクモードは慣れておかないと、一人で使いどころを間違ったら死ねる……

 

「鍵つきの車があったわよ!」

 

 カレンさんの声。どうやら車が見つかったようだ。

 エンジンのかかった車が、擦りそうな車の隙間を抜けて外につながる道へ出てくる。

 車種はトラックのような……配送業に使われていそうな車だ。

 

「よし、皆乗り込め!」

「雪美さん先に乗って!」

「はい! アメリアさん、手を」

「ありがと、ねっ! ふぅ……さ、次を」

「ちょっと待って。場所あまりないわ。先に乗ってる荷物を捨てましょう」

「私も手伝いましょう」

「僕も!」

 

 母さん達が場所を作る手伝いに江戸川先生や天田が入る。

 スペースができると人の乗り込みが再開された。

 静かに。落ち着いて。淡々と。

 ロイドやエレナが乗り込んで、天田やホリーを荷台に引き上げていく様子を見ていた。

 そしてアンジェリーナが乗り込もうとする。

 

「ッツ!?」

 

 そこで目が覚めるような悪寒が体中を駆け巡った。




影虎は“フィアーボイス”“パニックボイス”“バインドボイス”を習得した。
影虎はベルセルクモードに気づいた!

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