人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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144話 来客

 翌日

 

 8月15日(土)

 

 ~病室~

 

「ハーイ、タイガー元気?」

 

 朝の検査を終えて戻ると、エレナが荷物を持って来ていた。

 

「ありがとう、元気だよ。今のところ検査も問題なし」

「そう、良かった」

「向こうの様子はどう?」

「そうね……皆まだ納得できてないみたい。今はMr.江戸川が家にいるわ。今日はこっちに来ないで皆の様子を見てるって」

「伝言ありがとう。まぁ、そうだろうな……俺もすぐに受け入れられるとは思ってない」

「その影時間ってのが体験できればもっと早いかもしれないけど……」

「体験だけならさせる方法はある。けど、適性がないと危険なだけで記憶に残らないだろうし。そもそも適正があっても最初は錯乱するのが普通らしいから」

「……ま、それは仕方ないわ。それより荷物チェックして!」

 

 言われた通りにチェックを行う。

 アナライズを使ってちゃちゃっと済ませたが、壊れた物はないようだ。

 

「家が住めない状態って聞いてたから、もっと酷いかと思ったけど」

「なんでかタイガーの部屋だけ無事だったらしいわ。他はもっと荒らされてたし、ケンは鞄ごと計算ドリルと日記に穴が開いてたって。ハンドガンの弾で。他もそんなものよ」

「本当に? じゃ何で俺の部屋だけ……あ」

 

 部屋の隅に立てかけられたバイオリンケースから、音が鳴った気がした。

 なんとなく分かった。トキコさんが何かしたな。

 ……外へ逃げずに部屋に駆け込めば無傷で助かってた。とかないよな……

 

「ねぇ、あのバイオリンのおかげってどういうこと? ……というかタイガー、あれ、誰が持ってきたの?」

「え? エレナじゃないの?」

「違うわよ。私が持ってきたのはこれだけ。回収された中には無かったし、壊されたか盗まれたと思ってたんだけど……」

「なんだ、じゃあまた自力で来たのか」

 

 そういえばあの時はまだアンジェリーナちゃんのことを知らなかったから、普通のバイオリンってことにしてたんだった。説明しておこう。

 

「……タイガー、あなたの周りってどうなってるの?」

「ちょっと特殊な環境だと思うよ」

 

 エレナは疲れた顔で、ちょっとどころじゃない……とつぶやいて帰った。

 手伝いがあると言っていたが、もしかすると幽霊系は苦手だったのかもしれない。

 

「忘れてた。今日の昼、グランパが会って欲しい人がいるんだって。服とかはそのままでいいけど、軽く人と会う用意だけしておいて欲しいそうよ」

「お、おう、了解」

 

 帰ったと思ったら急に出てきてびっくりした……

 しかし誰だろうか? そういえば事情聴取とか受けてないし、それ関係かな?

 とにかく従っておこう。

 

 ちなみにその後、トキコさんから催促を受けた。

 四日間連続で引けなかったからなぁ……

 しかも霊感が磨かれたせいか、要求と指導内容をよりハッキリ感じられた。

 ドッペルゲンガーで防音対策。

 昨日覚えたスキルも活用して練習を行うと……

 

 すごい……

 最初こそ四日ぶりで指がなまっているように感じたけど、十分足らずでカンを取り戻せた。

 その後はだんだんと上達を自覚できる。

 こう、教わったことを整理して行動に反映する速度が上がっているようだ。

 

 その後、調子に乗った俺は次の検査で呼ばれるまでバイオリンを弾き続けていた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼

 

 病室で家庭菜園の本を読んでいると、六人組が部屋に近づいてきた。

 全員男で拳銃を所持している。

 一瞬警戒したが、そのうち一人は杖をついている。

 さらに顔の形状から一人はボンズさんだと判明。

 警戒を解いて軽く身だしなみを整える。

 

 扉がノックされた。

 

「どうぞ」

「失礼するよ、タイガー。元気そうだな」

「おかげさまで」

 

 室内に入ってきたのはボンズさんともう一人。

 ボンズさんよりも明らかに年上な白髪の男性だ。

 杖は突きながら、もう片方の手にはアタッシュケース。

 何より視線に力がある。

 ……この人どこかで見たような……

 

 アナライズにより記憶の検索。

 慣れたもので、一瞬にしてこれかと思われる情報が見つかった。

 

「そちらの方は、もしかしてMr.コールドマンですか?」

「おや、私のことを知っているのかね?」

 

 “アルフレッド・コールドマン”

 

 大企業の社長令息として生まれた彼は、家を継ぐために経営学を幼い頃から学んだ。成績優秀で名門の学校を常にトップクラスの成績で卒業し順調な人生を歩んでいたが、同時に自分の生き方に疑念を抱き続けていた。

 

 転機は大学在学中。とある会社が倒産しかかり、知人を通して相談を持ちかけられたので経営状況改善のためにできる限りのアドバイスを行った。結果としてその会社は倒産寸前の状態から持ち直し、そこから自分が学んできた知識を活かすことに意義と充実感を発見。最終的に親の会社を継がず一人の経営アドバイザーとして独立した後、数多くの企業の経営に携わり、自分自身でも会社を興して財を築いた……通称“経営の帝王”。

 

 記憶違いでなければ御年七十一歳。

 世界の大富豪を紹介する番組で何度か紹介されていた覚えがある。

 ただ三年前に会社を息子に譲り、隠居生活を始めたというニュースも聞いたけど……

 とにかく彼はアメリカどころか、世界でも有数の大富豪だ。

 どうしてそんな方がここに……なんて言うまでも無いな。

 

「察しの通りだ。事後承諾で悪いが、私の独断で不都合な情報のもみ消しに協力を願った」

「それは構わないというか、仕方の無いことだと思いますが……せめて来客が誰かくらいは教えて欲しかったです」

「すまん。こちらにも色々あってね……」

 

 申し訳なさそうなボンズさんの横に、朗らかな笑顔を見せるMr.コールドマン。

 うっすら見えるオーラから判断して、本心から笑っているようだけど……

 というか何が楽しいのかすら俺には分からないんだが……あ。

 

「立たたせたままで申し訳ありません。どうぞ」

「ふむ……あまり動じていないな」

 

 これまでの事で度胸はついただろうし、“恐怖耐性”や“混乱耐性”もある。

 驚きはしたけど平気だった。

 三人分のコーヒーを用意して話を聞く。

 そしてまず最初に伝えられたことは、

 

「まず今日私が君に面会させてもらったのは、君たちが襲撃された件についてではない」

「……と、仰いますと?」

「まったく関係ないとは言わないが、目的は別なんだ。単刀直入に言おう。私は君をスカウトに来た」

 

 スカウト? 言葉の意味は分かるが、何に?

 そう考えていると、彼はさらに説明を続ける。

 

「私は今、ある事業を興そうとしている最中でね」

 

 言いながらアタッシュケースを開き、渡されたのは書類入りのクリアファイル。

 まず目に入ったページには“超人プロジェクト”と記されている……

 軽く読ませてもらったが、内容はアスリートや格闘家の育成とサポート事業だ。

 将来性のある人材を集めるとのことだが、その規模が信じられないくらいでかい。

 ざっくりまとめると……

 

 1.専門に用意された部署への申し込みを行い、規定に沿って書類審査、体力テスト、面接を受け、合格すればサポートを受けられる。(三年ごとに契約更新)

 2.応募資格は高校生以上であれば性別、年齢、国籍、人種、種目、経験は不問。

 純粋にテストの結果、特に運動能力を重視して合否が決まる。

 3.コールドマン氏の推薦を受けた者は特例として、一切のテストを免除し合格とする。

 4.サポートはコールドマン氏の関わった企業・病院と提携して行う。

 5.超人プロジェクトではスポーツ医学やトレーニング器具の研究開発を行う部署も設立し、アスリートが提供したデータを元に研究を行う。

 

 

 選手と研究者とメーカーが三位一体となって、スポーツや格闘技の発展に貢献していこう!

 って感じだけれど、全体的にコールドマン氏の意向が超ストレートに出ている。

 発案者も出資者の筆頭も彼だけど……ここまで露骨なのはどうだろう?

 特に3なんかもう清々しさすら感じる。

 事業より彼の道楽と言われたほうがすんなり受け入れられそうだ。

 

 サポートは基本的な練習道具や競技用のユニフォームから、万が一の治療まで含まれているし……これはこれで手厚すぎて逆に疑いたくなる。

 

「私は若い頃から運動だけは苦手でね。アスリートは憧れの存在であり、大好きなんだ。そして私は彼らが潜在能力のすべてを発揮した所を見たい。見て分かったと思うが、発端は老い先短くなった私の道楽さ。

 そこに協力者を募り、社会貢献の意味を加えた。それが“超人プロジェクト”。どうだろうか?」

 

 何かの競技で結果を残せばボーナスも出る。企業と契約し広告料を得ることも夢ではない。そんな申し出の仲介やマネジメント、税金関係のあれこれもサポートの対象内。

 

 さらに彼自身の口から詳細の説明やこの事業に対する思いが語られる。

 理路整然と聞こえ、オーラによる予想を裏付けるほどの情熱と子供みたいな楽しさ。

 飾らない率直な物言いでストレートに熱意を伝えてくる。

 意識せずとも気を引かれ、言葉が心に響いてくるようだ。

 さすが経営の帝王。これが本物のカリスマなのだろうか?

 

 ……正直、興味は少しある。条件も昔の勤め先よりよっぽど良い条件なんだけど……

 

「失礼ですが、どうして私をスカウトしようと?」

 

 これが気になる。襲撃が関係ないとすると、

 

「先日日本で放映されたプロフェッショナルコーチング、あの番組を見せてもらったよ」

 

 やっぱりそっちか……なぜピンポイントにそれを見たのか。

 

「将来有望な選手の情報は部下に命じて前々から集めていたんだ。プロジェクトが本格的に始動すればすぐに勧誘に移れるようにね。そして君の番組をアジア担当の一人が私のところに持ってきた。たった一週間で同世代の国内記録を超える記録を収めた少年。衝撃だったよ、君はまさに私が求めている人材に思えたんだ」

 

 ずっと楽しげなオーラで語っていたが、ここでわずかな陰りが見える。

 

「見ての通り私はもう年でね。病気があるわけではないが、いつ人生の終わりを迎えてもおかしくない。だからこそ、君なんだ。私が求めているのは有名な選手じゃない。高い技術を持っている選手でもない。私が死ぬ前に、人間はここまでできる! そんな底力を見せてくれる人材。そこまでの成長力を持った人材だ。その片鱗を私はあの映像に見た。その時点で君を候補に入れたよ。時期を見て早めに打診するつもりでいたんだが……そこに彼が連絡してきた。

 総勢二十名を超える武装集団に襲われる危機的状況を、ほぼ一人で覆した存在を隠すために力を貸して欲しいとね」

 

 陰りは熱意に変わり始めた。

 

「最初は冗談かと思ったね。でも彼の声からして冗談とは思えない。だから力を貸す代わりにその人に会わせるよう条件をつけた。本当であればまた一人得がたい人材に会える。そのくらいの気持ちだったんだ。その時点ではね」

 

 しかし手伝いのために俺のことを聞き。元々目をつけていた日本人の“葉隠影虎”。

 つい先日のビル火災でアメリカを騒がせた“ブラッククラウン”。

 そして銃を持った大勢を肉体一つで打ち倒した“謎の人物”。

 それら全てが同一人物だと知った。

 

「私にとって、君の重要度がさらに上がった瞬間だ。調べてみれば君はまだフリーだそうだね? どこか他の所に君が所属するかもしれない。そう考えるといてもたってもいられなくてね……突然の訪問、すまなかった」

「いえ、この程度であればまったく。こちらこそありがとうございました。Mr.コールドマン、あなたのおかげで私は助かっています。

 ……しかし、残念ながらこのお話は」

「条件に不満があったかね?」

「条件は破格だと思います。ですが……」

 

 この人の事は良く知らないが、オーラを見る限り嘘や俺を騙しそうな印象は無い。

 ただ自分の望みとそれに対する熱意を本当にストレートにぶつけてきている。

 ……オーラを見る力が強くなっていて良かった。

 この人も何も知らないわけじゃない。

 少し考えたけれど、この熱意には包み隠さず答えることにした。

 

 自分には寿命が残されておらず、一回分の契約期間にも満たないこと。

 生き延びる方法を探しているが、まだ確実な方法は見つかっていないこと。

 そして何より充実したサポートのため、アメリカへの移住が望まれている。

 費用や新居などはすべて用意してもらえるらしいが、移住は不可能だ。

 俺が生き延びる方法を見つけるには、あの街以上の場所は無い。

 

「詳細は口にできませんが、そういう事情でして」

「…………確かに、あの現場には明らかにおかしな点があったが……」

 

 彼が悩み始めた。かと思えば、

 

「サポート体制には見てもらった通り病気治療も含まれている。ひとまず生き延びる事に協力する、という形ではどうかね?」

 

 んー……?

 こうもあっさり対応されると、断るための方便と思われたのだろうか?

 そう勘繰ってしまった。

 しかしオーラは大真面目。この人の真意が分からなくなってきた……

 

「……資金力や設備では負けますけど、真っ先に協力してくれた方々がいますから」

「そうかね……分かった。少々性急過ぎたようだ。しかし私としては変わらず君に協力を頼みたい。ぜひもう一度考えてくれたまえ。返答はすぐでなくても構わない。親御さんとも相談してね。

 もちろん断った場合も君や家族に手を出すつもりは無い。これだけは明言しておくよ。DOUCの二の舞にはなりたくないからね」

 

 連絡は置いていった書類の番号か、ボンズさんに頼めばできる。

 彼はそう言い残し、ガードマンを引き連れて帰っていった。

 ……“恐怖耐性”や“混乱耐性”があっても、終始会話のペースを握られたような印象だ。

 オーラを見る力は役に立ったが、流石にこれだけでやり手の経営者を相手する自信はない。

 今回は相手に無理強いするつもりが無さそうで良かったものの……

 日本の騒ぎを考えると、今後似たような勧誘があるかもしれない。

 交渉術……伝達力をもっと磨くべきだろうか……




影虎は大富豪のコールドマンと知り合った!
コールドマンから勧誘を受けた!
影虎はあふれる勇気で対応した!

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