夜
面会時間の内に魔術を学びたいと、アンジェリーナちゃんがやってきた。
しかし、
「俺いらなくない?」
彼女は
最初こそ苦戦していたが、彼女は俺が何度か吸い上げた魔力の動きを感じ取ることに成功。
今では徐々に体内の魔力を外に出せるようになった。
所要時間、約一時間。
プラスチック板には数滴の水滴……効果は弱いけど、魔術も発動している。
魔力を感じるところから始めてこれだ。
尋常でない早さで成長している。
もう一度言う。俺、いらなくない?
「私には魔術が使える時点で凄いと思うのだけど、タイガーから見ても凄いの?」
「普通に凄いですって……ペルソナの補助があるわけでも無いのに。本当に魔術の天才だと思いますよ」
「本当?」
「本当だよ」
「褒められた」
「良かったわね」
アンジェリーナちゃんは嬉しそうに、カレンさんへ笑顔を向ける。
彼女との関係は俺が生還して以降、明らかに変化した。
実のところ……俺の周りに死の煙はまだ見えるらしい。
しかし前と比べて煙は格段に薄くなっていて、本人曰く緊急性はなさそうとのこと。
さらにこれまで彼女が不本意にも当て続けていた他人の死が、初めて覆った。
これにより安心感と俺に対する興味を持ったようだ。
しかしこれまでの自分の態度を気にしているようで、オーラが複雑な色をしている……
俺は気にしていないけれど、慣れるにはまだ時間がかかりそうだ……
幸い才能と興味があるようなので、魔術を通してコミュニケーションを続けていこう。
「読み終わったわ」
「いかがでしょう?」
カレンさんにはコールドマン氏が置いていった書類を見てもらった。
元弁護士としての目で、契約内容などについてアドバイスを貰うために。
さすがに問題のある書類を俺の手元に残して帰ったとは思えないが……
「そうね……聞いていた通り破格の待遇よ。特別な事情が無い限り、十人の内九人は話に乗るんじゃないかしら。契約内容にも度を越えた不利益を被るような部分はないわ、とにかく贅沢だから疑いたくなる気持ちも分かるけどね」
「ですよね」
「彼の意思が事業に大きな影響を与えていることも事実。だけどコールドマン氏は昔から経営改革を続けてきた方だから……お歳のこともあるし、道楽として自重が減ってる可能性は否めないけど、ある程度は弁えてると思うわよ」
「今後どう対応すべきでしょうか? 諦めないと宣言されたので、きっとまた来ます」
「そうねぇ……とにかくまずこちらの方針を固めなきゃだめね。そのためにはご両親と相談する必要があるけど……」
うちの親はすでに別の件で頭を悩ませている最中だ。
俺はまず二人が出す結論を知りたい。それは俺の今後に影響を与えるだろうから。
この件を伝えるのは、そっちをしっかり考えてもらってからにしたい。
「コールドマン氏も結論を急いでいたわけではないようだし、ひとまずは大丈夫でしょう。勢いに呑まれて首を縦に振らなかったのはグッドよ」
事の次第はある程度ボンズさんから聞いていたようだ。
コールドマン氏を連れてきた彼だが、状況によっては話に割って入るつもりでいたらしい。
面会時間が終わるまで、魔術の指導をしながらカレンさんに交渉のポイントと最低限の心構えを教えてもらった。
……
…………
………………
翌日
8月16日(日)
朝から検査の合間に“ハンドレタリング徹底指南”を読み、部屋に戻ったら鉛筆で練習。
まだ基本のデザインを真似ながら書いている段階。
だけど基本のアルファベット一文字ならそれなりに書けるようになった。
デザインや記入する内容に工夫していければいいが……まだ練習を重ねる必要がある。
でも上達すればハンドレタリングの技術で、ルーンを見栄えよくデザインできそうだ。
良いデザインで使えるルーンが書ければ、さらに良いアクセサリーが作れるかもしれない。
しかし……ずっと続けていると飽きてくるな……
そしてベッドに寝転んだ時だった。
「よう、影虎」
「!」
父さんがノックもせずに入ってきた。
後ろに母さんと江戸川先生、それにジョナサンとボンズさんもいる。
「ハァイ! タイガー、元気ですかー?」
「調子はどう?」
「いつも通りだよ。ドクターから見ても問題ないそうだから、退院は予定通り明日になった」
「そう。良かった……」
安心した様子の母さん。
それに続いて父さんが口を開いた。
「影虎……一昨日のお前の話、俺たちは信じるぜ」
「そう」
ペルソナも魔術も見せた後だし、そうなるんじゃないかとは思っていた。
けど、
「納得できたの?」
「できねぇよ。信じるだけだ」
「昔から虎ちゃんは、他所の子と比べてなにか違うとは薄々思ってたから」
「だけど一つだけ聞きてぇ。お前、なんでこれまで黙ってた。昔のアレの話かと思ったけどよ、それにしちゃ聞いてないことが山ほどあるんだが?」
「最初に病院へ連れて行ったから……信じないと思ったの?」
「……その気持ちが少しもなかったとは言わないよ。俺もこんな風に証拠を見せられるのは今年に入ってからだから」
隣にドッペルゲンガーを出しながら説明する。
ただ、俺は二人を信用していなかったわけじゃない。
話したら信じてくれるかもしれないとも思っていた。
昔病院に連れて行かれた事は、常識で考えたら当たり前のことだ。
むしろあの時の二人はちゃんと考えて、最良の選択をしようとしていたと思っている。
一昔前まで、心療内科の受診には偏見の目があった。
重篤になる前に精神のケアをすることは大切な事。
欧米ではそれが当たり前に近い認識だそうだ。
けれど、日本人はそれを“心が弱い”とか“我慢が足りない”と否定的な見方をしていた。
最近は変わってきているらしいが、まだそういう認識の人は多いかもしれない。
そんなことはないのに。
具体的にこれがこうだから悪い! そんな風に理路整然と否定する人はまずいない。
先に挙げたような理由で無責任に“悪いものだ”と決め付ける風潮が流れていた。
そんな“悪いもの”に自分や家族がなることを認められない人もいる。
その結果、問題を放置したまま状態を悪化させ、自殺に発展することも。
心療内科にかかることは悪いことではない。
それでも周囲の目を気にして受診を控える。
子供を受診させたがらない親も世間にはいるだろう。
そんな中で、二人はためらうことなく俺を連れて行った。
その方が俺のためになると考えて。
だから、受診を理由に“両親には信じてもらえない”と考えたことは無い。
そう伝えると、親父は身を震わせた。そして俺の胸倉へ手が伸びる。
「だったら何で話さなかった!」
「お父さん、落ち着いて!」
「待て!」
「そりゃ説明も難しいかもしれねぇ。俺が信じないかも知れねぇ。それでも話さなきゃ俺には分からねぇんだよ! だからこれまで口すっぱくして何でも話せって言い続けたってのにッ」
「リュー! ストップ! 一応は怪我人でーす!」
親父は先生とボンズさんの二人がかりで組み付かれても手を離さない。
もっと早く話してほしかった。
信じたからこそ、どうして話してくれなかったのか。
その気持ちはストレートに伝わってくる。
だけど、そこは謝らない。
「こんな事にならなければ、一生話すつもりは無かった」
「んだと!?」
「虎ちゃん!」
「ウェイト! 何だこの力は……!」
「影虎君も言い方を考えて! 煽らないでくださいっ」
さらに興奮する父さんを見ながら、俺は新しく得た力を使う。
「っ!?」
「うわっ!?」
「オウ!?」
驚いた父さんの手が緩まり、勢いのまま三人まとめて転ぶ。
突然俺の前に現れたのは、色が違う七つの光。
四つは直線で結べば四角。
三つはその内側で三角形になるだろう。
それが内と外。均等に配置された光が回転し、二重の円を描いている。
「なんだそりゃ……」
「“パラダイムシフト”」
原作では6月に現れる大型シャドウ、“エンプレス”と“エンペラー”のスキル。
二体はこれで戦闘中に自分の持つ耐性を変化させてる。
主人公たちのペルソナが扱うスキルの中には無く、情報もそれしかなかった。
しかし俺は使える。
光の回る円周上に不可視の点が九つ。
物理に打撃・斬撃・貫通。
魔法に火・氷・風・雷・光・闇。
全部で九つの項目と数が一致する。
加えて感じるエネルギーは九つのうち七つが同じくらい。残り二つはその倍くらいだ。
俺の持つ耐性を加えて考えてると、七つは“耐性”、二つは光と闇の“無効”だろう。
自分の耐性が変わっていくのは不思議な感覚だ。
回転する光に合わせて全身のエネルギーが変な動き方をしている。
でも……これでいい。
「江戸川先生、ボンズさん。ご心配おかけしました。もう大丈夫です」
「大丈夫、とは?」
「……父さん、殴りたければ好きに殴るといい」
「あ? 舐めてんのかコラァ!」
あえて挑発的な態度をとる。
乗ってきた父さんの拳が顔面に当たる、
「ぐうッ!?」
直前。見えない壁に弾かれた。
「ってぇ! くそっ、何だ今のは!?」
「ペルソナは敵の攻撃に対して、威力を減衰させる“耐性”。無効化する“無効”。ダメージを回復効果に変える“吸収”。はね返す“反射”って特性があるんだ。
効果を発揮するには攻撃に対応する特性を持ってなきゃいけないけど、さっき使ったのはその特性を自分の意思で自由に変えられる能力。それでドッペルゲンガーの特性を“打撃反射”に変えさせてもらった」
パラダイムシフトは九種類の項目にエネルギーを配分する能力。どこをどれだけの割合にするかで効果も変わるようで、このエネルギーは肉体や精神のエネルギーとはまた別物と思われる。感覚が違って、パラダイムシフトを使わないと操れない。
そして何も無い状態から耐性を得るために必要なエネルギー量を1と仮定した場合、各特性を得るために必要なエネルギーは耐性なし=0、耐性=1、無効=2、吸収=3、反射=4……という感じ。
一ヶ所のエネルギーを他所へ移すと、当然そこにあったエネルギーは無くなる。
だから今の俺は打撃反射を得た代わりに、火・氷・風の耐性を失った。
エネルギーを配分して割合を変化させるだけで、全体の総量を超える変化は起こせない。
だからあの二体も常に弱点を残し、山岸さんのサポートで弱点を突かれて負けるわけだ。
「ウラァ! っつう……オラァ!」
そんなことを考えている間にも、親父は虚空を殴ってははね返されている。
その様子を驚きながらも観察する四人。
「虎ちゃん、これ、あなたがやっているのよね?」
「そうだけど別に意識して能力を使ってるわけじゃないし、疲れもしない。理屈は良く分からないけど、ただ見ての通り父さんの攻撃は完全に防いで、攻撃すればするほど父さんは傷を負う」
対処法はいくつかある。
ここで使っているのは打撃反射なので、刃物で切るなり刺すなりすれば攻撃は通る。
銃で撃たれても反射の効果はない。
あとは魔法。今ならシャドウの魔法も普段より効くだろう。
だけど、父さんは喧嘩に刃物は使わない。
銃なんてもってのほか。魔法だって使えない。
だから父さんが取れる手段は拳か蹴りか、せいぜい木刀とかそんな物。
主義を曲げない限り、打撃反射に対して打つ手が無い。
「クソッ!」
「……これがペルソナ使い。シャドウにも打撃反射を持つ奴はいる。そんなのがわんさかいるのが影時間で、タルタロスって場所なんだよ」
そんな場所で訓練や調べ物ができるのは、ひとえに俺がペルソナ使いだから。
刃物や銃で物理攻撃の手段を増やしたとしても、バスタードライブのように物理攻撃を完全に無効化する奴だっている。
二人に事情を打ち明けたらどうなる?
信じてくれたら、二人は俺を止めるか守るか助けようとする。
でも俺は止まれないし、二人は影時間に入れない。
その時点で無力に近い。
適性のない人間が影時間に入る方法があるという事も俺は知っている。
影時間に落とす以外にも学校で影時間を迎えたり、あと桐条の技術で可能だったはず。
入る方法がそれだけあるなら、他にも方法があるかもしれない。
万が一、何かのきっかけで方法を見つけてしまったら、それこそ危険だ。
二人が真剣に考えてくれるほど、二人の気を揉ませて首を絞める。
だから教えたくなかった。
だけど、父さんは退かない。
「ふざけんな! 親が子供を守ろうとするのは当たり前なんだよ、お前は不安なら不安で話したきゃ話せばよかったんだ。俺らのことを気にする必要なんかねぇ!」
「親父が親なら俺は子供だ! 親を思って何が悪い!」
分かってるさ。
気にせず相談して欲しかった。
力になってやりたかった。
そう思っているのは。
言葉で理解しても、親としての気持ちで納得できないのは。
父さんはそうなったら体が動くことも。
でも、
「根性一つでどうにかなる相手ばかりじゃないんだよ!」
こう言ってはなんだが……
江戸川先生やオーナーに先に協力を求めることが出来たのは、“他人”だったからだと思う。
今でこそ全面的に信頼しているが、最初からそうだったわけじゃない。
胡散臭く思ったり、警戒もした。
技術や利益を求めて協力関係を結び、その後の交流を重ねて今がある。
もし彼らが最初から親父たちと同じ立場にいたら、やはり話さなかったと思う。
刈り取る者と遭遇した時は本当に死にかけた。
俺が探索できているのはまだまだ下層。
壁があって上れていないが、上にはさらに強いシャドウがいる。
そんな環境に自ら飛び込みかねない相手に話せるか。
それが俺を思ってのことなら、なおさら話せない。話したくない。
だから話さなかった。
状況が変わったから話しただけで、その気持ちが変わったわけじゃない。
話したきゃ話せばいい? なら話したくなきゃ話さなくていいんだ。
「俺は話したくないから話さなかった、それだけだ」
俺が寛容さを捨てて言い放つと、当然のように親父は納得せずに殴りかかる。
意地と意地のぶつかり合いが続く……
影虎とアンジェリーナの関係が改善した!
アンジェリーナは魔術が使えるようになった!
影虎はカレンから交渉の心構えを聞いた!
影虎は両親とぶつかりあった!