人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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148話 切望

 僕は何をやってたんだろう……? 

 

 お母さんが殺されてから、ずっと苦しくて、悲しくて。

 どうしたらいいか分からなくて、一人になった。

 

 僕は何がしたかったんだろう……?

 

 お母さんを助けたかった。守りたかった。

 でも、逆に守られて自分だけが生きていた。

 

 僕は何をしようとしたんだろう……?

 

 復讐だ。

 お母さんを殺して、そいつだけが生きてるなんて、許せない。

 納得できない。だから、そいつを見つけて僕の手で殺す。

 そう決めて、あれ以来それだけを考えて生きてた。

 

 僕は……

 

 そのために力が必要だった。僕は弱かった。

 このままじゃ殺せない。力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい。

 でも力をつける方法がなかった……

 周りの皆は気を使ってくれるけど、それは僕の望む物じゃなかった。

 強くなりたいけど、本心を話せば絶対に反対されるのは分かってた。

 そもそも誰も僕の話は信じてくれなかった。警察も頼りにならない。

 自分で強くなって、自分で殺すしかない。だから強くなりたい。

 その繰り返し。……先輩と会うまでは。

 

 僕は……

 

 気づいたら病院で寝かされて、事情を聞いてお礼に行く。

 ただそれだけのつもりで会って、なにげなく聞いただけ。

 その答えを聞いて、もしかしたらと思って入部を希望した。

 パルクールで体を鍛えられる。強さの基本が身につく。

 藁にも縋る気持ち、ってああいうのなんだなぁ……って帰ってから思った。

 そしてまたここもダメなんだろう、って思ってた。

 他の部はどこも断られたから。

 

 でも先輩が受け入れてくれた。

 入部も。お母さんの話も。そこで見たことも。

 初めて全部を受け入れてもらえた気がした。

 

 活動が始まると基礎から丁寧に教えてくれたし、ラーメンもおごって貰った。

 真田先輩と試合をして勝ったときは、辛勝だけどカッコよかった。

 何より、楽しかった。

 

 でも先輩は知ってたんだ。

 僕のことも、お母さんのことも、シャドウのことも。

 受け入れるまでもなく、最初から知ってたんだ。

 知ってて僕を入部させて、知らない振りしてずっと近くにいた。

 楽しかったこれまでのことが、全部崩れていく気がした。

 

 アメリカまで連れてきて……結局、先輩は何がしたかったんだろう?

 善意で協力するつもり? それとも利用するつもり? 

 楽しかったこれまでが、全部嘘だったんじゃないかと思えてくる。

 

 僕は……ッ! 

 

「大丈夫よ。龍斗さんたちがいるから……」

 

 先輩のお母さんに抱きしめられて、前に出そうだった足が止まる。

 

「この野郎ッ!」

「予備の弾を持ってきてくれ!」

「アンジェリーナ、大丈夫か!?」

「うん……でも……剣の方、私の魔術、ほとんど効いてないっ」

「おそらく耐性があるんだ。だが斧は棍棒よりも苦しんでいるぞ。アンジェリーナはこのまま斧を倒せ。私が援護する。他は剣を持っている奴に集中しろ! 足止めが最優先だ!」

 

 皆が戦ってる。二つの窓から必死になって。

 どうして僕はその背中を見てるんだ。

 

「離してくださいっ! 僕も、僕だって戦います!」

「ダメよ!」

「落ち着いてください、天田君」

「僕は、僕はこのためにこれまで! ……?」

 

 後ろから、音がした。

 ロイドじゃない。エイミーさんでもない。もっと遠くから……

 

「天田君!!」

「!!?」

 

 雪美さんの声。

 強く押されて体が倒れた。

 目の前が暗い。

 何かが割れる音がしている。

 何が起こっ……!!

 

「っ!?」 

 

 仰向けになった僕の体。

 目の前は暗かったんじゃない。黒いナニカがそこにあっただけ。

 使われていなかったもう一つの窓から、巨人が手を伸ばしていた。

 押し倒されていなかったら僕は……気づいて足が震える。

 

「雪美さん!?」

「あ、またくん……大丈、夫?」

 

 目の前の手が、雪美さんを握り締めている。

 

「なにしやがんだこの野郎ッ!!!!!!」

「雪美さん!」

「離しなサーイ!!!」

 

 龍斗さん、江戸川先生、ジョナサン。

 ウィリアムさんやエレナさんまで、次々と手を攻撃してる。

 

「ッ!」

「やめろ! 魔術は味方を巻き込みかねん! そっちはウィリアムたちに任せるんだ! 隙を与えれば目の前の敵が一気になだれ込んでくるぞ!」

「天田君!」 

「先生ッ! 僕は!」

 

 止められたけど、アンジェリーナちゃんまで動こうとした。

 相手が違うだけで、ずっと戦ってるんだ。

 なのに僕だけ動けない。

 なんで! どうして! 僕は!!

 

 僕、は…… 

 

 腕の下から引きずり出されて、雪美さんの苦しそうな顔がよく見える。

 それは、まるで……

 

「お、かぁさん……」

 

 嫌だ。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ!! 

 

「嫌だ……」

「天田君!? 天田君!?」

 

 そうだ、僕は嫌なんだ。

 

 お母さんが死んでしまうのが嫌だった。

 死んだことを認めるのが嫌だった。

 殺した奴が生きているのが嫌だった。

 そして何より……何もできない自分が嫌だった!

 

 手元に青いカードが浮かび上がる。

 

 “天田も俺と同じで、ペルソナの適性を持ってる”

 “じきに目覚める”

 

 先輩は最後にそう言ってた。

 

 できる。こうすればいいんだ。

 

 確信を持って、カードを握り砕く。

 

『我は汝、汝は我。

 我は義憤の女神にして汝の復讐心の権化なり。

 我らの間に言葉は不要。

 汝の心が赴くままに、刃となりて敵を討たん』

 

「うわっ!?」

「何だ!?」

「グオォ!?」

「グアッ!?」

「グル!?」

 

 渦巻く強風が人もシャドウも関係なく押しのけていく。

 その中心は僕、そして宙に浮かぶ僕のペルソナ。

 ロボットに鋸刃の輪をつけたような形は、言葉で表現できない復讐心。

 それを形にしたようで、しっくりくる。

 

「天田、君……?」

 

 もう見たくないんだ。僕を守って誰かが死ぬのは。

 守るにも、復讐にも、手段は一つ。

 必要なのは……目の前の敵を殺す力!

 

「グッ!?」

 

 体から何かが抜けていくけど、それでいい。

 一緒に流れた光の線が、雪美さんを掴む手を縛り上げたのを見て、心に浮かんだままに叫ぶ。 

 

「……ハマオン!!」

「グ、アアアアアアッ!?!?」

 

 次の瞬間。

 シャドウはただ悲鳴を上げるだけ。

 抵抗一つできず、光の中に飲み込まれていった。

 

「ッ!」

 

 完全に消えるのを見届けると、急に体から力が抜ける。

 

「天田君!」

 

 倒れかけたところを先生が支えてくれた。

 

「雪美さんは!?」

「無事よ……」

「雪美さんっ!?」

「よくやった! お前のおかげで雪美が助かった!」

「あのデカブツを一撃とかすげぇじゃねーか!」

「リューにウィリアム! はしゃいでないでこっちに手を貸せ!」

 

 まだ敵はいるん……

 

「グオオオオ!!?」

 

 だ?

 

 一瞬の光。そして耳が痛くなるほどの大きな音。

 窓に近づいて、それが剣のシャドウに落ちた雷だと分かった。

 体の表面がまだバチバチと光っている。

 その直後、今度は突風がもう一体のシャドウを高々と巻き上げて地面に叩きつけた。

 転げ回った二体のシャドウは、体を痙攣させながら姿を消していく。

 

「おーい!」

「タイガー!?」

 

 その跡地に、ピエロの格好をした先輩がいた。

 

「よっ、と」

「影虎君!」

「先生! ここにいたんですね……とりあえず無事でよかった。いろいろ説明の必要があると思いますが、ひとまずこの人を診てもらえますか?」

 

 “この人”

 

 撃たれないように素顔をアピールした先輩は、窓から入ってくるなりそう言って服の背中側を波立たせる。妙にふくらんでいることに気づいた時には、気を失ったお爺さんが出てきた。

 

「なっ、Mr.コールドマン!? どうして彼がここに!?」

「シャドウに襲われていました。ボンズさん、詳しいことはまた後で。先生、よろしくお願いします」

「任されました」

 

 お爺さんを二人に任せた先輩は、僕のほうに歩いてくる。

 

「天田。遅れてすまない。そして、ありがとう。天田がいなかったら、母さんは無事じゃなかったかもしれない」

「先輩……」

 

 僕は、戦えたんだよね……

 

「ああ、強かった。でも初召喚で暴れすぎると体に負担がかかると思う。だから少し休んでいてくれ」

 

 先輩が外を見る。

 またシャドウが近づいてるみたいだ。

 

「人のいない間に好き勝手しやがって……詳しい話はシャドウを片付けてからだな」

 

 そして先輩が窓から飛び出した。

 

 その背中を見て、僕は生き延びたことをようやく実感した。




天田のペルソナ“ネメシス”が覚醒した!!

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