人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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154話 事件の余波

 8月18日(火)

 

 朝

 

「……分かったよ。そう伝えておく。とても残念だ」

 

 リビングに顔を出すと、カイルさんが電話中だった。

 

「ふぅ……む。タイガー」

「おはようございます。どうかしたんですか?」

「おはよう。ちょっと残念な知らせがね。前にボディービルの大会に誘ったのを覚えているかい?」

 

 そういえばそんな話もあった。

 

「あの大会が中止になってしまったんだよ。主催者と参加者が数名……影人間になってしまったようで、テロとの噂もあるから自粛するそうだ」

「そうですか……」

 

 カイルさんが経営するお店はリゾートに来たお客相手に、ツアーやマリンスポーツのインストラクターを用意していると聞いた。……今回の騒ぎは彼だけでなく、ここで観光業界に携わる人々には大きな打撃になりそうだ。

 

「ツアーのキャンセルもたて続いてる。困ったものさ。でもそうやってキャンセルの連絡ができたと言うことは、その人は無事なわけだから良かったよ。そうだ、よければタイガーたちツアーに参加しないか?

 たしか午後の海中散歩ツアーがどこか……あった。キャンセルを除くとお客が1人しかいない時間がある。呼吸のできるヘルメットをかぶって水中をのんびり見て回れるツアーだ」

 

 せっかく海の近くにきたんだし、昼はほどほどに遊んでもいいだろう。

 とりあえず皆に意見を聞いてからということで、朝食に人が集まるのを待ってみると……

 

「大丈夫か? 天田」

「はい、ちょっと疲れただけですから」

 

 朝食の席に顔を出した天田は体調が優れないようだ。

 ……違うな。天田が顕著なだけで、全員影時間の疲れが出始めている。

 森の探索に行くのはもう少し影時間に慣れてからの方が良いだろうか……?

 

 そう聞くと、まずリアンさんが口を開いた。

「君は探索に向かって欲しい。今朝入った情報だが、昨夜は警官隊に被害者が出た。我々が慣れるのを待っていたら、それだけ被害者も増えていくだろう」

「そうだな。むしろ我々の体力が続くうちに解決の手がかりを掴むくらいの気持ちで頑張ってくれ。我々も我々で昼間は養生させてもらうさ」

 

 そういうことなら行かせてもらうけど、何か回復手段は……

 

「あっ。今日のお昼、俺が作ってみてもいいですか?」

「何かあるのかい?」

 

 以前ロイドや母さんと協力して作ったチキンカツバーガー。

 あの時のバーガーで体力が回復したことを思い出した。

 “料理の心得”を得てから作った料理は、俺にだけ回復効果を与えるのか。

 それとも誰が食べても回復効果が得られるのか。

 分からないし、試してみる良い機会だ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午前中

 

 リアンさんにドライバーをしてもらい、近所のスーパーマーケットを訪れた。

 

「さて、何を買う?」

「まずはアメリアさんから預かったメモにしたがって、その途中でこれは! と思うものがあればそれを」

 

 江戸川先生とエイミーさんから、疲労回復に効く食材や成分について教わってきた。

 作る料理は決めていないが家にあった大量の料理本の内容も記憶してある。

 後は実際に食材を見て、“アドバイス”や“コーチング”を上手く使おうと思う。

 

「とりあえず肉料理にしようとは考えてます」

「肉が好きな奴らが多いからな。私もだが」

「疲労回復にはビタミンBが豊富なものが良いようですし……あ、この豚肉良さそうですね」

 

 確保。

 

「とりあえず気になった物は全部かごに入れるといい。あの人数がいれば、食材なんてすぐになくなる」

「了解!」

 

 こうして俺たちは、本当に手当たり次第に買い物をした。

 

 そして買い集めた材料を使い、完成したのは……

 

 “豚肉のソテー with バーベキュー風ガーリックオニオンソース”

 “きのこと野菜の具沢山コンソメスープ”

 “ふっくらフランスパン&カリッとガーリックブレッド”

 “謎の青汁”

 

 以上の四品。

 試食後の感覚から、体力回復量の多そうな順に並べてみた。

 最後を除き、全体的に美味しそうな見た目だ。

 しかし正直インスピレーションのままに作ったため、どんな評価をされるかは分からない。

 個人的には美味しいと思うけど。最後も含めて。

 

 青汁は……どうしてあんなに色鮮やかな群青色(・・・)になったのかが謎だ……

 おまけに飲んで回復するのは体力ではなく魔力だったし、色々と謎が多い。

 

 まぁ、とりあえず食卓に出してみよう。

 

「お待たせしました~」

「お、皆! 来たみたいだぜ!」

「天田、アンジェリーナちゃんたちも呼んでくれ」

「わかりました!」

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

『いただきます!』

 

 全員が日本語で唱和して、それぞれが料理に手をつける。

 

「んっ!? このポークソテーうまいな!」

「肉の主張が強くて、スタミナがつきそうな味だ……」

「体が熱くなるな」

 

 体格の良い兄弟三人がポークソテーを気に入ってくれた。

 

「こっちのスープはホッとする味だねぇ」

「胃にやさしそう」

「こっちのフランスパンも中が柔らかくて、あわせると美味しいわ」

「ガーリックブレッドだとお肉ほどじゃないけど、ちょっと刺激があって良い感じね。バジルの香りも爽やかで」

 

 パンとスープは母さんを含めた大人の女性に好評か。

 他の人たちも悪い評価ではないようだが……

 ここには一人、普段から高級料理を食べていそうな方がいる。

 

「お口に合いますでしょうか?」

「美味しいよ。君はこういうこともできるんだね」

今は(・・)。ちょっと前までは料理はできても、こんなに上手くはなかったです。ただ俺が目覚めたペルソナの能力で急成長してまして、正直自分でも最近の料理の出来には驚いてます」

 

 特に今回は手に入れたばかりの“ミドルグロウ”や“コーチング”の影響を強く感じた。

 言葉で表現しにくいが……

 これまでは料理本を見てレシピ通りの料理が作れるレベル。

 今回は大量の料理本から得た知識やコツを組み合わせ、質を高めた料理にできるレベル。

 とでも言えばいいのか、一気にステップアップをした感覚だった。

 

 ボークソテーのソースにメスキートを使い、テキサスのバーベキュー風にアレンジとか。

 以前なら絶対に作れない料理が作れているのが今の現実。

 ソースは完成させた後のクオリティーに自分でも驚いた。

 

「そうか……ちゃんとした指導を受ければ、更なる高みに到達するかもしれないね」

 

 時間と環境さえあれば、冗談抜きでできると思う。

 なんとなく成長可能な速度に自分の頭がついていってない気がするくらいだ。

 少なくとも普通の人よりは技術を身につけやすいはず。

 おかげで進学や就職への不安はほとんど無くなりつつある。

 本来ならそろそろ将来を真剣に考え始めなきゃならない歳だと思うけど。

 ってか早い奴だともうとっくに将来を見据えて行動している歳だけど。

 

「Take your time.君も自分のやるべきことをやっているだろう? それが他人とはちがうだけさ。自分のペースで進みたまえ」

「ありがとうございます」

 

 会話をしながら料理の味を楽しんだ。

 それにしても、なぜ誰一人として青汁についてコメントをしてくれないのだろうか……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 午後

 

 昼食から少し時間を置いて皆に聞いてみると、体調はかなり改善したとの答えが返ってきた。料理による回復効果は他人にも有効らしい。

 

 しかしカイルさんが誘ってくださったツアーには不参加。今日も影時間はあるだろうし、念のために体力を温存しておきたいそうだ。

 

 ……なら俺もやめておくか。影時間用の特殊弾を作りに当てよう。

 

「というわけで、せっかくのお誘いですが」

「なに、皆の体調が完全に戻ってからでかまわないさ。午前中もキャンセルの連絡無く、集合場所に来なかったお客が何組もいてね。今年はいつでもウェルカムさ。じゃあ特殊弾作り、頑張ってくれ」

 

 仕事場に戻る彼を見送った。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~自室~

 

「今いいかしら?」

 

 エイミーさんが尋ねてきた。

 特殊弾作りが一段落したところなので問題ないが、何だろう?

 

「ドッペルゲンガーを解析してみたいのだけれど、サンプルの採取はできないかしら」

 

 ドッペルゲンガーのサンプルって、また珍しい注文をしてきたな……

 

「あれは気と魔力。二種類のエネルギーの混合物でしょう? そしてあなたはその両方をコントロールして技や魔術に利用できる。……だったら気と魔力を混合して同じ、あるいは近い物質を作れないかしら?」

「それは……」

 

 考えたこともなかった。

 

「だったら一度試してもらえない? 気と魔力、どちらも私は理解できていないけれど、物質の状態であれば解析機器にかけることができるし、うまくいけばそこから気や魔力を理解する手がかりが見つかるかも知れないわ」

「わかりました。ちょっと待ってください」

 

 昼にかなり残っていた青汁で魔力を回復し、気と魔力を放出する。

 ……失敗。何も起こらなかった。

 今のだとただ放出しただけになったな……

 もっとドッペルゲンガーを呼び出すように……

 ……今度はドッぺルゲンガーを呼び出してしまった。意気込みすぎだ。

 気弾を撃つくらいの気持ちでやってみるか……もう一度。エネルギーだけを……

 なんだか、良い感じだ。このままいけるか?

 もっとドッペルゲンガーを変形させるイメージで押し固め……!

 

 組んだ手の中に違和感。

 手を開いてみると……小石のようにいびつな黒い塊。

 ペルソナではない。しかしこんな物はさっきまで無かった。

 となると……

 

「成功、ですかね?」

「この袋に入れて。もう少し作れる? できれば形をもっとこう」

 

 彼女の注文に従って十個のサンプルを作り、用意されていた密閉できる透明な袋へ。

 役に立つのかわからないけど、とりあえずエイミーさんは大喜びで部屋を出て行った。

 

 しかしその数分後、彼女は落ち込んだ様子で戻ってくる。

 

「どうしたんですか?」

「……あのサンプル、タイムリミットがあるみたい」

 

 彼女の手元の袋には、俺が作った物体は塵一つ残っていなかった。

 これでは解析できない。

 と言うことで、ドッペルゲンガーについて聞き取り調査が行われた。

 

「BUNSHINはしゃべらせることができたわね? どこまで人間と同じ事ができるの? たとえば食事。栄養の吸収はできるの?」 

 

 能力について一つずつ説明し、それに対してエイミーさんの質問。

 その内答えられなければ、できる限り試して答えを出す作業を繰り返した。

 その結果として、ドッペルゲンガーを人型にした場合は視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚。

 五感が利用できることが判明。

 

 ドッペルゲンガーの目を通して、本の内容を取り込むこともできるし、食事をさせれば匂いや味も感じられる。ただしその感覚や情報を得るにはアナライズで一度記憶として取り出さなければならない。

 

 さらに本を読ませるためには、ページをめくり目を通し、また次のページをめくる……という風にいちいち動かす必要があるので、自分で読んだほうがよほど楽だし早い。

 

 食事も味わうことはできるけれど、消化吸収まではできない。ドッペルゲンガーを消した後、飲み食いさせた物はその場に残った。回復もしないし、食事は人型の袋に食べ物を詰めたような感じだ。

 

 ……これ、うまく使えば山岸さんの料理を安全に味見できるかな……?

 

 使い勝手が悪くてそんな利用法しか思い浮かばないけれど……

 エイミーさんと話し合うことで、ドッペルゲンガーへの理解が深まった。




影虎以外に、影時間の疲れが溜まり始めている……
影虎は料理をした!
料理の腕前が上がっている!
ドッペルゲンガーへの理解が深まった!

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