人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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155話 一進一退

 ~リビング~

 

 今日も影時間を迎えた。

 やはり皆、象徴化していない……

 

「皆さん、体調は大丈夫ですか?」

「大丈夫だ」

「問題ない」

 

 昼の料理が効いてくれたようで、平気だという言葉が次々と返ってくる。

 

「じゃあ俺は行ってくるよ」

「おう、行ってこい!」

「気をつけるのよ」

「分かってる。天田、ボンズさんたちの指示を良く効いて、ここを頼むぞ」

「はい! 先輩も無事に戻ってきてください!」

「タイガー。これを持って行け。多少は助けになるだろう」

 

 ボンズさんが差し出したのは射撃の練習でも使っていたベレッタM92と予備弾倉。

 

「使い方は覚えているな?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

 

 受け取った銃のセーフティーを確認して腰元へ。

 みんなの視線に見送られて、俺は拠点を後にした……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 ~森の入り口~

 

 ……おかしいな…… 

 

 無機質な植物のオブジェでできた迷路に踏み込んだ直後、違和感を覚えた。

 さらに暫く進むと、その違和感は核心へと変わる。

 

 敵が少ない。そして、道が変わってない。

 

 タルタロスでは毎日内部の構造が変化するが、ここは前回探索したときと同じだ。

 曲がり角の一つや二つなら偶然かとも思うが、もう十分以上も歩いて変化がない。

 ここは変化しないと見ても良さそうだ。

 

 だったら……前回行けた一番奥まで行ってみよう。

 

 隠蔽と保護色の隠密コンボに加え、機動力を強化する。

 今日の目的は森の探索。

 魔法陣の発見なので、戦闘はできるだけ回避だ。

 

 シャドウが少ないこともあって、すいすいと奥へ進める。

 とくに心当たりの場所があるわけでもないので、ひとまず森の中心部へ向かってみよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~拠点前~

 

「なんだこれ……」

 

 探索が一段落したので帰ってみると、家の外が妙なことになっていた。

 

「ガウ!」

「ガウッ!」

「キキッ、キッ、キッ」

「……」

 

 家の前の道路に、ウルフが二匹。

 その上を九匹のバットが飛び回り、魔法で一方的に攻撃を加えている。

 低く飛んだ一匹にウルフが飛びつこうとした瞬間を狙い、身動きの取れない空中で狙いうち。

 次に残った方に攻撃が集中し、ウルフ二匹は持ち前の素早さを生かせないまま消えた。

 これまで見てきたバットとはあきらかに動きが違う、っ!? こっち来た!

 

『待って! 攻撃しちゃだめ!』

 

 迎え撃とうとした矢先に、脳内に響き渡る声。

 バットの群れもその場で滞空した後、家と道路を挟んで対面にある建物の軒下へと整列。

 

「……なるほど」

 

 俺とバットの姿を一望できる家の窓に、アンジェリーナちゃんの姿が見えた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~リビング~

 

「ただいま~」

「お帰りなさい」

「早かったわね、タイガー」

「森の探索で進展があった。けどちょっと判断に困ることもあってね。とりあえず調べられるだけ調べて帰ってきた。外のあれはアンジェリーナちゃんが?」

「そう。タイガーが教えてくれた。私の歌のこと。だから……これも一緒に使った」

 

 細い指でつまみ上げて、よく見えるように押し出されたメモ用紙。

 そこには以前俺がシャドウに使った不完全な意思疎通のルーンが書かれていた。

 

 歌で魅了してからルーン魔術で指示を出す。それがさっきの結果か。

 

「指示はちゃんと聞くの?」

「歌を聞かせたあとなら平気。時間が経つと聞いてくれなくなるけど、そうなる前に“煙”が見えてくる。だから煙が見えてきたらまた歌えばいい。完全に聞いてくれなくなる前に、歌を聞くように指示すれば大丈夫。ね? パパ」

「今のところ問題ない」

「グランパに戦わせ方のアドバイスももらった」

「統率されてると思ったら、そういうことだったのか」

「近づいてきたシャドウはバットの群れをけしかけ、敵の強さや種類に応じて私たちが銃で援護に入る。その上で倒すのに手間取るバーバリアンはケンの力を借りて、何とか安定しているよ。

 ところで、森の報告を頼めるか?」

「了解。

 今回の探索は魔法陣の発見が目的でしたが、目印も何も無かったので、まず森の中心を目指しました。そうしたら、思いのほかあっさりと見つかりましたよ」

「もう見つかったのか」

「はい。ただ、回収はできませんでした」

 

 発見したこと、話しておくべきことがいくつかあるので、順を追って説明しよう。

 

 まず森の中心部に足を踏み入れると、目の前には不気味な光景が広がっていた。

 

 そこはキャンプ場のような広場。ただし所々に木や何かの骨を組み合わせたオブジェが立っていて、小さい物でもかかめば俺の身をすっぽり隠せるサイズ。そんなオブジェに囲まれた中心には一匹の巨人が胡坐をかいていた。

 

「姿はバーバリアンとほぼ同じですが、立てばバーバリアンの三倍程度、五か六メートルはあります。首には人の頭蓋骨を連ねたような悪趣味な首飾りをつけていて、威圧感も相応でした。おそらく他より強い“門番シャドウ”かそれに準じるシャドウだと思われます」

 

 そんな奴がそんな所で座って何をしているのかと思えば、食事をしていた。

 ただし食べていたのは人ではなく、シャドウ(・・・・)

 

 最初に見たのはウルフ。

 まだ生きたまま、胴体を巨大な手で掴み上げられて口元へ運ばれていく。

 次の瞬間、頭が噛み潰された。

 クチャクチャと不快な咀嚼音だけが広場に響き、もう一口で完全に腹の中。

 しかし驚いたのはその次の行動だ。

 

「手元にシャドウが居なくなると、そいつは叫び声を上げました」

 

 それに呼応するように、ぼんやりと発光する全てのオブジェ。

 そして広場の中心部。巨人の前に新たなシャドウが現れた。

 

「暫く観察してみたところ、一度に現れるシャドウは種類に関係なく十匹前後。ほとんど巨人に食べられますが、たまに逃げ延びる個体もいます。そして突然現れるシャドウと巨人の叫び声、オブジェが反応するタイミングからその場が怪しいと見て、その広場をこっそり調べてみました」

 

 幸い巨人は食事に夢中だったから、それほど難しいことではなかった。

 そしてあっさり魔法陣を見つけた。

 ……それが魔法陣だと気づくのに少し時間がかかったかもしれない。

 

 魔法陣は、広場だった。

 

「広場にあった(・・・)?」

 

 天田は自分の聞き間違えか俺の言い間違いを疑っている。

 しかし、間違いではない。

 

広場だった(・・・・・)。オブジェの上から見たら、広場全体が怪しい魔法陣になってたんだよ。魔法陣の要所にオブジェが立ってたみたいでさ、これは回収できないと思ったから魔法陣全体を記憶して、あと森の内部がタルタロスみたいに変わらないようだから少し森のマップを作って帰ってきた。次回からは一直線に広場までいける」

「……とりあえずその魔法円を紙に書き出してもらえますか?」

 

 先生に従って魔法陣を紙に書き写した。

 アナライズに取り込んだ記憶と照らし合わせ、間違いないと確信したが……

 

「むぅ……」

 

 それを見た先生は難しい顔で黙り込んでしまった。

 

「江戸川先生、こいつに何かあるのか?」

 

 父さんが聞くと、先生はゆっくりと頷く。

 

「この魔法円には足りないもの(・・・・・・)がいくつかあります」

「足りないもの? 何ですか? それって」

「そうですね……まず悪魔を召喚する魔法円の構築には深い知識を要しますが、昨日私が葉隠君に提案した魔法円と同じで、かならず意味があります。一種の暗号と考えても良いでしょう……私はそれを解読してみようとしているのですが……この魔法円には重要なものが2つ(・・)欠けているようです。

 一つは魔法円に備えておかなければならない防護の術式。もう一つは何らかの物品ではないでしょうか?」

 

 目頭を揉みながら言葉は続く。

 

「まず防護の術式、これは召喚した存在から自らを守るための物です。召喚された対象が温厚で協力的とは限りませんからね。特に強大な力を持つ存在を呼び出そうというなら絶対に不可欠になります」

「……銃の安全装置のようなものか」

「ジョージさん、今仰った通りです。それが無いのですよ。最初から無かったのか、事件で失われたのかは分かりませんが」

「ふむ……では二つめは?」

「儀式場とこの魔法円を合わせて儀式内容を推察すると、おそらく儀式の途中で何かを捧げる必要があるはずです」

 

 捧げ物……それと魔法陣が合わさって召喚が行われる。

 魔法陣は見つけたけれど、今度は捧げ物がない。

 今度は捧げ物を探さないといけないのか……

 

「手がかりを見つけたらまた新しい手がかりが必要になる……なんだかRPGみたいだね、タイガー」

「笑えないよ、ロイド。先生、その捧げ物の詳細は分かりませんか?」

「申し訳ありませんが、そこまでは見当がつきません。ただしセットで使われたことは間違いないでしょう。ですからいまのところ一番怪しく見えるのは、魔法円の上で召喚魔術を行使したという門番シャドウですねぇ」

 

 あの巨人か……観察した限り持ち物はバーバリアンとほぼ同じ。

 唯一違う持ち物は、頭蓋骨のネックレスのみ。

 

「……先生、まさか捧げ物って人間だったり……」

「違うと思いますが……申し訳ない。否定できる確証もありません」

「ひとまず森を全部探索して、見つからなければ戦ってみるしかないか……」

 

 解決に一歩近づいたのだろうか?

 とりあえず、気分が少し重くなった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 8月19日(水)

 

 朝

 

 ~リビング~

 

「タイガー、少しトレーニングをしないか?」

 

 朝食後、部屋に戻ろうとするとボンズさんに誘われた。

 そして銃器や食料を保管してある地下室へと場所を移す。

 そこは物が多く、それなりに動ける程度のスペースはあるけれど若干狭かった。

 

「タイガー。私は君にある格闘術を教えようと思う。それは非常に危険な技だが、君の能力と相性が良いはずだ」

 

 ……ボンズさんはそう言うが、あまり教えたくないのではないだろうか? 

 

「気が進まないのは確かだ。しかしそんな事を言っている場合でもない。だから他人に教えるのは控えてくれ。聞けばおそらく天田も知りたがるだろうが……」

「分かりました」

 

 そこまで危険な技とは何だろうか? 

 

「“サイレント・キリング(無音殺傷術)”……殺傷技術としての側面を強め、軍隊格闘術のベースになった格闘術。主に特殊部隊や諜報部隊で使われ、さらに実践的で洗練された人を殺すための技術だ。素手だけでなくナイフや銃の扱い、それに潜入や逃げ隠れの方法も合わせて説明する」

 

 つまり、本物の暗殺術。

 

 気軽に教えられないことに納得し、ボンズさんの指導を受けた。

 しかし習ってすぐに使いこなせる技術ではない。

 今日のところは基本となる動きと理論を、ドッぺルゲンガーへの実践と言葉で説明。

 その内容を全てアナライズに記憶した。

 あとは俺が影時間に実践して身につけていくことになる。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~リビング~

 

「ふぅ……」

「あら? タイガーにグランパ、地下にいたの」

「ちょっと特殊弾をね」

「そうなの。精が出るわね」

「エレナ、何でもいいから冷たい飲み物をもらえないか? 下は蒸し暑くてたまらん」

「あ……冷蔵庫の飲み物は全部上に持って行っちゃった」

「上って?」

「屋上。閉じこもってばかりだと気が滅入るし体にも良くないからって、皆で日光浴してるの」

 

 だからって何で屋上……せっかく海の近くに来てるんだから、ビーチに行けばいいのに。

 

「テロ騒動でギラギラした警察官。街中を走り回るパトカー。道端でモンスターの存在を叫ぶ人……そんな中じゃのんびりできないわよ。影時間の問題が全部解決すれば余裕もできると思うけどね」

「……早めに何とかしないとな」

「とにかく今は上に行こう。水分補給だ」

 

 階段に向かうボンズさんを追う。

 それにしても……凄いな……

 

「何が?」

「この家」

 

 俺たちの活動拠点として使わせてもらっているこの家は、外から見ると三階建てのビルだ。

 最初に外から見たときはアパートかと思った。そんな建物が丸ごとカイルさんの所有物。

 ご両親の老後などを考えて広い家を買ったとは聞いたが、俺から見たら驚くほど広い。

 

「カイルはマリンスポーツの店以外にもフィットネスジムを複数経営している。マリンスポーツ一筋ではシーズンオフの収入が苦しくなると言っていたが……半分は自分の趣味だろうな。だが趣味とジムを通して得た人脈であいつは我が家の稼ぎ頭になっているよ。一度に大きく稼ぐのはウィリアムだったが」

「へぇ……暑っ」

 

 屋上の扉が開かれた途端、日光で温められた外の空気が流れてくる。

 

「おっ、影虎ぁ!」

「ダディとタイガーもきましたねー」

 

 手を振る父さんとジョナサンへ向けて手を振り返す。

 ビーチパラソルの下、ビーチチェアに寝そべってリゾート感が出ている。

 

「タイガーもチェアとパラソルが必要なら、あっち。カイル伯父さんがホームパーティー用に沢山用意してるみたいだから」

「ホームパーティーであれを使うのか……? 普通バーベキューとかじゃ」

「パーティーに呼ぶ人=伯父さんの趣味仲間だから。皆でここで日焼けを楽しむらしいわよ」

 

 そうなのか……ん?

 屋上の隅で、天田とアンジェリーナちゃんが並んで何かを見ている。

 

「天田ー」

「先輩。先輩も来たんですね」

「何見てるんだ?」

「あれですよ」

 

 視線の先は通りを隔てた(はす)向かいにある建物の前。

 木箱で組み上げられたカウンターで、幼稚園児くらいの男の子が飲み物を売っていた。

 

「レモネードスタンドっていうらしいですよ」

「名前は聞いたことあるな」

「夏休みにああやってレモネードを売ってお小遣いにするの。ケンは珍しそうに見てるけど、日本ではやらないの?」

「日本じゃできませんよ。ね、先輩」

「子供を働かせることが禁止だし、食品を売るなら衛生面とか色々あるしな」

「子供がやることだし、習慣みたいなものだから黙認されてるだけでそのあたりの法律はこっちにもあるわよ?」

「それを黙認する下地が日本には無いからね」

「……あれ、やりたい」

 

 アンジェリーナちゃんがつぶやいた。

 

「やりたいって、レモネードスタンドを?」

「……私、やったことない」

「ほとんど病院か家の中だったものね」

「……やりたい」

 

 少ない言葉に強い思いを込めてきた。

 

「そういわれても……エレナ。どうすればいい?」

「ん~……レモネードは簡単に作れるけど、実はタイガーが言ったこと、最近こっちでも厳しくなりつつあるのよね……とりあえずグランパたちに相談してみましょう」

 

 エレナがアンジェリーナちゃんを連れて行く。

 俺と天田もついて行く。

 影時間の緊張が嘘のように、昼間はのんびりとした時間を過ごした……




森の探索に進展があった!
新たに探さなければならない物があるようだ……

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