人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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157話 夏の思い出

 影時間

 

「ただいま~」

「お帰りなさい」

「お疲れ様、虎ちゃん」

「今日は大荷物だねぇ」

 

 森の探索から無事に帰宅。

 出迎えてくれた母親三人衆と荷物を運び込み、コールドマン氏に探索結果の報告を行う。

 

「今日は儀式に使われた“供物”の発見と回収を目的として、森全体をくまなく捜索しました。しかし発見には至りませんでした」

「ふむ、するとやはり例の巨大シャドウが怪しくなるか」

「はい。ほかに手がかりもありませんし、明日、挑んでみます。それから供物とは関係ないと思いますが、収穫もありました」

「あの二つのクーラーボックスかね? あんな物どこから……」

「被害にあった人やホテルの物が、森の中で時々見つかるんです。さすがに全部は無理でしたが、武器になりそうな物を少し集めました。たとえばこの中は……こんな感じで」

 

 ふたを開けると、中から白い煙と冷気が漏れる。

 

「中身は業務用の“ドライアイス”です。たぶんホテルで使われていた物だとおもいますけど……ちょうどいいや」

 

 窓の外。歩いてくるバーバリアンを確認して、中身を一つ取り出す。

 

「これを、こうします!」

 

 適度な距離まで近づいた相手に、俺は手元の“ドライアイス”を投げた。

 綺麗な放物線を描き、白い塊はシャドウの頭に直撃、と同時に破裂(・・)

 

「ギャオオッ!?」

 

 演出のような白い煙に包まれて、悲鳴を上げるシャドウ。

 それを目掛けて、さらに二個、三個と投げつける。

 するとシャドウは“ドライアイス”に接触した部分を凍りつかせて、苦しみにもだえながら消えていった。

 

「……何だね、それは」

「……ドライアイスです。もしかしたら森の中にあったせいで、何らかのエネルギーの影響を受けているかもしれませんが、見ての通り攻撃アイテムとして使えるみたいで……」

 

 俺も探索中に偶然見つけた物を投げつけて知った。

 投げつけると接触した敵を中心に氷属性のダメージを撒き散らすようだ。

 それも……俺が丹精こめて作る特殊弾より威力があるのが悲しい……

 

「まぁ、そう気を落とさずに」

「いい研究材料になりそうよ」

 

 口々に励ましの言葉をいただいた……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 8月19日(水) 朝

 

 ~玄関前~

 

「よし! 売り場の準備はこれでいいかな?」

「パーフェクト!」

「ありがとう、タイガー」

「皆さん、レモネードも用意できましたよ」

「それじゃぼちぼち開店しましょうか」

 

 “アンジェリーナのレモネードスタンド”が開店した。

 

 昨日、屋上で話していたレモネードスタンド。

 影時間にはシャドウがあふれ、日中の世間はテロかと騒がしい。

 つい先日は武装集団の襲撃を受けたばかり。

 危険ではないかという意見もあった。

 しかしそれ以上に連日のストレスが気にされていた。

 警官に追われて、家を襲撃され、何とか生き延びたら今度はシャドウに襲われる。

 そして魔術を使えるために、影時間では防衛戦力の中核的な存在となっている彼女。

 そんな彼女が“やりたい”と言っているのだ。

 まだ幼いと言える彼女の心の健康のためにも、社会性を育むためにも、やらせてはどうか?

 最終的にそんな形で話がまとまった。

 

 そして話がまとまった後の動きは早かった。

 

 まず家の所有者であるカイルさんから場所の使用許可を得て、警察官のリアンさんを通して速やかに、地元の警察署などから許可を取ってもらうことに成功。

 

 子供が主体になって運営していること(大人が子供を働かせていてはならない)が、近頃の状況を考慮して、子供の安全確保や監視のためにそばにいること、少しなら運営を手伝うことは認めるとの事。

 

 ということで、レモネードスタンドの運営は、アンジェリーナちゃんにエレナとロイド。そして天田と俺の五人で行うことになった。

 

 しかし……

 

「日差し、強いですね……」

「本当だな……」

「タイガー、店が終わる頃にはパンダみたいになるんじゃない?」

「パンダ? ……ああ」

 

 ジョージさんから借りたサングラスかけてるからか。

 

「パンダは目元が黒だろ」

「じゃあ逆パンダ?」

「というかタイガー、どうしてダディのサングラスかけてるのよ?」

「一応変装のつもり」

 

 この辺はリゾート地なだけあって、時々観光客の団体が通るらしい。

 ここ最近色々ありすぎたので、念のため顔を隠しておきたくなった。

 

「あら? 昨日の顔は?」

「あれは……」

「No」

「うん、分かってる」

 

 視線を向けると、アンジェリーナちゃんが手で“×”を作って拒否。

 本当はドッペルゲンガーで顔を変えようかと思ったけれど、ものすごく嫌がられた。

 闘技場用の顔は女性受けが良いと思っていたが、彼女は短く“No”。

 オーラからも嫌がっているのが分かったので、サングラスで代用している。

 

 何でそんなに嫌がるのかは教えてくれなかったが、それよりも気になることが一つ。

 素顔に戻した時、タイガーは素顔の方が良いと彼女は言ってくれた。

 しかしその時のオーラは若干の悲しみを感じさせた。

 なぜ、俺の素顔を見て悲しまれたんだろう……そこがものすごく気になる。

 だが、わざわざ聞く気にはならなかった。 

 

「皆これ飲んで」

「時々水分補給しないと、倒れるよ」

 

 エレナとロイドが商品のレモネードを人数分用意してくれた。

 確かに客は来ないけど、容赦のない日差しと熱だけは常に降り注いでいる。

 

「ありがとうございます」

「ありがとう。はい、アンジェリーナちゃんも」

「ん……」

 

 紙コップを受け取った彼女は、レモネードを機械的に口に運ぶ。

 集中してるなぁ……

 

 最初にレモネードスタンドをやりたいと言いだした彼女。その熱の入れようはすさまじく、許可が下りた直後にコールドマン氏に相談して簡単にでも経営の仕方を聞き、その後俺を呼んでわざわざオリジナルレモネードの開発に着手したくらいだ。

 

 後で聞くと、コールドマン氏が値段設定の話からより良い品を提供することの重要性を説いていたらしい。

 

 レモネード開発も最初は俺と彼女の二人だったが、途中からアメリアさんやカレンさんにうちの母さん。江戸川先生まで加わったことで、夜には味と疲労回復効果を両立したハイクオリティーなレモネードが完成。

 

 個人的な感想だが、味は自販機で売っていれば日常的に愛飲するレベル。

 回復効果はそれほど高くないけど、体力だけでなく魔力も回復できる優れもの。

 手軽かつ大量に作れる事もあり、完成直後に今後の探索時の回復アイテムに採用決定。

 

 ここでの売値は一杯50セント。

 自動販売機の飲み物が平均して1ドル50セントなので、その三分の一だ。

 味を考えればお得だと思う。

 問題はお客がいない事……おっ?

 

 子供を連れた女性が道路を渡ってこっちへ歩いてくる。

 しかも子供は昨日、レモネードスタンドを開いてた子だ。

 

「二つください」

「! ありがとう。すぐ用意します」

 

 アンジェリーナちゃん、満面の笑顔で対応。

 一ドル受け取り、用意していたレモネードを注いだ紙コップを手渡す。

 そして男の子が飲む所を凝視して……

 

「! おいしい! ママ、これすごくおいしいよ!」

「本当? ……まあ、本当においしいわ」

「よかった」

 

 二人の言葉と笑顔で、安心したように微笑んだ。

 しかしこの後、

 

「レモネード三つくださいな」

「俺にも一つ」

「私たちにも貰えるかねぇ」

 

 お客さまが次々とご来店。

 それだけレモネードの消費が早い。

 キッチンで急遽追加のレモネードを作る。

 

「エレナ。レモネードスタンドってこんなに人がくるものなの?」

「そうでもないけど……アンジェリーナがはりきったからかも」

 

 なんと彼女は昨夜ロイドと宣伝用のチラシを作り、早朝から近所のポストに配りに行っていたそうだ。それだけ本気で取り組むのはすばらしいと思うけれど……

 

「先輩! エレナさん!」

「ケン?」

「どうした?」

「紙コップの減りが早すぎます! このままだと足りなくなるかも!」

「うそっ、予備は!?」

「たった今袋を空けました! まだお客さんがいっぱいです!」

「OH……」

「アンジェリーナちゃん、魅了効果を常時ばら撒いてるんじゃないだろうな……」

「私に聞かれても分からないわよ。とりあえずひとっ走り買ってくるわ!」

「待て、エレナ」

「っ! リアンおじさん?」

「買い物なら大人がやっても構わないだろう。そっちは任せてくれ。それよりもお客を何とかした方がいい。通行の邪魔になるようだと問題になるかもしれん」

「そんなになってるの!?」

「窓から人の塊が見えるぞ……」

 

 ……うわっ! 本当だ!

 

「列の整理をした方がいい。エレナ、お願いしていいか? レモネードは」

「俺がやってやるよ」

「父さん!?」

「俺一人じゃねぇ」

 

 父さんとリアンさんの後ろには、大人たちが集まっていた。

 

「細かい分量なんかは昨日やってた雪美や先生がいる。あと混ぜて下に運ぶくらいなら俺にもできるさ。サツに止められるなんて終わり方じゃあの子も悔いが残るだろ? ここなら大人が手伝ってもバレやしねぇから、お前も下で働いて来い」

「っ、助かる!」

 

 俺とエレナは、急いで下に戻る。

 

「エレナ、接客の補助をお願い。エクスキューズミー! 道路を完全にふさがないように、ご協力をお願いします!」

「盛況だもんねぇ」

「息子から聞いたんだけど、本当に美味しいんですってよ」

 

 幸い、集まっている人はかなり協力的だ。

 近所にチラシを配ったというから、知り合い同士が多いのかもしれない。

 お客様同士、親しそうに話しながら待ってくれていた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼

 

 ~リビング~

 

「「「「「終わった~」」」」」

「お疲れ様だったね。はい、コーラ」

 

 レモネードスタンドは用意していた材料が切れたので、午前中で終了。

 販売用だけでなく、特製レモネードの試作用に買っていた材料まで使い切っていた。

 わりとマジでアンジェリーナちゃんの集客能力に魅了の疑いが出てきたが、まぁいい。

 あのスタイルでピチピチのTシャツ着て接客するエレナ目的の男も結構いたし。

 

「葉隠君、ちょっといいですか?」

「何でしょうか?」

 

 江戸川先生とボンズさん。それにコールドマン氏がやってきた。

 

「連絡事項がいくつかあります。休みながらでいいので、聞いてもらえますか?」

「もちろんです」

「ではまず私から。こちら。つい先ほど届いた君の入院中の検査記録です。コールドマン氏のご協力で手に入れることができました。この結果について少々お話が」

 

 ? 問題なかったはずだけど……? 

 

「ええ、確かに病気などは見つかりませんでした。しかし、これを見てください」

「……MRIで撮った脳の写真ですよね?」

「その通りです。そしてもう一枚、こちらは普通の人のMRI写真です。この二枚の、こことここを見比べてください」

「……正直、何がなんだか分かりませんが。とりあえず大きく違うのだけは分かります」

「君の脳は全体的に普通より発達しているようなのです。おそらくはペルソナの影響で」

 

 先生が写真の上に透明なシートを置き、そこに印をつけていく。

 

「まず主に思考や学習を行う際に活発に働く“前頭連合野”。物の形の認識や記憶、言語といった情報を扱う“側頭連合野”。感覚情報の分析や空間認識能力を司る“頭頂連合野” 特に発達が顕著に見られる部位がこれらです」

 

 アナライズ、周辺把握、アドバイス、コーチング、ミドルグロウ……その他。

 言われなくてもさまざまなスキルとの関連が思い浮かぶ。

 

「MRIは今回初めて撮りましたから、以前と比較ができません。しかし君の能力と特に発達した部位を比較すると、無関係とは思えません。とりあえずペルソナへの覚醒、能力の習得に伴い、ペルソナ使いの肉体は成長・進化する可能性がある。……私はそう考えています。

 しかし腫瘍の影も見えませんし、他の検査結果からも悪い病気の兆候は見られません。だからこそ病院側も何も言わなかったのでしょう。特に心配する必要はありませんが、体に変化が起こっている可能性。これは常に頭に入れておいてください。

 何か違和感があれば、すぐに連絡をお願いしますよ。私からはそれだけです」

 

 脳の発達……病院の検査結果で、新たな事実が発覚した。




影虎は氷属性全体攻撃アイテム“ドライアイス”を手に入れた!
影虎たちはレモネードスタンドを開店した!
特製レモネード(体力&魔力回復アイテム)のレシピを手に入れた!
特製レモネードは手軽に作れてコストパフォーマンスが高いようだ……
レモネードスタンドは大成功を収めた!
夏休みの思い出になったようだ。
病院の検査結果から、影虎の脳が発達していることが判明した!

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