「タイガー、呼んだかね?」
ボンズさんとコールドマン氏、江戸川先生にうちの両親の計五人を部屋に呼んだ。
六人も集まるとさすがに部屋が狭く感じるが、判断の難しい情報を受け取ってしまった。
一度この面子で話をしたい。
万が一にも音漏れがないよう、ドアにドッペルゲンガーを貼り付けておく。
「随分と厳重ですねぇ」
「何があったの?」
桐条先輩から受け取った情報を一度脳内でまとめる。
「色々あるから順を追って説明するよ。まず、天田の保護者について」
“天田
“天田
これが今の天田の保護者の名前だ。花江は天田の母である“天田
しかしこの夫婦は浪費家で前社長との衝突が多く、前社長は百合子、もしくはその配偶者を後継者にと考えていたらしい。だが、当の本人はその頃既に家を出ていた。それも天田の父、“
前社長の子供は百合子と花江の二人だけ。天田の母が家を出たことで、後継者となりえる血縁者は花江一人になる。血筋にこだわらなければまた話は変わっただろうが、前社長は花江とその夫を後継者とした。
ただし、夫妻に譲り渡されたのは会社経営のために必要な権利や資金のみ。
個人資産はびた一文渡さず、前社長が亡くなる前に遺言を残すという徹底ぶり。
そして厄介なことに、この個人資産の相続人として百合子が指名されている。
「だけど天田のお母さんは既に亡くなっている。この場合“代襲相続”と言って、相続権が子供に引き継がれるらしい。だから現在、天田は前社長の個人資産の相続権を持っていることになる」
しかし天田は未成年なので、遺産を受け取るにしても放棄するにしても、関わってくる手続きを行うことができない。だから本人に代わって手続きを行ったり管理をする“法定代理人”が必要になるわけだが……
「この法定代理人が天田の場合、親権者。つまりさっきの現社長夫妻が遺産の管理をしてる」
保護者でも遺産の相続権を有している場合は代理人になれないけれど、今回の場合は保護者となる夫妻が前社長からの遺言で相続権を有していないため認められたようだ。
もしかして桐条が何か手を回したのか……疑い始めるときりがない。
証拠も無いのでとりあえず置いておくけど、保護者はそういう状態らしい。
「……あのクソ夫婦の狙いはその遺産ってわけか」
「権利を握ってるのは確かだよ。でもまだ遺産には手をつけていない可能性が高いらしい。流石に管理の名目で遺産を取り上げて、用済みになったら天田をポイってわけにはいかないだろうしね」
さらに、問題はこれだけではない。
もう一つ特大の爆弾があった。
天田の父親、“
原作では母親ばかりでまったくと言っていいほど情報が無かった天田の父親。
勝手に死んだと思っていたが、どうも生きているらしい。
「ただこっちもちょっと……」
天田の母親が社長令嬢だったのは今話した通り。
だが、なんと父親も別の企業を経営する父を持つ社長令息だった。
そんな彼らの生活は、親の庇護下から飛び出した事をきっかけに大きく変化する。
安いアパートに住み、共働きで裕福とは言いがたい生活をしていたようだ。
しかしその後、天田を身ごもった母は働くことが困難になり仕事を辞めざるをえなくなる。
当然収入は減り、父親一人の稼ぎで家計のすべてを賄わなければならない。
そして天田が生まれた後も母は子育てで働けず、一人分の出費も増えた。
そんな生活に、天田の父は耐え切れなくなった。
当時近所に住んでいた人から、貧乏について喧嘩を頻繁にしていたという証言があるようだ。
「ここらへん具体的なやり取りは分からないけど、確実なのは二人が離婚した事。それから天田と母親を置いて、一人で親元に帰ったらしい。現在、親の会社をついで何事もなく生活してるっぽい。……ぶっちゃけこいつもこいつであまり良い印象がないんだけど……」
そして最大の問題は、これをどう天田に伝えるかということ。
正直見なかったことにしたいが、そうして事態が良い方向に転がる気がしない。
来年か再来年までは原作だから特に問題ないだろうけど、その先が不安。
「確かにな。しかし話すのならばタイミングを考えるべきだ。いまはただでさえシャドウの問題を抱えている。あまり一度に抱え込みすぎては負担になる」
「軽く話せる事じゃないし、一度状況が落ち着いてからでいいと思うわ。私たちも何ができるか考えておくから」
「……そうだね。じゃあこれ、今回桐条から受け取ったデータのコピーが入っています」
親としての経験が豊富な方々に期待しよう。
この場はUSBを一つ渡して、解散となった。
……
…………
………………
影時間
~森の奥~
“気をつけてくださいね、先輩”
“煙……薄い、だから大丈夫。タイガーなら……”
“期待しているよ”
リビングに集まった全員から言葉をかけられ、気合十分にやってきた。
今日の目標は巨大シャドウとの戦闘。
可能であれば倒し、不可能と判断したら即座に撤退する。
装備はドッペルゲンガーと、コールドマン氏から支給された“ケプラーベスト”。
武器が“サバイバルナイフ”、“ベレッタM92”とアサルトライフル“HK416”が各一つずつ。
前回見つけた攻撃アイテムの“ドライアイス”も道中で少し回収できた。
回復薬としてレモネードも水筒に入れて持ってきている。
できる事はした。後はぶつかってみるだけだ。
……いた。
例の巨大シャドウは相変わらず、広場の中心に居座っている。
「……?」
だが、様子がおかしい。
「グウウ……ウッ……! ガァッ!」
相変わらずシャドウに食らいついているけれど、前よりも威圧感が強い。
だがその反面、焦りのようなものも感じる。
まるで餓死寸前かと思うような……まさか、弱ってる?
周りに誰か……いないか……少なくとも俺の感知できる範囲には。
……中途半端に手負いの獣は余計に危ない。
そんな話をどこかで聞いた気がするけれど、弱っているならそれは好都合。
アサルトライフルの安全装置を解除して、背後から有効射程ギリギリまで近づく。
よし、食事に夢中で気づいてない。まずは貫通が聞くか、確かめる!
「ガ! ァ~?」
無効と反射はないな。
ただシングルショット一発じゃろくに効いてないらしい。
だったら数を叩き込むまで。面倒くさそうに振り向くシャドウへ銃身を向けて、引金を引き絞る。
「ッ!」
鳴り響く発砲音とともに吐き出されていく銃弾。
同時にハンドガン以上の反動が手に伝わった。
狙いを頭から胴体へ変更。これなら多少ブレても巨体のどこかには当たる。
「グォオ!!」
「この数日で成長でもしたのか……?」
ようやく重い腰を上げたシャドウの身長は、4メートルを超えていた。
「っと!」
体がでかいだけに一歩の歩幅も広く、腕も長い。
シャドウは弾丸を体に受けつつもまっすぐに迫ってくる。
射撃を中断。代わりにこいつを食らえ!
「ガアアッ!」
突進の勢いを止められず、シャドウは俺が投擲したドライアイスに直撃。
軽く霜が下りた腕を振り回すことで白い煙を振り払うが……その間に俺は離脱成功。
立ち並ぶオブジェの隙間を縫って、背後に回り射撃再開。
「グアア!!」
撃っては安全な距離まで逃げ、逃げたら撃つの繰り返し。
おそらくウザイ! とでも言われたのではないだろうか?
なかなか頭にきているようで、動きが荒々しくなっている。
しかし、今のでアサルトライフルは撃ち尽くした。
ここからは魔術攻撃に切り替える。
向こうから魔法攻撃を使ってくる気配がないので、接近戦は様子を見る。
「アギ!」
「グアッ!?」
いきなり弱点らしき属性に当たったようだ。
続けてほかの属性も試してみたが、やはり火が弱点らしい。
素手で戦って、火が弱点……
こいつ、体がでかいのと首飾りを着けてる以外は素手のバーバリアンと同じだな。
それに……?
動きが止まった。小刻みに震えて……何かが!
「っ!」
突然の爆発。
認識した途端に黒い物体が眼前に。
まずい!
とっさに体を捻り直撃は避けたものの、物体が右肩に当たり俺は軽く弾き飛ばされた。
まったく動きが読めなかった。
爆発で飛んできた? と考えると銃のような武器を持っていたのか?
「痛っ……」
とにかく急ぎ体勢を立て直す。
「グアアア!?!」
「ん!?」
謎の攻撃を警戒して見据えた巨大シャドウは……
その体を大きく傷つけ、右腕が欠損した状態で地に伏していた……
まだ息はあるが、起き上がるほどの力はないようだ……
悲鳴もどんどん弱弱しくなっている……
「……自爆か?」
さっき攻撃だと思ったのは、爆発で飛び散った肉片らしき物体。
すでに煙となって消えてしまったのでほぼ間違いないが……
どうもこいつが意図して行ったようには見えない。
そもそもこいつは最初から弱っていたようにも見えた。
周りに他の敵がいるのかとも考えたが、そんなこともないようだし、いったい何が?
と考えていた時。
「危なっ」
爆発が再び。
いやな予感がしてオブジェに隠れることができたが、また肉片が飛び散った。
何がどうなってるんだよ、まったく……
「ウォォ……」
今の爆発がとどめになったようだ。
弱弱しいうめき声とともに、シャドウが煙となって消えていく。
「成仏してくれよ」
あんまりな最後に、そんな言葉を口にしてしまった直後だった。
煙の中から光が漏れる。
「……なるほど。これが原因だな。そりゃシャドウも出てくるわ……」
少しずつ煙が晴れて明らかになった全貌は、青緑色に輝く羽根。
初見で、首飾りのような水晶が着いた紐が絡み付いているが、間違いない。
“黄昏の羽根”
影時間中に電子機器を稼動させるために使われる、影時間の月のかけら。
そして、すべての元凶たるニュクスの一部が、今ここで静かに浮いていた。
「……」
ただ見ていても時間の無駄だし、さっさと回収したいが……これ触って大丈夫か?
宙に浮かぶ黄昏の羽根を、撃ち尽くしたアサルトライフルでそっとつついてみる。
「……うおっ!?」
銃口が羽根に触れたかどうかの瀬戸際に、銃身が謎の力で跳ね上げられた。
さらに羽根の輝きが強まり、膨大なエネルギーを肌で感じる。
「まずっ!」
“暴走”
頭をよぎったこの言葉の正否は、地面の発光により示された。
巨大シャドウが行っていたのと同じように周囲にシャドウが召喚される。
ただしその数は桁が違った。
「グアッ!」
「ギィィイ!?」
「キキッ!?」
「くっ!」
あっという間に召喚されたシャドウは百に届いてしまう。
だが膨大なエネルギーは地面へ流れ続けていて、シャドウの召喚も止まらない。
むしろ勢いを増して、広場を埋め尽くしていく様子に不安が募る。
「くそっ!」
退路を塞がれる前に、撤退を決めた。
天田の保護者について、情報を得た!
影虎は巨大シャドウに挑んだ!
巨大シャドウは自滅した!
巨大シャドウの亡骸から黄昏の羽根が出現した!
黄昏の羽根は暴走しているようだ……