人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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160話 暴走

 その頃、拠点のリビングでは……

 

「ッ!?」

「どうしたの? アンジェリーナ」

「ママ、何か変……」

「変?」

「! ホテルの方だ! 様子がおかしい!」

 

 ジョージの声で、集まっていた全員が窓のそばへ。

 

「なんだあれは……」

「あそこは森になってるはずだが、成長しているのか?」

「森? 光る大木になっちまってるぞ」

「あれは……ダメ、とても危険」

「……虎ちゃんは大丈夫かしら……」

「先輩……」

「……幹から何か出てないか?」

 

 突如伸びた森から立ち上る、蛇のように蠢く線。

 龍斗の言葉を聴いて、双眼鏡を持っていたロイドが前に出た。

 

「Oh my……あれ全部シャドウだよ!」

「なんだと!?」

「あの木から出てきたバットがたくさん、集まって木の周りを飛んでるんだ。数が多すぎて線に見えるんだよ」

「あれがシャドウの集まりだなんて、いったい何匹集まればああなるのかしら?」

「それよりも何が起きているのか……」

「召喚が暴走してるんです」

 

 窓際に集まった彼らの後ろから、答えが出た。

 

「タイガー!? あなた帰ってたの!?」

「たった今ね。外に出ても数え切れないシャドウがいたからトラフーリ、じゃ分からないか瞬間移動の魔法で直接部屋まで戻ったんだ」

「無事で何よりだ。早速で悪いが、何があったんだね」

 

 問いかけるコールドマンに、影虎は森で起こった事を説明した。

 

「巨大シャドウがそんな物を持っていたのか……黄昏の羽根と魔法陣。この二つがセットでシャドウが召喚されるなら、羽根を魔法陣の外に出せないかね?」

「難しいですね。これを見てください」

 

 それは巨大シャドウと戦うために自ら用意したアサルトライフル。

 その銃口は砕け、よく見れば銃身にも細かい亀裂とゆがみが見られる。

 それが軽くつつこうとした結果だと言われれば、外に出す方法が問題となる。

 

「巨大シャドウはさっき話した通り爆散しましたし、羽根に飛びついて弾き飛ばされるシャドウも見たので、直接触れるのは難しいし危険だと思います」

「そうか……」

「タイガー、真剣に話してる途中悪いんだけどさ」

「何? ロイド」

「ちょっとシャドウの様子見てくれない? 数が多いし、なにより薄暗くて双眼鏡じゃ限界なんだ。なんか、もっとまずい事になってる気がする」

 

 ロイドの言葉通り。

 大樹へと変貌した森を取り巻いていたシャドウの動きは変化しつつあった。

 

「シャドウが周囲に散開し始めているだと!?」

「少なくともバットは続々と! 他は……建物が邪魔でよく見えません! もっと高いところからなら」

「なら屋上は!? あそこならもう少し見えるんじゃないか!?」

 

 カイルの提案で、影虎たちは屋上に上がる。

 

「お前たちは隠れて」

「いいえ、ジョージ。バラバラになる方が危険よ」

「私たちも行く」

「戦えなくても見張りくらいにはなるわよ、ダディ」

 

 そして全員で屋上に登り、影虎は地獄絵図を見た。

 大樹から湧き出る無数のシャドウが街中に進出し、我が物顔で道を練り歩く。ところどころでシャドウ同士の争いが起こり、共食いにまで発展している。何よりも、そんなシャドウによって影時間に落とされ、フラフラと建物からシャドウの群れへ歩を進める人々。

 

 その光景を目の当たりにすれば、これまで以上の被害が容易に想像できた。

 

「化け物ォー……」

「……助けてくれー……」

「イヤァアァ……」

 

 屋上には早くも被害者の悲鳴がかすかに届き始めている。

 

「酷い……」

「悪夢としか言いようがないわね」

「胸糞悪い……!」

「まったく、あの連中はなんて事をしてくれたんだ」

「呼び出されたのは悪魔じゃなくてシャドウでしたがねぇ……これは惨い」

「こんな惨状を引き起こしているんだ。シャドウでも悪魔でも大差ないだろう」

 

 何気なく呟かれたコールドマンのこの言葉が、悲鳴と共に影虎の耳を打つ。

 

「徐々にこちらにも迫ってきているな。あの群れを相手にするのは無理だ。皆、地下室へ。ひとまず影時間が終わるまで篭城するぞ」

 

 ボンズの先導で皆が移動を始めようとする中、影虎一人が動かない。

 

(悪魔……)

「タイガー! どうかしたのか?」

「影虎! 何ボサッとしてんだ!」

「……アンジェリーナちゃん」

 

 ボンズと龍斗の呼びかけに答えず、アンジェリーナに声をかけた影虎。

 その目には怪しい光が宿り、わずかに異様な雰囲気を漂わせていた。

 

「何?」

「確認したい。アンジェリーナちゃんは危険と死期が見えるんだよな? 少し未来に起こることでも」

「そう」

「だったら今、俺と皆には煙が見えるか?」

「…………見えない」

 

 屋上をぐるりと見渡した彼女の一言を聞いて、影虎は決断した。

 

「そっか。じゃあ皆は地下室に行ってくれ」

「なっ!? まさか戦うつもりか!?」

「いくらなんでもあんな数相手にするのは無茶ですよ!」

「何か策があるのかね?」

 

 リアン、天田、コールドマンがかけた言葉に、影虎は答えた。

 

「策はありません。ぶっちゃけ事件解決どころか役に立つ保証もない。けど、一つだけ可能性があります」

 

 影虎は続けてペルソナの進化について口にした。

 

(正直なところ、今の俺にできる進化はただ一つ。何が起こるかわからない進化だけど、ベルベットルームで話したドッペルゲンガーの言葉。それに今のアンジェリーナちゃんの答え。おそらく俺が死ぬ可能性と皆が危険にさらされる可能性は低い)

 

 影虎は実際にアンジェリーナの言葉通り、一度は危機的状況に陥っている。

 危機は回避できたため確実とは言えないが、死なずにすむ可能性は高いと結論を出した。

 それとも結論を出してしまった(・・・・・・・)と言うべきか……

 

 ペルソナとは“もう一人の自分”。

 影虎の考えに誰よりも早く反応し、既に変化を始めていた。

 ドッペルゲンガーの形が崩れ去り、霧が影虎の周りを薄く包んでいく。

 そして影虎の意思に応えるように、進化の手順が脳裏に流れ込んだ。

 

「アルカナシフト“悪魔”」

「タイ……!」

「影……らっ!」

 

 一言呟いた影虎が輝き、同時に振りまかれたエネルギーが暴風を生んだ。

 影虎を中心に渦巻く風が、側に寄ろうとした仲間の声と行く手を阻む。

 代わりに自分自身の声が響いた。

 

『本気で使うのか?』

「……言わなくてもお前なら分かってるだろ? 俺なんだから。悲しいことに、今のままじゃあの大群相手には焼け石に水なのは分かってる。……俺はまだ弱い」

『死にはしないだろうが、安全が保障されたわけじゃない。お前の中の何かが変わる。もう後戻りができなくなるかもしれない』

「承知の上。……できる事をやりきってない。って事に気付いちゃったからなぁ……ここでやらなきゃ、三度目だ」

『使い方と名前は……もう分かるな?』

「ああ……」

『仕方ない。お前はもう一歩を踏み出した。気合を入れて戦え。そして、自分を見失うな』

 

 心の内との短い会話。

 それが終わると、霧が影虎の横で一つの黒い塊となる。

 

「せめて一発、ぶちかます……」

 

 集中。

 自らの思いと視線を塊に向ける影虎に答えるように、塊は脈を打つ。

 心臓の如き動きは徐々に激しさを増す。

 

「……出てこい、“ルサンチマン”!」

 

 影虎の呼びかけを合図に炸裂。

 屋上に吹き荒れる黒い暴風が過ぎ去った後には……

 ひび割れから黒い煙を立ち上らせる巨大な“卵”が鎮座していた。




森の様子が変化した!
大量のシャドウが外に溢れ出ている!
影虎はペルソナを進化させた!

ペルソナ:ルサンチマン
アルカナ:悪魔
形状:  大きなヒビが入った卵。ヒビから立ち上らせた黒い霧に包まれている。
能力:  ???

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