人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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161話 ルサンチマン

 ~影虎視点~

 

 “ルサンチマン”……黒い霧を立ち上らせる、ひび割れた卵。

 今までの自分から感じたことの無い膨大なエネルギーと相まって、かなり不気味だ。

 しかしこれが、俺の新しいペルソナか……

 

 ルサンチマンに触れると触れた箇所から卵の殻が崩れ落ちる。

 黒い泥のような中身が、月明かりに晒された。

 卵で言えば卵白にあたる部分だが、真っ黒で泥としか表現のしようがない。

 

「よっと……」

 

 誘われるように中へ入り、体を預ける。

 新たな力が、その使い方がより鮮明に流れ込んでくる。

 

 体を包む泥のような物体はドッペルゲンガーと同じく自在に変形が可能。

 まるで高級なソファーやベッドのように、体は程良く沈む。

 数秒で最も快適なのは半分横になった体勢だと気づき、それを定位置とした。

 崩れた殻は元通りに修復され、いまや完全な闇の中……だが、外の様子は分かる。

 

 周辺把握がかなり強化された。その範囲は町全体に及ぶ。

 少なくともシャドウが活動している範囲はカバーされた。

 探知範囲だけなら山岸さんにだって負ける気がしない。

 

 さらにルサンチマンは飛行可能。

 俺を硬い殻に包んだまま、自在に飛びまわれるようだ……

 

「虎ちゃん!」

「影虎!」

「……行ってくる」

 

 近づいてきた両親へ届いたかは分からない。

 しかし屋上を離れることを意識した途端に、ルサンチマンは飛び上がった。

 ……速度は魔術で強化した足と同じくらいか。でも揺れをまったく感じない。

 周辺把握の位置情報が無ければまったく分からなかっただろう。

 

 あまりにも実感の無い飛行。

 手探りで軌道や速度を調整し、飛ぶ感覚を掴みながらシャドウが暴れる地域へ。

 するとこちらに気づいたシャドウが次々と魔法を放ってきた。

 

「……効かないなぁ……」

 

 弾幕さながらに襲ってきた魔法は避けきれない。

 しかしそれなりに着弾しているにもかかわらず、ダメージは微々たるもの。

 耐性だけでなく防御力も相当に強化されているようだ。

 

 そもそも完全に殻に包まれている俺の肉体に直接被弾はしない。

 おまけに体を支えるこの泥が流動することで衝撃を逃がしている。

 硬い殻と流動する泥による堅牢な守りに、空中まで自在に舞えるようになった機動力。

 ドッペルゲンガーの長所をそのまま伸ばしたようだ。

 

 だがその反面、問題もある。

 体が完全に包まれているため、これまでのような肉弾戦ができない。

 気弾や物理攻撃スキルは放てるが、それ以外では体当たりくらいしかできなさそうだ。

 

「……確かに、これじゃ今までとは違う戦い方をせざるを得ない」

 

 でもこの状況下では、ルサンチマンはドッペルゲンガーよりも使えるペルソナのようだ。

 

 進化によって手に入れたスキルを使おう。

 

「“奴隷の道徳”」

 

 体の底から湧き上がったエネルギーが解き放たれる。

 広範囲に伝播する波動をその身に受けた人やシャドウは、動きが緩慢になっていく。

 

「……人は適当な建物に避難。シャドウはシャドウ同士で殺し合え」

『ギィイィイイ!』

『キェエェエエエ!!』

 

 卵の中での呟きを号令に、壮絶なシャドウ同士の争いが始まった。

 

 “奴隷の道徳”

 町全体には届かないものの、広範囲にわたる洗脳能力。

 本能や集合的無意識……心の根幹を直接揺さぶるような感覚だ。

 ただし相手の力量や心持ちしだいで抗うことも不可能ではない。

 実際に周囲のシャドウには効果が出ていない個体もいる。

 

 しかしスキルが効かずとも、大多数のシャドウが壮絶な争いを始めれば戦うしかなくなる。

 無防備に誘い出された人々も正気……ではないかもしれないが急いで建物に入っていく。

 

「続いて……“吸血”、“吸魔”」

 

 ルサンチマンはドッペルゲンガーとは違い、広範囲に影響するスキルが中心のようだ。

 使い慣れたこれらも単体ではなく、周囲のシャドウから手当たり次第に吸い上げている。

 

 体に、心に力がみなぎっていく。

 広い大通りや狭い路地裏。

 空中でも地面でも、理性を欠片も感じさせない嵐のような争いが繰り広げられる中心で……俺だけが凪いだ心でゆったりと力を吸い取り続けている。

 

 さらにここでもう一押し。

 シャドウから集めたエネルギーを卵の中で混ぜ合わせ、練り上げていく。

 喩えるならば粘土細工。徐々にエネルギーは形を持ち始めた。

 俺が倒した中(・・・・)では最強クラスのシャドウ。

 タルタロスにいる本物との戦闘を思い出し、記憶から耐性や攻撃方法などのデータを取得。

 それがガイドラインとなり、エネルギーの塊がさらに本物に近づいていくのが分かる。

 最後に仕上げとして言葉と共にエネルギーを込めれば。

 

「“召喚・バスタードライブ”!」

「ゴロロロロロ……!!!」

 

 完成したそれ(・・)は卵の下部から、咆哮と共に地面へ降り立った。

 

「ゴロロ!」

「ギャアッ!?」

「オォオ!?」

 

 無数のシャドウが弱い者から駆逐され、こう着状態になりつつあった戦場をバスタードライブがかき乱す。

 召喚よりも創造とか何か別の言い方が正しいような気もするが……

 とりあえずこれがルサンチマンの“召喚”。

 エネルギーを消費してシャドウを作り出す能力。

 作り出したシャドウは俺の意思に従って行動するようだ。

 他に人命救助用の作業員兼肉壁としてマーヤを大量生産。

 召喚に使うエネルギーは、シャドウの強さによって変わるらしい。

 ついでに補助魔法でバスタードライブの能力を底上げして、場所を移動。

 同士討ちかバスタードライブか、どちらでも良いからここは勝手に数を減らしてもらう。

 

 同じ事を場所を変え、シャドウを変えて繰り返す。

 手当たり次第に戦場を混乱させて、森を中心に一回り。

 

「……」

 

 ひとまずシャドウの離散は防げた。

 しかしいつまでもシャドウは湧いてくる。

 

「やっぱり元を断たないとダメか……」

 

 今一度、黄昏の羽根の元へ向かう。

 森はいまや一本の大樹。内部構造はだいぶ変わってしまったと思われるが……

 

「丸分かり……」

 強化されたルサンチマンの感知能力に加え、すさまじいエネルギーを放っているため位置の特定は簡単だった。

 

「あー……これ広場だけだった魔法陣が森全体に広がってるんだ……」

 

 羽根があるのは大樹の頂点。

 シャドウは大樹のいたるところから自由に湧き出ている。

 その元凶は羽根に巻きついた首飾りらしき物体。

 どうもこれが羽根のエネルギーを魔法陣に供給する役割を担っているらしい。

 エネルギーの流れ的に……妙に攻撃的な防壁もおそらくこれが原因。

 

 ……“奴隷の道徳”

 

 無限に湧き出るシャドウをけしかけてみた。

 命令を聞いたバットが体当たりを仕掛け、防壁に弾かれて消滅する。

 適当にバラバラ飛びついてもびくともしなかい。ならば列を成して連続でぶつかれば? 

 ……多少、エネルギーに揺らぎを観測した。

 さらにシャドウを集めてけしかける。体当たりでも魔法攻撃でもいい。

 十匹や二十匹で効果がなければ、五十匹でも百匹でも集めればいい。

 湧き続けるシャドウをひたすら集め、ただただ決死の特攻を指示。

 すると羽根の防御は限界が来たのか徐々に薄く弱まって、とうとう崩壊。

 素通りしたバットの体当たりが首飾りの石を砕いたと同時に、エネルギーの供給も止まる。

 

「っし! っと……」

 

 もう触れても問題ないことをシャドウで確認し、ルサンチマンに取り込み回収。

 これでこれ以上シャドウが増えることはないだろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「………………なんだかなぁ……」

 

 シャドウの大量発生も止まり、徐々にシャドウも数を減らしている。

 もう一度森を中心に町の空を一周する頃には、完全に流れ作業になった。

 ダメージなんてろくに受けない。

 受けたところで召喚のついでに回復できる。

 後は完全に高みの見物。

 ルサンチマンを召喚してから、戦っている感覚がまったくない。

 

 強力なペルソナなのは間違いない。

 今なら何だってできる気がする。

 でもやけに淡々としていて、感情があまり動かない。

 

『まるで退屈なゲームをやってるみたいだ』

 

 頭の中に声が響く。

 

「また出てきたか。意外とよく喋るな……制限があるとか言ってなかったか?」

『制限は制限さ。禁止じゃない。同調率って言えばいいか? 今は進化したばかりだし……まぁできる時はできるって事でいいさ。それよりどうよ? 新しい力の使い心地は。楽勝だろ?』

「……確かに。これ以上なく楽勝で、お前が言う通りゲームでもやってるみたいだ……」

『何だ、不満か? 別にいいじゃないか。自分で戦わなくたって。お前だって危険な場所に飛びこみたいわけじゃないだろ?』

「それはそうだけどさ」

『いいんだよ。俺たちは元々この世界にいないはずの人間。この世界の人間のために俺らが苦労してやる義理なんかないんだ。それをこうして見ず知らずの奴らのために力を使ってる。少しは助かる人間がいる。それだけで十分だろ』

 

 その見放したような言い方に強い納得と違和感を覚えた。

 

「……お前、誰だ? ドッペルゲンガーじゃないな」

『何をいまさら。俺は“元”ドッペルゲンガー。今は“ルサンチマン”さ。俺はお前、それは変わらねーよ』

「進化すると人格も変わるのか?」

『いいや。別に変わっちゃいない。ただ素直になっただけさ。……命がけの戦いなんて、俺は本当はやりたくなかった。違うか?』

「確かにそうだ、けど……」

『心配すんなよ。今まで鍛えた力を失ったわけじゃない。むしろちゃんと鍛えたから、ある程度強くなった。だからさ……もういい(・・・・)だろ。そろそろ楽になろうぜ?』

 

 ……どういう意味だ……

 

『言葉通りさ。俺たちは元々ただの一般人だぜ? 俺たちは努力をした。その結果、シャドウ相手に身を守ることはできるようになった。自分の面倒は自分でみられる……それだけで上等だろうよ』

「……それは生き残るのを諦めろって事か?」

『んなわけねーだろ。しぶとくしつこく生き残ってくれなきゃ俺も困る。だけどこれまで何だかんだ探してきた生き残る手段は、まだどれも形になってない。可能性だけの状態だ。もっと言えば、俺たちだけで何とかできるのか? って話さ。

 だから何とかできそうな奴……たとえば原作主人公にうまく近づいて、適当なタイミングで情報公開。死なずに何とかするように誘導するとか。なんなら特別課外活動部に入ってもいい。順平たちと同じ素質だけの完全な素人を装えば同じ寮生になれる。学年も同じになるはずだ。接点は多い。臨機応変に対処する必要はあるが、上手く使えれば大きな力になる。

 なんと言っても原作の主人公様。本物のワイルド能力者。……この世界じゃ最強クラスになることが決まってるような人材だろ? 俺たちみたいな半端物とは素養が違う』

 

 堂々と卑屈な事を言う奴だな……

 

『気に入らないか? 別にお前なんか俺じゃない! って言いたかったら言っていいぜ? 俺はお前でお前は俺だ。何も遠慮する必要なんてない。暴走を気にしてるなら心配無用だ。俺は前と変わらずお前の味方。暴走なんてする気ねーし、したところで何の得もねーからな。

 それに何より……お前は自分の弱さをちゃんと認めてる。だからこれまで散々力を求めて、実際に力をつけてきた。だろ?』

「ああ……そうだ。だからペルソナも使えるようになって。魔術も覚えて。できる事はどんどん増えてきた」

『だけどそれでも足りない。シャドウの大群相手じゃどうしても分が悪くなる。だからこの前の満月は大勢の人を見捨てる羽目になった』

「!!」

『もうあんな思いはしたくなかった筈なのにな……でも俺たちのせいじゃない。あれは“仕方なかった”。だってそうだろ? 思い出してみろよ、原作の最後。審判の日を』

「……たしか……総力をあげてタルタロスの頂上を目指した主人公たちは、頂上に着く前にシャドウの大群に追われて……一部が足止めに残るんだったか」

『九人もいて倒せず。二手に分かれて片方が足止めするんだぜ? 俺たち二人。実質一人じゃどうしようもねーだろ。それにさっき言った通り、俺たちが命がけで何かをしてやる義理なんてない。

 ……分かってるだろ? 見捨てたって仕方なかったんだ。だから今回は何が起こるかわからない進化に頼った』

「……」

『お前は認めてる。まだ自分には力が足りないことを。お前の心が認めてる。自分がまだ弱いって事を。だからお前がどんなに上っ面の言葉で否定しようと、俺は暴走しねーよ。そもそも認めてなきゃ俺に進化できるはずがねーしな! ……もう分かるよな? 俺が何なのか』

「……俺の“弱さ”……」

『大正解! 俺はお前の“弱さ”から生まれた。お前の心に強さがあるなら、弱さも同じく心の一部。ずっと昔からお前と一緒にいたよ。そしてお前は俺を認め、“弱さ”も“力”として受け入れたのさ!』

 

 ルサンチマンが嬉しそうに笑う。しかし徐々に悲しげにも聞こえてきた。

 

『……そうだとも。俺は弱い。だけど弱くて何が悪い? 世の中には弱い奴なんて珍しくもない。そんな奴らには生きる権利も与えられないのか? ……違うだろ? 最低限の事は自分でできるんだ。一人じゃできない事。難しい事。それを可能にするために、ちょっと強い奴の力を借りたっていいだろ?』

「だから、この能力なのか……?」

『またまた正解だ。実際どうなるかはこうなるまで俺にも分からなかったんだが……自分自身が弱いなら、他人の力を借りればいいんだ。それに多少弱くたって集まれば大きな力になる。よく言うだろ? 戦いは数だよ! ってさ。

 ……おっと、下のバスタードライブがそろそろ危ないぞ』

 

 ……暴れまくった末に魔法の集中砲火を受けたようだ。もう限界だろう。

 それを認識した瞬間、無意識にスキルを使用していた。

 

 “暴走のいざない”

 

 エネルギーがバスタードライブを包み、その身を赤黒く染め上げる。

 そしてバスタードライブは勢いを取り戻す。

 回復したのではなく……暴走(・・)させた。

 受けた傷も残る体力も無視して暴れ狂う姿に、自分が何をしたのか理解した。

 

「俺は……」

『気にするな。あれは俺たちが作ったんだ。壊れたら新しく作り直すだけ。最終的にシャドウを殲滅できれば被害者は回復するんだ。それだけ達成できれば過程なんてどうでもいいじゃないか』

 

 そこまで聞いて完全に理解した。

 ルサンチマンは俺の“弱さ”の化身。

 “弱さ”とは単純な戦闘能力ではない。

 辛さや苦しさから逃げたいという“逃避”。

 自分より優れた存在への“嫉妬”や“羨望”。

 他者を思いやる事よりも自分自身の利を追求する“欲望”。

 そういった負の感情に負けてしまう“心の弱さ”。

 それを肯定した存在こそが“ルサンチマン”。

 

『ここにいるのは助ける義理の無い人間。それを助けてるのは単純に俺が被害者を見たくないからだ』

 

 ルサンチマンの声が響く。

 

『かつての経験に罪悪感はあるかもしれない。でも、だから危険に飛び込んでるんじゃない。俺たちはただ被害者を見たくないだけなんだよ』

 

 “こちらこそありがとう”

 ビル火災でお礼を言われた時に、俺が返した言葉。

 子供が無事だったから、俺は辛い光景を見ずに済んだ。

 

『たまに、思い出したようにする募金と一緒さ。相手の事なんて二の次で、結局は自己満足に過ぎない。……でも、それでいいだろ? 少しだけ手を伸ばして満足する。結果的に助かる人間がいて、誰かが損をしたわけじゃない』

 

 声が心の中まで染み渡る。

 

『生き残りたい。辛かった。苦しかった。すべて投げ出してしまいたい』

 

 確かに……そんな思いが……俺の中にはあった……

 認めてしまう。思考が鈍る。

 

『だからさ……もう』

「楽になってもいいのか……?」

「ふざけた事言ってんじゃねぇ!」

「!?」

 

 怒鳴り声が意識の落ちかけた耳に響いた瞬間。

 俺は横殴りの強い衝撃に吹き飛ばされていた……




影虎はペルソナを進化させた!
ドッペルゲンガーは“ルサンチマン”に進化した!
無数のシャドウを混乱させ同士討ちさせた!
召喚したシャドウに救助活動を行わせた!
黄昏の羽根を回収した!
謎の衝撃で吹き飛ばされた!


“ルサンチマン”
ドッペルゲンガーを進化させた影虎のペルソナ。
アルカナは“悪魔”で、ひび割れた卵の形をしている。
中に乗り込み空中移動が可能。ただし視覚が封じられる。
探知能力の強化により戦闘にはさほど影響がない。
堅牢な防御力と高い機動力がさらに強化されたが、
この状態では肉体を使う戦闘技術全般が使用不可能。
自分は安全な場所に隠れ、シャドウを操り戦わせることが基本の戦闘スタイルになる。
影虎の“溜め込んだフラストレーション”と“弱さを肯定してしまう弱さ”の権化。
使用者の精神に悪影響あり?

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