人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

163 / 336
162話 一時収束

「……父さん?」

 

 突然の衝撃の正体はうちの親父だった。

 

「何でここに……」

 

 思考力の低下を感じる頭に鞭打って、意識を集中。

 街を眼下に見下ろせる高さで俺と並んだ親父がこちらを見ている。

 俺はともかく、親父がこんな所にいる理由は分かった。

 俺と同じだ。

 俺がルサンチマンに包まれているように、バイクに乗っていた。

 ハンドルはいわゆる鬼ハン。座席の後部には背もたれのついた三段シート。

 ここまでならただの暴走族のバイクに見えるかもしれない。

 しかしその車輪は雲のように実体があるのかないのか、曖昧に揺らめいている。

 排気管からも派手に同じ雲を噴いているようだ。

 しかも一部は親父の背中で背後霊の如く、厳しい顔の仏像をかたどっている。

 明らかに普通のバイクではない。

 なにより車体と雲の全てが、ほとばしるエネルギーの塊……

 

「ペルソナじゃないか……、何で親父が」

「気合入れたらなんか出た」

「軽い!? 気合とかそんなもんで出せ……るのかよ!? 今年までの俺の苦労はなんだったんだよ!?」

「知らねぇよ! 出ちまったもんはしかたねぇだろうが! 何で出たかもお前に分からなきゃ俺にわかる訳ねぇっつの! ったく……それより影虎、テメェ寝ぼけたこと言ってんじゃねぇ!

 人を頼るのは別にかまわねぇ。仲間や俺ら親ならいくらでも頼れよ。楽になりたい? デカイ問題にぶち当たって、そう思うのは普通だろうさ……だがな、それでケツまくって逃げるつもりかよ!」

『別に逃げはしない。ただ、やり方を変えるだけさ』

 

 何も、見えない……

 どこにいるのか……立っているのか寝ているのか……

 手足の感覚まで薄れてきた……

 

「これまでお前に協力してきた奴らはどうなる……ずっと見守ってきたあの先生は! 何も知らずに慕ってきた舎弟は! 事情を知って協力を決めた天田やボンズさんたちは! ……弱いテメェが虚勢を張ってる背中を信じて付き合ってくれてたんじゃねぇのかよ!?」

『大丈夫。彼らを蔑ろにする訳じゃない。使い捨てもしない。効率化を図るんだ。適材適所と言うだろう? シャドウとの戦いは一瞬の判断ミスが命取り。適した人材に適した役割を任せるべきだ。高望みをせず、自分のできる事をやる。そして極力味方の被害を減らせるように努力する。そのほうが絶対に良いに決まってる』

 

 親父……ルサンチマン……二つの声だけが響く……

 俺……は……

 

「しっかりしろ影虎! ……チッ! 聞こえてねぇのかよ!」

『もういいじゃないか……これも俺なんだよ。父さんは……そんな息子なら受け入れてくれないのか?』

「アホか。お前がどんなに糞餓鬼になっても受け入れてやるさ。だけどな……自分の子供が道を踏み外そうとしてる時に止めてやるのが、最後まで側にいて支えるのが! それが本当の“親”ってもんだろうがッ!」

 

 叫びと同時に膨れ上がるエネルギーを感知。

 

「その殻に閉じこもったままじゃまともに話せそうにねぇな……仕方ねぇ。この際話は後でじっくりするとして……まずその不気味な殻を引っぺがすぞ! 行くぜ“イダテン”!」

『!』

 

 “危険”

 

 肌で感じた次の瞬間、目の覚めるような衝撃が体を襲う。

 

「ガフッ!? な、かっ……」

 

 何が起きた?

 

『親父からの打撃攻撃。パラダイムシフト発動。打撃耐性を打撃無効へ変更……完了』

 

 勢いのまま弾き飛ばされながら、ルサンチマンが状況に対処する。

 

「ウラァ!」

「!? エフッ!?」

 

 急加速した親父の追撃。

 空中をドリフトして車体を叩きつけられたのは分かった。

 しかし無効にしたはずの打撃が前と変わらずに、効く……

 

『“打撃無効の無効化”を確認。耐性無効化系スキルの影響と推測。暫定的に“打撃ガードキル”と呼称する』

 

 敵の耐性を消すスキルか!

 このまま何発も食らってたら、うっかり死にそうだ……

 打撃ガードキルの影響によって耐性による防御不可能。

 四肢に相当する部位がないため、格闘技術を用いた防御も不可能。

 素の防御力で受けるなら状況は変わらず。

 防御力を上げても長くは持ちそうにない。

 となると、

 

『回避。もしくは反撃と撃墜』

 

 回避一択!

 

「ギギッ!?」

「キィィ!」

「チッ! 避けるな!」

「アホか!」

 

 こんなとこ(空中)で万が一ペルソナが消えたらそのまま落ちて死ぬ!

 シャドウを轢くのも構わず距離をとる。

 命の危機とあって、若干思考が明瞭になってきた。

 しかし……

 

「ぐっ!」

 

 俺自身が飛行能力を操りきれていなかった。

 それは親父も同じはずが、形がバイクだからか俺より小回りが利く。

 カーブは俺に分があるけれど、直線の加速は親父のほうが速い。

 イダテン……韋駄天……足は速そうだ……っく!

 

「吹っ飛べ!」

 

 何度目かの衝撃が体を抉り、ボールのように飛ばされる勢いを利用してさらに距離を稼ぐ。

 そんな事が何度か続いた後だった。

 下から不意に吹き上げてきたエネルギーをもろに受けてしまう。

 

「ッ!」

 

 身動きが取れない……

 全身にを絡みつくようなエネルギーの波。

 力強く、それでいて包み込むような優しさを感じる。

 

「虎ちゃん!」

「母、さん……?」

 

 痛みに加えて吐き気が酷い。

 それでも届いた新たな声は、母さんの声。

 そして気づく。声の発生源がエネルギーの発生源と同じであることに。

 

「まさか……母さん、まで……」

 

 どうやら、殴り飛ばされるうちに家まで戻っていたようだ……

 

「先輩!」

「タイガー!!」

「聞こえているか!?」

「しっかりしろー!」

 

 屋上は、俺が飛び出た時のまま、皆が集まっている……

 一人も欠けていない……

 母さんはその中心に立っている。

 背後に巨大なエネルギーを放つ、女性的な像を建てて……

 

「早くお願い……龍斗さん!」

「ナイスだ雪美! そのまま捕まえといてくれよ!」

 

 下からは母の声。上からは父の声が迫る。

 

「全力で行くぜ影虎ァ! 歯ぁ食いしばれ!」

 

 ……ああ……ダメだこれ。

 満身創痍な心と体。次の一撃には耐えられないことを直感した。

 避けように防ごうにも体は動かない。

 にもかかわらず気持ちは何かに抱かれているように安らかで、抗う力が抜けていく。

 

『……まさか俺たちの間に割り込んでくるなんてなぁ……どうやら俺たちはまだその時(・・・)じゃなかったらしい』

 

 ルサンチマンの呟きが聞こえたのを最後に、俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……

 

「……っ」

 

 目が覚めると、見たことのある天井が目に入った。

 内装にも見覚えがある。

 借りている部屋ではないが……借りていた部屋。

 以前入院していた病室に帰ってきたようだ……

 

「いつつ……」

 

 起き上がろうとしたら、体中が痛んだ。

 ……この前もあったな、こんな事。

 しかし今回は誰もいない。

 あれから一体どうなったんだろうか?

 ルサンチマンは……!

 

 注意を向けて、理解した。

 ドッペルゲンガーに戻って(・・・)いる。

 

 「……ドッペルゲンガー」

 

 以前と同じ黒い霧が現れた。

 周囲に誰もいないことを確認し、人型やメガネに形を変える。

 進化させたはずの“ドッペルゲンガー”だ。

 戻した記憶はないが、状況的に父さんと母さんの介入で戻ったとしか考えられない。

 

 ふと疑問が浮かんでくる。

 あの時、あのままなら俺はペルソナを戻そうと思っただろうか?

 

 ……ルサンチマンは確かに俺の心の一部。俺の味方ではあったかもしれない。

 でも、今考えると同時に深い闇の中に沈み込んでいくような感覚があった。

 

 ドッペルゲンガーに戻そうと思えば戻せたとして、あの時の思考。

 あの状態で俺は元に戻そうと思っただろうか?

 方向性は違えど、強力な力を使えるのはドッペルゲンガーよりもルサンチマン。

 あえて自分の力を弱める事を。苦難の道を歩むことを。あの時の俺が選択するだろうか?

 ……可能性は低い気がする。

 引き戻されなかったら、俺は今頃どうなっていたんだろう……

 いや、それよりも街はどうなった? 皆は無事なのか?

 

 ナースコールに手を伸ばし、直前で止める。

 状況が掴めない以上、やっぱり最初は事情を知っている誰かと接触したい。

 何か口裏あわせが必要かもしれないし。

 

 ……しかし、それにはいつまで待てばいいのか……

 先に誰か病院関係者にこられると困る……

 ………………あっ。

 

 ベッド横のテーブルにメモ帳とペンを発見した。

 病院関係者の忘れ物だろうか?

 特に何かメッセージが書かれているわけではないけれど、これは使えそうだ。

 

「以前使った意思伝達のルーン、アンジェリーナちゃんはシャドウへの指示に使ってたし……上手くいけば……」

 

 一番受け取ってくれそうなのはやはりアンジェリーナちゃんだろう。

 アンジェリーナ・安藤へ、メッセージを届ける。

 目的を定めて、意思伝達のルーン(改良版)を使ってみる。

 

 アンジェリーナちゃん? 聞こえますか? 影虎、タイガーです。目が覚めました。

 このメッセージに気づいたら、ボンズさんか誰かを病室に呼んでください。

 

 同じ文言を三度ほど繰り返し、送信を終わりにする。

 魔力の消費量的には……届けばまぁ使い道は多いだろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ……ん? 

 

 ペルソナや体調を確認していると、外が騒がしくなってきた。

 どうやらちゃんとメッセージが届いたようだ。

 

「タイガー!?」

「アンジェリーナちゃん。今、どォウッフ!?」

 

 おぉおお……

 勢い良く扉を開けたアンジェリーナちゃんが、そのまま飛んできた。

 よくわからないが……すげぇ勢いで腹に着弾した。

 

「アンジェリーナちゃん……まさか、強化魔術使ってる……? あだっ、痛い痛い!」

 

 ペチペチした叩き方でも魔術で強化されると結構痛い!

 

「……怒ってる?」

 

 彼女の体からはほのかに赤いオーラが立ち上っている。

 

「当然」

 

 さらに数発叩かれた後、一通り叩いて落ち着いたのか彼女はそう言って離れてくれた。

 

「目が覚めたのね?」

 

 気づくとエレナが部屋に入ってきていた。

 開け放たれていたはずの扉も閉められている。

 

「いきなり殴ったのは悪いけど、罰だと思って許してあげてほしいわね」

「ああ……両親のペルソナにやられるまでは記憶がある……心配かけた」

「本当よ。私はともかく、アンジェリーナは自分がタイガーに“命の危険はない”って言ったからタイガーが飛び出したーって言いだしたんだから」

「……それは……本当に申し訳ない……」

 

 アンジェリーナちゃんからするとそうなるか……

 彼女が悪いわけないけど、気にさせてしまったようだ……

 

「まぁ、今はそれより話さないといけないことがあるわね」

「……今日は何日? 皆は? 街はどうなった?」

「そうね……とりあえず今日は8月21日。タイガーが気絶した後、夜が明けて20日になったから今回は一日で目が覚めたわね。体は大丈夫なの?」

「自覚できる体調不良はないよ。少し体が痛いだけ。また入院になるか?」

「明日には退院」

「病院の診断では、タイガーは全身打撲と過労らしいわ。疲れて眠ってるだけで体に異常はないって。だから、ええと……まず良い話からするわね」

 

 どうやら俺が寝ている間にまた色々とあったようだ……

 

「一昨日、タイガーがシャドウを相打ちするように仕向けてくれたおかげで、ほとんどのシャドウが消えたみたい。あの大暴れだったから被害者は出たけど、ほとんどが軽症で済んだらしいの。それに今回と前回の満月で影人間になった人たちは、もう回復する人が出始めているって」

「本当か!?」

「タイガーは無茶をした。けど、無駄じゃなかった」

「それに今回の件で、無気力症との関係や治療法としても正しい事が証明されたって、グランパ達が話していたわ」

「そうか……黄昏の羽根は?」

「気絶したタイガーと一緒に回収した。頑丈なトランクに入れて、家の地下室に置いてある」

「ちなみに例のシャドウが溢れてた大木だけど、昨日見たら森に戻ってたわ。それに、もしかしたら以前より小さくなってるかもしれないって。状況から見て、森とシャドウの発生にもあの羽根が関係してたと思うし、このままじきに消えてくれるかもしれないわ」

 

 良かった! 少し胸のつかえが取れた。

 

「それで、もう悪い話になってくるんだけど……」

「聞かせてほしい」

「……一昨日の件ね、うっすらでもあの時の事を覚えてる人が、以前よりも多かったの。ただその話が」

「タイガー、これ」

 

 エレナの話を遮って、アンジェリーナちゃんがテレビのスイッチを入れていた。

 写っているのは一昨日のニュースのようだが……ん!?

 

 “一昨日の深夜、発生した二度目の集団幻覚事件。被害者の大半がブラッククラウンを見たと証言しています”

 “被害者の密集している地域は複数の区域を跨いでおり、個人が移動し目撃されるのは不可能”

 “複数人で同じコスチュームを来ての活動、あるいはブラッククラウンの存在そのものが幻覚であった、との線が濃厚と見られています”

 “ブラッククラウンは本物の正義の味方”

 “ブラッククラウンが事件を起こしているのではないか?”

 “ブラッククラウンは正義か悪か。論争が激化”

 

 これはどういう事?

 

「影時間の記憶はそれらしく改変されて、一般人には認識されないって話でしょ? そのせいだと思うわ。記憶を残してた人もせいぜい化け物や黒い影を見たって程度だったからか、化け物に襲われた自分を“ブラッククラウンが”助けてくれたって認識してる人がすごく多いの。

 それでブラッククラウン肯定派と否定派の論争が激しくなってて、一部では一連の事件を“大規模洗脳実験”なんて呼んでたり、ブラッククラウンこそがテロ事件の主犯だ! って主張してる人もいるの。

 正体はばれてないとしても、この前の件で話を聞きに人が来るかもしれないし、面倒になる前にこの街を離れようって話になったから、もうMr.コールドマンがビジネスジェットを呼んでるわ。明日の夕方ごろに用意が整うから、皆でそれに乗るわよ。急だけど移動の準備はしておいて」

 

 ここにエレナとアンジェリーナちゃんしか来なかったのは、皆さんそれぞれ情報収集や移動の準備を進めているからだそうだ。

 

「それについては理解した。じゃあ次に、うちの両親はどうしてる? ペルソナを使ってたみたいだけど……」

 

 問いかけた途端、決して明るいとは言えなかった二人の表情とオーラが暗さを増した……




衝撃の正体は龍斗だった!
葉隠龍斗は“イダテン”を召喚した!
葉隠雪美も“???”を召喚していた!


韋駄天
仏法の守護神の一つ。仏舎利(釈迦の遺骨や棺のこと)を盗んで逃げた捷疾鬼(しょうしつき)を追いかけて取り返したという説話があり、足の速い神としてよく知られているが、実は子供の病気を癒す神でもある。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。