人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

165 / 336
164話 新たな道

 ~病室~

 

「まいった……」

「お疲れだったね、タイガー。よければ飲むかね?」

「いただきます」

 

 コールドマン氏からいただいた缶コーヒーを飲んで一息。

 

 最初はうちの両親に無茶をした事を怒られ。

 そのうちに顔を出したボンズさんとリアンさんにも、流石に無茶のしすぎだと怒られ。

 すっかり勝手に部屋を出てきた事を忘れていた。

 いつかのおばさんナースが脱走と間違えて探されて、さらに怒られ。

 その後、俺は強制的に部屋へ戻された。

 

 そして二人にも安静が必要とのことで、先生たちは食事に出かけ……

 今はコールドマン氏が俺の見張り役らしい。

 

「もう散々怒られたことだ。無茶について私からは何も言わないが、体は本当に大丈夫なのかね?」

「ええ、まったく。体は先ほどドクターも言っていた通りです」

 

 おばさんナースが俺を探していた元々の理由は診察。

 怒られてから受けた診察でも、ドクターは問題なしと診断していた。

 ついでに傷の抜糸を行ったけれど、特に傷が開いたということもない。

 傷跡は残ってしまうそうだが、俺はべつに気にならない。

 

 ……しかし、少々気になる事もある。

 

 アンジェリーナちゃんを待つ間、ペルソナの状態をよく確認して気づいた。

 一度はルサンチマンへ変わったからだろう。

 ルサンチマンのスキルが一部、ドッペルゲンガーに残っていた。

 ルサンチマンが俺もお前の一部だと主張しているようにも感じる。

 

「それはどんなスキルかね? あの大量のシャドウを操った技か?」

「あれは完全に失っています。増えたのは三つ。

 シャドウを暴走させて戦闘能力を大幅に引き上げる“暴走のいざない”。

 エネルギーを対価にシャドウを作り出して使役する“召喚”。

 そして“邪気の左手”。これは敵から“MAG”を奪うスキルです」

「“MAG”とは?」

「人間の感情から生じる、一種のエネルギーのようです」

「気や魔力とはまた別の?」

「はい」

 

 ただ、MAGはペルソナ3に登場しないはず。

 そもそも“邪気の左手”自体がメガテンのスキルだったような……

 あ、MAGって召喚に必要だったっけ?

 

 

「正直、自分でもよく分からない部分が多いです。気づいたら持っていたので、使い方とかがいまいち」

「なら実験をして追々確かめるとしよう」

「それしかありませんね」

 

 そこで一度会話が途切れ、次に出てきた話題は“ルサンチマンは使えなくなったのか否か”。

 

 正直に言えば、使おうと思えば使える。消えたわけではない。

 ただし、今の俺にはまだ使いこなすのは難しい。

 引き止められなければだんだん慣れただろうけど、精神面に影響を及ぼしていただろう。

 それは一回使っただけで身に染みた。

 

「反復練習は無理か……」

「リスクが高いので、それなら違う進化を目指した方が安全でしょう」

 

 ルサンチマンを使った事で、新たに分かったこともある。

 それは詳細不明だった残り二つの進化先の内、片方の情報。

 

 そのアルカナは“正義”。

 ルサンチマンが他者を利用した“数の力”で戦うのに対し、そのペルソナは“個の力”。

 ルサンチマンを“悪”とするなら、そのペルソナは“善”。

 あらゆる意味でルサンチマンとは対極の存在らしい。

 残念ながら、こちらはまだ使えないようだが。

 

「容易に使えるが危険を孕む“ルサンチマン”。安全だが使えない“謎のペルソナ”。三つのうちのもう一つは?」

「相変わらず詳細が一切不明です。……二つを両極端と考えたら、三つめはその中間あたりじゃないかという気もするんですが」

 

 正義以上によく分からないんだよなぁ……

 ペルソナは使えるなら使い方は頭に流れ込んでくる。

 だからより情報があるほうが早く使えそうな気がする。

 ルサンチマンもそうだったし、使えるとしたら正義の方が先になりそうだ。

 でも、使うためにはどうすればいいのだろうか?

 

「個の力。これはやっぱり地道なトレーニングで鍛える事でしょうか?」

「かもしれんが、私は別方向からのアプローチをしてはどうかと考えている」

「別方向からのアプローチ?」

「具体的なアイデアがあるわけではないけどね。肉体や戦闘技術なら、君は既に訓練を続けてきたんだろう? それだけで正義のペルソナを使える、あるいはルサンチマンを制御できるのであれば、今頃どちらも可能になっているのではないだろうか? もちろん体や技を鍛えることが無意味とは言わない。単に求められる水準に達していないだけかもしれないがね」

「なるほど……」

「問題はどうアプローチを」

 

 コールドマン氏が言葉の途中で黙り込んだ。

 

「……つかぬ事を聞くが、君は前世の記憶があるんだったね? 亡くなったのは二十代の前半じゃないか?」

「? はい。そうですが……」

 

 突然何を言い出すのか。しかも当たってるし。

 

「やはりか。そのあたりだと思った」

「根拠をお聞きしても?」

「ここしばらく君と毎日顔を合わせた印象さ。君からは若々しさを感じるが、程々に世間や社会の不条理も知っているようだ。協調性もそれなりにある。しかし他者を率いて使うことに不慣れなところが見えた。

 そのあたりから一度社会人を経験しただろう。あまり高い地位にはいなかったのか。若かったならまだ部下を持つ前、あるいは持ってそれほど間がないか……という風に推測した結果、二十代前半にあたりをつけただけさ」

「へぇ……」

 

 少しすごいと思ったが、やはり何故そんな事を今?

 

「実を言うとね、私はルサンチマンに対してそれほど否定的な感情はないんだ。

 独力で困難な事を行うために、他人の手を借りるのは悪くない。この意見は自身の無力を棚に上げた他者への依存に聞こえるかもしれないが、私を含め世間から“成功者”や“社会的強者”と呼ばれる人間でも、個人の力でできる事には限界がある。

 会社も規模が大きくなればなるほど、経営者一人の努力だけでは立ち行かなくなってしまうものだ。個人の努力を継続するのは立派なことだが、相応の社員を時に率いて、時には社員に支えられる。どこかで人を頼ることを覚えなければ、業績を伸ばすのはそれだけ難しくなるし、最悪の場合は破綻してしまう。

 最初に受けた印象と、それによる偏見を抜きにして字面だけを見れば、ルサンチマンの言葉は真っ当な意見にも聞こえるのだよ」

「……」

 

 確かに。だから、と言ってしまうとまた逃げているような気分になるが、俺もそれで一度納得しかけた。

 

「問題は“力をどのように使い、何を成すか”だ」

 

 そして彼は静かに語り始めた。

 

「たとえば君が他者を引き寄せる圧倒的なカリスマ性を持っていたとしよう。君には多くの人がついてきて、君の言動に心を打たれ、君を賞賛する……こうしてついてきた人々は君の思うがまま、と言うと言いすぎか? それでも君のようになりたいと願い、真似をしたりしている。

 そんな人々を君がどう扱うかは君の自由に決められる。起業して社員として雇い、代えの利く道具を使い潰すような扱いであっても」

「それは……」

 

 言葉が止まる。

 シャドウを人に置き換えれば、ルサンチマンを使っていた時の俺がまさにその状態だ。

 

「もちろん横暴な行いをすれば嫌われるだろう。扱いによっては訴訟もありえる。次第に悪評も付きまとう。最悪の場合はそのまま倒産も考えられるね。

 ……しかし、取り返しがつかなくなる前に、他者と協調していこうと道を改めることはできる。カリスマは大きな武器になるが、君の行く末を定めてしまう物では決してないんだ。特別な力を持っていようが持っていまいが、それは大きな問題ではない」

「ルサンチマンも使い方次第、ですか」

「私はそう思うね。

 カリスマに限らず大きな才能や技能を持っているのに、それを武器にできず、逆に振り回されてしまう。私の知る経営者にも、そうして身を持ち崩した人は多い。

 ……まわりくどい話になってしまったが、タイガー。私が思うに一昨日の君もこのタイプだ。問題は能力ではなく、振り回された使い方が問題だと私は思うよ」

 

 ……ルサンチマンの一切合財を危険と考えるのではなく、能力と使い方か……

 

「と、それを念頭に置いての提案なんだが……ルサンチマンはこう言ったそうだね? もう君はある程度強くなったのだから、もういいじゃないか、と」

「確かにそういう発言がありました」

 

 彼が何を言いたいのか、少し分かってきた。

 

「問題は使い方であり、ルサンチマンそのものではない。……正義のペルソナよりも、ルサンチマンの言葉を受け入れてみよう、という提案ですか」

「部分的にね。確か君は学習効率を高める能力を複数保持していたね? 効率が上がるということは、1つの物事を身につけるために使用する時間を節約できるだろう?」

「そうして空いた時間に、何かこれまでとは違うことを学ぶ、と」

「その通り。トレーニング量を増やすのではなく、空いた時間でこれまで目を向けていなかったことに目を向けてみるんだ」

 

 これまでの行動を思い返してみると、確かに俺は視野が広いほうではないかもしれない。

 基本的に戦闘能力を中心に考えていた節がある。

 

「我々も最大限サポートしよう。手始めに先ほど話した人の使い方を考えてみたらどうかね?」

「そうですね。……ルサンチマンの制御に役立つかはともかくとして、日本に帰ればメディアにも注目されるでしょうし。学校でも部活で後輩もいます。影時間の活動でもこれからは天田が加わる……」

「我々としても影時間対策に君の意見は重要だ。これまで1人の期間が長く難しいかもしれないが、いきなり完全にこなせとは言わない。ゆっくりとリーダーシップを身に着けるといい」

 

 コーヒーを飲みながら、コールドマン氏との会話が続く……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~リビング~

 

「こんばんは」

 

 面会時間の終了間際に今夜家に来てほしいと言われたので、病院を抜け出してきた。

 そこには両親を除く皆がそろっていて、リビングの所々にスーツケースが置かれている。

 きっと明日以降の準備だろう。

 

「よく来てくれた」

「ご両親の事も心配だろうに。呼び出してすまない」

「大丈夫です。ボンズさん、森の調査をするんですよね?」

「ああ。知っての通り、我々は明日この街から離れる。その前にできるだけ様子を知っておきたいからな。ただ、今日は君一人ではなく、この三人を連れて行ってくれ」

「三人?」

「私たちよ、タイガー」

 

 ボンズさんの隣にいたエレナ、さらにロイドとジョージさんが手を上げた。

 ジョージさんはまだしも、他の二人は非戦闘要員だ。

 危険だと思うが、ボンズさんがそれを分からないはずはない。

 説明を求める視線を送ると、ロイドが口を開いた。

 

「百聞は一見にしかず、だっけ? 説明より見せたほうがいいよね」

「え?」

「Come on! “グレムリン”!」

「なっ!?」

 

 突如として高まるエネルギー。

 そしてロイドの肩に緑色の小動物が現れた。

 猿のような、トカゲのような……なによりも目立つのは、アンテナのような耳。

 体と不釣り合いなほど大きく、一瞬翼と見間違えた。

 おまけに全体的に歯車や機械の部品らしき物がついている。

 総合的に見て、悪趣味な小動物っぽいロボット、と言う感じだが……

 

「ペルソナだよな?」

「Yes! 僕のペルソナ、グレムリンさ」

「いつの間に……」

「昨日の影時間。あと、原因はこれ」

 

 そう言いながら目の前で開かれたアタッシュケースには、黄昏の羽根が入っていた。

 

「調べてみて分かったんだけど、この羽根が発してるエネルギーに、ペルソナを召喚しやすくする効果があるみたいなんだよね」

「そういえば桐条の召喚器にも黄昏の羽根が使われてるはず……ちょっと待った、調べた? どうやって?」

「グレムリンがアナライズのスキルを持ってたから、それで調べられたんだ。同じアナライズでもタイガーと僕のは内容が違うみたいだね」

 

 詳しい説明を求めると、そのままロイドが教えてくれた。

 グレムリンは様々なエネルギーを観測し、背中のモニターで波形として視覚化できる。

 また、直接対象にとりついてデータを収集することもできる。

 そして二種類の方法で集めたデータを解析し、さらに詳細な情報を得られるという話だ。

 

「まぁ、とりついてのデータ収集は色々問題があるんだけどね」

「どんな?」

「グレムリンを接触させないといけないから、暴れてるシャドウとかだと危ないよ。あとそっちの方法だと効率的なんだけど、僕が処理し切れない情報量だとエラーが起こるみたい。あとその場合、ちょっと頭が痛くなるね。だから黄昏の羽根はエネルギーの解析しかできなかったよ」

 

 それでも……

 羽根は強大なエネルギーを内に秘めている。

 常に微弱なエネルギーを発している。

 そのエネルギーは障害物を透過して広がり、周囲に特殊なフィールドを形成する。

 このフィールドは影時間と同質(影時間は町中が同じエネルギーに包まれた状態)。

 フィールドの内部ではペルソナを召喚しやすくなる。

 以上、五つのことが判明したそうだ。

 

「一昨日タイガーたちが倒れたから、昨日の夜は皆いつもより警戒しててさ。たぶんその時の精神状態に、影時間と羽根のエネルギーが反応したみたいなんだよね」

「それで出せるようになった、と……僕たち(・・)ってことは、エレナとジョージさんも?」

「その通りだ」

「あ、私たちだけじゃないわよ」

「私も使える」

「俺もだぜ!」

 

 さらにアンジェリーナちゃんとウィリアムさんが声を上げた。

 アンジェリーナちゃんはまぁ、いまさら驚かないが……

 

「ウィリアムさんも?」

「ああ、俺のは“ゴライアス”って名前で、姿は巨人の兵士さ。物理攻撃特化のな。姉貴があんまり無用心に羽根に近づくもんで、無理やり引き離そうとした拍子に出てきやがった」

「桐条の召喚器はこの羽根の力を利用してるんじゃないかしら? 羽根をエネルギー源として、エネルギーを効率的に召喚の補助に転用するのが召喚器。だからむき出しの状態でも放出されたエネルギーが届く範囲で、ペルソナの召喚が容易になる……

 でも羽根はあくまで召喚の補助をするだけで、誰でもペルソナを召喚できるわけではなさそうよ。私はずっと羽根のそばにいたけど出なかったわ。適性が足りないのかしら」

 

 ウィリアムさんとエイミーさんが補足を加えてくれた。

 

「皆、コントロールは?」

「今のところは誰も問題を感じていない」

「まだ様子を見るしかないし、考えてても仕方ないわよ。とにかくいろいろ試してみなきゃ」

「……そうだな。よし! じゃあ今日はこの四人で行けばいいんですね? ボンズさん」

「頼む。こちらにはケンとアンジェリーナ、おまけにウィリアムでペルソナ使いが三人もいる」

「おいおい、俺はおまけかよ。主力で行けるぜ。ま、そういうことだから心配せずに行ってきな」

「先輩、僕も行きたいけど今日はここを守ります。でも帰ったらタルタロスで訓練させてくださいね!」

「ロイド。帰ってきたら研究の続き、手伝って」

「えー……エイミー伯母さん、昨日からずっとじゃん……」

「エレナ。これ、お腹が空いたら皆で食べな」

「レモネードも作った」

「ありがとう! グランマ、アンジェリーナ」

「子供達をお願いね、あなた」

「ああ、必ず無事に帰ってくる」

 

 俺もロイドも。エレナもジョージさんも。

 それぞれに声をかけられ、俺達は最後の探索に出た。




影虎はコールドマンから新しい道を提示された!
黄昏の羽根の影響を受け、アメリカチームにもペルソナ使いが誕生した!
影虎たちは最後の調査を行うようだ……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。