人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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166話 豪邸

 翌日

 

 ~サンアントニオ国際空港~

 

 無事に二度目の退院ができた俺は、まだ体調の優れない両親とともに直接空港へ。

 

「お二人とも、大丈夫ですか?」

「もう少しの辛抱でーす。飛行機、乗ったら横にもなれるとMr.コールドマンは言ってました」

「……ここで待ってて」

 

 付き添ってくれた江戸川先生とジョナサンに二人を任せ、先に来ているはずのボンズさんを探す。

 

「……!」

 

 見つけた。

 手を振りながら歩みよるうちに、向こうも気づいたようだ。

 

「タイガー。無事に着いたか。他の四人は?」

「あっちで座ってます。合流まで歩き回るのは辛そうだったので」

「飛行機はすでに用意ができている。すぐ乗り込もう。その方が二人も休めるはずだ」

「了解」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~機内~

 

「……すごいな……」

 

 用意されたのはビジネスジェット。

 日本ではプライベートジェットと呼ばれる個人所有のジェット機。

 大きさや設備は用途や人数によっても様々らしいが……

 

 俺たち全部で十八人。

 客室乗務員が二人。

 操縦士、副操縦士で二人。

 乗っているのは合計で二十二人。

 

 それでいて座席の部分はゆったりしている……という言葉では足りない。

 まず機体の後部には大きなベッドが置かれている。

 飛行機にベッドがある時点で一般庶民の俺としては驚きだけど、さらに!

 機体の中心部には、普通の旅客機にあるような座席は一切なし。

 その代わりにソファーやテーブル、テレビまで置かれているためリビングのようだ。

 そしておそらく、内装のどれもが一級品。

 どこもかしこも金! 金! 金! というような分かりやすい豪華さではない。

 けれど、染み一つ無いカーペットとか、革のソファーとか。

 そういった内装のそれぞれが言葉にできない高級感に包まれている。

 その全てを詳細に言い表すには伝達力が足りない……

 

「何度見ても、大きいな……」

「昔は部下を大勢連れて移動することも多かったからね。このくらいは必要なのさ。私が最も忙しかった頃はフライト中に仕事ができるよう、オフィスや会議室に使える内装にして使っていたよ」

 

 さも当然のように言い放つ大富豪、コールドマン氏。

 住む世界の違いをこれでもかと言うほど見せられた気分だ。

 搭乗の時も専用の窓口があって、搭乗までに煩わしい待ち時間も一切なかったし……

 これが本物のVIPか!

 

 そんなことを考えているうちに、飛行機が離陸準備に入った。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 数時間後

 

 豪勢なプライベートジェットの旅は、思ったよりも短かった。

 国内の移動なので当然といえば当然だが……

 結局、まず乗る機会のないプライベートジェットが豪華だと、戸惑っているうちに着陸。

 快適だったけど、豪華すぎて戸惑いっぱなしだった。

 しかし、セレブな移動はまだ続く。

 

 空港からの移動は車。

 そのために用意された車が、定番といえば定番の“リムジン”。

 しかも人数の関係上、三台も用意されていたため、通りかかった人にチラチラ見られていた。

 

「先輩。これ宿題の絵日記に書いても信じてもらえると思いますか……?」

 

 リムジンの座席で眠る両親を見ていた俺に、天田が聞いてきた。

 

「どういうこと?」

「銃を持った集団に襲われて逃げて、その後に避難した街がテロ騒ぎになって、お金持ちと知り合ってプライベートジェットとリムジンですよ?」

「ああ……ごめん、感覚が麻痺してた」

 

 普通の夏休みではないな。作り話と疑われるかが心配なのか。

 

「まぁ、俺についてきたって言えばいいんじゃないか? 撃たれたのは日本でも知れ渡ってるし」

「ヒヒヒ……心配でしたら私の方から菊池先生に日記が真実であるとお伝えしますよ」

「私と写真でも撮って提出すればどうだろうか? 必要ならサインも付けよう」

 

 同乗していたMr.コールドマンがそう言ってくれて、和やかに移動している最中。

 車内に備え付けられた電話が鳴り始めた。

 

「失礼。どうした?」

 

 ……相手に問いかけたコールドマン氏の表情が曇る。

 

「……そうか。分かった。エリザベータとは私が話そう。それではまた後で」

 

 電話を置いた彼に、何かあったのかと聞いてみると……

 

「孫娘が唐突に帰ってきたそうだ」

「おや、お孫さんですか」

「真面目なんだが気難しい子でね。まさかこんな時に帰ってくるとは……騒がしくなると思うが、あまり気にしないでくれ」

 

 騒がしくなる? それはどちらかというと俺達の方ではないだろうか?

 何と言っても数が多いし。

 そう言うと、彼は首を横に振った。

 

「君達はエリー・オールポートという女優を知っているか?」

「私の考え違いでなければ、超有名な女優さんですねぇ。色々な意味で」

「僕も知ってますけど、え? まさか……」

「エリー・オールポートは芸名で、本名はエリザベータ・コールドマン。私の孫娘さ」

 

 直後、車内に天田が驚く声が響いた。

 母さんが起きそうだから静かにしてくれ。

 しかし気持ちは分かる。俺も一応驚いている。

 

 “エリー・オールポート”

 弱冠15歳でのデビュー以来、今に至るまで彼女の演技は多くの観客を魅了してやまない。

 辛口の評論家にも絶賛され続け、複数の主演女優賞に輝いたこともある実力派女優。

 日本でも出演作品は毎年大々的に宣伝されるし、名前くらいは誰でも知ってる。

 しかし、その反面……彼女はとんでもなく性格が悪い女優としても有名だ。

 

「エリザベータは私の二番目の息子の娘なんだが、素直で気の強い子だったんだ。自分の意見をハッキリ口にする子で、それだけに敵も作りやすい。女優という生き残る事すら厳しい世界に入ってからはその傾向が強くなってしまってね……」

 

 コールドマン氏も困り顔。だが、そんな彼のオーラは非常に暖かい色をしていた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~コールドマン邸~

 

 ……もう、言葉がなくなった。

 

 到着したコールドマン氏の私邸は、どこからどう見ても“豪邸”としか表現できない。山なのか丘なのか、とにかく傾斜のある場所にある見晴らしのいい高級住宅街。そんなところを走っていたかと思えば、その中で最も高く見晴らしの良さそうな場所が目的地だった。

 

 しかも、広い。とにかく広い。

 敷地に入るときにくぐった門がでかい。敷地を囲む外壁は長い。

 総合的に見て、月光館学園の男子寮と同等かそれ以上の敷地面積。

 それが個人の邸宅だ。

 学生寮は大勢の生徒が住むからともかく、個人でこの広さはいらないだろ……

 

「お荷物をお運びしましょう」

「あっ、どうも……」

 

 当たり前のようにメイドさんやベルマンがいて、速やかに荷物を運び出す。

 きっと原作の夏休みに特別課外活動部が行く、屋久島の別荘と遜色ないだろう。

 金持ちってすげぇなぁ……

 

「ベリッソン。客間の用意は?」

「整っております」

「では皆を客間に。皆、彼は執事のベリッソンだ。彼に案内させるから、ひとまず旅の疲れを取ってくれ」

「ベリッソンと申します。何か御用がありましたら、いつでもお気軽にお申し付けください」

 

 年齢はコールドマン氏と同じくらいだろう。

 品のいい老執事に連れられて豪華な廊下を歩んでいくと、渡り廊下を通り別館に移る。

 するとまっすぐな廊下の左右に、たくさんの扉と二十人ほどのメイドさんが並んでいた。

 

「こちらが皆様にお使いいただく客間にございます」

 

 どうやらこの扉全てが客室で、一人に一部屋が与えられるらしい。しかも説明と手伝いのためにメイドさんが各部屋に一人、体調の悪い両親には二人つくとの事だった。

 

 もう何も思わない。

 

 思考を放棄してそういうものだと受け止め、割り当てられた部屋へ入ってみる。

 内装はシックな家具で統一されているが、古さはあまり感じない。

 チリ一つなく、手入れが行き届いていることが良く分かる。

 ベッドは天蓋付き、部屋の隅にある扉からの先はシャワーとトイレか……完全にホテルだ。

 

「葉隠様。お荷物はこちらでお揃いでしょうか?」

「はい、ありがとうございます」

 

 メイドさんと一緒に部屋に訪れたベリッソンさんに聞かれた。

 俺の荷物なんてスーツケースくらいなので、なくなった物はないとすぐに分かる。

 

「必要最低限の設備は整えておりますが、何か入用の物があればお申し付けください。可能な限りご用意させていただきます」

「何から何まで、本当にありがとうございます」

 

 俺がそう言うと、彼は静かに首を振る。

 

「葉隠様は旦那様の命をお救いいただいたとか。今後についても多大な尽力をしていただくだろう、と聞いております」

「……これまでの事を聞いていたんですか?」

「詳細までは……ですが、そちらへ銃器が届くよう手配をさせていただいたのは私です。私を含め使用人の一部には、旦那様と皆様が“何か”共通の目的を持って活動していることだけが伝えられています。おそらく今夜にでも人を集めて話があるでしょう」

「そうでしたか」

 

 会社を興すって話だったしな。

 しかしあとで話があるなら、ここで下手に何か伝えないほうがいいか。

 

「ご支援、ありがとうございました。あまり多くは申せませんが、あの銃器のおかげで皆が助かりましたよ」

「それはようございました。旦那様からは皆様を最高の待遇でもてなすようにと、使用人一同申し付けられております。皆様のお世話には私と同じく、旦那様の信頼を得た者が担当させていただきますので、どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ」

 

 日本式に合わせたのか、深々とお辞儀をして彼は立ち去った。

 ……妙に緊張した。しかし、どうやら本気で俺達を歓待してくれているようだ。

 ひとまず、当分お世話になろう。少なくとも父さんと母さんの体力がある程度戻るまでは。

 ……ところで、メイドさんはまだ部屋に残っているんだけど?

 

「申し遅れました。私、葉隠様の担当を勤めさせていただくメイドの、ハンナと申します」

「ご丁寧にどうもありがとうございます」

 

 俺の担当。まさかずっと部屋に控えているとかじゃないよな?

 聞くかどうか迷っていると、彼女は笑顔でテーブルに置かれたスイッチを手で示した。

 

「御用の際はそちらのボタンをお使いください。私は別室に控えております」

「あぁ、そうでしたか」

「はい。些細な事でもどうぞご遠慮なく。それから葉隠様、お夕食のメニューはいかがいたしましょうか? ご希望があれば承りますが」

「夕食。そうですね……特には。お任せしてもよろしいですか?」

「かしこまりました。アレルギーや苦手な物はございませんか?」

「特にないので大丈夫です」

「ご両親のお食事はいかがいたしましょうか? 担当の者から連絡が入りまして、聞く前に眠ってしまわれたと……」

 

 よく見れば右耳にイヤホンが入っている。

 あれで連絡を取り合えるのか。

 

「二人にもアレルギーはありません。食事内容はまだ軽いものが良いと思いますが……同行してきた江戸川先生に判断を仰いでいただけますか?」

「はい。担当者に伝えます。それでは……お夕食まではまだ時間がありますが、軽食をご用意しましょうか」

「そうですね……お願いしてもいいですか? 内容はお任せで。あとそれまでメールのチェックをしたいのですが」

「かしこまりました。回線はそちらと、もう一箇所ベッドの横にございますので、いつでもご自由にお使いください。それでは用意をしてまいります」

「ありがとうございました。………………………………ふぅ……」

 

 部屋を出て行く彼女を見送ると、自然にため息が出た。

 サービスが良すぎて、味わったことのない妙な緊張感があった。

 滞在期間は一週間程度だと思うが、俺はこの環境に慣れられるんだろうか?

 慣れたら慣れたで帰ってからが大変な予感がしないでもない。

 

 生活環境の激変に戸惑いを覚えながら、俺はスーツケースからパソコンを取り出した。




一行は豪華な旅をした!
影虎たちはコールドマン邸に到着した!

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