人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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167話 豪華な夕食

 ~食堂~

 

 ハンナさんから夕食の用意が整ったと伝えられ、やってきたが……やはりここも豪華。

 まるで映画のセットのような、長いテーブルがある。

 

「葉隠様、どうぞこちらへ」

 

 俺が一番乗りだが、どうやら席次が決まっているようだ。

 それにしても、こんな服装でよかったのだろうか? 

 旅行に礼服なんて用意しているわけが無く、俺の服装はごく一般的なシャツとジーンズだ。

 

「ドレスコードやマナーについては、気にする必要はないと旦那様は仰っていました。侍従一同も皆様が旅行中、事件に巻き込まれて当家を訪れたことは知っていますよ。必要であれば後ほどこちらで用意する事もできますが……」

 

 とりあえず今日はもうこれでここまで来たから様子見。

 明日からはその結果しだいかな……

 廊下に続々と現れる人影を見ながら、そんなことが頭に浮かぶ。

 

 女性陣はできる限りのことをしてきたようだけど、男性陣は……うん。

 皆、似たようなものだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「遅れてすまない」

 

 最後に現れたのはコールドマン氏。

 これで療養中の両親を除き、共に危険を乗り越えたメンバーが集まったが……

 彼の後ろには見覚えのある女性が一人。

 

「食事の前に、皆に紹介をしたくてね」

「あなた方がお爺様のお客様ね。私は孫のエリザベータ・コールドマン。まぁ、エリー・オールポートと言えば分かるわよね」

 

 分かって当然だと言わんばかりの彼女は、洋画で頻繁に目にする大女優その人。

 栗色の髪を後ろでまとめ、パーティー用のドレスを着ている。

 その立ち居振る舞いは悪く言えば傲慢かもしれないが、やけに自然な印象を受けた。

 

 こうして二人が席に着き、夕食が始まるが……

 

「前菜、夏野菜のテリーヌでございます」

「スープは地中海産の……」

「メインは牛フィレ肉のグリエにエシャロットの香りを引き立たせるソースを」

 

 次々と出てくる料理は、高級そうなフランス料理だった。

 マナーは気にしなくて良いらしいが、あまりワイワイと騒ぐ雰囲気にはならない。

 

「タイガーはこういう席に慣れているのかね?」

「いえ、そんなことは。ただ昔、母にこういうマナーは一通り叩き込まれたんですよ。母は一応会社の社長令嬢でしたし、父がアレなので。その時の記憶を引っ張り出して、どうにかこうにかごまかしてるだけで」

 

 一応社会人やってた前世でも、こんな豪華な食事は経験していない。

 基本、コールドマン氏が気を使って振ってくれた話題に答えたり、誰かとの話を聞きながら粛々と食べ進める。

 

 そして最後のデザートを食べている最中のこと。

 

「エリー、今回はいつまで家にいられるんだ?」

「一月もいないでしょうね。映画の撮影がキャンセルになったけど、スタッフと事務所が交渉中で、もしかしたら撮影に戻るかもしれないから空けてあるだけよ。細かい日程は事務所の連絡待ち。私としては映画とはいえ契約内容も守れない監督なんて早く切って、新しい仕事を入れた方がよっぽど建設的だと思うけど」

「事務所としては監督よりも、その後ろ盾に恩を売りたいんだろう? うまく話がまとまれば、後々のためにもなるさ」

「分かってるわ」

「しかしスケジュールが空いたと言うことは、とり急いですることも無いんだね」

「? そうなるけど」

 

 何が言いたいのかという視線を受けながら、コールドマン氏は頷く。

 そして不意に俺へと視線を向けてきた。

 

「丁度良いかもしれんな。タイガー、エリーから演技を学んでみてはどうかね?」

 

 ……

 

 食堂の時が止まった。

 

 演技を学ぶ? 俺が、大女優から?

 唐突に何を言い出すんだろう? まさか昨日の“別のことを学ぶ”って話の続きか? 

 

「君は日本で色々と注目を集めているだろう? 帰国したらマスコミに追われるんじゃないかね?」

「あ……」

 

 そういえば、それがあった。

 

「昨日までのあれこれで、ゆっくりと考える余裕は無かっただろう。しかしこれまでの経緯を考えると、強引な取材を試みる輩もでてくると思う。それに君は私のプロジェクトのテストケースとなる。そうなれば、いずれそちらからも注目されるだろうね。心配事がようやく一つ片付いたばかりだが、そちらについても少しは考えておくべきだと思う。

 エリーに話を持ちかけたのは単なる思いつきだけれど、マスコミ対応の方法やポーカーフェイス。つまり表面上だけでも取り繕える“演技力”。そういった技術を学び、少しでも磨いておくのは君の役に立つと思うよ。同じ言葉でも、表情や声のトーンで聞いた者が受ける印象は大きく変わるからね」

 

 言いたいことは分かる。

 黙っていると隣で静かに話を聞いているようにしか見えない彼女だが、オーラはとてつもなく不機嫌そうな色だ。今まさに彼女は表面を取り繕っているのだろう。

 

「エリーはその点、良いお手本だ。演技力については世間からも高い評価を受け、マスコミ対応にも慣れている。少々トゲが多いがね。それでも心構えくらいは学べるだろう」

「……破格の待遇。学べるならば学びたいと思いますが、ご本人の都合は?」

「そうね。仕事がキャンセルされたとはいえ、それなりにやらなければいけない事もあるし、暇と言うわけではないのだけれど? お爺様」

「なにも四六時中傍について教えろとは言わんよ。手の空いた時に少し教えてあげるだけでいい。それでも少しは役に立つはずさ。それに彼は来月から学校。日本へ帰国しなければならない。期間は精々一週間程度だろう」

 

 それを聞くなり、さらに不快なオーラが増した。

 

「「……」」

 

 かたや冷ややかに。かたや穏やかに。

 無言で見つめあう二人の間に、誰も割って入れない。

 ほんの数秒の沈黙が、数分に伸びて感じる。

 

「……仕方ないわね」

 

 先に折れたのは大女優。

 

「引き受けてもらえるのかね?」

「お爺様がそこまで言うなら断れないわ。貴方、演技の経験は?」

 

 おっと。

 

「まったくありません」

「そう。タイガーだったわね? もう食べ終わってるみたいだし、ついてきなさい」

 

 言うが早いか、彼女は席を立つ。

 

「おや、もう指導を始めるのかい?」

「当然よ。素人が演技を覚えるのに一週間なんて、専念しても短すぎるわ。それでもやれと言うなら、時間を無駄にはできないわ。

 さぁ、やる気があるならついてきなさい。無いなら結構よ」

「! ご馳走様でした!」

 

 なんだか妙な事になった。

 しかし彼女は振り返りもせず歩いていく。

 俺は慌ててその背中を追う。

 何も言わずについてきたハンナさんと、ベリッソンさんを伴って……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「……」

 

 荒々しい足取りで本館の廊下を歩み進める大女優、エリー・オールポート。

 彼女のオーラは変わらず不機嫌なまま。

 俺からは背中しか見えないが、すれ違った数名の使用人が慌てて道を開けていた。

 もう不機嫌さを隠す気が無いのかもしれない。

 そしてどこへ向かうのかを説明する気も無いらしい。

 俺たちは黙ってついていく。

 

 すると、

 

「ここで待ってなさい。ハンナ、手伝って」

「かしこまりました」

 

 大きな扉の前で言い残し、彼女は扉を開け放つ。

 あらわになった内部は、俺が広いと感じた客室の倍以上に広かった。

 僅かに見えた化粧台には、たくさんの化粧品が置かれている。

 それもただ陳列されているだけではなく、使用感がある……

 

「もしかしてここ、彼女の私室ですか?」

「左様にございます」

「いまさらですが、ついてきてよかったんでしょうか」

 

 大女優の私室。

 ファンからしたら是非見たい光景かもしれない。

 ……あれっ? 

 

 開け放たれたままの扉から見える彼女の姿が目に止まる。

 壁一面に広がる本棚から、素早く本を抜き出しているが……

 

「このくらいね」

 

 あ……気のせいか?

 

「持ちなさい。次に行くわ」

 

 積み上げられた十冊の本をまとめて渡された。

 厚さはまちまちだが、どれも戯曲集や小説など演劇に関する書物のようだ。

 そしてまた彼女は歩き始める。

 

「葉隠様、私が持ちましょう」

「私は大丈夫です。それよりハンナさんの分を持ってあげてください」

 

 ハンナさんも俺と同じだけ本を持たされている。

 辞書のような本が多いので、女性にはなかなか辛いかもしれない。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 次に訪れた部屋は、部屋の隅から隅まで本棚だらけ。

 部屋の中心に空いた天窓の下に、僅かな読書用と思われるスペースがあるが……

 そこ以外は全て本と本棚で埋め尽くされている。

 

「まるで図書館ですね」

「雑誌から専門書まで、あらゆる分野の書物を取り揃えております」

 

 俺とベリッソンさんが小声で話す中、ここで彼女はさらに本を取り出しては読書スペースの机に積み重ねていく。そして本の山が五つになったところで、

 

「とりあえずこれ、全部読みなさい」

 

 こう言い渡された。

 その数、なんと三十二冊。

 

「さっきもお爺様に言ったけどね。ゼロから一週間でまともに演技力を身に付けようなんて、考えが甘すぎるわ。普通に考えたらまず無理な話よ。それでもやるなら強引にでも密度を上げるしかないでしょう?

 これでもなるべく削ったの。最低限この程度の内容と知識は頭に入ってなきゃ話にならないから、読み終わったら呼びなさい。嫌ならいつでもやめて構わないわ」

 

 彼女はそれだけ、本当にそれだけを言い残し書庫を出て行ってしまう。

 その物言いは引き止める気も起きないほど、有無を言わさぬものだった。

 

「ハンナ、葉隠様を。私はお嬢様を追う」

「かしこまりました」

 

 彼女を追うベリッソンさんを見送ると、なんとなく気まずい雰囲気が残った……

 

「なんと言うか、すごい人ですね」

 

 食後からペースに巻き込まれっぱなしだ。

 

「そう、ですね……」

 

 ハンナさんは使用人という立場だから、賛同はしづらそうだ。

 

「ま、とりあえず読みますか」

「読まれるのですか?」

「日本に帰ったらマスコミがうるさそうなのは事実ですし、あっという間で少々驚きはしましたけど、そう難しい課題ではないので」

 

 俺にとっては(・・・・・・)

 

 まずは一冊手に取って、ページをパラパラとめくり中身を記憶。

 視界を広く、心は楽に。

 一度にページ全体を視界に収めれば、一ページにかかるのはほんの一瞬。

 見開きの二ページに目を通し、ページをめくるまでに大体0.5秒。

 この本は三百ページ足らずのため、2分程度で読みきってしまった。

 

「こんな感じで内容を頭に叩き込めるので」

 

 辞書のような本でも、一冊に30分はかからない。

 でも、内容を記憶しただけで“読んだ”と言っても、彼女が認めるとは到底思えない。

 よって内容を脳内で整理する必要はあるだろう。

 全部洋書だから翻訳も考えて……

 

「とにかく今晩のうちに片付けます」

 

 シャドウ関係がひとまず解決し、今の俺には急いですべきことは無い。

 帰国後に備えるのは確かにプラスだろう。

 

 それに、コールドマン氏の言動にも少し気になるところがある。

 さっき食堂で演技の勉強を提案した時。

 思いつきとは言っていたが、その後は明らかに無理を押し通していた。

 孫相手とはいえ、そこまでして俺に演技を教えさせる理由がわからない。

 マスコミ対応ならコールドマン氏だってできるはず。単純に忙しいのだろうか……?

 何か企んでいるのかもしれないけれど、提案自体は俺にとってマイナスではない。

 これまで助力していただいているし、ひとまず信じて学んでみたい。

 

「ではお夜食はいかがいたしますか?」

「夜食。お願いできるんですか?」

「葉隠様は通常の三倍は食べると旦那様から聞いております」

 

 そんな事まで通達されているのか……

 まあ頭を使っても腹は減るし、

 

「では、またお任せで」

「かしこまりました」

 

 お言葉に甘えて、読書を継続。

 ただひたすらに読み進め、黙々と内容を頭に叩き込んだ。




影虎は豪華な夕食を食べた!
大女優から演技指導を受けることになった?
影虎は読書をしている……
コールドマン氏の真意は……?


重大事件が前回までで一段落したので、
この先帰国までの一週間分はサクサクと進めていく予定。

騒がしくなりそうな帰国後に備え、影虎は休息をとれるのか!?

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