人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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176話 継続は力なり、その三

 朝食後

 

 今日はどうかと思ったが、演技指導は続けていただけるようだ。

 

「よろしくお願いします。宿題のサンプルはできるだけ集めてきました」

「分かってるわ。まず喜怒哀楽から見せて。表情と台詞はサンプルの状況を再現する形で」

 

 部屋に入ると真っ先に、これまでで一番不機嫌なオーラが目に飛び込んだけれど、やはり演技の練習には持ち込まないらしい。いたって冷静で真剣なオーラ。こちらも真剣に感情を表現して答える。

 

 基本的な喜怒哀楽は、全身のオーラを目的の感情の色に染め上げていくように。

 サンプルとなる記憶を引き出し、オーラを単色に近づける。

 ただし自分を失わないように、オーラの一から二割は冷静さの青を混ぜずに置く。

 

 複雑な感情も単純な感情の組み合わせだ。

 エリザベータさんの鮮やかな紫色は、熱意と冷静さの赤と青が元になっている。

 同じように、複雑な感情は色を配合するイメージで。

 冷静な青と暗めな怒りの赤を3:5の割合で混合し、完成するのは“冷静な怒り”。

 怒りが強めなこの感情は、以前教室で絡んできた“青木”と話をした時の感情を再現した。

 そこへ整えた表情と声色を合わせて、一つにすれば……どうだ?

 

「ふぅん……まぁいいでしょう。感情の表現は急に上手くなったわね」

 

 分かりやすい褒め言葉をいただけた!

 

「でも切り替えが遅いし、それ以上に気持ち悪いわ。それは自分でも分かってるわよね?」

 

 確かに……

 

 サンプルとして記憶を引き出し、オーラを変色させるために要する時間が十数秒。

 心から感情をこめられるが、それだけで精一杯だ。

 なおその途中は記憶を反芻するため、状況を細かく言葉にしていた。

 

 独り言をつぶやき続けた直後に豹変……

 前半だけでちょっとヤバそうな雰囲気がする字面だ。

 さらに後半が加わるともっとヤバイ奴。

 

「これを読んで」

「?」

 

 なかなか年季の入った冊子。

 本じゃない。台本か?

 

「私がデビューした作品の台本よ。今日はそれを使って、私の相手役として実際に演技をしてもらうわ。表現力は一応、要求の最低ラインは超えたから。あとはそれをスムーズにすること。今のままじゃ会話で使えないわ。

 台本はすぐ頭に入るでしょ? シーンの前後が書いてあるから、そこをしっかり読んで役柄の感情の変化とそこまでの脈絡を良く考えなさい」

 

 ……驚いた。

 注目すべきポイントを具体的に(・・・・)教えてくれた事にビックリした! 

 

「何よその顔」

「いえ。すごく分かりやすいなと」

「へぇ? それじゃ私の指導は分かりにくかったって事かしら」

 

 しまった……

 

「そんなことは」

「あらそう」

 

 ん? 表面上はそっけない感じだが、オーラが不機嫌に。

 時々こういう事があるけど、タイミングがおかしくないか? 

 分かりにくいと言われた時には変化が無く、それを否定したのに不機嫌になるなんて。

 ……もしかしてこの人。

 ふと思いついた可能性を、確認してみる。

 

「質問があります」

「何かしら?」

「もしかして、建前がお嫌いですか?」

「どうしてそう思うの?」

 

 どうやら図星のようだ。

 表情はまったく変わらないが、オーラは明らかに変化した。

 

「これまでの感情変化は見えて(・・・)いましたから。そのタイミングでもしかしてと今思いました」

「そう……あなたに限った話じゃないけどね。気持ち悪いのよ。そういうの」

 

 やっぱりか……ようやく分かった。この人、父さんに近いタイプの人だ。

 既に隠す気もなくなったのか、あっさりと認めた上に表情も嫌そうになった。

 さらに聞いてもいないのに、鬱憤が吐き出しされる。

 

「私を誰だと思ってるのかしら? あなたみたいに色が見えるわけじゃないけど、視線や顔の筋肉の動きで考えてる事は丸分かりよ。

 そうとも知らずにどいつもこいつも、隠す気がないとしか思えないヘタクソな演技でご機嫌をとろうとして。気持ち悪いったらないわ! どうせおべっか使うなら、せめてばれないようにやりなさいよね!」

「色々と要求に無理がある……」

 

 大女優を騙しきる演技力とか、一般人に求めるには難易度高すぎない?

 それにビジネスシーンなら思った事を思ったそばから口にするわけにもいかないだろう。

 

「言われなくたって分かってるわよ。だから我慢もするし、あなたにも何も言わないであげたでしょ? だけど嫌な物は嫌」

 

 それもそうか。

 実に簡潔な答えだった……

 

「そんなことより練習を始めるわよ。言い忘れてたけど、もうほとんど時間がなさそうだから」

「お仕事の問題が解決したんですか?」

「まだだけど、本来ここまで時間がかかる方がおかしいのよ。担当者がもっと有能な人に代わったし、すぐに撮影再開か打ち切りのどちらかで結論が出るはずよ」

 

 さらに明日には事務所から警護担当の人員が派遣されてくるらしい。

 交渉の結果が決まれば、撮影場所か新しい仕事場のどちらかへ向かうことになるようだ。

 

「だから私が貴方に教えられるのは明日までだと思いなさい」

 

 連絡がきたらそれまで。

 元々そういう約束で指導をしていただいている。

 それに俺の帰国も29日の夜。つまり明後日だ。

 思えばあっという間だった……残りの時間を有意義に使わなければ!

 

「練習、よろしくお願いします!」

 

 演技の練習に集中した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼食前

 

 ~別館1F~

 

「見つけた!」

「見つかった……」

 

 希薄なので言葉では表現しづらいが、集中すると気配は思いのほか簡単に察知できた。

 今ではアンジェリーナちゃんを、なんとか時間内には見つけられる。

 残るは隠れ方。

 彼女が言うには“気配をぐっと抑える感じ”らしい。

 練習あるのみだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼食後

 

 ~キッチン~

 

 指導を受けながら、料理ができた。

 まだ料理長の料理と比べれば粗が目立つが、最初と比べて大きく進歩している。

 特にこの白身魚のポワレ。

 口に含んだときの食感が近づいてきた。

 表面は香ばしく、身はふっくらとして……ウナギのような食感だ。

 

「よく気づいたな」

 

 俺の自己評価を聞いた料理長がニヤリと笑う。

 

「タイガー。この料理は“白身魚のポワレ”だが、“ポワレ”とは何だ?」

「フランス料理の調理法ですが、その意味は時代や料理人によって異なります。ある料理人は“蓋をした浅い胴鍋に少量のフォン(フランス料理における出汁)を加えて蒸し焼きにすること”と定義したそうですが、近年ではフライパンに油をひいて具材の表面をパリッとした食感に焼き上げる技法を指すことが多い……ですね?」

「よろしい。ではこの白身魚のポワレは、今言ったどちらの意味合いだ?」

「両方だと思います」

 

 アンジェロ料理長のレシピでは、まずフライパンで魚の表面をパリッと香ばしく焼き上げてから、フォンを加えて蒸し焼きにする。だから、どちらかではなく両方。

 

 料理長も満足そうに頷いた。

 

「このポワレは焼いてから蒸す(・・・・・・・)。この工程が、日本のうなぎの調理法と同じなんだ。日本のフクオカという場所を知っているか?」

「福岡? 知ってます。何度か行ったこともあります」

「私もそこに昔行ったことがあってな。そこで食べたうなぎに感動したので、これはそれを参考にしたレシピなんだ。本場は木製の蒸し器で蒸していたが、ここではフライパンでやっている」

 

 さらに蒸すために使うフォン(出汁)は、“フォン・ド・ポワソン”。

 フュメとも呼ばれる白身魚の出汁を使うことで、骨やアラから取り出された旨みを加える。

 だから表面は香ばしく、身はふんわりとした食感に。

 そして淡白な身でも、ソースに負けない味を兼ね備えた一品にできたのだ。

 アンジェロ料理長はそう語る。

 

 さすがは元三ツ星料理人。本職のフランス料理だけにこだわらず、日本料理の手法まで柔軟に取り込んで味を追求していたようだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~会議室~

 

 いつものように会議室を訪れると、コールドマン氏だけでなくカレンさんも待っていた。

 

「前回までで、スピーチの内容や話し方については教えた。今回はそれをマスコミに対して実践する時の心構えを教えよう」

「その後は私たちを相手に、質疑応答の実践練習をしてもらうわ。ビシバシいくから覚悟しててね?」

 

 笑顔で説明するコールドマン氏の横で、ウインクをしたカレンさん。

 和やかな雰囲気の中、今日の授業が始まった。

 

「これまで君には話し方やその内容の決め方について教えてきた。そして帰国後に向けて用意もしてきたが……残念ながら、予定していた通りに事が進むとは限らないのが本番だ。慣れないうちは緊張するだろうし、説明中に横槍を入れられることもある。

 もちろんあらゆるパターンを考え、入念に準備をすることで備えることはできるけれど、想像していないイレギュラーはどうしても、発生する時は発生してしまうのさ。だから予定通り、完璧に、ベストな結果を毎回出し続けるというのは非常に難しい」

 

 だからこそ、

 

「ベストを求めるのは悪いことではないが、それは理想。現実的にはベストではなく、ベターな結果を出すことを考えてもらいたい。完璧にしようと、あるいはミスを取り返そうと無理をして、逆に余計なミスを増やさないように。多少の失敗であれば後からのリカバリーは可能だからね。

 無理をして傷を広げる必要はないし、致命的なミスや状況をリカバリーできる小さなミスで食い止めるのも大切な事だと覚えておいてほしい。上手くその場をしのげば次に繋げることができる。そこで挽回することを考えるんだ」

 

 そのために重要なのは、如何にその場の主導権を握り優位を保つかだという。

 

「そのために私が協力するわ」

「相手の発言の粗を見抜いて追求し、自らの意見は合理的に伝え、聞く者を説き伏せる。彼女には法廷で磨き上げられた腕前がある。だから彼女にマスコミの代役を頼んだんだ」

 

 そういう事か!

 

「納得してもらった所で練習を始めよう」

 

 二人を相手に、質疑応答の実践練習を行った!

 これまでよりも密度の高い練習になった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~視聴覚室~

 

 帰国の日が近づいているので、思い出作りにと安藤家の五人に誘われた。

 普段は映画などを見るために使われる部屋らしいが、今日は全員楽器を持っている。

 ここは部屋全体が防音で、大きな音を鳴らしても問題ない。

 俺もバイオリンを持参しようかと思ったら、トキコさんは俺より先に視聴覚室へ来ていた。

 

 相変わらず神出鬼没なバイオリンだ。

 

 五人と一人……? と一緒に演奏して楽しんだ!




影虎は演技の練習をした!
影虎の“表現力”が上がった!
エリザベータの建前嫌いが発覚した!

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