前回の続きは三つ前からです。
夜
~会議室~
コールドマン氏のマスコミ対応の授業も今日が最後。
しかし試験はないらしい。
「君がここで身に着けたことは、そのつど実践練習で見せてもらっているからね。最終判断は帰国後がどうなるかでさせてもらうよ」
ということで昨日と同じく、カレンさんの協力を得て実践練習を行う。
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………………
「ここまでにしよう」
最後とあって、普段よりも長く授業をしていただけた。
「これが最後のアドバイスだ。私は君に色々なテクニックを教えてきたが、訴えかける相手が感情を持った人間であること、漠然とルールに従うだけの機械ではないことを忘れてはならない。そして君自身も同じ人間であることを忘れてはならない。
まず君という人間の意志や主張があり、それを伝えるために用いるのがテクニックだ。テクニックだけでも説明にはなる。しかし人の
テクニックに縛られるのではなく、テクニックで自分を自由にするつもりでマスコミへ対応しなさい。私の教えた事が日本で役に立つことを祈っているよ」
「ありがとうございました!」
最後の授業が終了した!
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影時間
~テニスコート~
「オラァ!」
「ハァッ!」
ボンズさんたちとも最後のトレーニング。
これまで学んできたことの最終確認として、一人ずつ全員と試合をした。
……
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………………
翌日
8月29日
最終日の朝。
今日の夜には飛行機に乗り、アメリカを発つ。
徹頭徹尾慌しかった気がするが、思い返せば楽しい日々だった。
そして何より、今回の旅で多くのことを学んだ。
それらはきっと日本に帰ってからの力になるだろう……
そんな事をしみじみ思い、目を向けた窓際。
今日の植木鉢には数本のコスモスが咲いている。
前回のように種にはなっていないが、数本だけだとこれはこれで寂しく見える。
改良型ルーンは有効だけれど、込める魔力が少なかったようだ。
……
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午前中
~プール~
帰国用の荷造りを終えた所で、ハンナさんが部屋を訪ねてきた。
天田や他の皆がプールで遊ぶので、俺もどうかというお誘いだそうだ。
そういえば先日まで海のそばにいたのに、結局一度も泳いでいない。
せっかくなので、水着を借りて皆がいるプールへと顔を出してみた。
地面は全体的に白いタイルだが、素足で歩くと表面のざらつきを感じる。
さらに光を反射する粒子がところどころに混ざっているみたいだ。
これがまた砂浜のような雰囲気をかもし出している。
「ここもすごいな……おーい!」
ビーチチェア越しに見える人々に声をかけると、手招きと返事が返ってきた。
「タイガーも来たのか」
プールサイドにいたのは、ボンズさんを始めとした男たち。
全員水着のガチムチ集団に混ざったジョナサンと江戸川先生がやけに浮いて見える……
「せんぱーい!」
声の聞こえた方を向くと、プールの中心部からこちらへ近づく天田の姿がある。
エレナやロイドにアンジェリーナちゃんも一緒だ。
「おー……」
ビーチボールで遊んでいたようだけど……
プールだから当然、女子二人も水着姿。
エレナは白のビキニ。
アンジェリーナちゃんは……上下別れて、上がタンクトップのような水着。
どちらも取り立てて過激な水着というわけではない。
しかし二人ともアイドルとして通用しそうだ。
少々目のやり場に困る。
「せっかくの水着なのに、張り合いが無いわね」
エレナからそんな事を言われてしまった。
俺はどう反応すればよかったのだろう……?
「……」
気づけばアンジェリーナちゃんが俺を凝視している。何か変だろうか?
視線の先は胸元……ああ、撃たれた時の傷跡か。
飛び散った破片が広く傷をつけたためにやや大きく見えるだけで、痛みはまったくない。
見た目に関しては特に気にもならないし、服を着れば隠れる部位だ。
だからまったく気にする必要はない。
アンジェリーナちゃんも女の子だし、傷が残ると気になるのだろう。
だけど俺にそんな傷を付けてしまったなんて、気にしなくていい。
本当に気にしていないから。
……ということを、学んだ技術を使って伝えてみたところ、視線がだいぶやわらいだ。
授業を受ける前と後、伝達力の差を実感した!
その後、俺たちは最後の思い出作りに、昼過ぎまで思い切りプールで遊び倒した。
……
…………
………………
午後
~食堂~
飛行機の時間を考えると、もうじきここを出なくてはならない。
荷物の積み込みも始まっている。
メールや電話で連絡は取れるが、こうして直に言葉を交わせるのは残り僅かな時間。
そこで突然、皆さんがお土産をくれると言い出した。
「タイガー。日本に帰っても元気でな」
「何かあってもなくても連絡しろよ」
「いつでも用意は整えておく。もし日本が危なくなれば、無理せずこちらに避難してくれ」
「これ、私たちからのプレゼントだよ。日本での活動に役立てておくれ」
アメリアさんから、俺と天田に一つずつ。頑丈そうなケースが手渡された。
空けてみると……
迷彩柄の“ヘルメット”。
防刃仕様の“ケプラーシャツ”。
防弾仕様の“ケプラーベスト”と、併用すれば小銃弾も防げる“トラウマプレート”。
シャツと同じ仕様の“ケプラーズボン”に、軽くて頑丈そうな“コンバットブーツ”。
タルタロスで使えそうな装備品一式が入っていた!
「知人のミリタリーグッズ専門店から取り寄せた。そいつも私と同じ退役軍人でね。オリジナルブランドだが、実用性は軍用品と比べても遜色のないこだわりの品だ。着慣れれば動きやすいし、きっと君たちを守ってくれるだろう」
「近いうちに新型防具の研究開発も始めるわ。素材は私の専門だから、期待していてね」
ジョーンズ家の方々から、装備品一式をいただいた!
「私からはこれを。これで帰ってからも腕を磨くといい」
アンジェロ料理長から、高級そうな包丁セットをいただいた!
「ついでにこれも持って行きな」
Mr.アダミアーノからは手帳?
……タイトルはないが、中を開くとビッシリと書き込まれている。
英語ではない言語も含まれているが、散見されるイラストから菓子のレシピだと分かった。
Mr.アダミアーノのレシピ集をいただいた!
「次は私だね」
コールドマン氏が声をかけると、執事のベリッソンさん、そして今日までお世話になったハンナさんが何かを運んでくる。
……なんと、生ハムの原木と固定器具だ!
「さすがにこれを持ち帰るのは大変だろうから、君の寮に後日届くよう手配する。切り方はマスターしただろう? 日本で友達と楽しむといい」
コールドマン氏から、最高級生ハムセットをいただいた!
「さて、彼女が最後のようだよ?」
……アンジェリーナちゃんがジョージさんの後ろから様子を伺っている。
「初日に戻ったみたいだな」
「ハハハ……タイガーの言う通りだね」
「ほら、アンジェリーナ」
「早くしないと時間がなくなるわよ」
「……」
無言でジョージさんに押し出された彼女は、握っていたものを差し出してきた。
「CD?」
「この前、一緒に演奏した時の曲。それと私の歌……入ってる」
「PCにインストールした音楽編集ソフトと僕のグレムリンを同期させたら、記憶から曲をPCに取り込めたんだ。それにそのままグレムリンを使って編集したら作業が捗ってさ、高音質でノイズも除去も完璧。いま作れる最高の一枚だよ」
「私たちもこちらで、研究とトレーニングを続けていく」
「タイガーも大変だと思うけど、頑張りなさいよね」
「娘だけでなく私たちも、助けてくれてありがとう」
「……これからは、私たちが協力する。だから、死なないで」
「……もちろんだ」
言葉は少なく。代わりに一人ずつ、全員からハグをされた。
「失礼いたします。そろそろお時間になりますが……」
やってきたメイドさんから、車の準備の完了と別れの時が告げられる。
湿っぽくならなくていい。
長々と別れを惜しむ必要はない。
別にこれが今生の別れではないから。
そうならないように、俺たちはこれからも生きるのだから。
「また今度」
用意されたリムジンの車窓からそう告げて、俺は夏休みを共に過ごした仲間と別れた。