日本時間:8月30日
夜
~リムジン車内~
「だんだん見慣れた風景になってきましたね」
「そうですねぇ……ヒヒッ」
コールドマン氏のお屋敷を出た後の事。
彼は帰りの飛行機だけでなく、なんと空港からの車と今夜泊まるホテルも手配していた。
飛行機が例のビジネスジェットだった事はまだ驚かなかった。
しかし日本到着後にVIP用のスペースでこのリムジンが用意されていると聞いた時は驚いた。
おまけに俺たちだけでなく、空港で別れた両親とジョナサンの分も合わせて二台だ。
あの人の金銭感覚と、俺たちへの評価がわからない……
協力関係を結んでいるとはいえ、これほど厚遇する価値があると考えているのか……
ここまで厚遇されると無下にしづらくなるし、それが目的か……
ただそのおかげで、到着直後にマスコミに囲まれるという事態は回避。
こうして無事に巌戸台まで帰ってこられた。
「皆様、もうじき到着いたします」
運転手の方から告げられた通り、車は見覚えのある神社の前を通過した。
……
…………
………………
~巌戸台分寮~
「葉隠。江戸川先生に天田君も、よく無事に帰ってきた」
建物に入るやいなや、桐条先輩が飛んでくる。
事前に連絡を入れてはいたが、まさかずっとロビーで待ち構えていたのだろうか?
「ヒヒッ、夜分遅くにすみませんねぇ」
「ご心配をおかけしました。ほら、天田も」
「お、お久しぶりです……」
天田の表情が堅い……
緊張の中にわずかな怒りのオーラ。
やはりお母さんの事が気になるか。
だが帰国した以上、面会はいつまでも避け続けられない。
適当に話をそらしてから本題に入ろう。
「ああ、久しぶり。無事でよかった。……どうかしたか?」
「時差ボケで眠いのを我慢してるんでしょう」
「そういえば飛行機の中ではほとんど寝ていませんでしたねぇ」
「そうか、慣れないうちは辛いだろう。私も幼い頃はよく悩まされた記憶がある」
「桐条先輩は海外経験が豊富そうですよね。……そういえば真田先輩は? 同じ寮だと聞いていましたが」
「明彦なら男子寮だ。君との試合以降、部の仲間との距離が近づいたらしくてな。この期に及んで宿題を終わらせていない部員の尻を叩きに、数日前から泊り込んでいる。君は? 大変だったのは知っているが、宿題を疎かにしていないだろうな?」
「ご心配なく。渡航前にすべて片付けましたから。それよりも明後日。学校が始まってからの事が心配ですよ」
「……それもそうか。君には迷惑をかけてしまった。改めて、こちらの不手際を謝罪する」
「こちらこそ、ご迷惑をおかけしています。と、お互いに謝ったところで建設的な話をしましょう」
「分かった。まずはお互いに何があったかを確認しよう」
先輩は今日までの出来事を語り始めた。
大体聞いていた通りだが、詳しい資料として最近の週刊誌やニュースの録画を見せてくれた。
「学園は沈黙を貫いているんですね」
「学園の管理体制など、君が直接影響しない部分に関しては対応をしているがな。君の事については完全にノータッチの状態だ。それだけに新学期に入れば通学中などをマスコミが待ち構えている可能性が高い」
「まぁ、そのあたりは予想の範囲内ですねぇ」
「ではこっちで起こったことも説明させていただきます」
……
…………
………………
コールドマン氏の教えを思い出し、先輩用のスピーチを行った!
しかし、話を聞いた先輩は頭を抱えている……
「何か分かりにくい部分がありましたか?」
「いや、とても分かりやすい説明だった。しかし君はずいぶんと波乱万丈な生活をしているな、と……」
「俺もできる事なら、もっと平穏に生きたいんですけどね」
「コールドマン氏と縁があった事にも驚いたが、問題は彼の新たな事業にスカウトされ、受け入れた事だ。それが世間に知れればまた騒がれるネタになるぞ」
「契約したのは撃たれた直後で、それによる騒ぎを知る前だったんですよ。それに元はといえば、学園代表としてあの番組に出たから目に留まったわけですし」
「直々に声をかけられるなんて、大出世と言って良い事だが。少々タイミングがな……」
「それは理解してくださっていますし、あちらでも根回しが必要なので当分は世間に公表せず、時期を待つという話になっています。今回は今後の対応を話し合うために、耳に入れておくべきと判断しました。公開される前にこの騒動を収束させましょう」
「具体的に策はあるのか? あまり言いたくないが、学園側は対応に追われて神経質になっている。下手な事をすれば風当たりが強くなりかねない」
「想定内です」
コールドマン氏からマスコミ対応の心得を学び、スピーチの準備をしてきた事を伝える。
「マスコミ対応は学園の方針もあると思いますし、学校側できっちり対応してもらえるならそれで構いません。ですが余計な混乱を生まないように、最低でも全校生徒には事情説明の機会を作りたいですね。
外部の方へは投稿用の動画を用意したいと考えています。そうすれば学校外の方とも同じ情報を共有できますし、マスコミにとって“スクープ”としての価値が薄れます。もちろん動画は公開前に確認していただいて結構です」
「……分かった。始業式に時間を取れるようかけあってみる。これは私見だが、目的も理解できるし許可は下りるだろう。動画もな。撮影の場所と撮影機材の用意はあるか?」
「できれば部室と写真部の機材を借りたいですね」
「許可を取っておく。撮影だけなら明日でも構わない」
「山岸さんにも協力を仰ぐべきでしょうねぇ……彼女はそういうのが得意ですから。ヒヒッ」
こうして俺たちは明日からの行動を相談した。
途中でテロ騒ぎの事やブラッククラウンについて聞かれる可能性も考えていたが……
意外にも状況確認以上は話題に上る事もなく、純粋にこれからの相談だけを行った。
何も聞かれないと逆に気になるが、わざわざ話題にしようとは思えない。
話さないなら何か理由があってかもしれないし、下手に探りを入れるのもやめよう。
「そういえば私以外にはもう連絡したのか?」
「日本に着いてからは、まだです」
「皆への連絡も忘れないようにな。だいぶ心配していたぞ」
確かに皆にも心配をかけた。
「ヒッヒッヒ。でしたら皆さんへの挨拶を兼ねて、パーティーでもしたらいかがですか? 明後日からは学校ですし、夏休み最後の思い出にでも」
「あ、それいいですね。僕も皆さんにお土産を配りたいです。高等部の人とは寮も校舎も別で、直接の接点がないですから……」
天田も乗り気のようだし、良いかもしれない。
しかしそうなると、場所の用意が必要になる。
「その点はご心配なく。場所なら私に心当たりがあります。どちらかと言えば参加者に都合がつくかが問題ですねぇ」
「そればかりは聞いてみないと分かりませんね」
「先に海土泊会長か君のクラスの島田に連絡するといい。あの二人はその手の調整が得意分野だ」
集まれる人だけでも集まれればいいか。
それにせっかくの夏休み。
学校が始まる前に、少しはこっちの皆とも過ごしたい。
「ありがとうございます。後で連絡を取ってみますね」
パーティーを企画する事にした!
……
…………
………………
~ホテル~
巌戸台分寮を後にして、宿泊するホテルに到着。
寮に戻るとさすがに生徒の目に触れるので、今日まではホテルに宿泊だ。
しかし今日はまだやるべき事がある。
荷物を置いて、すぐに外出用の変装道具を選ぶ。
まずはウイッグ。
通常の俺が黒髪で短めなことを考慮して、明るい茶髪のロン毛にしよう。
頭に付属のネットをかぶり、本物の頭髪をまとめて押さえてから着用。
位置と形を整えて、外から見えない位置をヘアピンで固定すれば……
「どうだ? 説明書通りにやってみたんだけど」
「うまくいってると思いますよ。チャラいですけど」
「そういう人と思えば自然ですねぇ」
よし。であればそっち方向でまとめよう。
変装のコツは普段の自分とイメージを変えること。
ジーンズはダメージジーンズで、シャツはやや派手めの柄物にしよう。
上にはおるジャケットはカジュアルで薄手のリバーシブル。
靴は底上げされたシークレットブーツで、身長を高く見せる。
最後にドッペルゲンガーはメガネではなく、整えた口ひげとして着用。
……おっ、いい感じ。
あの番組では“メガネをかけた地味な男子”だった俺。
今は“長身でファンキーな若者”になった。
「よし、これで行ってみる」
「気をつけてくださいね。先輩」
「私からも電話はしますが、報告をお願いします。あとお土産も」
「了解!」
二人を部屋に残し、ホテルを出た。
念のため周囲に監視らしき人間が居ないことを確認してから移動する。
目的地は“ポロニアンモール”の“Be Blue V”。そして“喫茶店・シャガール”だ。
……
…………
………………
~ポロニアンモール~
もう夜だけど、まだまだ人の姿が多いモール内。
カラオケやクラブの客が多いようだ。
大学生くらいの酒臭い男たちと噴水の横ですれ違う。
そして1ヶ月ぶりのBe Blue V。
夏休みが濃すぎたからか、8ヶ月くらい来ていなかったように感じる。
「クローズ作業中か。ちょうど良い」
店の窓は白いカーテンで隠されているが、中の明かりと人の動く影は見えた。
店頭で掃除をしている人が三人。
CLOSEDの札がかけられた扉を軽く押すと、入店を告げるベルが聞こえる。
そして交差する視線。
店内には岳羽さんと島田さん。そして大学生の三田村さんがいた。
「こんばんは」
「こんばんは……」
「あれ~? 私CLOSEDの看板かけてたよね? ゆかりちゃん」
「すみませ~ん。今日はもう営業時間が終わっちゃったんですよ~」
……どうやら変装で気づかれていないようだ。
「俺ですよ、三田村さん。岳羽さんも島田さんも」
「「「葉隠君!?」」」
「しっ。静かにお願いします」
ウィッグと付け髭をはずした途端に気づいた三人は、ハッとして口を押さえた。
「驚かして申し訳ない」
「本当だよっ!」
「てか、何そのカツラと髭」
「いつの間に帰ってたの?」
「五時間前くらいに日本に着いたばかりです。これはほら、素顔のまま歩くと大変なことになりそうだったからさ」
矢継ぎ早の質問に軽く答え、とりあえず三人には落ち着いてもらってから事情説明。
「というわけで、無事に帰ってこれたから挨拶に来たんだよ」
「大変だったのね~……」
「こっちも大変だったと聞いていますよ」
「そう! ホントそうだよ!」
「あの番組が放送されてから、マジでお客が凄い事になってるんだからね? ちゃんとしたマスコミだけじゃなくて、サイトに動画投稿してる人とか」
「葉隠君の事を聞いてくる人がすごく多いから、ほら」
“葉隠君の状況について、当店には世間に公表されている以上の連絡がありません”
三田村さんが指差した先には、そんな張り紙がされていた。
「サイトの動画は俺も見たよ。本当に迷惑をかけた」
「まぁ葉隠君が悪いわけじゃないんだろうけどさ」
「そう言って貰えると助かるよ。ところでオーナーは? 挨拶したいし、できれば次のシフトの相談もしたいんだけど。俺が店頭に出て大丈夫か? って意味で」
「あー……オーナーは、今ちょっと呼べない。てか呼びに行きたくない」
岳羽さんの顔色が悪い。オーラの色からすると恐怖?
「もしかして地下の倉庫?」
「うん、棚倉さんと掃除中」
「……地下で何かあったの?」
「聞かないで」
目が死んでいる………本人もそう言っているし、聞かないでおこう。
「そういう事ならこっちから行くよ。慣れてるから。あ、島田さん。さっき話したパーティーの計画だけど」
「開催は明日の夜ね。場所はそこにある喫茶店・シャガールでいいの?」
「ちょっと待って……メール来てた。シャガールのマスターから許可取れたって」
「分かった! じゃあ日時を伝えて、皆のスケジュールは聞いとくよ。それと料理とか用意するならさすがにタダってわけにはいかないよね。参加費どのくらいを考えてる?」
「相場ってどのくらいかな?」
「そうだなぁ……人によっては2000、3000。ポンと使って遊ぶ子もいるけど、だいたい1000~1500円ってとこじゃない?」
「じゃあその範囲で収めるよ。店はマスターのご好意で、掃除までキッチリやればタダだそうだしね。ありがとう、頼りになる」
「まっかせなさい!」
胸をはる彼女にもう一度お礼を言って、地下倉庫へ……
影虎たちは無事に帰国した!
影虎たちは桐条美鶴と再会した!
影虎たちは新学期からのマスコミ対応について話し合いをした!
影虎は変装をしてBe Blue Vを訪ねた!
影虎は岳羽、島田、三田村と再会した!