前回の続きは二つ前からです。
「兄貴! 生徒会の先輩方がご到着ッス!」
「今行く!」
和田の声に応え、作業の手を止め表へ出る。
「やぁやぁ葉隠君。元気そうで何よりだ」
「海土泊会長、武田副会長。お久しぶりです。桐条先輩もいらっしゃいませ」
「お招きありがとう。準備で忙しいところ悪いが、少しいいだろうか? 新学期からの事で少しやってもらいたい手続きがある」
そう言って笑顔を引き締める桐条先輩。
「手続きと言うと、マスコミ関連では無いのですか?」
「無関係とは言えないけど、これは学内での話になるかな。今回の騒ぎで君と真田君は試合をしたけど、そもそもそうなった一因に“ファンを放置し続けた事”があったと思うんだ。当事者の真田君も、私たち生徒会も、管理する学園もね」
「一因ではあるでしょうね」
「そ、こ、で! 武将、例の物を」
「それが言いたいだけで俺に預けたのか……葉隠、これを読んでくれ」
「公式ファンクラブの設立許可……?」
「問題の原因が放置、つまりファンへの“無関心”なら、まず関心を持たせよう! ってことさ」
「これまで非公式だったファンクラブを公式化することで、ファンを持つ者には自身のファンを意識させる。ファン活動には一定のルールを設け、個人の裁量で行っていた過度な活動を規制する。違反者はルールに則り、学園で処分を下す事に決まったんだ。対外的にも何もしないわけにはいかなくてな……」
それを俺に話すってことは、まさか?
「察しの通りだ。葉隠にも公式ファンクラブを作ってもらいたい」
「会長である私が独自のネットワークで調べたところによると、真田君との試合に勝ったあたりからファンが着いてきてるんだよね~。しかもテレビ番組の放送を見たり、撃たれた理由を知ってさらに増えてるみたいでさ。あんな事があった後だし、見過ごせないんだよねぇ……」
「明彦だけでなく私もファンクラブを公式化した。他にも一定のファンがいると判断された生徒には、片っ端からファンクラブを公式に認めてもらっている。君は人気急上昇中で候補者の中でもファンが多いと見られている。悪いが学校側も本気だ、拒否権はないものと思ってくれ」
マジかよ……
理解したくないが、三人は真剣そのもの。
海土泊会長はそっと書類にペンを添えてきた。
「大変そうですね……」
天田の他人事のような声も聞こえる。
だが、しかし。
「天田君だよね? 実は君の分もあるんだな、この書類」
「……えっ?」
「君って葉隠君の試合についてきてたじゃない? 真剣に応援する姿に心を打たれたとか、結構ファンが多いんだよこれが」
「で、でも僕、小学生ですよ!?」
「問題なのはファンがいるかいないか、それだけだから。年齢は関係なし!」
「ファンクラブの公式化は月光館学園全体で施行される。高等部だけでなく、小等部の生徒も対象だ」
「僕、どっちかといえば嫌われ者でしたよ?」
「天田。それは言ってて悲しくないか……?」
「私も事情は知ってるけど、実際ファンがついてる事は間違いないよ。あと応援を受ける側の年齢が関係ないのと同じで、ファンの年齢も関係ないし。たとえ小等部で徹底的に嫌われていたとしても、中等部や高等部で人気なら対象になっちゃうから」
「嫌われ者でも……全然嬉しくないや……」
天田はうなだれている。
「……俺たちはサインをするだけでいいんですか? 義務や不利益は?」
「ルールに違反したファンの取り締まりは学園とファンクラブで行う。義務ではないが、たまには交流してもらえると、ファンにとってはガス抜きになるだろう。そうでなくてもルールを守り、他人にも迷惑をかけることなく純粋に君を応援するファンはあまり邪険にしないでやって欲しい」
「俺個人の活動に制限などは? アルバイトとか……例の件とか」
「ファンを使って悪事を働いたり、公序良俗に反しない限り何もないさ。これは決して君の自由を妨げるためではないからな。ファンクラブを理由として、君の仕事に口出しをすることはない。君の職分はしっかりと果たしてくれ。
我々は問題を起こさないように勤めるし、何かあればそのつど注意を促す。先の事を考えれば学校側で管理と対応を行う分だけ、君たちへの負担やわずらわしさも軽減されると思う」
……マスコミ対応もあるし、学園の生徒に四六時中付きまとわれるのは困る。
「ファンの行動や学園の対応に気になる点があった場合、相談して対処をお願いする事は」
「もちろん可能だ。対応に問題があれば教えてくれ。その都度調整しよう」
「分かりました」
面倒を軽減するために、ファンクラブを認めることにした……
……
…………
………………
パーティー開始時間前。
先輩方はやっぱり仕切りに慣れているんだろう。
天田たちと協力して会場の用意を整えてもらった。
料理の用意もほとんどが整っている。
あとは参加者が集まるのを待つだけ……と、噂をすれば来たようだ。
入り口のベルとお調子者の声が聞こえる。
「うぉっ!?」
会場に出てきた俺にまず気づいたのは、先輩方へ挨拶をしていた皆の後方にいた宮本。
その声により注意がこちらへ集まって、あっという間に順平と友近がよってくる。
「マジで影虎がいた!」
「お前、心配させんなよっ!」
「無事なのか!?」
「心配かけたのは悪かった。宮本、無事じゃなかったらここにいないから!」
「はいはーい! 男どもはちょっと落ち着きなって」
西脇さんが割って入ってくれた。
マネージャーとして培った技術か、一声で三人がおとなしくなる。
「まったくもう。葉隠君、無茶したね」
「どうにか帰ってこれたよ」
「あんまり心配かけないでよね」
「友達が銃で撃たれるなんて、想像してなかったから……生きてるって聞いててもやっぱりね」
今度は高城さんと岩崎さんが男三人を押しのけてやってきた。
その後ろから山岸さん、岳羽さん、島田さんもやってくる。
「確かに。ゆかりっちや風花から無事を確認したって聞いてたけどさ、やっぱ実際に見ないと不安なとこがあるよな」
「ショタ君も無事でよかった~!」
「わっ!?」
「ははは……何はともあれ、こうして勉強会のメンバーがまた無事に集まれてよかった」
「いやー、本当に……って、それ俺らの言う事じゃね!?」
「一番ここに居られなかった可能性が高いのはお前だよ!!」
「というかさ、撃たれたって実際どうなったんだ? ニュースでもよくわからねぇし」
宮本の疑問も当然だと思うが、それはパーティーが始まってから全員にまとめて話そうと思う。申し訳ないが皆にはもう少し我慢してもらい、先に日本の様子を聞かせてもらおう。
「って言われても何から話せばいいか、とにかく大騒ぎだ」
「ほとんど毎日男子寮にマスコミ関係者っぽい人来ててさ、毎日誰かが呼び止められたって話は聞くぜ」
「つか、騒ぎになりたての頃は寮の入り口前にもカメラ来たり、マスコミが張り込んでたりもしたしな。そんで警備員来て追い払われてたし。女子寮の方はどうよ?」
「女子寮もマスコミは来たね。でもこっちはそんなに激しくはなかったかな」
「女子寮ってことで多少は遠慮があったのかもね。葉隠君と直接関係ないし、生徒へのインタビューなら他でもできるし。入り口じゃなくてしばらく歩いたとこで声かけられたって子はけっこういたかも」
「あ、弓道部では部員に通達があったよ。安易にインタビューに答えるなって」
「高城さん、それは緘口令?」
何か漏らされたらまずい情報があるのか?
そんな風に突っ込まれそうであまり良い手とは思えない。
「適当な事言うと迷惑になるし、気をつけてお願いって感じだと私は受け取ったけど。篠原先生だしね」
「ああ……あの先生ならやわらかい言い方になりそう」
「その注意、テニス部にも来たけどそんな厳しい感じでもなかったと思う。先輩たちもそんなに気にしてなかったし、そもそも顧問の叶先生もなんか適当で……どっちかといえば皆、寮の警備体制とか規則の話が気になってた感じ」
それは初耳だ。詳しく聞きたい。
「男子寮の警備体制は、今のところ警備員が出入り口に立ち始めたくらいの変化だな。規則の方はなんか微妙っつーか……管理体制がなってないんじゃないか? って世間で言われたらしくて、寮の規則を厳しくしようって話が出たんだとさ。
ただ具体的にどう変えるかって話で揉めてるらしくてさ、実際に何か変わったりはしてないぜ。せいぜい表に警備員が立ってるから、夜に抜け出せなくなったってダルそうにしてる奴らがいるくらいだ。オレッチとしては変に厳しくなるよりも今のままの方が断然いいけどな」
「あ……そういえば寮則の変更案、一時期凄く厳しくなりそうだったよね」
山岸さんが思い出したように言うと、皆がうんざりした顔になる。
「そんなに厳しいの?」
「うん。もう候補から外されたみたいだけどね」
「たしか生徒は朝5時起床。5時半から健康な体作りを目的として、体操と乾布摩擦とランニングと清掃活動を全校生徒に義務付けて、部活や予備校のない生徒は門限を午後5時にする……だったよな? あと男子は全員丸刈りだっけ?」
「寄り道禁止ってことでコンビニ利用や外食も禁止。ゲーム・漫画・携帯電話、その他学習に不要な物は全て持ち込み禁止。帰ったら帰ったで5時から自習が強制されて、毎晩9時になったら部屋の外に立って点呼をとる。それが終わったら完全消灯。廊下だけじゃなくて部屋でも電気が使えないようにブレーカーを落とすとか言われてたぞ」
「乾布摩擦とか男子全員丸刈りとか、時代錯誤って感じだよね~」
「てかそれ以上に“しっかり管理してるように聞こえそうな事”を、思いついたそばから並べましたって感じが強すぎて……こんだけやらせとけば文句ないでしょ? って言われてるみたいで納得できないって言うか、“お寒い”んだよね。それ全部一人の人がワンセットで提案したらしいし」
岳羽さんの辛らつな一言。
確かに厳しい変更案だ。
昔からある名門校を探せばこのくらい厳しい学校はあるだろう。
その厳しさを売りにしているところもあると思う。
しかし月光館学園はどちらかといえば自由な校風が売りの学校だ。
生徒の自主性に任せすぎたことに批判を受けているのかもしれないが……
だからと言って急激に正反対の方向に舵取りをするのはいかがなものだろうか?
もっとも、そう判断されたから候補から落ちたんだとも思うけど。
「やりすぎ感はあるよね。せめて段階を踏まないと」
とは海土泊会長の言葉。
「夜間外出の取り締まりは強化すべきだと思うがな」
武田副会長も暗に全部はやりすぎだと仄めかす。
「本当に色々と起こってたんですね……」
「何を今更。君に落ち度があるわけではないが、もう十分に大騒ぎだよ」
桐条先輩が苦笑い。
俺も苦笑いになってしまった。
「おっ」
脳内に警鐘が鳴る。
「どうした?」
「料理に戻りますね。そろそろ良い感じだと思うので、仕上げをしてきます」
“警戒”スキル。
本来は不意打ちを受けにくくするスキルだが、もはや完全に料理用のタイマーと化していた。