人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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182話 パーティータイム

 料理が仕上がった。

 時間もちょうど良い頃合だ。

 

「皆さん、そろそろ始めますか?」

「待ってましたぁ! もうオレッチ腹ペコだぜ~」

「伊織。料理の前にもう少し待て、まだやる事があるだろう?」

「あー……それもそっすね。影虎! いっちょビシッと、夏休みに何があったか話してくれよ。できるだけ早くな!」

 

 順平は料理が待ちきれないようだ。

 

「それじゃあできるだけ手短に……」

 

 学んだスピーチの技術を活用し、集まったみんなに夏休みの出来事を説明した。

 大半の表情がだんだんと曇り、最終的に昨日の桐条先輩と同じように困った顔になる。

 

「何か質問はありますか?」

 

 マスコミ対応に向けて、少しでも経験を積みたいんだが……

 

「葉隠。少し考えをまとめる時間を作ってやれ。皆、どう答えていいか分からなくなっている」

「私たちは昨日の時点で少し聞いてたからまだいいけどね……」

「葉隠君の夏休みって、ちょっと刺激的すぎると思うな……」

 

 桐条先輩に加え、岳羽さんや山岸さんにもそう言われた。

 

「ならそのあいだに料理を並べますね。天田、手伝ってくれ」

「はい!」

 

 二度目で落ち着いていた桐条先輩たちにこの場を任せ、もう一人の当事者である天田に手伝いを頼む。そしてテーブルをいくつも並べたスペースへ用意した料理を一通り並べ終わった頃には、各自の中である程度整理がついたようだ。

 

「聞いてた以上にっつーか、聞けば聞くほど戦場かよ。しかも逃げた先ではテロ事件なんだろ? 影虎に天田少年、二人とも本っ当に生きて帰ってこれて良かったな」

「つかお前ら、運が悪すぎるだろ」

「夏休みに旅行行って冒険してきた! とか言ってるやつ結構いるけどさ、お前らは冒険しすぎだって」

「新学期がクラスメイトの訃報で始まらなくて良かった……」

 

 順平、友近、宮本、そして西脇さんは状況を想像してか意気消沈している。

 

「ねえ葉隠君。君、一度お祓いに行ったらどうかな?」

「俺も信じない方だが、さすがに葉隠は何かに呪われてるんじゃないかと思ってしまうな」

「私、ご利益あるところいくつか知ってるよ」

 

 生徒会長と副会長、そして高城さんからは、とにかく心配されている。

 もはや神頼みしかないんじゃないかと思われているようなレベルで。

 

「大丈夫ですよ。こうして無事に帰って来れたんですし、それに後半、テロ騒ぎのあった街から脱出してからはのんびり楽しくやれましたから」

「天国と地獄って感じだよね。あ、この場合は地獄から天国かな?」

 

 俺の弁解に岩崎さんが賛同してくれた。

 彼女は落ち着いているというか、若干受け取り方が他とずれている気がする……

 

「でも本当に、後半はブルジョワそのものだよね~」

「私、ちょっとネットで調べてみたけど本当にすごい人らしいね」

「プライベートジェットで帰国とか、普通に学校で聞いたらホラ話としか思われないんじゃない?」

「? プライベートジェットを使うのは、何かおかしいのか?」

「あ……ここにもいたわ、お金持ち」

「プライベートジェットそのものはおかしくないんですけど……ね?」

「一般家庭で所有してるものじゃないですよ~!」

 

 話を聞くのが二度目の桐条先輩たちは、少しでも明るくしようとしてくれているようだ。

 もっとも桐条先輩は天然ぽいけど……?

 

 入り口に近づく人影を感知。

 さりげなく人の影へ入り、入り口から見えないように隠れる。

 

「ここで……よさそうだな」

「明彦!」

「あ、真田先輩じゃん。チーッス」

「遅れてすまん。 こいつを引っ張ってきたんでな」

「アキ、入るならさっさと入れ」

 

 真田と荒垣先輩が遅れてやってきた。

 扉がしっかり閉じられたのを確認して、みんなの影から出て行く。

 

「お久しぶりです、荒垣先輩。真田先輩も」

「……なんだ、元気そうじゃねえか」

「だから言っただろう? 美鶴がそう言っていたと。後遺症もなく済んだんだったな?」

「幸い、皮膚に少し痕が残っただけです」

「そうか。なら俺から言うことは何もない。……お前と試合をしてから、こっちの部もだいぶ雰囲気が変わってな。体に問題がないなら、また今度ボクシング部を覗きに来てみろ。何だったらまた試合をするか? 今度こそフェアな条件で」

「そこは変わらないんですね……まぁフェアな条件なら負けませんが」

「言ったな? 俺もあれからトレーニングに磨きをかけたんだ。今度こそは負けんぞ!」

「お前らは顔を合わせた途端にそれかよ……ったく」

「え? また試合やるの? いつ? よければ私が仕切ろうか?」

「清流、お前は嬉々として煽りに行くな」

「えー? いいじゃない、健全な試合ならさー」

 

 だんだんと空気が温まってきたのを感じる。

 

「あのー、先輩方?」

「そろそろ食い始めねーと、飯が冷めちまいますよ?」

「うぉっ! やっべ! せっかく美味そうなのに!」

「ふふ……そうだな。食事にしよう」

 

 桐条先輩の言葉に誰もが異論を唱えることはなかった。

 

「よし、食べましょう! 皆、お好きなものをどうぞ!」

 

 用意したメニューは夏休みの間に作った、思い出のメニュー。

 

 “ふっくらフランスパン&カリッとガーリックブレッド(改)”

 “きのこと野菜の具沢山コンソメスープ(改)”

 “ジョーンズ家のミートパイ”

 “母直伝・特上焼きそば”

 “豚肉のソテー With ガーリックオニオンソース(改)”

 “夏野菜のテリーヌ”

 “白身魚のポワレ”

 “三層のティラミス”

 

 ドリンクは普通の水とお茶のほか、

 “山岸風花特製ハーブティー”

 “特製レモネード”

 “謎の青汁(改)”

 の三種類を用意してある。

 

 どれもこれも、新しさはない。

 けれどその代わりに作り慣れていて、味に自信のある料理だ。

 俺の夏休みの結果を見せると考えれば、これ以上の選択はないが……

 はたして皆の評価は……?

 

『美味しいっ!?』

 

 やった!

 

「ミートパイってこういうのなんだ、名前は聞いたことあったけど初めて食べた」

「ボリュームあるように見えたけど、結構サクサクいけちゃうんだね」

「豚肉のソテーも美味しい~」

「うーわ、このクオリティーをあっさり出されると女としてのプライドが……」

 

 重めの肉料理に対する女子の反応も悪くない!

 

「これは“うみうし”の牛丼に劣らないぞ! この一口ずつが力になるような味、癖になりそうだ!」

「おいアキ、肉ばっかじゃなくて野菜も食えよ。……このスープいい味出してんじゃねぇか。いや、パンも手作りか?」

「えっ!? このパン手作りっすか!?」

「荒垣先輩、そういうの分かるんですか?」

「……なんとなくな。で、どうなんだよ?」

「手作りですよ。葉隠先輩はパンとか麺を打つのが得意みたいで、旅行先のロイドって子には小麦粉マスターって呼ばれてましたし」

 

 肉好きの真田は勿論、和田と新井に天田は二度目だが楽しめているようだ。

 荒垣先輩に認められたのは結構嬉しい。

 

「これが噂に聞く“焼きそば”か。食べる時のマナーは、ラーメンと同じで伸びないうちに食べればいいのか? 伊織」

「焼きそばのマナー……普通に飯食う時のマナーで大丈夫なんじゃないっすかね? たぶん。焼きそばって商品なら、マナーとか雑な海水浴場でも売ってますし」

「そうか、ではいただこう。……! ブリリアント! 芳醇なソースが絡む麺は味わいを損なわず、ソースの塩気と酸味をその弾力の中で調和させ、青海苔の香りと共に口の中へ広がっていく。これが、焼きそばか!」

「何この人、一人でグルメ漫画みたいな事言い出した!?」

「あははは……美鶴は焼きそば初体験だったかー」

「いつもの事だが、桐条はもう少し一般常識を知るべきだな」

「会長。副会長。桐条先輩のこれ、よくあるんすか?」

「まぁね。美鶴は良識はあるけど、常識はお金持ちの基準だから」

「ある程度付き合いがあればすぐにわかる」

「逆に私たちがわからない事を知ってる。知識の中心が違うだけさ。というわけで、美鶴ー?」

「む……どうされました? 会長」

「このテリーヌとポワレって料理が食べたいんだけど、食べ方を教えてー」

「この手の料理には詳しくないからな」

 

 桐条先輩は庶民派な焼きそばを好んだらしい。

 海土泊会長と武田副会長はあの二品を選んだか。

 

「なぁ影虎……」

「どうした? 友近、何かまずかったか?」

「料理はめちゃくちゃうまいんだけどさ、理緒が飲んでるあの液体って何だ? 色鮮やかな群青色は材料の色としても、うっすら輝いてる気がするんだけど」

「気のせいじゃないか? それか外の光がグラスに入ってそう見えるんだろう。あれはただの特製青汁。ちなみに材料はケールにグレープと林檎とか、普通の野菜や果物だけだよ」

「そっか、まぁそうだよな」

「友近、飲まないの? 美味しいよ?」

 

 あの“謎の青汁(改)”を、岩崎さんがかなり気に入ってくれたようだ。

 

「部活の後にも食いたいな、これ」

「あー。確かにガッツリ肉系の料理に、このレモネード。陸上部の男子が好きそうだね。でもちょっと落ち着いて食べなって、もうみっともない」

 

 体力回復を目的としたメニューだからか、宮本と西脇の二人は部活の話をしていた。

 しかし……その様子はイチャイチャしているようにも見える。

 

 友近といい宮本といい、ちょっとだけリア充爆ぜろと言いたくなった。

 

「ブリリアント!!」

 

 あ、本日二度目のブリリアントが出た。しかも初回より大きな声で。

 ……ん? 先輩が周囲を見回して俺に目をとめた。何か用だろうか?

 

「葉隠。このテリーヌとポワレはどうした? 他の料理も実においしいが、この二品は別格だ。一瞬君が作ったと信じられなかった。どこかの店の物かと疑ったが、改めて考えるとこれほどの一品をそこらの店で買えるとは思えん」

 

 さすが、こっちの方向には鋭い。

 コールドマン氏のお宅で、料理の修行をしたことを詳しく話す。

 

「というわけです。材料は近所で買い求めましたが、レシピ自体は元三ツ星料理人の料理長から学ばせて頂いたものです」

「なるほど、納得した」

「三ツ星料理人のレシピとか、何かすげー……いや、それより値段とか大丈夫なのか?」

「その点は大丈夫、さっきも言った通り材料はスーパーや商店街で安く手に入れたから」

 

 ポワレのソースに使っているバルサミコ酢を例に出すと、コールドマン氏のお屋敷で使っていたのは伝統的な製法で作られた高級品。だけど今日使ったのはもっと安価な普及品だ。少し煮詰めてから使うひと手間を加えることで、味を高級品に近づけて使っている。

 

「他も色々学んできたテクニックを使ったから。昨日島田さんに伝えてもらった通り、1500円で食べ放題だ。まあ、比べたらやっぱり味は落ちるけど」

「これでなのかよ……」

「そもそも用意された高級な材料を使っても、完璧に再現できたわけじゃないからな」

 

 65点と70点で合格ラインは超えたけど。

 

「確かにそうかもしれないが、学生のパーティーで用意される料理としては破格だ」

「桐条先輩にそう言っていただけると、作った甲斐がありますね。ちなみにデザートのティラミスもそこで学んだレシピの一つです。

 テリーヌとポワレが最終試験で65点と70点と採点されたのに対し、ティラミスは90点の出来と判定された一番の自信作です。よろしければそちらもお試しください」

「そういえば今日、職員室にケーキを持ち込んだそうだな。土産物と一緒に渡して、鳥海先生の機嫌をあっという間に治したと聞いたが……それか」

 

 次の瞬間、女子の鋭い視線がケーキをのせた皿に向いていた。


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