翌日
9月1日(月)
朝
~男子寮・食堂~
「今日から学校かぁ……マジでダルイ」
「おいおい、初日の登校前からそれかよ」
「だってさー、うちの学校、始業式の後にもう授業やるんだぜ」
「うちは進学校だからしかたねぇって。少しでも多く勉強させたいんだろ」
「それよりさ、一年のあいつ、学校に来るのかな?」
「どうだろうなぁ……帰ってきたとこ見たって話は聞かないし」
隣の席の男子生徒たちが、俺の噂をしている……
他にもそこかしこから俺の事を話している声が聞こえてくる……
今日はドッペルゲンガーをカツラ代わりに、髪の長さを変えただけ。
それでも意外とばれてないようだ。
昨日の料理。皆への説明。変装と潜伏……
学んできたことが結果として現れていることを確認して席を立つ。
食べ終わったトレーを返却し、上着と荷物を持って登校。
この時間なら遅すぎず早すぎず、のんびり歩いてちょうど良い時間に着けるだろう。
――グループ名:影虎問題対策委員会――
影虎 “寮を出ました、これから登校します。マスコミにばれた様子はありません”
桐条 “了解、学園の警備を再確認する。
それから始業式でのスピーチと撮影した動画の件だが、どちらも許可が出た。
動画と同じ内容であればインタビューに答える許可も取り付けた。
場所はこちらで用意しよう。
君は登校したらクラスではなく、生徒会室に顔を出してくれ。始業式まで匿おう”
影虎 “了解。このアプリは顔を合わせるまでこのままにしておきます”
桐条 “私の方もそうしておく。何かあればすぐに連絡を”
影虎 “ではまた後で”
「おい、本当に来るのか?」
「学園は無事を確認してるって話ですし、おそらく」
「おそらく? 撮れなきゃ帰れないんだぞ……ったく」
風景に溶け込むことを意識して、息巻いたカメラマンの横を素通り。
スニーキングミッションのようで、少し楽しくなってきた。
……
…………
……………
~大通り~
「おい、何だよこれ」
「すいません、ちょっとお話よろしいですか? 旅行中に撃たれた葉隠さんが」
「通してよー!」
「映ってる? 私映ってる!?」
学園に続く道の
取材を受けて足を止める生徒。野次馬として取材を眺める生徒、そして無関係な通行人。
道が少し細くなっていることもあり、通行の邪魔になっている……
「良くないな……」
――グループ名:影虎問題対策委員会――
影虎 “問題発生。通学路前の道に多数の報道関係者あり。散発的なインタビューで通行が妨げられています”
証拠として写真も添付する。
会長 “私にも今連絡が入ったよ! 写真ありがとう! これ酷いね!”
副会長“警察は来ていないようだな……”
桐条 “おそらく、学校の敷地内では警備が邪魔をするから、その前で自由にということなんだろう。取材マナーの悪さには困ったものだ。いま警備員をそちらに送るよう手配したが、粘るだろうな……”
実際に目にすると壮観だ。
これが俺のニュースに飛びついたマスコミか……
しかしマスコミの行動によるものとはいえ、学校前の公道で警察沙汰。
……学園のイメージの悪化が心配だ。
そう考えていると思い浮かぶ。
この騒動原因は俺、マスコミが一番関心があるのもおそらく俺。
インタビューを俺が引き受けて誘導し、ある程度状況を改善できないだろうか?
飢えた獣の中に飛び込むような真似だ。
以前までの俺なら、避けようとしていたはず。
しかし今はむしろ、やる気が湧いてくるようだから不思議だ。
……自信がついたのかもしれないが、調子に乗って思いつきで行動するのは良くない。
逆に混乱を生む可能性もある。
一応先輩方に提案してみよう。
副会長“狙いは分かるが、インタビューは学園で用意した場所で行えばいい”
桐条 “既に解決に動いている。早まった行動はするな”
影虎 “了解、生徒会室へ向かいます”
反対されたので、この場は無視だ。
人ごみに紛れ、少し迂回して校舎を目指す。
……
…………
………………
~生徒会室~
「失礼します」
「誰……葉隠か」
「おはようございます、副会長」
「無事に着いたようだな。無茶をしていないか心配だったのだが、杞憂に終わってよかった」
「桐条先輩、先ほどの件ですか? あれは単なる思いつきですから」
あの状況を放置したらどうなるかを想像したと、冗談のように伝えておく。
「あまり冗談にならないことを言わないでくれ……前にも言ったが大人は本当にピリピリしているんだ」
「でも張り詰めっぱなしはよくないよね」
ため息混じりの桐条先輩に、会長がマグカップを手渡す。
「それにしても葉隠君、よく何事もなくここまでたどり着けたよね。男子寮にも大勢マスコミが張り込んでたんでしょう?」
「変装して普通に入口から出てきましたよ」
「変装は見ればわかるが、その程度で騙せるものなのか? 髪の長さくらいしか違わないじゃないか」
「変装の秘訣はできる限り自然に、周囲に溶け込む事。気合の入れすぎも逆効果だそうです。気配を消して他の男子生徒に紛れたら、意外と気づかれないものですね」
朝食も寮の食堂でしっかり食べてきたと言ったら、もはや呆れられてしまった。
「とにかく無事ならいいよ。それより始業式ではよろしくね。何もないけど時間までゆっくりしてて」
会長の言葉に甘え、椅子を借りてスピーチの内容を再確認する。
学んだテクニックを一つずつ。
これまでの練習も思い出す。
……やっぱり、おかしいな……
さっきの野次馬を見た時にも感じた。
独特の高揚感が湧き上がってくる。
体が熱を帯びて冷めない。
時計の音が澄んで聞こえはじめた。
一秒ごとに近づくその時が待ち遠しい。
この感覚、地下闘技場で煽られた初日に似ている。
戦闘じゃないのに……ルサンチマンの影響かもしれないな……
時間になれば、思い切りやる。
だからもうしばらく我慢しろ。
瞑想をして心を落ち着けながらその時を待つ。
先輩方から声がかかるまで……