~桐条視点~
「ですから、えー皆さんには」
「校長、本当に話が長いわね……」
鳥海先生が愚痴をこぼすが、無理もない。
校長先生は予定を10分以上オーバーしてなお話を続けている。
しかも原稿を見るに、話し終えた内容は3/4程度。
いつものことだが、今回は騒ぎの後とあって言うべきことが溜まっていたのだろう……
「葉隠、すまないがもうしばらく待機してくれ」
「わかりました」
ここは講堂の舞台袖。一般の生徒からは壁を隔てて見えないのを良いことに、話題の彼は座禅を組んでいる。
「ねぇ桐条さん……葉隠君、座っているのは別に構わないけど、何で座禅なの? 横にちゃんと、パイプ椅子が用意されているのに」
「本番ギリギリまで心を落ち着けたいそうで」
「それで座禅? 江戸川先生の影響かしらね……」
何とも言えない。
最初に私が彼の部活設立手続きをした時には、まだ葉隠は江戸川先生を警戒していたようだった。
それが徐々に馴染んで一緒に旅行に行くまでになり、今では信頼しているようだ。
良いことのはずだが、これまでの先生の噂が不安を掻き立てる。
「えー……時間も押しているようですし、何が言いたいかと言いますと」
「あっ、校長先生がまとめに入ったわよ」
「! 葉隠、準備をしてくれ」
「いつでも行けますよ」
立ち上がった葉隠は肩を回し、足を回し。
軽く体をほぐして私の横に並び立つ。
その手には原稿を持たず、瞳がやる気に満ち溢れていた。
「緊張しているか?」
「大丈夫です」
だろうな。
たった一言の返事。
だが今の彼を見ていると、不思議と大丈夫そうな気がする。
「次は……葉隠君からの挨拶です」
生徒のざわめきが講堂を満たすのは、司会が告げた直後だった。
「行ってきます」
彼が壇上に上がっていく。その足取りは力強く、振る舞いは自然体。
「おはようございます」
第一声から聞き取りやすい声量で挨拶を済ませ、速やかに夏休みの話題へと入っていく。
今日に限ったことではない。私はこれまで都合三度、彼の説明を聞いている。
一度目は帰国当日の打ち合わせで。
二度目はパーティーでの説明。
三度目は彼が撮影した投稿用の動画を確認した際に。
そのどれもが素晴らしかったと思う。
おまけに内容は共通しているが、毎回、その状況に合わせて話し方が微妙に違うのだ。
聞き取りやすい声に、視線の配り方、そして身振りや表情の変化まで。
相当に人前での話し方を練習したのだろう。
今日も実に堂々とした態度で、全校生徒へ言葉を届けている。実に立派だ。
私は心からそう思う。
そして同時に違和感も覚えた。
葉隠影虎……彼はあんな男だっただろうか?
彼はあまり人前に出る事を好まない方だと私は考えていた。
仲間を守るために矢面に立つ度胸はあると思う。
しかし、壇上で話す事にあれほどやる気を見せるかといえば、意外という言葉が浮かぶ。
ファンクラブの公式化もそうだ。
理由を話すと多少の不満を我慢して受け入れていた。
もっと抵抗すると予想して説き伏せることを考えていたが、準備がほぼ無意味になった。
無意味といえば、今朝の事も。
騒動の渦中にいる彼を狙うマスコミは多い。
本人は変装して自由に出歩いていたが、私には不十分に思えた。
だから通学中の安全のために、今朝は私の独断で寮の外に警備の人間を配置した。
寮を出た葉隠を陰ながら見守り、何かがあれば助けられるように。
しかし、彼の寮を出たという報告を受けてから数分後。
手配した警備の者から入った定時連絡は“警護対象がまだ出てきていない”という矛盾。
担当した全ての警備員に確認を取らせる間にも、葉隠は通学の様子を細かく報告した。
そして学校前の人だかりの報告の時は写真まで送ってきた。
ここまでくれば、どちらの報告が正しいかは明白。
警備員は桐条の警備部に手配を頼んだ。
精鋭とまではいかないものの、新人でも厳しい教育を受けたプロの警備員。
偶然か意図的にかは分からないが、葉隠はそんな彼らの目をくぐり抜けていた。
変装とスニーキングの技術を学んだと言っていたが……冗談ではないのかもしれない。
昨夜の料理やこの演説と同じで、相当に練習したのかもしれない。
それが彼なりに自分の状況を打開するための努力であればいいのだが、どこか不安だ。
アメリカから帰ってきた葉隠が、私にはどこか別人のようにも見えてしまう。
「……ぶっ!? くく……」
「どうされました? 鳥海先生」
「こう、校長の顔が、うぷっ」
校長? ……なるほど。
反対側の舞台袖に控えた校長先生が、葉隠と講堂の生徒を交互に眺めている。
苦虫を噛み潰したような顔で。
おそらく、生徒達が自分の時以上に真剣に話を聞いているからだろう。
校長先生のお話は長すぎて飽きる生徒も多い。
そしてそういう生徒は壇上からよく見えるものだ。
「あまり笑ってはバレますよ、鳥海先生」
「ごめんなさい、そ、そうね……ふひっ」
まったく……
? 私は何を考えていたんだったか……そうだ、葉隠だ。
そういえば昨夜のパーティー後、珍しく自分から連絡してきた荒垣が、葉隠が今度の件で力不足を感じているようだと言っていたな……
詳しく聞くと葉隠と話をしたらしい。
それもテロ事件に関与したと言われている“ブラッククラウン”について。
私や明彦も気になっていたが、葉隠への配慮やシャドウとの関係を考えて、あえて聞かずにいた。話すとしたら慎重に聞かなければと、最近丸くなった明彦も我慢をしていた。それなのにも関わらずだ。
そう伝えると、我々が興味を抱いている事は既にばれていたと返されて気が抜けた。
葉隠は相変わらず妙なところが鋭い。
……しかし、銃を持った集団に襲われた一般人が何もできなかったとして、責められることがあるだろうか? さらに言えば、彼は結果として女の子を一人助けている。
同じ事を荒垣も本人に言ったそうだが、それでも彼は悔しさを堪えていたようだ。
それを気にして無茶はしないように願いたい。
……件のテロ事件。
被害者が影人間となった事が判明している以上、シャドウが関係していると考えていい。
多数の被害者を出したものの、既に被害者はほぼ回復し、新たな被害者は出ていない。
桐条グループも事態は収束したと見ているが、謎は尽きない。
“影人間を回復させるためには、精神を喰らったシャドウを倒すことが最も有効だと思われる”……以前読んだ資料にはこう書かれていた。
街一つがシャドウの被害に遭う。つまりそれだけ多数のシャドウが居たはずだ。
しかし先日現地に到着した調査隊からは、一匹の発見報告もない。
総合的に考えると、状況から多数のシャドウがいたことは間違いない。
だが今は居ない。
被害者の回復から倒されたと考えられる。
それだけのシャドウを根絶やしにした?
誰が? どうやって?
その答えを握っている可能性が高いのが、“ブラッククラウン”と呼ばれる存在。
荒垣が葉隠から聞き出した情報によれば、ブラッククラウンは人間と見て間違いない。
日中に火災が起きたビルから子供を助けたという点からも、シャドウではないはずだ。
シャドウは影時間にしか存在せず、人とのコミュニケーションは不可能。
そう考えると必然的にブラッククラウンの正体が絞られてくる。
おそらく我々と同じ“ペルソナ使い”だ。それも日中に能力を行使できる可能性が高い。
もし葉隠がブラッククラウンと自分を比べているのだとしたら、それは大きな間違いだ。仮に、ブラッククラウンが単独であの事件を起こしたシャドウを殲滅するだけの力を持っていたとしたら、ペルソナ使いの我々でも太刀打ちできるか分からない。
どうせなら我々に協力してもらえれば心強いが、情報が全く掴めなくてはどうしようもない。
できることといえば敵対しないことを祈りながら報告を待つばかり……
「ご清聴ありがとうございました」
……? 気づけば葉隠の演説が終わったようだ。一礼してこちらへ歩いてくる。
そして静かに私の隣まで戻ってきた。一仕事終えたとばかりの清々しい顔で。
「機嫌がよさそうだな」
「一つ肩の荷が下りましたから。そういう先輩はどうかされました? 何か悩んでいたようですが」
「……よりによって君が聞くか」
「え?」
他ならぬ君の事で悩まされていたというのに……
何も考えていない、純粋に善意を感じる一言で急に馬鹿らしくなってしまったではないか。
「俺が聞いたらまずい事でしたか?」
「そうじゃない。少し君に言いたいこと、聞きたいことがあっただけだ」
もう面倒だ、直接聞いてしまおう。
「君の雰囲気が以前と変わっているように思えてならない。本当に大丈夫なのか?」
「……ああ、そういうこと……」
葉隠はわずかに渋い顔をしながら、納得したように頷く。
「……体や心に問題はないですよ。ただ先輩も知っての通り、一度死にかけたので。そのせいか価値観に少し変化があったと言うか、なんというか……少し思うところもあったので」
演説とは打って変わって歯切れの悪い言葉だった。
「言いにくいことか?」
「自分の中で整理がついてないって感じですかね……進路に関わるかもしれないけど、ある意味どうでもいいっちゃどうでもいい事で」
ふむ……どうにも要領を得ないが、いいだろう。
「そういう事なら無理には聞かない。だがあまり悩みが続くようなら、相談に来るといい」
「その時はまた、生徒会に行くことにします」
フッ……そういえば初めて会った日もこんな話をしていたな。
それきり私たちの間に会話はなくなり、始業式が進行する音だけが耳を打っていた。
桐条美鶴は影虎に違和感を覚えていた!
桐条美鶴はブラッククラウンをペルソナ使いと断定している!
影虎とブラッククラウンが同一人物である事には気づいていないようだ……