人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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191話 逡巡

 夜

 

 桐条先輩と会長が学校から許可を取り、副会長と俺でアンケートの準備。

 そして手分けをしてアンケートの設置をお願いに行った帰り道。

 

「お疲れ様でした、副会長」

「お疲れ様。俺は葉隠ほどじゃないがな」

「あはは……」

 

 協力をお願いした先々でも顔が知られていたから、何かと声をかけてくる人が多かった。

 

「特にあの古本屋のおじいさんは凄い驚き様だったな」

「文吉爺さんですね」

「ああ、知り合いだったみたいだが、帰ってから挨拶に行ってなかったのか?」

「行きましたよ。叔父に挨拶した日に。ただ、時々忘れてしまうことがあるのかも……」

「……結構なお歳に見えるしな」

 

 不意に沈黙が流れる。

 

「……そうだ葉隠。清流のことだが」

「はい」

「あいつは他人の提案を柔軟に聞き入れる寛容さと行動力を持っているが、同時に天然で悪意なく仕事を増やすこともある。生徒会役員になった以上、葉隠も接する機会が増えるだろう。限界は超えないよう本人も俺も配慮はするが、自分でも気をつけておいてくれ。

 先輩後輩や男女の分け隔てなく。良い案と判断すれば、雑談からでも率先して取り込もうとするからな、あいつは……だから頼りにされる事も多いのだが」

 

 副会長は会長を認めているけど、そのせいで苦労もしているようだ……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~自室~

 

 帰宅したが、やらなければならない事はまだまだある。着替えながらPCを起動。

 

「? 目高プロデューサー? 何だろ」

 

 まずメールを確認してみると、あの番組のプロデューサーからメールが来ていた。

 

 内容は、

 

「えぇ……」

 

 まさかの“出演依頼”。

 以前、まだアメリカで受け取ったメールにも書いてあったのを覚えている。

 あの番組に似た内容のバラエティ番組に出演して欲しいと書かれていた。

 彼は明日、巌戸台の近くまで仕事で来るらしい。

 可能ならその時に会って話したいそうだ……

 

 あれ、たしかバラエティー番組は芸能人が頑張る内容じゃなかったか?

 それに実現しないとか言ってたはず。

 ……とりあえず会うことは了承しよう。

 考えるのは話を聞いてからだ。

 

 メールに返信をして、この出来事をコールドマン氏と母さんにも報告しておく。

 番組の内容的に、テストケースの身としては問題があるかもしれない。

 

 ……

 

 なんとなくモヤッとした気分で、資料整理に没頭した。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月6日(土)

 

 昼休み

 

 早々に食事を終わらせて、資料室で資料を読み込んだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 一度帰って、久しぶりにバイクを動かした。

 そのための準備はしていたが、丸々一か月は放置している。

 帰ったら手入れもしよう。

 

『次の角を左折、直進50メートルで目的地です』

 

 ここか。……なんだか高そうな焼肉屋だ。一度場所を記憶。

 近場のバイクが止められる駐車場を探して、徒歩で戻る。

 

「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」

「待ち合わせです」

 

 目高プロデューサーの名前を伝えると、もう来ているらしい。

 

「こちらへどうぞ」

 

 着いて行った先は個室。

 

「葉隠く! っとと……よく来てくれた。ありがとう、さぁ入って」

 

 先に来ていた彼に誘われ、対面へ座る。

 

「お久しぶりです。目高プロデューサー。先日はお世話になりました」

「いやいや、こっちこそ君のおかげで大盛り上がりだったよ。体は大丈夫なのかい? 一度心臓が止まったと聞いたけど」

「ええ、もうすっかり。元気に動いてますよ。あとは皮膚が少し傷ついて縫った程度なので」

「そうかい。無事でよかった。とりあえず何か頼もうか」

 

 まずは雑談をしながら料理を選び、俺はトントロとタン塩。

 プロデューサーはホルモンとカルビを注文。

 

「お待たせしました」

「来た来た、まず食べよう」

 

 肉を豪快に網に乗せ、じっくりと焼いていく。

 立ちのぼる煙の向こうに見える顔は、なんだか疲れて痩せているようだ。

 オーラも心なしか弱弱しく、気の流れも悪い。

 

「プロデューサー、お疲れですね」

「……分かるかい? 実はいま仕事がね……」

 

 うまくいってないのだろうか?

 

「仕事自体は順調さ。この前ので評価が上がって新しい企画を任されたりもしてる。まぁ、それで忙しくなった面もあるけど」

 

 そう口にしたのをきっかけに、プロデューサーの表情が引き締まる。

 

「もしかして、昨日の出演依頼と何か関係が?」

「カンがいいね。そうなんだ。以前送ったメールに、今回出演依頼をした番組は企画段階で潰れると思う、って書いていたのを覚えているかい?」

 

 覚えている。俺も気になっていた。

 

「実際に一度企画会議で保留にされたんだよ。勢いはあるけど急すぎるって、せめて来年とかもう少し企画を練ってからって話になってたんだ。だけどもっと上の人が、いいじゃない! ってわざわざ一度保留になったものを引っ張り上げて、ゴリ押ししたんだ」

 

 上から無茶ぶりをされたのか……

 

「新しい番組は“アフタースクールコーチング”ってタイトルに決まった。練習期間は一週間。頑張って何かを練習してもらって、その成果を披露してもらう。前の番組をほぼそのまんまやるだけだよ」

 

 プロデューサーは内心複雑そうだ。

 

ほぼ(・・)そのまま、ということは違う所もあるんですよね」

「練習内容がスポーツに限らなくなった事と、練習時間が授業や部活を終わらせた後からになったことだね」

 

 そしてこの練習時間が俺に出演依頼をした理由の一端だそうだ。

 

「未成年者を使う時は、大人より労働基準法に配慮しなきゃいけない。そこを前よりも強化するよう言われてね。その分は練習時間にしわ寄せがいく。前よりも短時間の練習でそれなりには結果を出してもらわなければならないんだ」

 

 ペルソナの補助があるからこそだが、確かに俺の成長は早いだろう。

 アメリカでの勉強でも役立ったし、指導を受けて技術も身についた。

 あの時も一回一回は似たような練習時間だったし、一科目ずつならおそらくある程度は学べる。

 

 しかし……本当に成長力だけが目的か?

 

「君の話題性を利用しようとしているのも認めるよ。君はどこの事務所に所属していない素人だけど、今の話題性は下手な芸能人よりも上だ。少なくとも騒がれている今は。だから今度の番組でも初回に登場してもらって、ドーンと注目を集めたい。それが上の目論見さ。人気のあるアイドルや俳優を出しておけば、視聴率は取れるって考えの人も結構居るからね」

「あっさり言いますね……」

「こちらが依頼する側だし、最初から腹を割って話すつもりで来たからね」

 

 では他に何を望むのか?

 肉をひっくり返しながら率直に聞いてみると、彼は“保険”と答えた。

 

「短時間で結果を出してもらわなければならない、と言っただろう? 勝手な話だけど、練習してダメでした! じゃあ困るんだ。お蔵入りになってしまうからね。そうならないように見どころを作ったり構成を考えるんだけど……どうしようもない時っていうのはある」

「たしか前回もダメになった方がいたとか」

「そう。事前に準備をしていても、問題が起きる時は起きる。そんな時に穴埋めができる人材が欲しいんだ」

 

 その役が俺に務まるのか?

 

「僕はそう考えてる。君の成長速度はもちろんだけど、一番は撮影中の様子や会話だね。周りを見て。トークをして。周囲の補助を受けながらでも、十分に番組を成立させていた。それでいいんだ。

 無理にウケを狙わなくてもいい。それなりに楽しめる映像をコンスタントに作り続けられるように協力して欲しい。君ならそれができると僕は思う。もちろんタダでとは言わないよ」

「出演料がもらえると?」

「あまり多くはないけどね。それと君が協力してくれるなら、特別な企画を用意してある。以前、格闘技に興味があると言っていたよね?」

 

 格闘技と言うか、強くなれること全般に興味がある。

 

「それなんだけど、君には格闘技系の種目を優先的に回すつもりなんだ。初回はスケジュールの都合で違うものになると思うけど」

「……格闘技系」

「期間は一週間ずつでも、それだけ色々な格闘技を学べるようにしたらどうかと考えている。そしてその集大成として、12月にプロの総合格闘家と試合をする。という企画なんだけど、どうかな? 君の試合映像も世間では騒がれてるし、お互いに利益があると思うんだ」

 

 確かに、俺が好む部分を上手く突いてきた。

 夏休み前の俺なら飛びつきそうになったかもしれない。

 しかし今は、

 

「迷いますね……」

 

 興味がないとは言わないが、こちらもそれなりに忙しい。

 

「だろうね。こちらも急な話をした自覚はある。保護者とも相談しないといけないだろうし、今この場で決めてくれとは言わないよ。ただ、撮影スケジュールもあるからあまり長くは待てない、一週間くらいで結論を出してもらえると助かる。

 ……さあ食べよう! もうそろそろ食べ始めないと焦げてしまうよ。実はこんなにしっかりご飯が食べれるのも久しぶりでさ」

 

 焼肉は美味しくいただき、また仕事に行くと言うプロデューサーと別れた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 昼食後

 

 ~学生寮~

 

「葉隠君のは、これね」

「ありがとうございます」

 

 管理人の方にお金を払い、大きなダンボールを受け取った。

 頼んでいた苗が届いたようだ。

 

 プランターは用意したけど、なんとなく今植える気にはならない……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~地下闘技場~

 

 バイトが終わり、そのまま地下闘技場へ。

 先日ストレガから聞き出した今の合言葉で、久しぶりに顔を出した。

 

「! おい、見ろよ!」

「ヒソカじゃないか!」

「最近見ないと思ったら」

「試合するのか?」

 

 扉をくぐった瞬間から観客がざわめく。

 一か月来なかったが、忘れられていないようだ。

 

「オウ! ちょっと待てやコラァ!」

 

 そしていきなり絡まれた。

 

「何か用か?」

「てめえ、ヒソカだな? 俺と勝負しやがれ!」

 

 威勢よく挑んできた男の後ろには、同じ革ジャンを着込んだ男たちが十三人。

 7月には見たことがなかった連中だ。

 

「試合はいいが、誰だ?」

「なっ!? 俊哉さんを知らないのか!?」

出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)の俊哉さんだバカ野郎!」

「テメェ舐めてんのかコラァ!」

「……落ち着けや」

 

 後ろのやつらが騒ぎ始め、俊哉と呼ばれた男が宥めた。

 

「7月に一か月間だけ出てきた新顔だろ? この辺りじゃみかけねぇ奴だし、新しく来たならまぁしかたねぇさ。俺らもいなかったしな」

 

 余裕を見せる俊哉が言うには、彼らのチーム、出巣吐露威鎖亞華栖(デストロイサーカス)はこの一帯で幅を利かせている不良集団の一つだそうだ。そしてそのリーダーが俊哉。なんでも俺が以前試合をして倒した中にチームのメンバーがいたらしく、そのお礼参りに来たらしい。

 

「俺が女連れて出かけてるうちに、好き勝手やってくれたみたいじゃねーか」

「合意の上でリングに上がったと思ったんだがね」

「んなこと関係ねえんだよ。俺の気分が悪いからだ。落とし前はきっちりつけさせてやるよ」

「……とりあえず試合の登録をしようか」

 

 ここで理性的な話ができるとは思ってない。

 

 そして試合が始まるが、

 

「チッ! クソッ!」

 

 初日からここは強くなるよりお金を稼ぐ場所になっていたけど、アメリカのシャドウに慣れたからか? それとも人間でもボンズさんやウィリアムさんを見てきたから?

 

 どちらにしても前より相手が弱く見える。

 一応7月に戦ってた不良よりは強いのかもしれない。

 それでもまるで危険を感じない……

 

「うッ!?」

 

 カウンターで腹へ一撃。

 思わず後ろへ下がる体を追ってみぞおちにもう一撃。

 

「ダァ! あっつ!?」

 

 やけになって飛び込もうとする脛を蹴り、ストッピング。

 足を止めさせてから放ったフィンガージャブはクリーンヒット。

 視界を奪い生まれた隙に金的。

 

「!!」

 

 声も出せず、崩れ落ちていく体。

 背後に回り、首に回した腕で正確に首の血管を押さえれば……

 

「タップ! タップだ!」

「ゲホッ! あぅ、おぁあおおぉううぅう……」

「勝者ー! ヒソカー!」

『ウォオオオオオ!!!』

「ありがとよ! 稼げたぜー!」

「俊哉ァ! いつものでかいツラはどこいったんだぁ!?」

 

 相変わらずの賞賛と罵声がリングに降りかかり、次の試合相手も決まったようだ。

 

「敵討ちか?」

「うるせぇ!」

「タダで帰れると思うなよ!」

「別に逃げてもいいぜ?」

「外まで追っていくからな!」

「別に逃げも隠れもしないが……」

 

 物足りない。

 ここでは強くなれない。

 何かが欠けている。

 むなしい。

 

 戦えば戦うほど、そんな思いが強くなっていた。




影虎はテレビの出演以来を受けた!
影虎は苗を手に入れた!
影虎は地下闘技場で戦った!
影虎はむなしくなった!

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