影時間
~タルタロス・5F~
「先輩、何かあったんですか?」
探索中、天田にそう聞かれた。
「……何か変か?」
「なんとなく」
忍者スタイルで顔は見えないはずなのに……
付き合いが短くても意外と分かるものらしい。
周囲に注意を払いながら、昼間の出来事を話す。
「へぇ、そんな事があったんですか」
「軽いなぁ……」
「そう言われても、先輩の事ですから。それに先輩がまたテレビに出ても出なくても、部活に邪魔が入らないなら、僕が関わる事もないでしょ?」
「確かにそれはそうだろうけどさ」
もう少し何かないのか?
「僕は強くなれれば別に。忙しくて色々教えてもらえなくなるならちょっと……とは思いますけど、そうでなければ先輩のしたいようにしたらいいじゃないですか」
「それなんだかな……」
何かおかしい。
ここ最近人前に出る行為に対して積極的になってきた。
そういう機会が訪れるたび、ドッペルゲンガーが騒いでいたのも感じていた。
それが今回に限り消極的な反応をしている。 なんだか戸惑っているような……
もしプロデューサーの依頼を引き受けた場合。
忙しくなるだろうけど、メリットはある。
なんといっても、複数の格闘技の指導を受けられること。
多彩な技には興味があるし、指導者の重要性はつい先日身に染みたばかりだ。
闘技場で強くなることが望めなくなった今、番組は成長できる機会かもしれない。
しかし確実ではないし、時間も取られてしまう。
「どうしたもんか……あ、次の角に残酷のマーヤが二匹。いけるな?」
「はいっ!」
バステと回復のスキルで補助をしながら戦い方を観察し、アドバイスとコーチングで判明する問題点をアナライズによって整理。できる限りわかりやすく、問題点を改善できるよう指導を繰り返した。
……
…………
………………
翌日
9月7日(日)
午前0時10分。
~自室~
コールドマン氏から直接電話がかかってきた。
『やぁタイガー、元気にしているかね?』
「こちらは問題なく。順調すぎて不安になるくらいです」
『それは良かったと言っていいのだろうか……報告は受けているよ。ストレガというチームに注目されていたようだが、その後は何かあったかい?』
「いえ、あれ以来姿も見ていません」
『そうか。提案だが、そのチームを我々の味方として引き込めないか?』
「……話だけなら聞いてもらえると思いますが、彼らは桐条の被害者です。過去に固執しないとは言っていますが、組織に属するかどうかは話してみないとわかりません。たとえそれが桐条グループでなかったとしても」
『勧誘は早計か……しかしその三人は桐条グループに属していない貴重な有識者だ。君からのメールにも書かれていたが、できるだけ敵対は避けるべきだろう。
話が変わるが、こちらでは例の会社設立に向けて動いている。その一環として、情報処理専門の部署を設立している所なんだ。事務所と連絡先はもう用意したから、後で送っておく。もし彼らに聞かれた場合はそれを伝えてくれ。君のブラフにはそこで辻褄を合わせよう』
「ありがとうございます」
『それから明日、日本へサポートチームを送るから、近いうちに代表者と顔合わせをしてもらいたい。彼らの役割は主に連絡要員と、君に“超人プロジェクト”のサービスを提供する事だ。
スポーツ用品の手配はもちろん。君のマネージャーとしての業務も行えるし、マスコミの対応も心得ている。君がまたテレビに出演する場合も手助けをしてくれるだろう』
新しい番組に出演すること、コールドマン氏としては問題ないのだろうか?
『全く問題ないとも。どのみちプロジェクトはいずれ公のものとなるんだ。その前に君の運動能力が世間に広まる、あるいは君が人気を得ていれば、こちらとしても都合のいい宣伝になる。内容的に君なら結果を出すのは可能だろうしね。
しかし強制はしない。君が依頼を断ったとしても、それならそれでちゃんとプロジェクトの宣伝計画を考える。そこは君の自由にしてくれ』
彼も天田と同じことを言っている……
……
…………
………………
お互いの状況確認と情報交換を行い、電話が切られた後。
「自由にしていい、かぁ……」
新番組への出演について、心が決まらない。
何が引っかかっている。
以前ならすぐに断ってたはずなのに、それもできない。
何が気になっているなのか……
「そうだ」
こんな時こそ占いやダウジングを使うときだろう。
振り子が目についたので、ダウジングを使って潜在意識と対話してみる。
振り子が縦に振れれば、“はい”。横に振れれば“いいえ”。
まず俺は番組出演に興味はあるか? ……はい。
格闘技を学ぶことが目的か? ……はい。
……格闘技を学ぶこと
芸能人や有名人になりたいと思っている? ……いいえ。
今のところ結果に違和感はない。
ルサンチマンの制御訓練がしたいのか? ……はい。
制御訓練と格闘技を学ぶことだけが目的が? ……いいえ。
……まだ何かあるようだ。
金……違うらしい。
その後、質問を変えて繰り返すも答えは出てこない。
ただ、強くなることとは全く別の何かがあるようだ。
それは一体何なのか……ヒントが途切れてしまった。
「……ヒント?」
ヒントといえば、イゴールが言っていたっけ。
“ご心配召されるな。あなたは短い旅を終え、前へ進むためのヒントを手に入れられたようだ。それに気づき、自らを信じて一歩を踏み出せるかが鍵……”
“前へ進むためのヒントを手に入れられたようだ”
彼が言いたかったのはこのことなのか?
ならそれは何だ?
それを手に入れたのは?
手に入れたのは、“短い旅を終え”という点から考えてまず間違いなくアメリカ旅行中。
……あの旅行と新番組の共通点は。勉強と訓練?
コールドマン氏の邸宅に限らず、ボンズさんやウィリアムさんたちからも様々な技術を学んだ。
……だから? どうしてそれがヒントにつながる?
考えても考えても、近づいている気がするけれど、答えが見えてこない。
何度振り返っても、騒動以外はただの楽しい旅行の記憶だ。
全ては後々役立てるために始めた事。
生き残るために。少しでも有利になるために。
そんな打算を胸に始めたことだ。
でも、終わってみれば普通に楽しかった。
技術が身についていく事が。できなかった事が、できるようになっていく変化が。
思い返せば楽しくて、いい思い出になった。
機会があればまた……………………?
「もしかして」
俺は、技術を習得したいと思っているのか?
単純にやってみたいと思っているか?
それが足りなかった部分?
下に垂らした振り子が大きく縦に揺れ続ける。
確かに陸上競技を学んだときも、参考になることが多かったし楽しかった。
……だからやりたい……ただそれだけ。
そこに理屈なんてない。
気づいた途端に、また心の中でドッペルゲンガーが騒ぎ始める。
我は汝、汝は我。
ペルソナはもう一人の自分。
つまりペルソナの衝動は、自分自身の衝動にほかならない。
刻一刻と近づいているであろう“死”を回避するには、まだ力をつける必要がある。
遊んでいる暇はない。
でも……
「人生って何だろう……?」
ついこの間、一度死にかけた。
ヘタをすればあの時点で死んでいたかもしれない。
今後も危険は続く。力が必要なのは事実。
だけどそのために、今の日常を犠牲にする事が正しいのか?
忍耐力は必要だが、わざわざ楽しみを捨てる必要はあるのか?
これまで考えなかった疑問が、夏休みの思い出とともに次々と浮かんでは消える。
残ったものは、胸の疼きと気づいた心。
そして、自由にしろと言ってくれた皆の言葉と声。
「……残り少ないかもしれない人生。……少しくらい楽しんだっていいよな?」
影虎は人生の意味に疑問を持った!
影虎は決意した!