人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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192話 悩んだ末に……

 影時間

 

 ~タルタロス・5F~

 

「先輩、何かあったんですか?」

 

 探索中、天田にそう聞かれた。

 

「……何か変か?」

「なんとなく」

 

 忍者スタイルで顔は見えないはずなのに……

 付き合いが短くても意外と分かるものらしい。

 

 周囲に注意を払いながら、昼間の出来事を話す。

 

「へぇ、そんな事があったんですか」

「軽いなぁ……」

「そう言われても、先輩の事ですから。それに先輩がまたテレビに出ても出なくても、部活に邪魔が入らないなら、僕が関わる事もないでしょ?」

「確かにそれはそうだろうけどさ」

 

 もう少し何かないのか?

 

「僕は強くなれれば別に。忙しくて色々教えてもらえなくなるならちょっと……とは思いますけど、そうでなければ先輩のしたいようにしたらいいじゃないですか」

「それなんだかな……」

 

 何かおかしい。

 ここ最近人前に出る行為に対して積極的になってきた。

 そういう機会が訪れるたび、ドッペルゲンガーが騒いでいたのも感じていた。

 それが今回に限り消極的な反応をしている。 なんだか戸惑っているような……

 

 もしプロデューサーの依頼を引き受けた場合。

 忙しくなるだろうけど、メリットはある。

 なんといっても、複数の格闘技の指導を受けられること。

 多彩な技には興味があるし、指導者の重要性はつい先日身に染みたばかりだ。

 闘技場で強くなることが望めなくなった今、番組は成長できる機会かもしれない。

 

 しかし確実ではないし、時間も取られてしまう。

 

「どうしたもんか……あ、次の角に残酷のマーヤが二匹。いけるな?」

「はいっ!」

 

 バステと回復のスキルで補助をしながら戦い方を観察し、アドバイスとコーチングで判明する問題点をアナライズによって整理。できる限りわかりやすく、問題点を改善できるよう指導を繰り返した。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月7日(日)

 

 午前0時10分。

 

 ~自室~

 

 コールドマン氏から直接電話がかかってきた。

 

『やぁタイガー、元気にしているかね?』

「こちらは問題なく。順調すぎて不安になるくらいです」

『それは良かったと言っていいのだろうか……報告は受けているよ。ストレガというチームに注目されていたようだが、その後は何かあったかい?』

「いえ、あれ以来姿も見ていません」

『そうか。提案だが、そのチームを我々の味方として引き込めないか?』

「……話だけなら聞いてもらえると思いますが、彼らは桐条の被害者です。過去に固執しないとは言っていますが、組織に属するかどうかは話してみないとわかりません。たとえそれが桐条グループでなかったとしても」

『勧誘は早計か……しかしその三人は桐条グループに属していない貴重な有識者だ。君からのメールにも書かれていたが、できるだけ敵対は避けるべきだろう。

 話が変わるが、こちらでは例の会社設立に向けて動いている。その一環として、情報処理専門の部署を設立している所なんだ。事務所と連絡先はもう用意したから、後で送っておく。もし彼らに聞かれた場合はそれを伝えてくれ。君のブラフにはそこで辻褄を合わせよう』

「ありがとうございます」

『それから明日、日本へサポートチームを送るから、近いうちに代表者と顔合わせをしてもらいたい。彼らの役割は主に連絡要員と、君に“超人プロジェクト”のサービスを提供する事だ。

 スポーツ用品の手配はもちろん。君のマネージャーとしての業務も行えるし、マスコミの対応も心得ている。君がまたテレビに出演する場合も手助けをしてくれるだろう』

 

 新しい番組に出演すること、コールドマン氏としては問題ないのだろうか?

 

『全く問題ないとも。どのみちプロジェクトはいずれ公のものとなるんだ。その前に君の運動能力が世間に広まる、あるいは君が人気を得ていれば、こちらとしても都合のいい宣伝になる。内容的に君なら結果を出すのは可能だろうしね。

 しかし強制はしない。君が依頼を断ったとしても、それならそれでちゃんとプロジェクトの宣伝計画を考える。そこは君の自由にしてくれ』

 

 彼も天田と同じことを言っている……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 お互いの状況確認と情報交換を行い、電話が切られた後。

 

「自由にしていい、かぁ……」

 

 新番組への出演について、心が決まらない。

 何が引っかかっている。

 以前ならすぐに断ってたはずなのに、それもできない。

 何が気になっているなのか……

 

「そうだ」

 

 こんな時こそ占いやダウジングを使うときだろう。

 振り子が目についたので、ダウジングを使って潜在意識と対話してみる。

 

 振り子が縦に振れれば、“はい”。横に振れれば“いいえ”。

 

 まず俺は番組出演に興味はあるか? ……はい。

 格闘技を学ぶことが目的か? ……はい。

 ……格闘技を学ぶことだけ(・・)が目的か? …………いいえ。

 芸能人や有名人になりたいと思っている? ……いいえ。

 

 今のところ結果に違和感はない。

 

 ルサンチマンの制御訓練がしたいのか? ……はい。

 制御訓練と格闘技を学ぶことだけが目的が? ……いいえ。

 

 ……まだ何かあるようだ。

 

 金……違うらしい。

 

 その後、質問を変えて繰り返すも答えは出てこない。

 ただ、強くなることとは全く別の何かがあるようだ。

 それは一体何なのか……ヒントが途切れてしまった。

 

「……ヒント?」

 

 ヒントといえば、イゴールが言っていたっけ。

 

 “ご心配召されるな。あなたは短い旅を終え、前へ進むためのヒントを手に入れられたようだ。それに気づき、自らを信じて一歩を踏み出せるかが鍵……”

 

 “前へ進むためのヒントを手に入れられたようだ”

 

 彼が言いたかったのはこのことなのか?

 ならそれは何だ?

 それを手に入れたのは?

 

 手に入れたのは、“短い旅を終え”という点から考えてまず間違いなくアメリカ旅行中。

 ……あの旅行と新番組の共通点は。勉強と訓練?

 コールドマン氏の邸宅に限らず、ボンズさんやウィリアムさんたちからも様々な技術を学んだ。

 

 ……だから? どうしてそれがヒントにつながる?

 考えても考えても、近づいている気がするけれど、答えが見えてこない。

 何度振り返っても、騒動以外はただの楽しい旅行の記憶だ。

 

 全ては後々役立てるために始めた事。

 生き残るために。少しでも有利になるために。

 そんな打算を胸に始めたことだ。

 

 でも、終わってみれば普通に楽しかった。

 技術が身についていく事が。できなかった事が、できるようになっていく変化が。

 思い返せば楽しくて、いい思い出になった。

 機会があればまた……………………?

 

「もしかして」

 

 俺は、技術を習得したいと思っているのか?

 単純にやってみたいと思っているか?

 それが足りなかった部分?

 

 下に垂らした振り子が大きく縦に揺れ続ける。

 

 確かに陸上競技を学んだときも、参考になることが多かったし楽しかった。

 ……だからやりたい……ただそれだけ。

 そこに理屈なんてない。

 

 気づいた途端に、また心の中でドッペルゲンガーが騒ぎ始める。

 

 

 我は汝、汝は我。

 ペルソナはもう一人の自分。

 つまりペルソナの衝動は、自分自身の衝動にほかならない。

 

 刻一刻と近づいているであろう“死”を回避するには、まだ力をつける必要がある。

 遊んでいる暇はない。

 

 でも……

 

「人生って何だろう……?」

 

 ついこの間、一度死にかけた。

 ヘタをすればあの時点で死んでいたかもしれない。

 今後も危険は続く。力が必要なのは事実。

 

 だけどそのために、今の日常を犠牲にする事が正しいのか?

 忍耐力は必要だが、わざわざ楽しみを捨てる必要はあるのか?

 これまで考えなかった疑問が、夏休みの思い出とともに次々と浮かんでは消える。

 

 残ったものは、胸の疼きと気づいた心。

 そして、自由にしろと言ってくれた皆の言葉と声。

 

「……残り少ないかもしれない人生。……少しくらい楽しんだっていいよな?」




影虎は人生の意味に疑問を持った!
影虎は決意した!

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