人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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今回は五話を一度に投稿しました。
前回の続きは四つ前からです。


194話 油断大敵

 翌日

 

 9月8日(月)

 

 朝

 

 ~教室~

 

「おはよう佐藤さん。これ、先週話してた資料ね」

 

 過去の出し物リスト。

 それぞれの出し物に必要な準備と、準備に必要な時間・金額。

 問題点。

 

 以上3点をまとめた書類の束を佐藤さんに預ける。

 

「うっそ、こんなに?」

「生徒会に残っていた記録が思ったより多くて。目次をつけてあるから、読むときはそこを参考にして。実行委員、頑張ってね!」

「ありがとう! がんばるよ」

 

 しっかりと目に見える成果を出したことで、佐藤さんもやる気になったようだ!

 あとは……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~生徒会室~

 

「おはようございます……」

 

 生徒会室に顔を出すと、そこにいた役員全員の顔が暗い。

 

「葉隠君」

「おはよう」

 

 会計の久住先輩と書記の久保田先輩が挨拶を返してくれたが、声が弱弱しい。

 

「どうなさったんですか? 桐条先輩」

 

 何かあったのだろうか?

 思い当たることといえば、今日は週間“鶴亀”の発売日。

 本屋を覗いて見たが、すでに売り切れで買えなかった。

 まさかその中におかしな記事が?

 

 と、考えたが、先輩からの返事はまったくの予想外。

 

「……会長が、事故に遭われたそうだ」

「事故!?」

「ああ、とある引越し業者が積み下ろしの際に荷崩れを起こし、たまたま通りかかった会長が巻き込まれ、病院に運ばれたらしい。先ほど現場を目撃した生徒から連絡が入った」

 

 なるほど……無事なのだろうか?

 その質問に誰も答えられず、沈黙が流れた直後。

 それを切り裂く携帯の着信音が副会長の懐から鳴り響いた。

 

「もしもし……清流か!?」

『!?』

 

 注目が集まる。

 

「……そうか。皆、清流は無事らしい」

『皆ごめんねー! 全然元気だよー!』

 

 副会長がスピーカーフォンのスイッチを入れたようで、会長の元気そうな声が響く。

 

「よかったぁ!」

「脅かさないでよ会長!」

『その声は、久保田くんと久住? ごめんごめん。ちょっと足を怪我しただけだから命に別状はないよ! でもその時に携帯が壊れちゃってさ~連絡もできないし、もう最悪!』

「とにかく、ご無事で何よりでした」

『あ、今の美鶴?』

「はい、会長」

『丁度よかった。悪いんだけど、仕事ちょっと変わってもらえるかな? 怪我はそうでもないんだけど、事故について警察が事情聴取に来てるんだよね。それに念のため検査もって話になっててさ、ちょっと今日は学校行けそうにないや』

「承知いたしました」

『ごめんね。あとそこに葉隠君いるかな?』

「はい、会長」

『葉隠君、君を生徒会“広報”に任命します!』

 

 ……はい?

 

「どういうことでしょう?」

『いや、なんとなくノリで』

「切るぞ清流」

『待った待った! これからするお願いに関係はあるから! ほら、私が今日学校行けないからさ、朝礼で読み上げるはずだったスピーチ、葉隠君に代役頼みたいんだよ』

「なら最初からそう言え、まったく……」

『ゴメンゴメン、でどうかな? 引き受けてくれる?』

 

 俺は構わないが、俺でいいのだろうか?

 副会長に桐条先輩、他の先輩方もいるのに。

 

『久保田君と久住はそういうの苦手だから。武将と美鶴はできなくはないけど、他の仕事を多めに回した方が全体的に捗ると思うんだよね』

 

 なるほど。

 確かに俺は生徒会役員として新参者。

 効率を考えると生徒会の勝手をよく知る二人に仕事を任せたいと。

 

『こないだの演説見た限り、人前は大丈夫でしょ? お願い!』

「わかりました。引き受けますから、会長はゆっくり休んでください」

『ありがとう! 原稿は生徒会室にあるから。武将に出してもらって。内容はそのままでも、適当に変えてもいいから!』

「葉隠、これが原稿だ」

 

 朝礼でまた壇上に立つことになった。

 内容はいくつかの注意事項と、アンケート結果の公表か。

 皆のモチベーションが上がるように頑張ろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 1時間目 HR

 

 ~教室~

 

 2回目の出し物会議。

 

「絶対に喫茶店だって!」

「いやいやここはお好み焼きだろ!」

「飲食店経営はまとめていいんじゃないか? それよりめったにない機会なんだから演劇を」

 

 前回とは打って変わって、活発に意見交換が行われている。

 教室内に満ちるオーラは真っ赤に、みんなが発する熱気と合わせて、燃えているように感じる。

 原因は今朝の演説。

 朝礼で壇上に登り、会長から任された役割を俺なりに全力を出した。

 その後クラスに戻ってきたら、こうなっていた。

 

 細かく思い返すと……

 まず連絡事項を通達した後、最後にアンケート結果を発表。

 その際少し盛り上げるつもりで、やる気を減退させる原因となる将来や進学を話題にした。

 今後の人生を左右する重大な問題だろう。

 今のうちから準備をしておくことは大切だろう。

 理解を示した上で、自分のことを話した。

 

 自分は体を鍛えるばかりで、他は全く無頓着であったこと。

 漢検、数検、英検。進学や就職で有利になる資格など、一つたりとも持っていないこと。

 取ろうとしたこともないこと。将来も決まっていないこと。

 今はもてはやされているが、本当はそれほど立派な人間ではないこと。

 

 これにより大半の生徒たちに親近感を感じさせられたようだ。

 

 そこから死にかけた後の考え方の変化として、昨夜の決心を少しだけ話す。

 テレビ出演と言う具体的な話は省いて、残りの人生で何を行うかという話題にすり替えた。

 何かに真剣に取り組んだ経験は、将来の面接でも話題にできるなど利点もさらりと含めて。

 そして最終的に文化祭を頑張ろう! という話にまとめあげ、熱意を込めて訴えた。

 

 結果として、演説自体は大成功。講堂中の生徒から立ち上るオーラが赤く染まり、壇上から降りる時には拍手と一部生徒の雄叫びが上がっていた。

 

 だが……この時点で気づくべきだった。

 

 教室に向かう途中の廊下では、文化祭について話す声が至る所から聞こえる。

 クラスではホームルームが始まる前から意見交換が始まっていた。

 さらに前回消極的だった水島が積極的に出た意見を板書していた。

 とにかくクラス全員が熱意を持って、文化祭へ向けて動いていた。

 

 最初はそれを見て、演説でやる気を出せたのだと喜べたけど……

 

「投票の結果が出ました!」

「今度の文化祭で、うちのクラスは“演劇”をやります!」

『ウォォォオ!!!』

『あー……』

「よっしゃ! やってやるぜ!」

「負けちゃったかー、でもまあ仕方ないよね!」

 

 皆がやる気になったのはいいけれど、今度はテンションが上がりすぎて暴走してしまっている……!

 

「演劇は準備に時間がかかる」

「そうだよね! 葉隠君の言う通り! 準備が大変だけどみんなでやれば大丈夫だよね! 早速役割分担決めなきゃ!」

「それより先に台本だろ!」

 

 演劇は俺が調べた中でも準備に時間がかかる出し物だ。

 練習期間もプロで(・・・)一か月ぐらい取るのが普通らしい。

 だが月光館学園に演劇部はなく、クラスメイトは全員素人。

 なのに衣装や小道具まで用意して形にするまで2週間というのはかなり短いと言える。

 だから資料には難しくあまりおすすめしないと書いておいたのだが……

 

 今ならあの時エリザベータさんが不機嫌になった理由が少し分かる気がした。

 

「おーい……」

 

 皆が勢いに任せて突っ走っている。

 

 演説としては大成功。

 ただしその後は制御不能。

 “能力は強力だけど制御不能”。

 まるっきりルサンチマンを使った時のような結果になった……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼休み

 

 ~生徒会室~

 

「お疲れ様です。新聞部から、アンケート結果の掲載は快諾いただけました。サンプルを明日までに用意するそうです」

「わかった。次はこの内容を分類してまとめてくれ」

 

 副会長から様々な紙の束を渡された。

 

「何ですかこの統一性のない、書類?」

「各クラスからの要望書、あるいは質問だ。葉隠の演説を聞いてやる気を出したんだろう。どこもかしこも、急に色々と試行錯誤をしたがっているらしい」

「こんな風にできないか? こういう事はしてもいいのか? そういう質問が多すぎてな。……ここまで葉隠にアジテーターとしての才能があったとは思わなかったよ」

 

 桐条先輩が乾いた笑いを浮かべている……

 

「重ね重ね申し訳ない。自分でもここまで一変するとは」

「生徒が前向きになったことはいいことだ。……しかし、悪いと思うなら一つ相談に乗ってもらってもいいだろうか? 仕事をしながらで構わない」

「何かあったんですか?」

 

 お言葉に甘えて書類に目を通しながら話を聞く。

 

「……今朝のホームルームでな。私のクラスではカラオケ大会を開くという話が出たんだ」

「文化祭でカラオケ大会。それまた、何と言うか斬新ですね」

「ああ、確かに斬新な提案だった。それが面白いということになって、喫茶店を希望していた生徒と協力して“カラオケ喫茶”という出し物になっている。基本は普通の喫茶店だが、接客時間の担当者が得意曲を披露するらしい」

「……そういえば先輩、カラオケはあまり行かないんですよね」

 

 前に一度、一緒にカラオケをした時に言っていた。しかし歌がヘタというわけではなかったし、あの時歌っていた歌を歌えばいいんじゃないだろうか?

 

「それが接客を担当する時間を考えると、交代しても一曲やニ曲では足りない」

 

 さらに桐条先輩の歌は特に期待されていた。当然のように是非メインにという話になってしまい、あまり過度な期待をされても困るため、先輩は正直にカラオケが得意でないと話したらしい。

 

 そうしたら、

 

「この機会に普段歌わない歌を歌ってみたらどうかと言われてな……アイドルソング? なるジャンルの歌を練習して歌うことになってしまった……」

 

 ……桐条先輩がアイドルソング?

 話を聞いた誰もが同じ事を思ったようだ。

 生徒会室で仕事をしている全員の動きが止まり、視線が集まる。

 

「……何だその反応は、先輩方まで」

「すみません。少々イメージと誤差が生じました。先輩は歌うならアイドルよりも、凛とした歌手のようなイメージだったので」

「素直に似合わないと言って構わないぞ。先ほど明彦にも話したら、驚愕してから大笑いしていたからな」

 

 あの脳筋め……でもそれにしては、先輩はあまり忌避感がなさそうに見える。

 

「忌避感がないという以前に、アイドルソングがどんな歌かわからない。普通の歌ではないのか? 何が違うのか? そこから分からないので判断しようがない」

「クラスの方から課題曲が出たりは」

「なかった。私の好きな曲を選べばいいとだけ。あまり期待を押し付けないように配慮してくれたようだ」

 

 アイドルソングを歌うように押し付けておいて、無責任じゃない……?

 

「確かにそうとれなくもないが、私はあまり気にしていない。いつもは遠慮されがちで、どこか私の手を煩わせないようにする生徒もいた。だが今朝は演説でみんな舞い上がっていたんだろう。私の家のことを忘れて、クラスメイトの一員として普通に接してもらえた気がしたよ」

 

 どうやらそれは先輩的に嬉しかったらしい。

 

「安請け合いをした自覚はある。反省もしている。だから早めに挽回したい」

「そう言われても……とりあえずこの辺りのアイドルの曲を聞いてみたらいかがでしょうか?」

 

 普通にしていれば耳に入る程度に有名なアイドルユニットの名前をリストアップ。

 それを書き出したメモを先輩に渡しておく。

 先輩は満足げな顔で受け取っていたが……中には結構ぶっ飛んだ歌もある。

 果たして先輩は何を歌うのか。

 

 ……アイドルといえば久慈川さんは元気だろうか?




影虎は資料を提出した!
海土泊会長が事故に遭った!
影虎は朝礼でスピーチをした!
全校生徒のやる気が“急激に”上がった!
影虎はコントロールに失敗した!
クラスの出し物が演劇(スケジュール的に高難易度)に決定した!
生徒会への質問が急増した!
影虎の仕事が増えてきた!
桐条はアイドルソングを歌うことになったようだ……


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