人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

199 / 336
198話 大鍋

 ~Be Blue V~

 

 土曜は倉庫掃除の日。

 先日倉庫整理を行ったので、ほとんど汚れてはいない。

 ……かと思いきや、短期間でも結構汚れている。

 

 在庫の搬入搬出の際に汚れるのか、それともこの倉庫内にあるいわくつきの品々のせいか。

 余計なことを考えられる余裕を持ちながら、召喚したシャドウに指示を出す。

 

 ……ん?

 

 掃除のために脇に寄せた箱の蓋が開いている。

 中を覗くと、見覚えのある鏡が入っていた。

 

「この鏡……」

 

 記憶がよみがえる。

 まだここで働き始めて間もない頃に引っかかった腹立たしい鏡だ。

 

「!」

 

 認識されるのを待っていたかのように、鏡から魔力が漏れ出す。

 鏡に。そこに映る自分に。不思議と目が引かれそうになる……

 

 が、しかし。

 

「もう効かないよ」

 

 鏡を戻して箱を閉じる。

 前回の結果からそんな感じだろうと思っていたが、今回の感触で確信した。

 あの鏡は間違いなく魅了系のやつだ。

 

 訓練を積み、この環境に慣れ、アンジェリーナちゃんの歌を聴き続けたからだろう。

 鏡の誘惑はもはや弱く感じるっ!?

 

 ……この感覚、久しぶりな気がする。

 

 スキル“魅了耐性”を習得した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~ダンススタジオ~

 

「ここでフィニッシュ!! これが課題の振り付けよッ!」

 

 ダンスの課題となる振り付けが発表された。

 使用される曲は穏やかな雰囲気のポップ。

 だけどダンスは全体的に軽快で、小刻みなステップが多い。

 曲の緩急に合わせて動きも変化する。ターンやジャンプも要求される。

 スタミナとバランス感覚が要求されそうだが……動きは記憶できた。

 

 周辺把握とアナライズのコンボが効果を発揮してくれている。

 さらにアドバイスとコーチングによる注意点の割り出しも完了。

 あとは自分の動きを対応させる。つまり練習あるのみだ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~自室~

 

「送信、っと」

 

 以前交換していた久慈川さんの連絡先に、メールを送ってみた。

 返事は返ってくるだろうか……

 

「?」

 

 携帯が鳴り始めた。

 こんな時間に誰かと思えば、久慈川さんの番号だ!

 

「もしもし、久慈川さん?」

『葉隠先輩、だよね?』

 

 間違っていないと答えると、

 

『やっと連絡きた~! ……無事とは聞いたけど、連絡はぜんぜんこないんだもん。心配したよ!』

 

 怒られた。

 けど、彼女も心配してくれていたようだ。

 ひたすら謝る。

 

『……まぁ、先輩も忙しかったんだよね。ニュースとか出てるし、ネットでは話題になってるし。仕方ないか……ところで何の用だっけ?』

 

 俺が送ったメールの直後に電話がかかってきたから、メール関係のことじゃないだろうか?

 

『あ、そうそう! 文化祭で使えるアイドルソングだったよね。それなら……』

 

 久慈川さんからあまり有名でないが、清楚なアイドルソングの情報を貰った!

 

 さらに彼女は最後に驚くべき内容を語る。

 

「え!? 久慈川さん、デビューしたの!?」

『8月の末にね。先輩には占いで励ましてもらったし、デビューとお披露目ライブの連絡しようと思ったのに~』

「おめでとう!」

『ありがとう。でもデビューしたてだから、知名度なんて無いも同然だけど』

「アイドルは下積みが辛いって聞くしな……」

 

 実際その通りで、彼女はデビューしたものの仕事が無いらしい。

 

『でね? その時……』

 

 もうしばらく話を聞く事になりそうだ……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス~

 

 素材集めと天田の戦闘訓練を行った!

 脱出の際にカエレルダイコンを利用したが、二人でも問題なく帰還することができた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月14日(日)

 

 朝

 

 ~男子寮~

 

「またガーデニング用品が届いてたよ」

「ありがとうございます! すぐ取りに行きます!」

 

 朝食後、寮の職員の方から声をかけられた。

 どうやら先日頼んだ苗が届いたようだ!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼前

 

 ~部室~

 

「……何この匂い……」

 

 届いた苗を持ってきたら、部室に暴力的な香りが満ちていた。

 悪臭や刺激臭ではなく、美味しそうな香り。腹が減って仕方がない。

 この時間には少々辛い匂いだ。

 

 厨房にいるのは山岸さんとE組の女子か? 江戸川先生もいるようだけど……

 

「お疲れー」

「あっ、葉隠君!」

「何を作って……」

 

 厨房に顔を出すと、怪しげな薬を作る魔女さながらに、江戸川先生が一心不乱に大鍋をかき混ぜていた。山岸さんたちはその姿をただただ見つめている。

 

「……おや、影虎君じゃないですか。丁度いいところにきましたねぇ。少し作りすぎたので、食べませんか?」

「何ですか? その中身。良い匂いなのはわかりますが」

「私の“特製薬膳カレー”ですよ。スパイスの調合がとても面倒で滅多に作る気がしないのですが、彼女たちの頑張りに触発されてしまいましてねぇ……」

 

 あの中身はカレーか!

 市販のカレーの匂いとはかけ離れていて分からなかった。

 

「1杯お願いします」

『食べるの!?』

「ヒヒッ。君ならそう言ってくれると思っていました」

「あ、じゃあご飯よそうね」

 

 こいつ正気か!? と言いたげなE組女子集団。

 それを横目に、山岸さんがマイペースに気をまわす。

 程なくして大皿に盛られたカレーが運ばれてきたのだが……黒い。とにかく黒い。

 黒カレーも世間には存在しているし、専門店で販売されている品を食べた事もある。

 ただ、このカレー俺の人生の中で最も黒いカレー。

 底が見えないほど深い穴のような色合いは、もはや“闇”。

 

「葉隠君、食べるの……?」

 

 俺の身を案じる木村さんへ、スプーンを手に取ることで返答。

 そして掬いあげた一匙分を口へ運ぶ。

 

「!!」

 

 これは……

 

「葉隠君?」

「……うまい!!」

『!?』

 

 口の中に広がる香り。そして素材の味。

 そのひとつひとつの旨味がしっかりと感じられる。

 野菜、肉、香辛料、そのせいで最初はバラバラかと思った。

 しかし次から次へと、瞬時に何度も旨味が襲ってくる。

 繰り返されるその流れが、一つの味として感じられる。

 混沌としている。でも、だからこそ癖になる!

 

 動き出した手が止まらない!

 

「そんなに美味しいの?」

「あっ、本当に美味しい!」

「って山岸さんも食べてる!?」

「ヒヒヒ……皆さんもどうぞ。まだまだたくさんありますよ」

「じゃ……じゃあ私も一つ」

「葉隠君も山岸さんも大丈夫そうだしね」

 

 俺についで山岸さんが。さらに木村さん達も食べるようだ。結果は……

 

『何これウマッ!?』

 

 どうやら好評のようだ。

 

「慌てなくても大丈夫ですよ。見ての通り、この大鍋一杯分ありますからねぇ。むしろ私たちだけで食べきれるかどうか……」

「それならあと5人ぐらい呼んでも大丈夫ですか?」

 

 今日も生徒会室では桐条先輩たちが仕事をしているはずだ。

 時間的に昼食にちょうどいいだろう。

 

「ナイスアイデアです。それでは私は食卓を準備しましょうかね。勉強会に使った机と椅子があったはずですし」

 

 厨房から出て行く先生を見送って、俺は電話をかけることにした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「ご馳走様でした」

「美味しかった~」

「江戸川先生が料理上手だったとはな」

「皆さん、食後にお茶やコーヒーはいかがですか?」

 

 生徒会の先輩方も合流して、一緒に昼食をとった。

 先生の作った黒カレーは桐条先輩たちの口にも合ったようだ。

 さらに江戸川先生は先ほどから木村さんたちに協力を求められていた。

 それも納得の美味さだったと思う。

 

「あ、そうだ桐条先輩。先日ご相談いただいた件ですが」

「何か進展があったか?」

「はいマイナーですが、清純さを売りにしていたアイドルの楽曲をいくつか紹介してもらいました。これがリストです」

「ありがとう。……どれも聞いた覚えが無いな」

「デビューから引退までが短かったり、そもそも売れなかったり。本当に知る人ぞ知るアイドルらしいですよ」

 

 勉強熱心な新人アイドルだからこそ知っていたような、超マイナーなアイドルの楽曲だ。当然と言えば当然である。

 

 そう伝えると、先輩の横でコーヒーを飲んでいた海土泊会長が疑問を口にする。

 

「葉隠君、アイドルに知り合いがいるの?」

「例の番組を撮影したTV局で知り合ったんですよ。デビュー前の勉強に撮影を見学に来ていて。その後バイト先に占いをしに来てくれたりもしたので。それがどうかしましたか?」

「実は文化祭のステージに、アイドルを呼べないかっていう提案があってね。先生方の判断待ちだったんだけど、今朝許可が下りたの。ただ時間もツテもないから実現は難しいって話だったんだけど……もしよければ少し相談させてもらえないかな?」

「……できることはできますが、俺の知り合いは新人のアイドルです。有名じゃないですし、出演を勝手に決められる立場ではありません。結局は事務所を通す事になると思いますよ?」

「それならそれで全然オッケーだよ。一番欲しいのは切り込み口だからね」

「期日まで一週間もない段階で出演依頼をする、というのは常識的に考えて遅いだろう。紹介があるだけで気は楽になる」

「というかそもそも、良くそんな急な話で許可が出ましたね」

 

 時間的に無理だから適当に許可を出したとか?

 

「まさか~、ってか、原因の君がそれ言っちゃうの?」

「俺が原因……?」

「葉隠。先日の演説は生徒だけでなく、先生方も聴いていたんだぞ?」

 

 ……え? まさか、

 

「先生方までやる気になってる、とか?」

「程度の差はあるがな。そうでなければ急遽授業計画を調整して準備時間を捻出して貰うことも難しかっただろう」

「青春とかそういう話が好きな、体育の青山先生。単純に楽しそうな事が好きな鳥海先生。生徒を落ち着かせることを諦めて、生徒の味方としてこの流れには乗っておくことに決めたっぽい江古田先生。この三人を中心に、先生方や理事会も協力的なんだよ」

 

 知らなかった……

 

「たった一回の演説でよくそこまで心を掴んだもんだよねぇ」

 

 会長はニヤニヤしている。

 

「ということで、明日の朝礼でも演説よろしくね」

「明日もですか」

「この際だから、文化祭が終わるまでは広報担当を葉隠君に任せるよ。もうどんどん盛り上げていいから。途中で熱意を失って失速していくのが今一番怖いからね!」

 

 会長もそうなのか……

 

「わかりました。アンケート結果をまた取り上げましょう。今朝回収して集計しましたが、生徒の熱意が伝わっているみたいで近隣の期待値も上がっているようですし」

 

 明日のスピーチを引き受けた!


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。