~駐車場~
食事の後。
近藤さんとハンナさんが帰るついでに、車で送ってもらえることになった。
ハンナさんに促され、俺は後部座席へ。彼女も後に続く。
さらに運転席に乗り込んだ近藤さん。彼は何気なく口にする。
「あのプロデューサーは思い切った決断ができる方ですね」
「確かに。柔軟と言うか、自由ですよね」
「ええ。自分の目で見たこと感じたことを信じ、熱意を持って行動に移せることは素直に評価できます。やや気持ちが先走る傾向があるように見えるので、周囲は大変かもしれませんがね」
そんなことを話していると、今度は久慈川さんの話題になった。
「葉隠様は、彼女が気になっているのですか?」
「気になっていないと言えば嘘になりますね。彼女も将来的にペルソナ使いになる人ですから」
「……彼女もですか?」
「時期的にはだいたい2年後。彼女が高校生になる頃なんですが、その時には人気アイドルになってるんですよ、彼女。でもその仕事で演技をしているうちに自分を見失ってしまい、本当の自分は何かに悩むようになります。
その結果としてアイドルとしての仕事を休業してしまい、とある街に移住して高校生活を送るのですが……そこでシャドウ関連の事件に巻き込まれ、ペルソナに覚醒します」
そういえば、3に登場するキャラクターの情報しか彼らには提供していなかったかもしれない。
「すみません。目先のことばかりで、そっちの話を忘れていたかもしれません」
「2年後ですからね……彼女については後ほど情報提供をお願いします。我々は来年以降も研究と対応策を続けていきますので。願わくばその時もお力添えをいただけるように、我々も微力ながら協力させていただきます」
「ありがとうございます」
そうだ、この際だからいくつか聞いてみよう。
「お二人とも、久慈川さんのマネージャー。井上さんをどう見ましたか?」
「私は真面目そうな方だと思いましたが。ご自身の仕事に熱意を感じられましたし」
「私もハンナと同意見ですね。熱意があり、おそらく実力もあると思います。ただしまだ若い。失敗することもあるでしょう。先ほど久慈川様が休業するとおっしゃいましたが、彼の対応が原因ですか?」
「それだけとは言いませんが、メンタルケアが不十分なんじゃないかと昔から思っていました。未来のことですが」
彼女の未来の言葉とマネージャーの行動について、俺が考えも合わせて説明すると、
「今より未来に起こる出来事を、今よりもずっと昔から考えていた……なんとも不思議な悩みですね」
近藤さんは軽く笑って、真剣な表情になる。
「葉隠様は介入することをお望みですか?」
「今のところはそこまで考えていません。ただ偶然にも彼女と知り合って、話してみたらいい子でしたから、元気で活動を続けて、幸せになってもらいたいとは思います」
そこで考えてしまう。
まず、俺が介入することで悩みは解決するのか?
もし解決できたとして、その場合4の原作はどうなるのか?
「休業は仕事面ではマイナス。しかしその代わり、彼女はかけがえのない仲間を得ます。そしてその協力を得て悩みも解決します。だから下手に手を出さない方がいいのかな……とも思うんですよね」
「未来を知っていれば知っているで、新たに悩みが生まれるのですね」
ハンナさんがしみじみと呟く中、
「……そういうことであれば、休業のリスクを減らす方向で話を進められるよう助言すればいかがでしょうか?」
近藤さんの提案。どういうことだろう?
「お話を聞いた限り、急な話だとしても記者会見のやり方が悪かったと思います。体調不良や精神病を疑われるような状態で強引に終わらせるのではなく、最初から別の理由……高校生という年齢ですし、受験対策、将来を考えるための一時休業などとしておけば、騒ぎを余計に大きくすることもないでしょう」
「確かに」
「その頃の本人は復帰するつもりもなく、可能性を完全に断ちたいのかもしれませんが、事前に関係各所に通達して休業する方が周囲にとっても悪影響が少なく済みます。社会人の責任という点で、辞めるにも正当な手順を踏むのは大切です」
もっともな意見だ。
加えて近藤さんは、休養がリスクやマイナスという点が理解しがたいと言った。
「例えば日本人はよく“1時間しか寝てない”“食事をする時間がなかった”などと話しますね?」
「よく聞きますね」
「日本人は勤勉で忙しく働き続けることが美徳かもしれませんが、睡眠や食事は個人が発揮できるパフォーマンスに大きく影響しますし、アメリカでは忙しくとも休養は十分に取ろうと考える人が日本よりも多いと思います。
ですから必要な時間を取れていないと言われると、自己管理能力や仕事のマネジメント能力が欠如している、と思ってしまいますね。日本人は勤勉で働き続けることが美徳だというのはわかっていますが、私には彼らが能力不足を自ら吹聴しているように見えてしまうのです」
なるほど……
「その辺りをうまく言い含めておくことができれば」
「今後の関係次第では十分に可能かと。しっかりと準備をした上でのことであれば、問題は起きても最小限にとどめられるでしょう」
「ありがとうございます。では素直に応援しつつ、将来のために布石を打っておく方針で行動します」
近藤さんのアドバイスのおかげで、久慈川さんに対する方針が決まった!
「では次に、理事長に関しては」
「そうですね……今日の印象は、まるで人体実験をするような人間には見えませんでした。それだけうまく善人の皮をかぶっている……要注意ですね。まだ本人の調査は控えていますが、より慎重を期した方が良さそうです」
近藤さんにもよくわからなかったか。仕方がない。焦りは禁物。
「当分は今やるべきことに集中することにします」
「文化祭とテレビの件ですね。……そういえば葉隠様、別れ際に目高様から何か言われていませんでしたか?」
別れ際というと、あれか。
「テレビ局での撮影について少し。日時はまだ決まってないそうですが、一緒に撮影する受講生の情報を聞きました」
なんでも初回は特別に2時間スペシャルで、俺を含めて男女二人ずつ、合計四人の映像を流すらしい。しかも初回の男子は俺と同じ、以前の番組にも出演していたBunny's事務所の“光明院光”だそうだ。
あのものすごい目で睨みつけてきた彼も良い結果を出していたので、採用したとのこと。
事務所には入ってないけど、ちょっと不安要素が出てきた。
「女子の二人は最近流行りのアイドルグループ“IDOL23”のメンバーらしいです」
大人数のグループなので名前を聞いても誰だか分からず、あの場は話を合わせておいた。
あとで調べておかなきゃ……
「でしたら我々にお任せください。共演者の情報をまとめた資料を用意いたします」
ハンナさんが申し出てくれたが、良いのだろうか?
「ご遠慮なく。TV出演関連ですのでサポートの範囲内です」
「ありがたいです。あ、ついでと言っては何ですが、この作品の元になった書籍って分かりますか?」
文化祭用の演劇の台本を取り出して見せる。
役作りのためにもしあれば助かる。
「かしこまりました、こちらも調べておきます」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
サポートチームに情報収集を依頼した!
しかし頼めばどこまでも引き受けてくれそうで、いまいちサポートの範囲が分からない……
……
…………
………………
夜
~ダンススタジオ~
「おはようございます!」
『おはざーす』
「おはようございます! 葉隠先輩!」
「!」
撮影のためスタジオに顔を出すと、久慈川さんと井上さんが来ていた。
しかも久慈川さんはジャージ姿。
「ここにいて、その格好ということは?」
「久慈川りせ、今日から先輩と一緒に頑張ります!」
「葉隠君、共演者として、うちのりせをよろしくお願いします」
“共演者として”
釘を刺しに来たように聞こえたけど、無意識かな? オーラは緊張している色だ。
いきなりデビューしたての担当アイドルがTVデビュー。
彼も不安があるのだろう。
「もちろんです。共演者として、できるだけの事をさせていただきます」
会話はそこそこに、俺も準備を始めなきゃ。
……
…………
………………
「ここのスタジオはこの時間帯だけ借りてるらしくて、毎日1からカメラを設置したり、撮影準備をしてる。だから自主練とかは邪魔になっちゃうから、俺の場合は寮の部屋でこっそりやってるよ。まだ人目につくわけにはいかないし」
「りせちゃんは事務所にスタジオがあるんでしょ? そっちでやった方が落ち着いてやれるんじゃなぁい?」
「事務所のスタジオは候補生とか、他のアイドルも使うから予約制なんです。だから自由に使えなくて……」
「そうなるとやっぱり短い練習時間に集中して、効率を上げるしかないかな……時間はないけど頑張ろう」
「そうだね、先輩。よろしくお願いします、アレクサンドラさん」
「おまかせなさい! 貴方たちが頑張るなら、私も全力でお手伝いしてあげるわぁん」
久慈川さんの緊張を抑えるため、説明を兼ねた雑談。
さらにリハーサルを経て、本番が始まった。
「はぁ~い! 皆さまこんばんは、講師のアレクサンドラよぉ~」
「そして受講生の葉隠影虎です。普段はいきなり練習に入ってしまうのです、が!」
「今日はちょっとだけお知らせがあるのよね?」
「はい。この映像を撮っているのは9月15日。そして与えられた練習期間が9月19日までなんですが……実は私が通っている学校の、文化祭準備期間とまるまる被っているんです」
「だから葉隠君、午前中に文化祭の準備をして夜にダンスの練習してるのよね。もう忙しそう~……あ、続けて?」
「はい。そして文化祭の開催日が9月20日、練習最終日の翌日ということで……なんと練習の成果を、文化祭のステージで大々的に発表することが決まりました!」
「キャー! 責任重大ー!」
アレクサンドラさん、微妙に嫌な合いの手だ……
「昨日プロデューサーから聞いて、もういろんなところからプレッシャーがかけられてます。一番はこの隣にいる派手な人なんですけども」
「私のはプレッシャーじゃなくてエールよッ!」
「ということで、これからも練習頑張っていきたいと思います」
続けて番組の参加者が増えることを伝える。
「では、早速登場していただきましょう! どうぞ!!」
アレクサンドラさんの時と同じく、室内のライトが踊り始めた。
違いはあの時のような怪しげな色とりどりのライトではない事。
前と比べて純粋さを感じる、無色の光が入り口照らす。
「こんばんはー! タクラプロ所属、新人アイドルの“久慈川りせ”です! よろしくお願いします!」
盛大な拍手で迎えられた彼女は、カメラに向かって手を振りながらゆっくりとこちらへ歩いてくる。緊張のせいか笑顔がやや硬いけれど、それは初々しさとも言えるだろう。頑張っているようで、それもまた魅力と感じる。
……彼女のライブデビューは見逃したけれど、代わりにTVデビューの瞬間を見られた。