人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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202話 アイドルの底力

 久慈川さんの紹介が終わると、やはり時間がないので練習に入る。

 

 本番のステージでは久慈川さんが前座として、デビューライブと同じ楽曲で歌とダンスを披露。その次にMs.アレクサンドラが踊り、トリとして俺がここで学んだダンスを披露する。だから同じ場所で練習はするが、指導内容は別になるらしいけれど……

 

「まずはお互いの実力を見せ合いましょう」

 

 一度交互に踊ってみる。

 

「順番は」

『葉隠君から』

 

 カンペによると俺が先のようだ。

 というわけでひとまず踊る。

 

 踊らない二人は邪魔にならないようカメラに近づく。

 広く開いたスペースの中心に立ち、準備OKと手で合図。

 カウントの後に流れ始めた軽快な曲。

 それに合わせて体を動かす。

 

 練習期間はわずかでも、練習した分だけ確実に身についている。

 

 ……

 

 ここでフィニッシュ!

 

 Ms.アレクサンドラから習ったダンスを踊りきった!

 

 自己評価はそこそこ。

 一通り踊ることはできたが、会心の出来というほどではない。

 昨日までの練習と自主練の感覚から考えて、順当なところだ。

 

 果たして二人の評価は……?

 

「エクセレント! いい感じね、葉隠君。前回注意したポイントもばっちり良くなっているわ。りせちゃんはどう思ったかしら?」

 

 久慈川さんは……目を丸くしていた。

 

「す、凄かったです……先輩、今のダンスどのぐらい練習した、んですか?」

「12日に練習が始まって、振り付け発表がその翌日。だから今日で三日目かな」

「三日目!? というか、それ実質二日ってこと!?」

 

 とても驚かれている。なかなかの出来だったようだ!

 しかし久慈川さんは緊張気味か……いつもより丁寧に話している。

 普段通り、気軽に話してくれた方が魅力的に映ると思うけど。

 

「もしかしてダンス暦が結構長いとか?」

「いや全然」

「数ヶ月前に10分ぐらいの体験レッスンを受けただけらしいわよ」

「絶対に嘘! さっきの絶対そんな素人のダンスじゃなかったって! あの振り付け、多分すっごい難しいよ? それを覚えて実際に踊れるようにするのに2日って……」

 

 久慈川さんは混乱したようだ……

 

「ふふふ、初見だとそうなるわよねぇ」

 

 そんな彼女を見て笑うアレクサンドラさん。

 

「残念だけどりせちゃん、私たちも葉隠君も、何一つ嘘は言ってないの。単純に教えたことを異常な速度で吸収しているのよ、この子。例えば1回踊って、何かできていない部分があったとするでしょう? そこを指摘すると次かその次に踊る時には直るのよ。ついでに指摘してない部分に自分で気づいて直したりもするの。

 普通なら、何度も何度も練習して矯正していくところを、この子の場合は一回か二回、多くて三回もあれば大抵直っちゃうの。だから全然、こういう番組ではお約束と言ってもいい、強い言葉で指導する機会がないのよぉ~!」

 

 そんな目で見られても……能力に思わぬ弊害があった。

 

「それじゃ次は久慈川さんの番」

「私、先に踊りたかったなぁ……でも頑張ります!」

 

 立ち位置を交代すると、今度はかわいらしい曲が流れる。

 “True Story”……ではないけれど、久慈川さんは元気に踊り始めた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 久慈川さんのダンスと歌が終わった。

 

 ……これが本物のアイドルか……

 

 心の内に湧き上がってきたのは、“敗北感”だった。

 

「ブラボー! りせちゃん、可愛かったわよ」

「ありがとうございます」

「ほら、葉隠君も何か言ってあげなさいよ」

「久慈川さん、すごかった。本当に、心の底から、素晴らしいと思った。完敗だ」

「ありがとうございます! でも完敗ってそんな、別に戦ってるわけじゃ……」

「確かにそうなんだけど、何というか……たとえば身体能力、この一点に限ってはそう簡単に負けるつもりはない。けど、身体能力が高ければダンスが上手いのかと言われれば違うでしょう?」

 

 今の俺の体は、運動に関してはだいぶハイスペックなはず。さらに魔術を使えば既に人間離れした動きも可能。世界最高峰のプロダンサーでも、魔術を使った俺を上回る身体能力を発揮できるダンサーはまず見つからないと思う。

 

 だけどダンスでは敵わない。足元にも及ばない。

 俺には久慈川さんの方が遥か高みにいるように見えた。

 

「もちろん技術がまだ足りないのもある。でもそっちは時間をかけて身につけていけばまだ手が届きそうに思えた。でも、久慈川さんのダンスを見た感想は何かが違って、もっと根本的な何かが、俺には足りない気がした……」

 

 エリザベータさんやアンジェロ料理長の時と同じだ。

 一つの分野の技術を少し身につけたことで、より相手の凄さ、技術の奥深さが見えてくる。

 この奥深さを俺はいま、久慈川さんのダンスから感じた。

 

 そう伝えると、困惑気味の彼女を他所に、

 

「そう……気づいてしまったのね、葉隠君」

「Ms.アレクサンドラ? 気づいたとは?」

「あなたには、一つだけ足りないものがあるの」

 

 それは一体何だ? 教えて欲しい。

 

「いいでしょう。一流のダンサーには必要なものが三つある。私はそう考えているわ。その一つ目が“技術力”、だけどこれはあなたが言った通り、時間をかければ誰でもある程度は身につけられるの。その気になれば年齢も性別も関係ないわ。言わば最低条件ね。

 二つ目に“表現力”。楽しい曲は楽しさを、悲しい曲は悲しみを、曲や振り付けに込められた思いを表現する力ね。これはただ技術力で動きを真似るだけでは出せないわ。葉隠君はこの段階まで来てるのよ」

 

 技術力は運動能力と学習能力のゴリ押し。

 表現力はエリザベータさんとの演劇でも学んだおかげだろう。

 そうなると、残るは三つ目。俺に足りないものとは?

 

「それはね……」

「それは?」

 

 アレクサンドラさんはゆっくりと両腕を広げ、大きく円を描く。

 

「あなたに足りないもの、それは」

 

 お腹の前で手を合わせ、それを胸元まで持ち上げて……

 

「ハートよッ!」

 

 手でハートを作っていた……

 それは可愛いアイドルがやることじゃないだろうか……

 しかしオーラは極めて真面目な色だ。

 

「ハート、ですか」

「そう、ハート。ただしやる気の問題じゃないわ。練習に真剣なだけじゃダ・メ、ってこと。曲と振り付けの表現力は……乱暴に言ってしまえば、“誰かから与えられた思い”を表現する能力。それと同時に“自分自身”を表現できる、それが一流のダンサー」

「自分自身の表現……」

「あなたにとってダンスとは何なのかしら? ダンスを身につけて、そこからどうしたいのかしら? 自分のダンスを見てくれる人に、何を訴えたいのかしら? 一流のダンサーはその答えとなる何かを持っている。私はそう思うの。

 残念だけれど、今のあなたにはそれが無い……でもそれは仕方がないとも思うわ。だってあなたはまだダンスを始めて三日、それも番組の企画で課題として与えられただけなんだもの。思い入れがまだ弱いのよ」

 

 ダンスに対する思い入れ……確かに、俺には無いモノだ。

 

「技術を身につけよう。上手く踊れるようになろう。そういった練習に対する熱意は目を見張るくらいよ。そこは自信を持っていいわ。

 それにハートだって、最初から持ってなくたっていい。練習を積み重ねて、苦労しながら成長して、だんだんと思い入れを強くしていくのもぜんぜんアリよ」

 

 思い入れを強めるためには……無駄とは思うが、聞いてみる。

 

「……残念だけど、こればかりは私が教えられることではないわ。私が私の思いをいかに語って教えても、あなたにとっては所詮借り物よ。本当にその先を求めるのなら、自分で答えを見つけるしかないわ」

 

 俺にとってダンスとは何か?

 ダンスを身につけてどうしたいのか?

 ダンスを見てくれる人に、何を訴えたいか?

 

 その答えを見つけない限り、いつか成長の限界に達してしまう予感がする……

 状況を打開するには、答えを見つけるしかない。

 

「テレビ的に、そこまでは求められていないわよ? 技術だけでもしっかり身につけていれば、普通にスゴーイ! って言われる位にはなるわ」

 

 確かにそうかもしれない。

 しかし、それで納得できるかは別問題。

 俺は技術を身に着けたいからこの仕事を請けた。

 一番望んでいるのが格闘技であることは間違いない。

 けれど、それ以外でも適当に済ませたくはない。

 出来る限り、身につけられるものは身につけたい。

 

 率直な気持ちをぶつけると、アレクサンドラさんは自分の腕で自分の体を抱きしめた。

 

「ん~、エクセレントッ!! そういうことなら、思う存分探しなさい。あなたが逃げずにダンスと向き合う気があるのなら……その悩みはいつか必ずあなたの力になる。でもあと僅かな練習期間でどこまで核心に迫れるか。俄然楽しみになってきたわッ!」

 

 自分自身に足りないモノに気づき、真の課題を理解した!

 そしてMs.アレクサンドラが盛り上がっている!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月16日(火)

 

 朝

 

 ~男子寮~

 

「一言ずつ、相手に叩きつけるように言ってみたらどうだろう? まずは大声で怒鳴りつけるくらいでもいいと思う」

「やってみる……お前はー! 本当にー! 人の心をー! 失ってしまったのかー!」

「……声の出し方はそんな感じで。一区切りをもう少し長く、語尾は伸ばさず一気に」

「お前は本当に! 人の心を失ってしまったのか!」

「良い感じ! 次は“本当に”で少し溜めて、“失ってしまったのか”で爆発する感じで!」

「お前は本当にッ、人の心を失ってしまったのか!」

「最後は疑問形で」

「お前は本当にッ、人の心を失ってしまったのか!?」

 

 クラスメイトの自主練習に参加した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午前

 

 ~教室~

 

「練習中ごめん!」

「衣装ができたから、役者の皆は着て確かめてー!」

「丈とか衣装の直しはすぐに言ってね!」

 

 完成した衣装のチェックを行った!

 俺は衣装が多いから時間がかかった……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼休み

 

「提出されていた内容と違うようだが、どういうことだ?」

「すみませ~ん! 1-Cです! なんか仕切り用のダンボールが足りないんですけど」

「え!? 申請された資材は全部配布したはずだよ!?」

「最初から足りなかったみたいです」

「どこかに間違えて多く行ったのかな……俺、確認行ってきます!」

 

 生徒会で仕事をした!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

「葉隠君いますかー」

「何用だ!」

「え? 何?」

「……ごめん、演劇の練習中で」

「葉隠くん、今、キャラが……ぷっ」

「完全に演技したままだったな」

「で、用件は?」

「あ、うん。新聞部で明日発行する新聞にアンケート結果を掲載する件だけど、こんな感じでいい? あと文化祭当日の号外について相談が」

 

 演技の練習に加え、新聞部との打ち合わせも行った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~Be Blue V~

 

「ふぅ……」

「葉隠君、今日はだいぶお疲れね」

「オーナー。すいません。今日は色々とトラブルもあって」

 

 文化祭が近づいたせいで、小さなトラブルが頻発している……

 

「フフフ……演劇の指導者に生徒会役員、大変ね。そんなあなたにプレゼントよ」

「?」

 

 オーナーから、銀の指輪を二つ貰った。

 太陽と月をモチーフにしたデザイン。

 内側には、大部分が同じで、一部が異なるルーンが刻まれている。

 記述式とバインドルーンを組み合わせているようで、読み取りにくいが……

 

「効果は何かを増幅する?」

「よくできました。太陽の方が体力、月の方で魔力を増幅できるのよ。それぞれ“激活泉の指輪”、“激魔脈の指輪”といって、魔術補助用のアクセサリーなんだけど」

 

 !! HPとSPを20%上昇させるアイテムだ!

 たしか下位互換に“活泉の指輪”と“魔脈の指輪”があったはず。

 いきなりワンランク上のアクセサリー?

 

「例の銀粘土が届いたから、作ったのよ。やっぱり良いわ……おかげで楽に作れたの。これなら今までと同じ労力で、より効果的な品を作れるわ。これからもよろしくお願いするわね」

 

 “激活泉の指輪”と“激魔脈の指輪”を手に入れた!

 うまく使えば日常生活も探索も、少し楽になるかもしれない。


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