人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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203話 暗中模索

 夜

 

 ~ダンススタジオ~

 

「OKです! お疲れ様でしたー!」

『お疲れ様でした!』

 

 今日の練習が終わる。

 ダンスの技術に磨きをかけた。けれど、ハートについては何も掴めなかった……

 

 Ms.アレクサンドラと久慈川さんも協力してくれている。

 ダンスそのものを楽しめるよう、予定にないダンスや技術を披露してくれたり、色々と。

 焦っては逆効果だ。ひとまず飯でも食って気分を変えよう。

 

 撮影期間中は夕食にロケ弁が出る。

 毎日違うものが用意されているので楽しみだ。今日のロケ弁は何だろうか?

 

「お疲れ様です、プロデューサー」

「お疲れ様、葉隠君」

「今日のロケ弁は何ですか?」

「そのことなんだけど、注文してた業者でミスがあったみたいで……今日は“バレメシ”でお願い。これ代わりの食費ね」

 

 “バレメシ”

 ロケ弁などを用意するのではなく、各々が好きな所で好きなものを食べること。

 

 残念だけど、トラブルなら仕方がない。

 叔父さんの所にでも行くかな……

 

「せーんぱいっ」

「あ、お疲れ様です」

 

 久慈川さんと井上さんがやってきた。

 

「井上さんがね。よければ夕食を一緒に食べて帰らないかって」

「井上さんが?」

 

 久慈川さんじゃなくて彼の提案?

 

「ロケ弁が用意できなかったそうだから、どうかと思って。何か用事があったかい?」

 

 特に用事はない。

 せっかくなのでご一緒させていただくことにする。

 

「よかった。じゃあ私、着替えてくるね」

「俺も用意しておくよ」

 

 久慈川さんはメイク室へ向かい、俺はスタジオの隅にある休憩所へ。

 そこへは井上さんもついてきた。

 着替えると言った久慈川さんに着いていくわけにもいかないんだろう。

 

 ……そうだ、この機に聞いてみよう。

 

「井上さん、少しよろしいですか?」

「?」

 

 手帳を眺めていた井上さんが顔を上げる。

 

「何かな?」

 

 タクラプロとして、久慈川りせのマネージャーとして、俺はどういう風に見られているのだろうか?

 

「率直に言って、アイドルの近くに歳の近い男の影が見えるのはあまり良くないはずだと思ってます。だけど今日はこうして食事に誘っていただけたので」

「ああ……なるほどね」

 

 納得したようなそぶりを見せる井上さん。

 この際はっきり聞いておきたい。

 

「確かに異性との関係はアイドル生命に致命傷を与えることもあるから、恋愛は注意するし、控えてもらいたい。だけどりせの場合は学校が共学、そうでなくても共演者やスタッフさん。男性との関わりをゼロにすることは無理だからね。

 仕事上の付き合いの範疇なら問題ないし、プライベートでもある程度は黙認する。その辺りうちのプロダクションは柔軟なんだ。電話やメールでやり取りをしたり、撮影の合間や終わった後に会話する程度なら気にしなくて大丈夫さ」

 

 オーラの色は明るい。嘘じゃなさそうだ。

 

「君には感謝しているよ。文化祭ステージの話も、君が学園とりせを繋げてくれた。その後も学園側に随分と後押しをしてくれたみたいだし、その上テレビに出演する機会まで作って貰えた。どれもデビューから1ヶ月も経っていない新人アイドルには本来回ってこない話だ」

「個人的に応援はしていますが、意図してやったわけじゃないですよ」

 

 マジで、何がどう転ぶかわからないよな……

 

「それでも、君がきっかけであることに変わりはない。彼女にはそのきっかけが重要なんだ。きっかけさえあれば、彼女は必ず人気を得られる」

 

 情熱的な赤いオーラが前面に出てきた。

 心からそう信じているのだろう。

 

「……彼女には“光”がある?」

「!?」

 

 表情以上に、オーラが反応した。

 なるほど、この時点でその思いは既に持っているのか……

 

 続きは確か……

 

 “飲み込みの早さ、空気を読む力、時には強く、時には弱く見える繊細な笑顔。何より歳離れした演技力……”

 

「他の子がどんなに望んでも行けない高みへ行ける……ですか?」

「驚いたな……僕の勝手な考えだと思っていたんだけど……君も、そう思うのかい?」

「彼女に人気が出るのは時間の問題。そう確信しています。芸能界の事情は全くと言っていいほど知りませんけどね」

 

 井上さんはわずかに動揺しているようだ。

 これをどう受け取るか。

 今後俺の言葉を意識させる布石になれば儲けものだ。

 

 さて、そろそろ準備をしなければ。

 戻ってきた久慈川さんを待たせては悪い。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~定食屋・わかつ~

 

「いらっしゃい! 席はこっちに用意してます、ア」

 

 それ以上言わないで!

 

「っと、すんません。どうぞ」

 

 ふぅ……ジェスチャーが間に合った……

 

 騒ぎはだいぶ収まったけれど、いまだに俺に気づくと遠巻きに観察する人もいる。

 特に学校のアンケート回収中は変装もしないため、見られる機会がぐっと増える。

 

 今は夕飯時を過ぎているけど、まだ人のいる店内。食事は落ち着いて食べたい。

 

「大変だね、先輩。変装までして」

「何を他人事みたいに。久慈川さんだって遠からずこうなるぞ」

「お冷とメニューどうぞ」

「お勘定お願いー」

「少々お待ちを!」

 

 和田が呼ばれて去っていく。

 働いてる姿は初めて見たけど、結構ちゃんとしてるのな……

 

「ん~……メニュー多くて迷っちゃう……先輩のオススメは?」

「ガッツリ食べるならステーキ定食かとんかつ定食。ヘルシーさならDHA盛りだくさん定食かな。つかその三つしか食べたことない」

「あれ? そうなの? 高校生ってもっといろんな所で外食してるイメージあったけど」

「そういう人もいるだろうけど、俺は基本的に寮で出る食事で済ませるからね。外食で一番に思い浮かぶのは叔父さんのラーメン屋だし」

「そうなんだ。じゃあ……DHA盛りだくさん定食にしよっと。井上さんは?」

「僕はとんかつ定食にするよ」

 

 なら俺はどうするか?

 ダンスを練習したおかげで、だいぶ空腹感はある。

 ……体力回復のためにも、しっかり食べるか。

 

「注文お願いします」

「はい、どうぞっ」

「こちらの二人にDHA盛りだくさん定食ととんかつ定食。俺は前と同じで定食三つ。以上で」

「あざっす!」

 

 和田は元気よく店の奥へと入っていく……が、対面に座る二人が目を見開いている。

 

「先輩、定食三つも食べるの?」

 

 最近はだいぶ周知されたと思ったけど、この二人は初めてか。

 一般的に見て、かなり多くの食事ができることを伝えておく。

 

「葉隠君はフードファイト路線も行けるかもね」

「私としては、そんなに食べてその体型ってのが気になるなぁ……よく太らないね」

「なぜか太らないんだよ。江戸川先生にはもう少し太った方が健康に良いと言われてるけど、この前調べたらむしろ減ってたよ」

「……それだけ食べて逆に痩せるとか、なんかずるい」

「相応のトレーニングをしているからだよ」

 

 タルタロス探索というトレーニングを。

 

 ただ最近は少し深刻さが増している……

 

 サポートチームと顔合わせをした日の事。元から体脂肪率は低かったけど、キャロルさんの診察を受けて、体脂肪率が8%になっていることが発覚した。そのため今後は天田の健康管理も強化。定期的にデータを取り、比較してタルタロス探索の影響を調査することになっている。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「おいしい! それにほっとする味だね。おばあちゃんの家で食べてるみたい。でも豆腐だけは違うね」

「豆腐……久慈川さん、もしかしてなんだけど、そのおばあちゃん、八十稲羽市って街で豆腐屋さん開いてない?」

「えっ? 何で先輩、知ってるの?」

「俺の親戚もその町に住んでるんだよ。“愛家”っていう中華料理店、知らない?」

「愛家!? そこ知ってる、行ったこともあるよ。おばあちゃんが疲れてる時とか、外食はいつもそこだったもん。あそこ先輩の親戚のお店だったの?」

「うん。叔父さんも自分のラーメン屋を開くまで、そこで修行してたらしい。その関係でマルキューさんのお豆腐は美味しい、って聞いた事があって」

「親戚が同じ町にいる者同士が別の街で出会うなんて、すごい偶然もあったもんだね」

 

 二人と楽しく食事をした!!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 食後

 

「調子、どうっすか?」

 

 会計の前。

 機械のレシート用紙を入れ替えながら、和田がボソッと聞いてきた。

 

「壁にぶち当たってるところだよ」

「先輩がっすか?」

「新しいことをやってるわけだし、そういうことも当然あるって」

 

 そういえば、和田と新井はサッカー部をやめてパルクール同好会に入ってきたわけだけど、あの当時何を考えていたんだろうか? 聞いてみる。

 

「俺っすか? 俺は……とにかく何かしなきゃ、実行に移さないと何も変わらねえってか思ったからっすかね。あんま難しいこと考えるの得意じゃねーし。柳先生にもサッカーで悩んだら練習、とにかく行動しろって言われてたし。それが性に合ってるっつーか」

 

 なるほど。和田らしいといえば和田らしい。

 

「あ、そうだ。あと柳先生がそういう時は基本に立ち返れ、とかよく言ってたっすよ? だからさっきのと合わせて、基礎練の回数が増やされることがしょっちゅうで。俺の場合はそのうち解決してたっすね」

「そうか……」

「俺ら、応援してるっすから。頑張ってください!」

 

 和田に礼を言って、先に“わかつ”を後にした。

 

 ……

 

「ごちそうさまでした、井上さん」

「おあいこだよ。良いお店を紹介してもらったし、それに君がいてくれたおかげで経費で落とせるからね」

 

 どうやら井上さん、今回の食事は俺との打ち合わせで仕事上の付き合い、ということで経費として処理する腹積もりらしい。それもあって俺を呼んだのか……なかなか強かな人かもしれない。

 

「あー、美味しかったー」

「今度はうちの叔父さんのラーメンも食べてみてくれ。きっと気に入るよ」

「ラーメンかー……」

「あれ? ラーメン苦手?」

 

 確か“はがくれ”に通ってた、って話があったはずなのに……

 

「ラーメンは好きだけど、女の子一人だと入りにくくて。あんまり入ったことないの」

「ならまたいつか案内するよ。井上さんも一緒なら問題ないらしいし」

「そうだね。また次回のお楽しみにしよう」

 

 歩きながら話していると、コインパーキングにたどり着く。

 井上さんと久慈川さんはここから車らしい。

 

「俺はモノレールなので。お疲れ様でした」

「お疲れ様」

「また明日ね、先輩」

 

 二人と別れ、暗い夜道をのんびりと歩く。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~巌戸台駅~

 

『発車いたします。駆け込み乗車はおやめください』

 

 動き始めたモノレール。

 都会では星があまり見えないけれど、今日は特に雲が厚いらしい。

 程なくして車体が海の上に出ると、ほぼ黒一色の景色が窓の外を流れている。

 

 “暗中模索”

 

 そんな言葉が浮かんでくる。

 

 ダンス、そしてハート……

 

 自分にとってダンスとは何か?

 ダンスとは……ダンスである。

 現状、それ以上でもそれ以下でもない。

 哲学的な意味があるわけでもない。

 

 ……それだけだ。

 比べるものではないかもしれない。

 けれど久慈川さんのダンスを思い返すと、その度に比べ物にならない熱意の差を痛感する。

 あの領域には、義務感だけでは遠く及ばない……

 

 ……? ……

 

『次は~、辰巳ポートアイランド~。辰巳ポートアイランド~』

 

 気づけば駅が目前。

 悩んだものの、答えは出ない。

 ただ……ごく僅かに、頭の中に引っかかる感覚を覚えた。


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