人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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204話 原点

 ~地下闘技場~

 

 いつ来てもここには熱気と騒音が満ち溢れている。

 

「おっ! ヒソカだ!」

「今日は遅いな」

「あの野郎、またきやがったか」

「こんどこそ潰してやる」

「あれ、あいつらこの間負けたばかりじゃないか?」

「ヒソカはここじゃ珍しく、敗者に余計な攻撃しない奴だからな」

「やられた相手の復帰が早いのさ。だからすぐにリベンジする」

「そんで返り討ちにされるのがお決まりのパターンだよな」

 

 見慣れた人混みに近づくと、気づいた男達が道を空ける。

 うわさ話も聞こえてくるが、もう聞き慣れたものだ。

 挑発的な独り言を聞こえるように言ってくる連中もいるけれど、気にならない。

 

「参加登録お願いします。相手は誰でも構わないので」

「かしこまりました」

 

 もう常連として受付で名前を聞かれることもなくなった。

 速やかに参加登録が進んでいる。

 

「オウオウオウ!」

「ちょっと待てコラァ!」

「試合やるなら俺らが相手になるぞテメェ!」

「俊哉さんのカタキ討ちだ!」

「ということですが、いかがなさいますか」

「受けます」

「ではそちらの方々もこちらにご記入ください」

「ウッス……」

 

 ……幅を利かせてる不良集団のメンバーでも、従業員には逆らわないんだよな……

 ここで揉め事を起こすと面倒になるらしいが、ここを仕切ってるのってヤクザか何かかな?

 まあ、普通に試合するぶんには別に構わないんだろう。

 利用できるものは利用しておく。

 

 ……

 

「今日こそ決着つけてやる!」

 

 試合の準備が整った。

 相手は前回倒した不良の仲間。

 なかなか体格のいい男で、鼻息荒く腕まくりをしている。

 

 そんな男と向かい合い、カポエイラの基本ステップを踏む。

 

「おっ、始まったぞ」

「あれ何なんだ? 煽ってんの?」

「この前調べてみた。カポエイラって格闘技の基本らしいぞ」

「なんか珍しくね?」

「殴り合いの合間には結構出てくるけど、最初からやってるのは確かに……」

 

 今日はカポエイラ限定。

 それが己に課したルール。

 

 これで答えが見つかる確証はない。

 けど他に手がかりも思い浮かばない。

 とにかく戦う。

 

「試合開始!!!」

 

 レフェリーの宣言と共に飛び出してくる男。

 対する俺は一歩踏み出し、腰を大きく捻る勢いを殺さずに左足で大きく弧を描く。

 

「っ! 野郎!」

「……っと」

 

 余計なことを考えていたせいか、ガードされた上に反撃を許してしまう。

 

「今日のヒソカ、何かおかしくないか?」

「言われてみれば」

「動きが鈍いって言うか、でも手抜きって感じでもないしなぁ」

「体調でも悪いのか? ならチャンスじゃね?」

「ガンガン押していけ!!」

「やれー!!」

「がっ!?」

 

 顎を蹴り上げる。これでまず一人。

 

「あ~! 負けやがった……」

「でも最近の試合だと大分粘った方だぞ」

 

  気絶した男が運び出された代わりに、次の挑戦者がリングに上がってくる。

 

 さらに第2試合、第3試合と試合を続けていく……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月17日(水)

 

 夜

 

 ~ダンススタジオ~

 

 体を揺さぶられて、意識が覚醒する。

 

「葉隠君」

「あ……プロデューサー」

 

 撮影まで待機していたつもりが、眠ってしまったようだ。

 

「すみません。撮影始まりますか?」

「いや、久慈川さんとMs.アレクサンドラも来たから軽く段取りの確認をと思って。撮影はまだだけど、大丈夫かい?」

「先輩、なんだかすごく疲れてない?」

「どうしちゃったの? これまでで一番調子悪そうよ」

「大丈夫ですよ。昨日ちょっと眠れなかったのと、少し文化祭準備の方が忙しくて」

 

 試合の疲れに文化祭の準備も重なり、疲労を溜めてしまった……不覚。

 

「葉隠君のクラスは演劇だったわよね? そっちでも舞台に上がるんでしょう? 台本持ってたし」

「えっ、そうなんですか? じゃあ生徒会のお仕事と一緒に演技の練習もしてるんだ。大変そう」

「生徒会のお仕事? あなたそんなのもやってるの?」

 

 久慈川さんとMs.アレクサンドラ。どちらも知らないことがあったようだ。

 

「ええ、どっちもやってます」

「具体的にどんな事をしてるんだい?」

「ええと……まず生徒会では実行委員や各委員会から回ってきた報告書や資料のまとめと、会議に使う資料作成。ただもう本番が近いのでその仕事は少なめで、もっぱら発生する問題への対処。調整や連絡役ですね。その関係で雑務が多くなってきました。

 クラスではMs.アレクサンドラが仰った通り演劇が出し物で、役者として演技練習。それから短い期間ですが、演劇を習ったことがあるので演技の指導役も兼任してます。

 その他には新聞部と連携して情報発信をしたり、他所のクラスから協力を求められたり、あとは……」

「まだ続くの!?」

「ええ……とにかく生徒会役員なので通りすがりに相談を持ちかけられる事が多いです。それと俺は寮生活なので、クラスメイトもいるから帰ったら一緒に練習。それが済んでから書類仕事を少しやる日もありますし、生徒会への相談が来ることも。それが終わると……日課のトレーニングを少々やってから寝る感じですね」

「先輩、忙しすぎ!」

「うん……話しながら自覚した」

 

 ただ忙しさの原因も俺なんだよな……

 

 それに特殊能力のある俺はまだマシなほうだ。

 他の生徒会役員の方々は能力なしで同じ仕事をこなしている。

 地力があるというか、あの人ら有能すぎる……そりゃ教師も頼りにするわ。

 

「とりあえず風邪とか病気はしてませんし、今夜回復に努めれば解消できますよ」

「そうかい? まぁ、無理はしないでおくれよ?」

 

 心配されながら、本番前の確認を行った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 練習中

 

 皆さん配慮してくださったようで、今日の練習は気持ち軽め。

 さらによく見ることも勉強と、久慈川さんのダンスを見学する機会を与えられた。

 そうして彼女のダンスを観察していると、少し気になる部分を発見。

 

「もしかして久慈川さん、ターンが苦手?」

「そう見えちゃう?」

「なんとなく」

「特別にターンが苦手ってわけじゃないんだけど、そのあたりでミスが多かったの。今はもう治ったと思ってたけど」

「……いや、ダンス自体は問題なかったと思うよ」

 

 相変わらずかわいらしく、素晴らしさを感じさせるダンスだ。

 けれど、踊っている最中のオーラが特定の部分に差し掛かると急に色褪せる。

 表情は変わらぬ笑顔のまま、緊張の色に。

 

 そんな雰囲気を感じたということにして伝えてみると、

 

「確かに少し力が入っちゃうかも。先輩そういうとこ鋭いよね」

「全体的にリラックスして楽しそうに踊っているのを感じていたから、余計に目立つんだよ」

「そういうことなら……そこを重点的に練習して苦手意識を克服するのもいいわね」

「わかりました!」

 

 そして練習が再開された。

 問題の箇所に的を絞り、何度も何度も踊っている姿。

 

 じっくり見ていると、アドバイスが反応した。

 久慈川さんの体勢。次の動き。要する時間。曲のリズム。

 総合的に改善点とその方法の分析。

 

「久慈川さん」

 

 後ろで見ていて気がついたことを伝えてみる。

 

「直前の重心が後ろに偏ってるせいかも」

「重心?」

「ターンの前に右手を高く上げる振り付けがあるでしょ? あの時に力が入りすぎなのか、顔も上向いて重心が後ろよりになってると思う。それを急いで戻してから(・・・・・)ターンしてるみたいに見えた」

 

 戻す所で0.5テンポくらいのズレも発生し、ターンの直後にまた急いでズレを修正していることが確認された。だからその原因となるターン前の振り付けに注意してはどうだろうか?

 

「わかった。注意してやってみる。もう1回お願いします!」

「は~い、いくわよ~1、2、3、4」

 

 直前まで巻き戻された音楽が流れる。

 

 そして彼女は右手を上げて……華麗なターンを決めた!!

 

「エクセレ~ント! 今の、いい感じだったわよ」

「自分でもなんていうか、こう……自然に動けた気がします!」

「これは、うかうかしてると私のお株が取られちゃいそうね」

「そんなつもりはないですが、動きに関する問題発見と分析なら得意分野ですからね。重心やリズムは格闘技でも大切です、し……」

 

 格闘技でも大切。その通りだ。

 俺がダンスの技術を調子よく習得できているのも、格闘技で体の動かし方を知っているから。

 無意識に格闘技の技術と知識をダンスに応用している?

 だったら逆に、ダンスの技術を格闘技に応用できる部分もあるのではないだろうか?

 そしてそれは、ダンスへの強い思いにならないだろうか!

 

「すみません、俺も練習させてください!」

「先輩、どうしたの急に?」

「フフッ、あなたも何かを掴めたのかしら? いいわよ。やりたいようにやっておしまい!」

「はい!」

 

 湧き上がる意欲に身をゆだね、ダンスの練習を行った!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス・11F~

 

「1、2……3!」

「ガヒィ!?」

 

 相手の攻撃のリズムを把握し、それを掻い潜り、爪を突き立てる。

 “狂愛のクピド”は今まさに番えていた弓矢を取り落とし、煙のように姿を消した。

 

「ふぅ……」

「大丈夫ですか? 先輩」

「おかげでだいぶ回復できたよ。天田も戦いたいだろうに、シャドウを譲ってもらって悪いな」

「別に全然戦えてないわけじゃないですし、構いませんよ。と言うか、あんだけ疲れた感じだったのに、シャドウで回復できるんですね」

「吸血とか吸魔で奪ってるのはエネルギーそのものだからな。吸ってると体は少し楽になるし、何よりダンスの効果も試してみたい」

「格闘技への応用、本当にできるんですか?」

「リズム感はカウンターに使える。その他にも使えそうな技術はあるけど、まだ実験と訓練の段階だな……あ、あっちに階段があるみたいだから、その前でちょっと試合でもしてみようか」

 

 天田とタルタロスを探索した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月18日(木)

 

 午前

 

 ~教室~

 

「はーい! そこまで! 良い感じになってきたね!」

「この調子なら間に合いそう」

「一時はどうなることかと思ったけどなあ」

「案外できるもんだな」

 

 演劇がかろうじて形になりつつある。

 後は油断せず、台詞の“間”や演技の相手との連携など、細部を詰めて……

 

「葉隠ー! 大変だ!!」

「どうした!?」

 

 教室に駆け込んできたのは、大道具担当の児島。

 

「講堂に書き割り(背景の絵)を搬入してたはずじゃ」

「その書き割りが大変なんだよ!」

 

 とにかく落ち着かせて話を聞いてみる。

 すると……

 

『書き割りが壊れた!?』

「そうなんだ。同じタイミングで放送部員が機材を搬入しててさ、絵を支える足に機材をぶつけられて、倒れた拍子に二枚。今そのことで放送部員と揉めてる。悪いけど仲裁に入ってくれ!」

「わかった、行こう!」

 

 トラブルに対応すべく活動した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~生徒会室~

 

「以上が事の成り行きです」

「やはり、至る所で問題が起き始めているな……」

「引き続き対応よろしくね、みんな」

 

 生徒会役員としての仕事をした!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~ダンススタジオ~

 

 読書しながら撮影開始を待っていると、久慈川さんがマイクを片手に、カメラマンさんを引き連れてきた。

 

「おはようございます! 葉隠先輩」

「おはようございます……何これ?」

「先輩のオフショットを撮ってくるように、プロデューサーさんから頼まれました! リポーターの久慈川りせです!」

「オフショットって、あれのこと? カメラの回ってない裏の映像、的な」

「そうですよー」

「役割間違えてない?」

 

 久慈川さんが撮られる側じゃなくて?

 撮るにしたって、地味な素人男より美少女新人アイドルの方がよっぽど面白いだろうに。

 

「間違ってないでーす。ちゃんとプロデューサーさんの指示があるもん。ということで、葉隠先輩に色々聞いちゃいます! まずは~、何をしてましたか?」

 

 久慈川さんは俺の手元を見て問いかけた。

 

「これ? これはクラスの出し物でやる演劇の台本の、元になった小説。役作りのために頼んでたのが届いてさ」

「へぇ~! どんな役なの?」

 

 台本の内容と役について説明する。

 

「なるほど! っていうか、先輩主役だったの!?」

「演劇経験者が他に誰もいなくてね……オーディションやったら決まっちゃった」

「確か他のクラスメイトに指導もしてるんだよね? 練習大丈夫?」

「寮生活だから夜遅くまで男子だけなら集まれるし、なんとか」

 

 そうだ、せっかくだし、練習に付き合ってもらえないだろうか?

 

「私が?」

「そう。台本は荷物の中にあるから、読み合わせだけでも手伝ってもらえると助かる」

「しょうがないなぁ……上手くできるかわからないけど、いいよ」

「ありがとう! じゃあ早速」

 

 久慈川さんに台本を渡し、読んでもらう間に俺も小説を読む。

 そして主人公のキャラクターを自分の中に作り上げていく。

 ベースは台本、所々で小説を参考に。

 

 朴訥な青年は貴族社会に馴染めず困惑し、

 やがて傲慢な領主となり、

 その座を奪われた恨みに狂い、

 復讐者となり復讐を達するも、行き着く先は目的の喪失。

 虚無感に流されるまま浮浪者となり、

 死の間際に人の温かさに触れ、

 最後に生まれ故郷を想いながら死に至る。

 

 ……辛く、苦しく、考えたくない。

 そう感じてしまうほどに感情を近づける。

 そこから生まれる思考も混ぜ合わせ、主人公の人物像を心の内で想像し、組み立てていく。

 

 舞台上で一から作り上げていては間に合わない。

 エリザベータさんのように変幻自在であることが理想だが、俺はまだその領域に届かない。

 ならば事前に作っておけばいい。

 

 演技用の人物像がガッチリ固まった!

 

「……久慈川さん、どんな感じ?」

「う、うん。一応、一通り台本に目を通したけど……先輩、大丈夫? 疲れてるんじゃない?」

「……気にしないでくれ。演技のために必要なことだから」

 

 人物像を固める作業で少々引かれてしまったようだ……

 ちゃんと理由があってのことだと、実践の中で理解してもらいたい。

 

「じゃあ最初から始めようか」

 

 久慈川さんと演劇の練習をした!


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