影時間
~タルタロス前~
人は………………いない。
昨日の今日で見回りを警戒していたが、どうやらノーマークのようだ。影時間に入る前に、桐条先輩から真田を抑えたことに対するお礼メールが届いていたから、試合を約束した効果があったのかもしれない。
俺にとっては都合がいい。
『集合』
魔術で合図を出すと、昨日隠れさせた8体の偵察用シャドウが速やかに集まってくる。
しかし、
~タルタロス・2F~
「これだけか……」
タルタロスに隠れさせたシャドウは3体しか見つからなかった……
内訳は戦闘用シャドウが2体。回復用シャドウが1体。
全身に傷を負っていたので、おそらくタルタロスのシャドウにやられたのだろう。
召喚シャドウは通常のシャドウに敵とみなされるようだ。
傷ついたシャドウの治療をしながら考える。
召喚シャドウは戦闘のダメージなどで激しく消耗すると消滅するが、消耗に気をつけて適度に回復したり、エネルギーを供給してやれば日をまたいでも手元に留めておくことが可能。
あまり数が多すぎると維持するだけでエネルギーを使い果たしそうだけど、何体かは戦力として常備しても良いかもしれない。偵察用シャドウも探索に便利だし。
……当面は帰宅前に安全な16Fに連れて行って、待機させよう。
……
…………
………………
翌日
9月20日(土) 文化祭当日
朝
~生徒会室~
「いよいよだな」
「そうですね。桐条先輩」
今日は普段よりも早い時間帯からクラスに集まり、最後の仕上げや開店準備に勤しんでいる生徒たち。そんな彼らのざわめく声も聞こえる中……
『平成20年度、“月光祭”を開催いたします!』
流れた放送により湧き上がる校内。
生徒たちの雄叫びが校舎に響きわたる。
校門も開放されたようだし、やがて来校者も溢れかえるだろう。
「では、俺はこれで。あまり手伝えなくてすみません」
「君には君の仕事がある。そちらに注力してくれ」
「葉隠は見回り担当として、もし途中で何かあればすぐに連絡してくれ」
「私と武将はどっちが必ずここで待機してるからね」
「私も何度か巡回する予定だ。何かあれば遠慮なく声をかけてくれ」
「ありがとうございます」
お礼を言って生徒会室を出る。
まだお客の少ない廊下を急ぎ、教室へと向かう。
……
…………
………………
~教室~
「お待たせ」
「葉隠君来た! これで全員揃ったね」
「そっちに座って」
うちのクラスは講堂での演劇が出し物なので、教室は至って普通。
黒板前に立つ実行委員の二人を前に、自分の席へと座る。
「今日までやることはやってきたから、後はそれを本番の舞台でやるだけだよ! みんな頑張ろう!」
『オー!!』
「そのために最終チェックをしておこう。衣装や小道具は揃ってるよね?」
その他開演時間やその前の集合時間について、もろもろの確認を行った!
……
…………
………………
確認後
演劇の集合は12時30分に講堂。
上演は午後1時から1時30分。
久慈川さんのステージが午後3時から始まり、俺のダンスは4時からの予定だ。
つまり午前中は自由時間。
見回りを兼ねて文化祭の出し物を見て回る。
「何あれ、プロレスラー?」
「Tシャツピチピチ過ぎぃ」
「高校生だしアマレスじゃない?」
……廊下ですれ違ったお客様に笑われている。
祭りの雰囲気に溶け込めると思ったが、変装にマスクはやめたほうがよかっただろうか?
それともTシャツが原因か?
Tシャツは黄色い生地に黒い文字でE組のカフェの宣伝文句が書かれている。
知らないうちにこんなものまで作っていたらしく、木村さんから貰った。
サイズはやや小さい。
ちなみにマスクはTシャツの黄色と黒に合わせて虎のマスクを用意した。
と言ってもドッペルゲンガーだけど。
「うわぁぁああああ!!」
「キャー!?!!?」
!! 誰かの悲鳴が聞こえる! いきなりトラブルか!?
「……ん?」
悲鳴の元を探すと、そこには“1-B お化け屋敷”の文字が……
「今の悲鳴はこれが原因か」
「あれ? その声、もしかして葉隠君?」
入り口前の受付から声がかかる。
「お疲れ様、岩崎さん」
「まだ始まったばかりだから、そんなに疲れてないよ」
「そう。……それにしてもすごい悲鳴だったね」
「うん。入る人みんな、しっかり怖がってくれてる。運営側としてはすごく嬉しい」
それはそうかもしれないが、あまりやりすぎも困る。
「ちょっと入ってみてもいい?」
「もちろん。まだ並んでないし、すぐ入れるよ」
ということで、実際にB組の教室に入ってみると、
「……」
一歩踏み込んだ瞬間から空気が変わった……
……
…………
………………
「……ただいま」
「あっ、おかえり。すごいね、叫ばず出てきた人は初めてだよ。怖くなかった?」
「慣れてたからね……ところでさ、所々に置いてあった人形とか置物とか、用意したの岳羽さん?」
「人形? そうだけど。良く分かったね。バイト先から借りてきたんだって」
「うん……だと思った」
そうじゃなかったらオーナー呼ぶところだ。
ここにいたのはそんなに危なくなさそうだけど。
幸か不幸か、色々な意味で
「とりあえず事故のないよう気をつけて」
「うん。葉隠君も演劇頑張ってね」
岩崎さんと別れ、見回りに戻る。
……しょっぱなから凄く疲れた気がする……
……
…………
………………
廊下
「あ、岳羽さん」
「え? ……ああ、分かった。なにしてんの? こんなとこで」
「午前中はフリーなんだよ。岳羽さんは?」
「私も担当は午後だから、ブラブラしてるだけ」
「……一人で?」
「最初は弓道部の友達と一緒だったけど、彼氏と一緒に回るんだって。てか、君も人の事言えないでしょうが」
それもそうだ。
「そういえばB組の出し物、見に行ったよ。オーナーから色々と借りたんだね」
「あれは借りたと言うか……葉隠君、ちょっと時間いいかな? 相談したいことがあるんだけど」
珍しいな。
特に用もないので了解すると、
「じゃあ廊下で立ち話もあれだし、風花のとこ行こうか」
E組のカフェへ行くことになった。
……
…………
………………
~一年E組~
「いらっしゃいませ~。あっ、ゆかりちゃん。それに葉隠君も」
「お疲れ~、風花」
「お疲れ様。良く分かったな」
「だってそのTシャツ。うちのクラスかA組の人にしか配ってないもの。それに部活でよく見てる体格だから」
ノータイムでバレたのは初めてな気がする。
「席は2人席でいいかな? まだ誰か来る?」
「二人で大丈夫」
「あー! ゆかり誰その人! 彼氏?」
「ばっ、違うって!」
名前も知らないE組の女子生徒が茶化して、岳羽さんに怒られている……
岳羽さんは相手の首根っこを掴んで、かなり真剣に怒っている……
家庭の事情で恋愛話が嫌いだとは知っているけど、そこまで否定しなくてもよくない?
茶化した女子生徒も慌てているし……
「山岸さん、先に席に案内してもらえるかな」
「えっと、ほっといていいの?」
「どうせすぐに気が済むでしょ。それに本当に付き合ってるわけじゃないし。何か珍しく岳羽さんが俺に相談したいみたいなんだよ」
「ゆかりちゃんが?」
「何の話なんだろうな……」
席に案内してもらい、適当に紅茶を頼むとすぐに用意が整う。
山岸さんの接客はかなり慣れた様子だった。
きっとバイトで鍛えられたんだろう。
そんなことを考えているうちに、誤解も解けたようだ。
「お疲れ様。さっきの人、友達?」
「部活関係のね。まったく、すぐそっちに結びつけるんだから」
「興味があるんでしょ。で、相談は?」
「そうだった……今更だけどさ、私たちのバイト先っておかしくない?」
バイトの件か……
「言いたい事は分かる。ちょっとどころじゃなく変わってる」
「やっぱりそうだよね……」
「そもそも江戸川先生の紹介で働き始めたお店だし。でもお店の人は皆、いい人たちだろ?」
「うん。それには同意する。けど……」
……何かがあったのは間違いなさそうだ。
「うちのクラスのお化け屋敷に、人形が置いてあるの知ってるでしょ? あれ、本当は借りてきたんじゃないんだよね」
「?」
借りてきたんじゃない。しかし勝手に持ち出したとは思えない。
まさか……
「もしかして勝手についてきた?」
「いつのまにか部屋にあったの……」
「あー、あるある」
「あるある~じゃないって!」
「ちょっと、声、声」
他のお客様が何事かとこちらを見ている。
それに気づいたのか、彼女はきまずそうに周囲へ頭を下げる。
「……でね、その次の日にバイト行ったらオーナーが人形探してて」
「それでオーナーの持ち物だと発覚したわけね」
「……葉隠君もあったの? こんなこと」
「前話したことなかったっけ? 俺の場合はバイオリン」
「……思い出した。まだ真田先輩と試合する前だっけ? よくある迷信だと思ったのに……」
岳羽さんは幽霊とか苦手なんだよな。言ったらムキになられて面倒になるから言わないけど。……でもそう考えると、よくバイトを続けてるな。夏休みは責任感と意地でなんとか押し通したとしても、夏休みが終わった今でも働いてるし。
そもそも仕事ぶりを見る限り、霊とかそういうことに関係しない範囲では、特に無理をしているようにも見えない
そこのところを聞いてみると、
「自分でもよくわからないけど……別に不満があるわけじゃないんだよね。前に話したっけ? 私、自立したいの。だからアルバイトは続けたい。今の仕事も楽しいよ。アクセサリーとか好きだから。
それにオーナーは変わってるけど悪い人じゃないし、それに棚倉さんと三田村さんもいい人じゃん。だから本当に不満はないの。普段はふつーに居心地いいっていうか。ただ時々、どうしていいかわかんなくなる。特にその、そういうことの話になると……だから葉隠君はどうしてるのかな? って。人形の事があって、急に聞きたくなった感じ? ……こんなこと急に言われても困るよね」
「難しいな……そもそも俺の場合は、最初からオーナーの人となりをそれなりに知った上でバイトすることを決めたから」
俺にBe Blue Vを紹介したのは江戸川先生だと教える。
「そうなんだ……」
「参考になるかわからないけど、俺の場合は一歩踏み出してみた。占いを習ってみたり、アクセサリーの作り方を習ってみたり」
本当はそちらがメインの目的だけど……嘘も方便ということで。相手を理解しようとする姿勢や、コミュニケーションを円滑にしておくこと。これらはどこの職場でも大切になることだろう。
ごく一般的な内容を自分の行動と絡めて話す。
「確かに葉隠君って、オーナーと色々やってるよね」
「……岳羽さんも何か習ってみたらどうかな? 例えばビーズアクセサリーなら手軽だし、趣味にもできると思う。そういうとこからゆっくり、少しずつ話を聞いてみたら?」
ビーズでもアクセサリー作り、主にデザインの勉強にはなる。
必要なら俺が間に入ってもいい。
「ん……じゃあ、今度お願いしていい?」
「わかった。それじゃ俺からオーナーに話してみるよ。ビーズアクセサリーでいい?」
「うん、それでおねがい」
「なら、少しは何か食べようか?」
「紅茶だけで長居するのもあれだしね。あ、すみませーん」
「はーい」
岳羽さんの相談は一段落した。
しかし、最後の方の反応が気になる。
オーラを見るに、オーナーたちに悪い感情を持っていないのは事実らしい。
しかし幽霊とかそっち系の話になると恐怖とか負の感情も混ざる。
そして最後、オーナーとの勉強会については不思議な色のオーラをしていた。
今もポジティブな明るい赤に加えて、ネガティブな暗い赤と青が混ざっている。
特に暗い赤が何を意味しているのかがよく分からない。
明るい赤は歩み寄ろうとする意思。
青はそれでもやっぱり怖いのかな? と、ある程度推測できるが……
オーナーにはついでに相談しておこう。
「葉隠君何にする? 話を聞いてくれたお礼に、ここは私がおごるよ」
「だったら……このケーキにしようかな」
今は食事を楽しむことにした!
影虎は生き残った召喚シャドウ11体を回収した!
日中は16Fで待機させるようだ……
文化祭が無事開催された!
影虎は岳羽から相談を持ちかけられた!
岳羽には複雑な気持ちを抱えているようだ……
発表の時間が刻一刻と迫っている!!