人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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20話 事情の把握

「ふぅ……」

 

 江戸川先生の要望通りに部室に敷いてあった怪しい物を無事に隠した後、手の空いた俺が先生の車から部室へ荷物を運搬していると、最後の荷物を部室の入口に運び込んだところで先生と鉢合わせた。

 

「おや、もう終わってしまいましたか?」

「江戸川先生、これで最後です」

「すみませんねぇ、結局一人で全部運ばせてしまって」

「別にいいですよ。説明の場にいても俺じゃなきゃ話せない事はないですから。それより、説明は終わりました?」

「ええ、たった今ね。しかし桐条君は君にも話を聞きたいらしく、まだ部屋にいますよ」

「俺にも? 俺は電話を掛けただけで、特別な事は何もしてないと思いますけど……」

 

 まさか、一昨日の影時間に戦ったのが俺だとばれた?

 

「ちなみに山岸さんは?」

「彼女もまだ居ますよ。桐条君と一緒に」

 

 まだ一般人の山岸さんと一緒なら、影時間の話題はないか。

 

「とりあえず、行ってみます」

「それがいいでしょう。私も荷物の整理をします」

「じゃあこれを」

 

 荷物を先生に預け、二人がいる俺の部屋へ……

 

 ……この一言だけだと両手に花に聞こえるな。

 

「失礼します、葉隠です」

「入っていい、と私が言うのもおかしいか」

「じゃあ、どうぞー?」

 

 ノックをしたら二人が困りながら許可を出したので部屋に入る。

 二人は俺がここを使い始めてから用意した、折り畳み式のちゃぶ台を前に座っていた。

 

「お疲れ様です、何かお待たせしたようで」

「こちらこそ私のわがままに付き合わせてすまない」

「江戸川先生から少し聞きました。俺は二人から聞けた以上のことは話せないと思いますけど、それでいいですか?」

「君個人に聞きたい事があったのだが……君から先に話すといい」

「いえ、桐条先輩からどうぞ」

「今日はもう生徒会の仕事も無いんだ、だから君が先に」

 

 山岸さんは最初と比べてだいぶ緊張がほぐれているようだがまだ遠慮が見られ、ゆずりあいが始まった。このままだと時間だけが過ぎそうだ。

 

「山岸さんも俺に何か用なのか?」

 

 俺が話のきっかけを作ると、山岸さんは先輩に軽く頭を下げて口を開く。

 

「えっと、私はこの間のお礼について、相談しようと思ってたの」

「お礼?」

「……もしかして、忘れてるの、かな? この前私が落としたお金を見つけてくれたでしょう?」

「あー……そういやそんな事もあったね」

 

 すっかり忘れてたわ……

 

「それで葉隠君はお礼に缶ジュースを奢って欲しいって言ってたけど、どんなジュースがいいのか聞いてなかったのにあの後気づいたの。探してもタイミングが悪かったのか今日まで会えなくて」

「ああ、それで……待って、探して?」

 

 その一言がやけに頭に引っかかり、繰り返せば山岸さんは何事もないように答える。

 

「うん。近頃忙しくて、お礼が大分遅れちゃったから、はやく聞かないとと思って。でもタイミングが悪かったのかな? 会えなくて、今日は葉隠君の部活の部室を捜し歩いてたの。まさかこんな所にあるって知らなかったから、校内を何週もしちゃった。それで職員室で聞いてここにくる途中であの子の事故を見ちゃって」

「ほー……そりゃ手間をかけさせたなぁ。山岸さんにも部活や都合もあっただろうし」

「大丈夫。私は写真部に入ったけど活動日は火・水・木だから、月曜日の今日は部活がないの。他に用事も無かったから」

「そうなんだ……」

 

 手が汗ばんで、一瞬気が遠くなりそうな気がした。

 

 部活がなくて、用事もない。だったら山岸さんは俺を探すためだけに今まで学校に残り、あの時あの場に出くわした事になる。つまり、彼女は俺が居たから(・・・・・・)あの場に居て、そして桐条先輩と顔を合わせたんじゃないか?

 

「クラスの誰かに、伝言を残せば良かったんじゃ……」

「私もそう思ったんだけど、木村さんに止められて」

「木村さん?」

「葉隠君がD組に来たとき、私を呼んだ女の子なんだけど」

「……思い出した。でもなんで?」

「ジュースとかお金とか、女子が男子にあげるのを大っぴらにやると良くないって言われたの。男子としての沽券に関わるかもしれないし、もし葉隠君が女子に貢がせてるなんて変な噂が立つと迷惑がかかるって。だから絶対、直接会って二人で話した方がいいって」

「なるほど……」

 

 そのアドバイス、最後の絶対から先に年頃の女子のおせっかいが見え隠れするんだが。

 

 うろおぼえの女子に対する理不尽な憤りを抑え、味の好みを搾り出した俺は、そう思わずにはいられなかった。

 

「飲み物はたいてい何でも飲むけど、甘いのや普通のお茶が好みかな」

「分かった。じゃあ今度からそういうのを選んで持ってくるね」

「あ、いやそんな気にしなくても」

「ダメ。葉隠君が見つけてくれなかったら生活費が丸々無くなっていたんだもの。缶ジュースなら負担にもならないし、そのくらいのお礼はちゃんとしなくちゃ。この前は押し切られたけど、今回は譲りませんっ!」

「葉隠君、人の礼と好意は素直に受け取っておくものだ」

「分かりました」

 

 山岸さんは二度無理やり押し切られたせいか、決意を固めてきたようだ。おまけに桐条先輩の後押しまであって、俺はその言葉をただ受け入れていた。

 

「私の話はこれでおしまいなので、次は桐条先輩の番。あ、私は席を外したほうが」

「私は別に構わないが」

「先輩が構わないならいいんじゃないか?」

 

 立ち上がりかけた山岸さんが腰をおろすのを見つつ、考えるのは後だと気持ちを切り替える。するとこれまでよりも幾分か真剣な表情で先輩が話を切り出した。

 

「私が君に聞きたいのは一つ。今日運ばれた天田少年の事だ。君は、彼の知り合いなのか?」

 

 ……やっぱり影時間の話題ではない。けど、どうしてこんな質問を? とりあえずここは知らないと答えるか。

 

「違います」

「そうだろうか? それにしては、あの場での君の様子は私の目に少々おかしく見えた。見ず知らずの相手にしては心配しすぎているような気がしたんだ。それが君の性格だと言われればそれまでだが」

「あぁ……知り合いとは言えませんが、全く知らない相手でもないです」

 

 先輩の目がより真剣さを増した。

 

「部活で最近このあたりを走り回っていますが、何度か見かけたことがあるんです。その時はいつも一人で、暗い顔をしていたようなので気にはなっていました。ただそれだけなので知り合いとは言えません。向こうもこっちの事は知らないでしょう」

 

 俺が部活で走っている事や、天田と面識がないのは事実。ばれにくい嘘をつくコツは、嘘の中に事実を混ぜる事だ。どこかで聞いたそんな話を参考にして言えば、先輩はそうか、と微かに落胆の色を見せた。

 

「桐条先輩は彼とお知り合いでしたか?」

「君と同じで私が一方的に知っているだけだ。おそらく君も知っているだろうが、私はこの学校を経営している桐条グループの総帥の娘だ。一学生という立場をとっているが、色々と聞こえてくることも多い。」

 

 探りを入れたら核心は隠しているが、肯定された。さらに

 

「葉隠君。君に一つ、勝手な頼みをさせてくれないか?」

「内容によります」

「もしこの先君が彼と関わる事があれば、できるだけ良くしてやってくれ」

「具体的に言うとどのような?」

「……挨拶をするだけでも、何か聞かれれば答えるだけでもいい。私もどうすべきかわからない、というのが本音だ」

「あの……何か事情があるんですか?」

 

 黙ってお茶を飲みながら聞いていた山岸さんが質問すると、先輩は俺達二人を交互に見てから他言無用だと念を押し、意を決して話し始めた。

 

 その内容は天田乾の現状。率直に言うと、天田はクラスから孤立しているらしい。原因は去年の10月4日に起こった事故で、母親を失った事。いまは事故からまだ一年も経っておらず、天田は悲しみから抜け出す事ができていない。

 

 クラスメイトも当初は同情的で気を使っていたが、最近は暗いままの天田と関わる事を避けるようになってきていて、天田を気に入らない根暗と言って憚らない生徒もでてきている。まだいじめの事実は確認できていないが、このまま改善されなければ時間の問題だろう。

 

 さらに悪い事に月光館学園は全寮制の学校のため、天田も他の生徒も寮で生活をしている。当然普通の学校よりも顔を付き合わせる時間が長く、寮は心や体を休められる場所にならない。実際近頃の天田は学校の休み時間や放課後は自習でクラスメイトとのかかわりを避け、下校時刻が近づくと学校の傍や町を徘徊して時間を潰し、夜は食事やトイレ以外では部屋から出ないという。

 

「天田少年は母親を失って以来、彼なりに悲しみに耐えているが、少々無理に大人を演じる言動が目立つ。他の子には強がりや生意気にも聞こえるのだろう。

 不満を漏らしている生徒も以前は天田を元気付けようとしていた生徒だ、天田を部屋から連れ出そうとして酷く反発されたと報告がきている。咎めるのも酷だとは思うが、彼自身にも落ち度はある」

 

 嘘から出たまことというべきか、天田の徘徊で俺の嘘が通用したのかもしれないが……これだといじめが始まれば状況の悪化が加速することは想像に難くないな。

 

「あの子がいじめに、ですか……そういえばどこかでいじめが起こるのは社会的に見れば自然な事だとか聞いた気がするなぁ……」

「それはおそらく社会学だな。いじめは社会という枠組みの中から異質なものを排除するための行為の一つだ。排除という行為はその社会を維持するための一つの方法であり、人間だけでなく動物の群れの中でもいじめは起こる。ただし我々の人間社会では排除行為は法やルール、何かしらの規範にのっとって正当に行われなければならず、いじめは私的で不当な排除行為にあたる」

 

 なんの気なしに呟いた言葉に、桐条先輩が付け加えた説明で記憶の底からさらに思い浮かんでくるものがある。

 

「なんか、思い出してきた……いじめには相手の肉体や精神に苦痛を与え、快楽を得る事を目的とする場合もあるとか……いじめに関わるのはいじめを受ける者といじめを行う者、傍観者は存在しない、とか」

「? 見て見ぬふりをする人はいると思うよ?」

「傍観者は手を出さずに見ているだけ。被害者を直接傷つける事は無いけれど、加害者を止めもしない。それは“いじめを黙認する空気”をその場に作り、加害者の行動を助長する。結果、余計に被害者を傷つける加害者……だったはず。……ごめん、俺もあまり詳しくないから」

 

 大学の単位目的で社会学を取っていた、それすら今思い出したのに詳しく聞かれても困る。

 

「しかしまぁ、加害者より被害者の助けになる方に回りたい。というわけで、そのお願いは引き受けます」

「本当か!?」

「いじめや問題を何とかしてくれって頼みなら断りますけど、もし機会があったら仲良くしてやってくれ、くらいなら」

「それでいい。私も事情を聞いて気にかけていたが、直接かかわる機会がなくてな……ありがとう」

 

 桐条先輩はやけに安心したような表情を見せている。

 最後まで本当の事情は話さなかったけれど、やはりこの人も罪の意識はあったんだろう。

 本当の事情は話せる事でもないし、そりゃ小等部の一般生徒の天田と高等部の桐条先輩じゃ機会もないよな……あ、二人とももうお茶がないな。

 

 二人の前に置かれた湯飲みのお茶がほぼ空になっているのに気づき、傍にあった急須に手を伸ばす。しかし持ってみると中身が入っていないようだ。

 

 ちょうどいい、ここらで一旦考えをまとめよう。

 

「すみません、お茶がなくなったのでいれてきます」

 

 俺はそう言って部屋を出た。

 おかまいなく。そう言っていた二人に時間があるならゆっくりして行けと言い残して。

 山岸さんはさっきも言っていたように今日は用事がなく、桐条先輩も生徒会の仕事は終わったそうだ。桐条先輩は天田のために無理に終わらせたのかもしれないが、とにかく二人は暇があるらしく、まだ部屋にいる。

 

 しかし、部屋をでてから気づいた。

 

 ……当たり障りの無い対応なんてせず、どっちの話も一段落したんだから、帰らせてからゆっくり考えればよかったんじゃないの? と。

 

 どうやら、俺はまだ冷静ではないようだ。単に頭の回転が悪いわけではないと信じたい。




影虎は意図せず原作を一部改変した事に気づいた!
かげとらは こんらん している!



余談ですが、いじめなどが多人数に目撃されていると目撃者の間に“傍観者効果”というものが働くそうです。

傍観者効果とは、他にも人が見ているから自分が助けなくても誰かが助けるだろう、手や口をだして批判や被害を受けたくない、傍観者でいれば責任も分散される、などと考えて行動を起こさない人の心理で、傍観している人の数が多ければ多いほど効果が高くなるとか。そしてさらに状況を悪化させるとか、怖いですね。

でもこの傍観者効果について知っている人はそういう場面に遭遇した時、傍観者ではなく人を助けたりいじめを止める側に回る傾向があるそうです。

ということでなんとなく書いてみた。

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