人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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209話 ダンスの発表

 ~会議室(控え室)~

 

 クラスの演劇は無事に成功した。

 

 けれど……

 

「おやおや……」

「演劇に力を入れすぎたのね」

 

 再び疲労状態になってしまった……

 

 

「失礼する」

 

 桐条先輩を先頭に、目高プロデューサー、久慈川さん、井上さん、Mr.アレクサンドラ……番組の関係者が次々と入ってきた。

 

「やっほー、先輩お疲れ様!」

「演技見てたわよぉ~、すごかったじゃない!」

「お疲れ様、久慈川さん。Ms.アレクサンドラ。見てたんですか? そっちの準備は大丈夫?」

「ほとんど終わってるわ。まぁまだ少し残ってるけど、これから急げば大丈夫よ」

「とりあえず先輩にお疲れ様って言いたかったから」

「僕も隣で見ていたけど、素晴らしかったよ葉隠くん」

 

 井上さんからもお褒めの言葉を頂いた。

 

 確かに今日の演技は最高にノッていた。特に最後の方なんか、まるで自分が本当に主人公になった気がした。物語の中の人間の経験を、実際に体験してきたように……自分と別人の境界線があやふやになった気もする、不思議な感覚の中で演技ではなく本気の言葉と錯覚しそうな状態で演技をしていた。

 

「正直、もう一度やれと言われてもできるかどうかわからない。これまでで最高の演技だったと思う」

「ヒヒヒ……トランス状態に入っていたのかもしれませんねぇ?」

「トランス状態? それって霊媒師とかそういう人がよく言う?」

「ええ、久慈川さんの言う通りです。瞑想など宗教的な、または怪しげな修行を積んで入るという話が有名ですが、入る方法や入った時の様子は様々です。トランス状態は変性意識状態と言われる事もありまして、つまり“普段とは異なる”意識状態なんですね。入神状態、恍惚状態、脱魂状態とも呼ばれます。

 ……こんな話をするとやはり怪しげだったり難しく感じたりすると思いますが、実は普段と異なる意識状態になるのは特別なことじゃないんです。スポーツ選手がよく“ゾーンに入る”という話をするでしょう? あれも一種のトランス状態ですよ。急に感覚が冴え渡り、自分の動きや回りの動きを冷静に観察できて、体を思い通りに動かせる」

 

 確かにそんな感じだった。

 

「簡単な例だと、お酒を飲んでもある意味“普段とは異なる”意識状態になることは可能ですよ。まだ久慈川さんの年齢では実感がないと思いますが、想像はできますよね?」

「酔っ払ってたら、確かに普段通りじゃないかもしれないけど……そんなのでいいんですか?」

「ええ、構いません。お酒も適度であれば程よい高揚と開放感が得られます。ストレスからの解放であったり、インスピレーションを得たり、日々に役立てることもできるのですが……過剰に摂取すると泥酔し、様々な判断能力が低下したり見えないものを見たりします。また、トランス状態に入る場合の注意にも幻覚などの症状がありますしねぇ……ヒヒッ。

 とにかくトランス状態に入るには様々な方法があり、知らず知らずのうちに入ってしまうこともあるのです。今回の葉隠君の場合は、“極度の集中”が原因でしょうかねぇ? そのまま物語の主人公に陶酔し、その身に霊が乗り移ったような真に迫る演技ができたのかもしれませんね。……その分、体力のセーブを忘れてしまったようですが」

 

 ここでプロデューサーが心配したように声をかけてきた。

 

「葉隠君、もしかして体調が?」

「少し疲れてしまいました。でも怪我とかではないので、ダンスの発表まで休めばなんとかなると思います。舞台でのリハーサルはないですよね?」

 

 確認を取ると、プロデューサーは少し安心したように微笑む。

 

「昨日スタジオでやった通りにやってくれれば大丈夫さ。ですよね?」

「そうよぉ~。だから時間までしっかり休んでおいてね。大事なさそうでよかったわ」

「葉隠、気休めにしかならないと思うが……」

 

 桐条先輩がそう言いながら取り出したのは、彼女に似合わない市販の栄養ドリンクの瓶。

 

「“ツカレトレール”だ、伊織から預かってきた」

「ありがとうございます。先生、飲んでも大丈夫ですか?」

「……カフェインの入っていないタイプですし、他に睡眠を阻害する成分も入ってませんね。大丈夫でしょう」

 

 Dr.ティペットからも許可を得て、早速飲むことにした。

 

「そういえば彼女は皆さんと初対面でしたねぇ。ご紹介します。影虎くんのサポートチームの一人で、影虎くんの身体データ収集や健康管理、万が一の場合の治療を担当しているDr.ティペットです」

 

 江戸川先生が紹介する後ろで、独特な風味の液体を流し込む。

 ……特に変わった様子はない。さすがに飲んですぐは効かないか。

 

「ごちそうさまでした」

 

 順平にメール送っとこう。

 

「栄養ドリンクありがとう、っと…………ん? もう返ってきた」

『桐条先輩から受け取ったのか。でもあれ差し入れたの理事長だから、礼を言うならそっちだぜ!』

 

 ………………!?

 

「桐条先輩!」

「何だ、急にどうした?」

「さっきの栄養ドリンク、理事長の差し入れなんですか?」

「? ああ、言葉が足りなかったか。君がクラスメイトと別れた後、理事長が大量に持ってきたそうだ。それを残っていた全員で分け、余った一本を私が伊織から預かった。それがどうかしたか?」

「いえ、まさか理事長から特定のクラスに差し入れがあるとは思っていなかったので」

 

 差し入れとかされるほど親しくなった覚えがない。

 

「買いすぎた栄養ドリンクの処分に困っているんだろう。最近はようやく仕事が落ち着いてきたようで、私や明彦にも機会を見て進めてくるぞ。もちろん良い出し物をしたクラスへねぎらいの気持ちもあると思うが」

「あ、そうなんですか……」

 

 何やってんだあの人……

 

「では我々はそろそろ。りせの準備もありますので」

 

 井上さんと久慈川さんの言葉をきっかけに、皆が帰っていく。

 そしてサポートチームの方々だけになった部屋で問う。

 

「……これ、どうします? 飲んじゃいましたけど」

「他の生徒にも与えているなら、おそらく毒の類は入ってないでしょう」

「瓶や蓋に不自然な点もありませんね」

「念のため、残りを成分解析にかけてみますか?」

 

 俺も杞憂だと思うけど……本心が理解できないから、不気味なんだよな……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「影虎君、始まりますよ」

「ん……」

 

 江戸川先生に起こされた。時間は3時……久慈川さんのステージが始まる時間だ。

 

『いっくよー!!』

 

 校内放送を利用したテレビ画面に、ステージへ出てくる彼女の姿が映しだされた。

 

「デビューしたてとはいえ、さすがにアイドルですねぇ」

 

 華やかな衣装に身を包み、元気いっぱいに歌い踊る彼女の姿。

 観客の反応も悪くないようだ。

 このままじっくり見ていたいが、

 

「準備しましょうか」

 

 慌てることのないように、今のうちからぼちぼち準備を始めよう。

 衣装を着るのはまだ後でいい。まずは準備体操代わりのヨガで体を温める。

 

 ……

 

「……はぁ~……ふぅ~……よっ!」

「体調はどうですか?」

「普通……ですね」

 

 20分ほどのヨガでいい感じに体がほぐれた。ひとまず動くことに問題はなさそう。

 さっきのツカレトレールは、効いたのかよくわからない。

 でも体調に特に問題はないし、演劇に行く前より少しだけマシかも。

 休憩と薬で絶好調にまでなれば理想だったけど、疲労が取れただけでも十分か……

 

「失礼します。葉隠君、あと20分ほどしたら講堂へお願いします」

「承知しました」

 

 じゃあ衣装を着て軽く復習を……っと、その前に。

 

「ちょっとトイレに行って来ますね。すぐ戻ります」

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~男子トイレ~

 

「ふぅ……」

 

 すっきりした。

 文化祭の期間中とあって、どこもかしこも騒がしいけれど、ここは誰もいないし妙に静かだな……外の音が全く聞こえない。手を洗う水音だけが寂しく響く。

 

「……せっかくだから顔も洗うか」

 

 ヨガで軽く、本当に軽く汗をかいたので冷たい水が心地よい。

 目も完全に覚めて、さっぱりした気分で外に出る。

 

「……ん?」

 

 なんだか……体が軽い。手足がまるで羽のようだ。さっきまで重りでもつけていたんだろうか? そう思うくらいに軽く、体内の気が力強く巡っているのを感じる!

 

 一体どうして急に?

 

 疑問に思い、自分の行動を振り返る。

 

「!」

 

 もしかしてトイレに入ったから?

 学校の男子トイレに入ると日に一度だけ、“体調が一段階回復する”。

 そういうシステムがゲームにあったのを思い出した。

 回復時計とかと同じように、あのシステムも有効なのか!?

 

 理屈が全くわからない。しかし実際に体調は回復している。

 他に心当たりもないし、総合的に考えるとおそらく間違いない。

 

「なんで今まで気づかなかったんだろう……」

 

 もっと早く気づけばよかった……でも、怪我の功名。経緯はともかく絶好調になった!

 これで正真正銘全力のダンスを披露することができる!!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~講堂~

 

「まだまだイクわよぉ~ッ!!」

『アハハハハッ!』

『いいぞー!』

『ワー!!!』

 

 講堂は完全にライブ状態でお祭り騒ぎ。

 Ms.アレクサンドラのステージがかなり盛り上がっているようだ。

 

「お疲れ様」

「あっ、先輩」

 

 久慈川さんが舞台袖から、アレクサンドラさんのダンスを見つめていた。

 

「すごい熱気だな」

「うん。本当にね」

 

 ステージ上のMs.アレクサンドラはいつもと違う表情と踊りで、観客席を熱狂させていた。

 

「普段はあのキャラが強いからイロモノ扱いされてるし、バラエティーでもいじられ役だけど……やっぱり本物の“カリスマダンサー”なんだよね。技術も迫力も、なにもかも素直に凄い。私の何倍も盛り上がってるよ」

 

 一流の実力を目の当たりにして、思うところがあるようだ。

 久慈川さんは真剣な目でステージを見つめ続ける。

 俺も思うところが無いわけではないけれど、それ以上に……

 

「俺、この後に出るんだよなぁ……」

「あ……そういえばそうだよね。うわっ、先輩へのプレッシャーすごくない?」

 

 恐怖耐性、混乱耐性、そのあたりのスキルがなかったらどうなっていたことか。

 

「平気なんだ。この人数と歓声の前で」

「緊張はしてるさ。……そうだ、何かアドバイスをくれないか?」

 

 久慈川さんは俺より先にステージでダンスをしたんだ。何か役立つことを教えてくれるかもしれない。

 

「そんな期待した目で見られても……」

 

 そういいつつも考えてくれる律儀な久慈川さん。

 

「……私ね、先輩はもう技術は十分だと思うの。だけどダンスって、ただリズムを刻むとかじゃなくて……自分の気持ちや、感じることを表現して、見ている人たちに伝える為のものなの。だから、えっと……上手く言えないけど……音に気持ち乗せて、感じるままに動いちゃえばいいんだよ。

 先輩はダンスを始めて短いかもしれないけど、その間何も感じなかった訳じゃないでしょ? 今日までに思ったことを、先輩の好きなように伝えちゃえ! って、感じでいいかな……?」

 

 “今日までに思ったこと”

 アドバイスに従い、練習風景を思い出してみる。

 Ms.アレクサンドラや久慈川さんとの練習は楽しかった。

 苦労よりも楽しさがはるかに勝る。

 詳細を言葉で伝えるのは難しい。だがこの気持ちを音楽と振りに乗せる……できるだろうか?

 ……不安げな思考に反して、表情が緩むのを感じた。

 胸の底から、エネルギーが湧き上がるような感覚もある。

 

「ありがとう、参考になったよ」

「え、本当に?」

「本当だとも。今は……今すぐにでも踊りたくて仕方がないくらいだ」

 

 ダンスについて、これまでにない高揚を感じる!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 流れていた音楽が止まる。

 Ms.アレクサンドラのステージが終わった!

 

「葉隠君。予定通りMs.アレクサンドラの合図で出てもらうので、いつでも出られるように準備おねがいします」

「了解、いつでも行けます」

 

 丹羽ADの呼びかけに答え、舞台袖で待機。

 

「皆~! 元気~!?」

『元気~!』

「オッケ~! 楽しかった~!?」

『楽しかった~!!』

「それは良かったわ、アタシも幸せ!! だ・け・ど……今日はもう一曲! 特別なショーを用意しているのよっ!」

『えー!』

 

 アレクサンドラさん、マイク片手にノリノリだ。

 

「皆に聞きたいの。この中で、“プロフェッショナルコーチング”って番組を見たって人はいるかしら? いたら手を上げて。…………ありがと~!! やっぱり放送以降、色々と話題になったからほとんどの人が知ってるみたいねっ!」

 

 ここで来月2日から新番組の“アフタースクールコーチング”の番宣が行われる。

 

「そ・し・て、実はアタシ、昨日まで栄えある第1回の講師役として、この学校の男子生徒にダンスを教えてたの!」

『えー!?』

「だからね? その結果発表を今! ここでやるわよぉ~!!!!」

 

 秘密裏に準備されたサプライズ。観客席から響く驚きの声に続いて、とうとうその時がやってきた。

 

「で、その生徒役の男子なんだけど~、見てもらえばきっとわかるわよね? じゃあ早速、登場しちゃって頂戴! 葉隠君! カモ~ン!」

「行ってくる」

「頑張って、先輩!」

『キャーーーー!!!!!!』

 

 久慈川さんやスタッフさん達に見送られつつ、ステージへ上がった途端。耳をつんざくような声が浴びせられる。それに手を振って応えつつ、アレクサンドラさんの隣へ。

 

「はい、あなたのマイクよ」

「ありがとうございます。……こんにちは皆さん! 月光館学園1年、葉隠景虎です!」

 

 より一層大きな大歓声。続いてそれを遮るように響く声。

 

「前回のプロフェッショナルコーティングに引き続き、彼が番組に参加してくれたわ! 拍手~!」

 

 今度は拍手が雨あられ。そしてダンスの前に挨拶と決意表明。

 

 かつて怖い夢を見続けたこと。

 強くなりたい一心で、格闘技ばかりやってきたこと。

 そして先月死にかけてから、新たなことに挑戦したいと考えたこと。

 

 内容は以前全校生徒に行った演説とほぼ同じ。

 ただし時間をかけてダラダラと話していればせっかくの熱が冷めてしまう。

 簡潔かつストレートな表現に変えて観客の皆様へ伝える。

 

「だから僕はこの度、“アフタースクールコーチング”に参加させていただきました! そしてダンスは新たな人生の第一歩! 皆様にはその一歩を見届けていただきたい! よろしいですか!?」

『いいともー!!』

『ウォオオオオオ!!!!』

「ありがとうございます!」

 

 久慈川りせさんとMs.アレクサンドラが事前にこの場を温めてくれた。

 凄まじい熱量と共に伝わる、歓迎の意思。確かに受け取った!

 

「アレクサンドラさん。マイクを」

「は~い、預かるわよ。もう会場の皆も、葉隠君も我慢できないみたいだし、始めましょう! これが最後よ! 気合入れなさい! Are! You! Ready~!?」

『Yeah!!』

 

 俺も片手で意思表示。

 

「オ~ケ~! It's……Show Time!!」

 

 掛け声で一気に暗転する会場。

 慣れ親しんだ曲が流れ始め、左右からバックダンサーの方々が位置につく。

 光が戻ると同時にダンスが始まる。

 

 緩やかな動きから徐々に激しさを増していく。

 その動きのひとつひとつに練習の思い出が残っている。

 踊りながらも、容易に練習風景を思い出すことができる。

 さらに周囲で踊るバックダンサーの方々との一体感。

 今も過去も、濃密に感じられる幸福感。

 さらに内だけでなく観客席から常に力が流れ込んでくるような充実感……

 

 久慈川さんのアドバイス通り、それら全てを音と振り付けに乗せて放出。

 

 感じる。

 これまで行っていたことと、通じるモノがある。

 演説で人を煽るのに近い、ただ今回は言葉を使わずに自分の思いを伝えるんだ。

 似たことをやったことがあるじゃないか。

 

 この湧き上がる気持ちに従い、体から溢れていくエネルギー。

 言葉はいらない。ただただ動きに心を込める。

 

 久慈川さんが言っていた。

 ただこの喜びを感じて踊り、表現すればいいのだ。

 難しいことを考える必要はない。

 本能に従え。

 目の前にいる観客に、一人残らず自分の感じる楽しさを知ってもらえるように。

 相手を魅了するくらいのつもりで踊りきればいい!

 

「! ハハッ!」

 

 ここにきて新たな力への目覚め。

 

 “セクシーダンス”

 

 全体魅了魔法。

 

 ここで予感は確信に変わる。

 

 またトランス状態に入ったのかもしれない。

 踊るのが楽しくて仕方がない。

 動き出した体は淀みなく動き続け……

 

「ブラーボー!!」

『――――!!』

 

 気づけば体は汗だくで、気分は最高。

 周囲は人生で一番の大歓声に包まれていた。




影虎はまたしても疲労になった!
影虎はツカレトレールを飲んだ!
影虎は休憩を取った!
影虎の体調が普通になった!
影虎はトイレに行った!
なんと、影虎の体調が絶好調になった!
影虎はダンスを踊った!

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