「ありがとうございましたー!!!」
観客からの歓声を一身に受けながら、舞台袖へ引っ込むと、
「お疲れ様ー!」
「本番でやったな!」
「よかったよ! 葉隠くん!」
「最高のステージだったよ!」
カメラを構えたカメラマンを先頭に、スタッフさんやプロデューサーが次々と集まって声をかけてくる。
そうだ、ここで結果発表後の感想を撮るんだった。
Ms.アレクサンドラ……ん!?
後ろを振り向くと、
「葉隠ぐん……ずばらじ、がっだば!!」
めっちゃ泣いてる!?
「そこまで泣きますか!?」
「ごめんなさいね……ちょっと待って……」
レースと刺繍の入った高級そうなハンカチで涙をぬぐい、鼻をかんでいる……
「はい、もう大丈夫よ。……今のダンスはこれまでの一週間で最高のダンス! そして見事に自分の気持ちを表現してくれちゃって! ダンスが楽しいって気持ち、見ていてビンビンに感じたわッ! すばらしい、なんて言葉じゃ足りないくらいにグレートッ! ハラショー! エクスタシィー! マーベラスッ! ブラヴォー! マラディエッツ!」
いきなりテンションがふっきれた……
しかも後半、言語が違うだけで内容全部一緒、じゃない!
一つ違うもの混ざってるぞ!
「大丈夫かな……でも自分としても今回のダンスは最高だったと思います。本当に、全身全霊で踊れたと言うか……」
今更ながら汗がすごい。衣装のシャツが体にへばりついている。
「そうね。あなたが真剣に踊ったって証拠よ。でもちょっとエロスだったわ」
「エロス!?」
「大丈夫、エロスはエロスでも健康的なエロスだから。魅力的ってことよ。ちゃんと放送もできるわ」
あまり深く考えない方が良さそうだ……
「あっ、ほら。りせちゃんも何か言ってあげなさいよ」
「……」
大人の間から久慈川さんが姿を見せていた。
「先輩」
「久慈川さん。アドバイスありがとう。役に立ったよ」
「ううん。私はちょっと偉そうなこと言っただけ、さっきのダンスを踊って見せたのは、葉隠先輩だよ」
? なんだか久慈川さんの様子が変だ。
「どうした?」
「……先輩……私ね、参加した初日に先輩の事、ちょっと侮ってたかもって思うんだ」
どういう事だろう……?
「私、新人だけどアイドルだもん。デビューまでの間は候補生としてしっかりレッスンやってたし、同じレッスンをしてる候補生の子たちも沢山見てきたつもり。……皆アイドルになりたくて、デビューしたくて、必死で。それでもダメで辞めていく候補生も沢山……
だからかな。企画の課題として与えられただけで、どこまで頑張れるんだろう? って、心のどこかで考えてた気がする」
軽くうつむきながら語る彼女。傾いた表情は暗い。
周囲に、困惑しているような、微妙な雰囲気が流れる。
プロデューサーや井上さんは止めようか迷っているようだ。
二人に視線を送り、手で軽く合図。もう少し待ってあげてほしい。
「だけど初めて先輩のダンスを見た日。あの時から上手で驚いたし、毎日の練習でもぐんぐん上達していくし。課題をクリアしてもそれで良しとするんじゃなくて、もっと良くしようって気を緩めずに練習続けるし……そして何よりさっきのダンス。
これまでで1番上手だったけど、それだけじゃなくて。アレクサンドラさんが話してた通り、先輩の気持ち、私もしっかり感じたよ」
でも、だからこそ。
彼女は俺を正面から見据える。
その視線には、これまでよりも力強くまっすぐな熱意を感じた。
「私、今“負けたくない”って思ってる……こういう時、本当だったら頑張ったね! とか、すごいね! とか言うべきだと思うけど、それが正直な気持ち。私、アイドルとして先輩に負けたくない。それが、今日まで先輩の練習と結果を見た、私の正直な感想」
彼女のオーラは普段、情熱の赤と楽しそうな黄色。そこに青が混ざる。
しかし今ははっきりとした紫色だった。
情熱と冷静さを兼ね備えた、うつくしい紫色。
演劇に対するエリザベータさんの色に限りなく近い。
自然と口元が緩む。
「……ええっと……」
「!」
堂々と宣言した後の事を考えていなかったのだろう。
どうしていいかわからなくなったように、彼女はうろたえ始めた。
その様子がおかしくて、ついつい笑ってしまう。
「ちょっ、笑わないでよ先輩!?」
「ごめんごめん、でもあんだけ堂々と言い切った後にうろたえるから、おかしくて……」
「むー!」
おっと。可愛いらしい口調だが、わりと本気で怒り始めた。
「悪かった。それにしても、まさか宣戦布告されるとは」
「うっ……」
ばつが悪そうな顔をする彼女へ、今度こそ真剣に語りかける。
「……それだけのダンスになっていた。そう思ってくれたんだな」
「! そう! それは間違いなく、私の正直な気持ちだもん!」
「未来のスーパーアイドルがそこまで言ってくれるなら、何よりも嬉しいほめ言葉だ」
彼女の言葉には後ろ向きな感情がない。
その意図をスタッフの方々も誤解せずに済んだようで、
「これが青春……!! 葉隠君もりせちゃんも、ナイスなハートよッ!」
アレクサンドラさんの叫びと、周囲は前以上に明るい雰囲気に包まれた。
「?」
撮影関係者以外の後ろで、放送委員が慌ただしく動いている……
様子がおかしく感じたので、プロデューサーの判断を仰ぐ。
……カメラは回っているが、気にせず話しかけていいそうだ。
「何かありましたか?」
「それが、来客が退出してくれないんだよ。講堂で行うプログラムはすべて終わったってアナウンスしてるんだけど……」
どういうこと?
「先輩、何か聞こえない?」
『……ア……ル……アン……ル』
観客席とステージを阻む2枚の
講堂で行うプログラムがすべて終わったから、今は両方降ろされている。
その二枚の低くない防音性能を貫いて聞こえる声……!!
「これってもしかして……アンコール?」
そういえばダンスの最終に身についたスキルがある。
“セクシーダンス”……今のダンスで観客が魅了された?
「この場合どうするの? 先輩?」
「どうするって」
アンコールの用意なんてないぞ!
「プロデューサー!」
「困ったねぇ……ただ終わりです、帰ってください。と押し通すこともできるけど」
「ちょっと味気ないわよねぇ」
それには同意する。ここまできて最後が冷めるのは嫌だ。
「なら予定に無いけどもう一回、本当に最後のステージをやっちゃいましょうか!」
もう一度踊ることになった!
「みんな元気ねぇ~!! その元気な声にお答えして、また出てきちゃったわよぉ~!!」
「アンコールありがとうございまーす!!」
『ワーーーー!!!』
も、ものすごい熱気だ……さっきから全く熱が冷めていない!
「残念ながらレパートリーの関係で、皆様、もう見たダンスになってしまいますが……それでもよろしいでしょうか!?」
『いいともーーーーー!!!!』
快い返事が返ってきた!
「ありがとうございます! それでは……ミュージック! スタート!」
俺の合図で曲が流れ始める。
聞きなれた、とてもかわいらしい曲が……っ!?
「音楽違う! これ久慈川さんの曲!? 俺のは!?」
「ノンノンノン、アンコールで同じ曲だなんてナンセンスよ! ってことでアタシがお願いしたわ! あとアタシもこの曲、ステージで歌って踊りたかった!」
「私情かい!」
「ちょーっと待ったー! それ私のだから!」
「あ、ご本人登場」
「私も歌うし踊るよっ! 負けないんだから!」
勢い任せで、だんだんカオスな状況になってきたけど、ここまできたら乗るしかない!
全力で! かわいらしいアイドルのダンスを踊る!
今度は熱気だけでなく、笑い声と黄色いオーラで講堂が満たされていく……
そして笑顔の中、文化祭は終わりを迎えた。
……
…………
………………
夜9時
~男子寮・自室~
文化祭は無事終了。
撮影スタッフもステージが終わるとただちに撤収。
そして簡単な片づけをした後、先に一般の生徒が。
実行委員や生徒会に属する生徒も少し遅れて帰宅となった。
シャワーと夕食をすませて、携帯のアプリを起動する。
……会話ログを見る限り、やはり文化祭の話題。
特に各自どのように過ごしていたかを話しているようだ。
――グループ名:影虎問題対策委員会――
影虎 “ただいまー”
会長 “おかえりー”
順平 “おっ、影虎も戻ってきたな”
影虎 “やっと汗を流せてスッキリしたよ”
岩崎 “葉隠君、汗びっしょりだったもんね”
友近 “影虎は帰宅のタイミングが悪かったな。もう少し早く帰ってれば、混みあう前に入れたぞ”
副会長“生徒会にTVの仕事が重なったんだ、仕方あるまい”
言いたいことを副会長が言ってくれた。
しかしその文をきっかけに、新たな話が始まる。
西脇 “そういえば葉隠君、またTVに出るんでしょ? その話、もう女子寮でガンガン話題になってるよ!”
影虎 “男子寮でも話題になってるし、想定の範囲内。そっちは大丈夫だった?”
Kirara “思いっきり質問攻めにされたよ!”
岳羽 “テレビに関しては私たちも初耳だったんだけど……”
影虎 “今日の正式発表までは、あまり口外しないことになってたからな”
Kirara “お仕事なんだから守秘義務とかあるのは仕方ないけどさ……とりあえずこのグループ名は当分変えないことに決定!”
島田さん、ささやかな仕返しのつもりだろうか?
ちょうどいい機会だし、みんなには軽く話しておこう。
テレビ出演について、これまでの経緯を説明。
影虎 “というわけだ”
友近 “つまり自分探しみたいなもんか”
影虎 “そんな感じに考えてくれていいと思う。プロデューサーと俺の利害が一致したから引き受けたんだ”
宮本 “でも演劇や生徒会の仕事の他にダンスまでやってたんだな。俺はそれが驚きだよ”
影虎 “確かに今回はだいぶ疲れた。数日はゆっくり休むつもり”
高城 “それがいいよ。明日の打ち上げには出られるんだよね?”
影虎 “大丈夫。ダンスの撮影は今日で終わったし、その他の撮影は来週以降だから。明日は特に忙しくないよ。予定通り学校で午前中に後片付けして、午後にそのまま打ち上げって感じかな”
例年通りであれば、文化祭の後は平日に授業を潰して後片付けを行うらしい。しかし今回は準備期間に授業時間を潰している。そのため休日である日曜日に後片付けを行い、その翌日の月曜日は通常通り授業を行うことになっている。
その前に、クラスのみんなで打ち上げをしたい! という意見が多く生徒会室に届いたため、掃除が終われば教室で打ち上げをする許可が出ている。反対に校外での打ち上げは禁止。 打ち上げで羽目を外しすぎる生徒が出ることを危惧しての対応だ。
Kirara “一応こっちでもお菓子と飲み物はある程度用意するけど、持ち寄りもOKだから”
影虎 “島田さん。言い忘れてたけど俺、部室の厨房を使う許可とってある。あと貰い物の生ハムがあるから、ピザでも焼こうか? 他にも簡単なものなら作れるから、希望があれば連絡して”
Kirara “葉隠君ナイス! こういう時に料理できる人がいると助かるよ~。あ、この間のケーキよろしく!”
副会長“葉隠……お前、休むと言いながら仕事を増やしてないか……?”
!! 気遣いが仇になった……だけどまあ、イベントの締めくくりだし。
料理は気分転換にもなるからいいだろう。
忙しい日々がようやく落ち着く兆しを感じ、夜をのんびりと過ごした!
影虎のダンスに久慈川が触発された!
久慈川は芸能活動への思いを強めた!
観客が魅了されていた!
影虎はアンコールを受けた!
影虎、アレクサンドラ、久慈川はかわいいダンスを踊った!