翌日
9月21日(日)
朝
「それじゃ分担して後片付けと教室の掃除、お願いね。他のクラスとの兼ね合いもあるから、早く終わっても午後までは打ち上げはじめちゃダメ。代わりに校庭とかの掃除を手伝うようにね」
担任の宮原先生からざっくりとした指示を受け、後片付けの開始。
だけど、
「捨てる物、これでいいね?」
うちのクラスの出し物は演劇。
教室はほぼ使っていなかったので、すぐにでも授業に使える状態。
衣装や台本、小道具などは記念として持っておく人が多く、捨てる物もほとんどない。
せいぜい背景に使っていた書き割りくらいだ。
おまけにそれも昨日の帰宅前にゴミ捨て場へ運び込まれている。
今日新たに捨てるものはゴミ袋がたったの3つ。
誰か二人、がんばれば一人でも十分な量だった。
「んじゃ俺たちは校庭か」
「このまま行けばいいんだっけ?」
「校庭の担当は鳥海先生だから、先生に指示を仰げばいいよ」
「そうか。じゃ行こうぜ」
捨てるゴミ袋を一つ担ぎ、移動する。
……
…………
………………
~校庭~
昇降口から外に出ると、すぐに鳥海先生は見つかった。
校庭に出る小さな階段に一人で座って……さぼってるようにしか見えない……
「鳥海先生!」
「! あら。一年A組ね。もうクラスの方は終わったの?」
「昨日のうちにあらかた片付いてたんで」
「そう、だったら早速手伝いなさい。見ての通りの状況だからね」
校庭には来校者が捨てたと思われるゴミが所々に落ちている……
「はいこれゴミ袋。片っ端から拾って、この中に突っ込んで頂戴」
「せんせー! 分別とかは」
「その辺は適当にやっといて。とりあえず綺麗にするのが第一で」
おいおい……
「相変わらず適当だな」
順平のつぶやきに心から同意してしまった。
とりあえず作業に入る。
周辺把握によると……校庭よりもその周りにある生垣の中や物陰にゴミが多い。
堂々とポイ捨ては気が引けるけれど、持ち歩くのはめんどくさい。
見えないところに隠してしまえ。
そんな風に、捨てた人の考えがなんとなく分かってしまう捨てられ方だ……
見えにくい部分のゴミ拾いに没頭した……
……
…………
………………
午後
~部室~
ちょっと早めに掃除を切り上げ、打ち上げ用の料理を作る。
本日のメニューはみんなで分けて、軽くつまめるものが中心。
みんながお菓子などを持ち寄っているので、量はそれほど必要ない。
ピザとケーキ以外に注文も出なかったし、それだけでいいだろう。
ただし、ケーキは同じものばかりだと芸がない。
Mr.アダミアーノのレシピを参考に、種類を増やしておこう。
……ん? 電話だ。近藤さんから?
「はい、葉隠ですが」
『葉隠様、近藤です。いまお時間よろしいですか?』
「はい、今は大丈夫です」
何かあったのだろうか?
『先日からの調査結果や、本部からの連絡等、皆様にお伝えしたいことがあります』
長くなるので電話口ではなく、夕方に江戸川先生や天田も揃えて話がしたいそうだ。
打ち上げも今から夜遅くまでは続かないだろう。せいぜい2、3時間。
天田もそのくらいならまだ門限に余裕があるはずだ。
後で集まることを約束し、電話を切る。
……
後で、と言われると逆に気になってきた。
何の話か? 良い話か? 悪い話か?
気になる気持ちを抑えて、料理に勤しんだ!
……
…………
………………
夕方
~メゾン・ド・巌戸台~
「お待ちしていました。どうぞこちらへ」
サポートチームの拠点に到着すると、速やかに前回顔合わせをしたリビングに通された。
「今日は全員集合……というわけにはいかないようですねぇ」
確かに。元海兵隊員と元陸軍情報部の二人がいない。
「バーニーとチャドについてはまた後でお話します」
「何か、話の内容に関係がありそうですね」
「ええ、これはまず話を聞いたほうがよさそうですね……」
両隣から二人の言葉。どんな話が飛び出すのか、若干の緊張を感じる。
そうして近藤さんから受けた説明によると……
まず始めに、アメリカのシャドウ問題対策本部の“表の顔”。民間軍事会社の設立準備が早くも整ってきたそうだ。十分に活動するにはまだしばらくの時間が必要だけれど、とりあえず会社の中核となるメンバーと最低限の人員は集まったらしい。
まだ準備段階ではあるものの、
警備部・開発部・情報部・広報部・人事部・経理部
以上6つの部署を立ち上げる。
全体のトップがコールドマン氏で、警備部のトップはボンズさん。開発部ではボンズさんの知人のミリタリーグッズ生産者をトップに据え、協力者として科学者のエイミーさんをトップに近い位置に置く。
そして情報部のトップにはコールドマン氏の執事を勤めていたベリッソンさんが就任。公にはできないけれど、彼の裏に隠れてロイドも情報部で働くらしい。
他にも警備部は戦力の補充、開発部は研究・開発、情報部は情報収集・処理の効率化のため、今後も人材を集めていくことになる。
対して広報部・人事部・経理部はコールドマン氏が信頼する部下のみで構成される。
集められた人材は必ず情報部が素性や経歴を明らかにして、精神鑑定を含む人事部のチェックを受け、最終的にコールドマン氏本人との面接をクリアした者のみを採用とする。
「迂闊に公にはできない情報を扱うことになりますからね。そのあたりは厳しく審査を行わざるをえません。そしてまだ先の、ある程度人員が集まった後の話ですが……ボスは葉隠様に協力をお願いしたいと」
「具体的にどのような?」
「社員や協力者など、選抜された人員に対し“シャドウの危険性”と“ペルソナ使いの力”を教える事です」
シャドウを操るだけならアンジェリーナちゃんも可能。だけど召喚、日中にシャドウを用意できるのは現状で俺一人。俺が協力すればシャドウの危険性とペルソナの力を安全に教えられる、ということか。
「見返りとして、葉隠様には新たな“戸籍”をご用意します」
「……戸籍?」
「葉隠様は素顔とは別に、能力を用いた変装用の名前と顔がありますね?」
「戸籍を用意すると言いましたが、厳密にはアメリカに戸籍というものはありません。代わりにSocial Security Number(社会保障番号)という物がありまして、銀行口座の開設からアパートの契約、保険の契約、様々なことに使われます。アメリカで生活をするなら必須と言っても良いでしょう。
通常は出生と同時に申請され取得するのが普通ですが、そのあたりはボスの伝と権力でどうとでもなります。例えば……裏で金を払えばなんでもやる医者を探し、対価を払って出生証明を一筆書かせる程度は造作もありません」
それを使って“ヒソカ”という張りぼての名前と顔に、国籍と社会保障番号。ついでに外見相応の年までの経歴を用意すれば、書類上は“人間”にできる。
「そうすればパスポートを作って堂々と入国することも、就職も可能になる……」
「万が一、姿を隠さなければならない状況に陥ったとしても、別人として人並みの生活を送れます。手続きのため渡米する必要はありますが」
「そちらの仕事のついでに行える。ということですね」
「……それ違法行為なんじゃ……」
天田は正しい。
しかし俺にとっては今さらだ。
この一年で何回法を破ったかわからない。
記憶を引き出して数えれば分かると思うけど、数えようと思えなくなっている。
「影時間でやってることなんか、法に照らし合わせたら大体違法だよ」
「……言われてみればそうですね」
考えるべきは有用か否か。
偽の経歴を作ってもらった場合。
ヒソカの社会的な情報は全部あちらに筒抜けだけれど、できることの幅が格段に広がる。
「いつごろ渡米すればいいのでしょうか?」
「あちらの根回しもありますし、学業や仕事のスケジュールを考えれば冬休みのあたりが適当かと」
だいぶ先、でもないか……もう9月も終わりだし、ほんの3ヶ月だ。
「この件は1ヶ月前までにご連絡いただければ結構です。ご検討ください」
やるかやらないかは俺に任せる、ということらしい。
近藤さんの話が続く。
「アメリカの騒動ですが、政府はやはりテロと見て警戒を維持しています。しかし新たな犯行も予告も要求もないため、それ以上の動きはありませんね。シャドウの被害者は多く出ましたが、現在はほぼ全員が回復し日常生活に戻っています」
「戻れていない方は?」
「被害者全体の1%にも満たない人数ですが……無気力症からは回復したものの、高齢や持病などで無気力症以外の症状の治療を要する方々。それからブラッククラウンや化け物を見たなど、記憶の混乱に悩まされている方が大半を占めています。前者は病院で治療を受ければ普通に回復するでしょう。
後者の方々は、今のところ何とも言えません。しかし症状の重い患者の一部には、影時間の出来事をかなり鮮明に覚えている方もおり、ボスが手配した病院に、テロ被害者支援の名目で集めていますね。今後、治療と経過観察を続ける方針です」
「重篤な記憶の混乱……気になりますねぇ……」
「まだなんとも言えませんが、容態に変化があればすぐに連絡するとの事です。また、状況によっては葉隠様に“制御剤”の手配をお願いするかもしれません」
「分かりました。資金さえ用意していただければ、ストレガとの交渉窓口になりましょう」
「ありがとうございます」
「葉隠様、こちらを」
ハンナさんから一冊のファイルを渡された。
「偽の経歴をご用意いたしました。窓口となっていただく場合は、必然的に彼らと接する機会も増えます。何か尋ねられた際にご活用ください」
なるほど。
職業が探偵とか、ストレガに対して言った
内容を記憶してファイルは返却。
その後も情報交換を続け、最後の話題は“コロ丸”について。
「調査の結果、コロ丸様の事前情報と現実に齟齬が見つかりました」
もう調査していたことにも驚きだが、何か間違いがあったか?
確かに先日のトイレのように忘れていることもあるけれど。
自分の記憶を疑いつつ、聞いた言葉は衝撃的な内容だった。
「コロ丸様の飼い主は長鳴神社の神主を勤め、シャドウに襲われ死亡した、というお話でしたが……我々の調べによると、長鳴神社の神主はご存命です。亡くなっていません」
……? どういうことだ? 長鳴神社の神主が亡くなっていない? しかし以前、勉強会の最後にみんなで神社に行った時には、山岸さんがそんな話をしていた覚えがある。
「待ってください、あの神社の神主さんが亡くなったって話は僕も知ってます。間違いないはずです」
天田も似たようなことを考えたようで、疑問を口にする。しかし、
「おそらく、それは前任の神主でしょう。そちらの方は確かに亡くなられたという情報が入っています。ですが死因は肝臓病の悪化で、亡くなる2週間ほど前から辰巳記念病院に入院していたそうです。影時間の出来事が一般的に起こりうる出来事に置換されたとしても、長鳴神社と病院では場所が違います」
何よりも、事実として今の神社にはちゃんと神主がいるそうだ。
名前は“
それを聞いて思い当たることがあった。
それはまだ6月に入って間もない頃、初めてスキルカードを複製した帰りに出会った、コロ丸の飼い主。無くなった神主の息子だったはず……でも、
「その人が俺の考えている通りの人なら、別の仕事を持っていたはず……」
「はい、確かに彼は
また、バーニーとチャドを“神社に興味のある外国人”として接触させ様子を見ていたところ……家を出て就職したため父親に預けていたが、コロ丸様は自分が拾った犬で、“虎狼丸”と名付けたのも自分であると、本日の昼ごろ、本人の口から聞けました」
コロ丸と名付けたのは亡くなった神主。そして彼も
どうやら俺は思い違いをしていたようだ……そうなると、
「まだ生存を確認していますが、葉隠様の情報が正しければ、そう遠くない未来に彼は亡くなるでしょう」
いつ襲われるのか見当がつかない。
けれど、看過するわけにもいかない。
「……対策を考えます」
文化祭、ダンス、収録。
様々な事で忙しい日々が一段落したと思った矢先に、新たな問題が発生した……
影虎はクラスメイトと文化祭の片づけを行った!
影虎は打ち上げ用の料理を作った!
サポートチームから連絡が入った!
サポートチームと情報交換を行った!
影時間用の“偽の経歴(裏工作済み)”を手に入れた!
影虎は“神主の生存”に気づいた!