人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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215話 自主練習

 夜

 

 ~カラオケ店~

 

「お一人様でよろしいっすかぁ?」

「はい。これ使えますか?」

「あー、はいはい。大丈夫ですよ。ドリンクフリーですが何にしましょう?」

「ウーロン茶で」

 

 チャラそうな店員から寂しい人を見る目で見られつつ、マイクとお茶を受け取り部屋へ移動。

 ドッペルゲンガーのおかげで全く恥ずかしくない。

 

「ふぅ……」

 

 一人カラオケなんて久しぶりだ。半分勉強だけど、せっかくだから楽しもう。

 

「IDOL23の曲は……やっぱり多いな……“カチューシャとロングヘアー”」

 

 ずらりと並ぶ検索結果から、聞き覚えのあるものを選ぶ。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 一曲目を歌い終えた。

 しかしうろ覚えな部分があったので、完成度は低い。

 知ってますとは言えるが、本当になんとなく知っているレベルだ。

 

「……もう1回歌おう」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 二回目

 

 一度曲と歌詞を確認したので、最初よりはスムーズだった。

 しかし、音楽と声が微妙にあっていない部分があるのがわかる。

 ダンスの要領でリズムを掴み直せば、まだ改善できそうだ。

 後は息継ぎのタイミングにも注意してもう一度……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 三回目

 

「良くなってはいるけれど……」

 

 ダンスと同じで、まだ先がある気がする。

 ……声を出す、という点は歌も演劇も同じだ。

 エリザベータさんから学んだ発声練習で、発声から見直してみようか……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 発声練習後

 

 声の通りが良くなった!

 ウォーミングアップになったようで、言葉の一つ一つが綺麗にマイクに入る。

 演劇を参考にしたのは正解だったかもしれない。

 もう少しやってみよう。

 

 歌詞を確認しなおして、言葉の意味を考える……

 そこから感情の動きを考察し、キャラクターを作っていって……!?

 

 何だ電話か……

 

「はい、もしもし」

『お時間5分前ですが、延長しますか?』

「あー……」

 

 せっかくいい感じに集中できていたのに、今ので途切れてしまった。

 

「いえ、延長しません。すぐ出ます」

 

 夜も遅いし、今日はここまでにしよう。

 

「ありがとうございました」

 

 荷物を片付けて、マイクを返却。

 

「ほら、あの人だよずっとIDOL23の同じ曲ばっか歌ってた人」

「マジ? 超おっさんじゃん」

「超マジ。隣の部屋にドリンク何度も運ばされたんだけど、ずっと同じ曲だけ歌ってんの。しかも妙に上手かったり、発声練習? みたいなのやってたり、悩んでたり」

「何それ超ウケる~。マジすぎるでしょ。何、忘年会の準備?」

 

 ……見られていたのか……

 

 手続きの最中、ギャル系の店員がこっそりと俺の方を見て笑っていた。

 素顔でないので恥ずかしさは感じないけれど、あまり気分がいいものではない。

 この店を使うことは二度とないだろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 9月26日(金)

 

 昼休み

 

 ~生徒会室~

 

「副会長、終わりました」

「よし、次はこっちの書類整理を頼む」

 

 生徒会の仕事を手伝う。

 今年の文化祭について、来年以降の資料になるようまとめなければならない。

 以前読んだ事務作業のマニュアルや、コールドマン氏の教えを参考としてフル活用。

 脳内で推敲した文章に適宜画像やグラフを加え、構築したレイアウトをPCへアウトプット。

 

 ……それだけでも作業速度は普通にやるより断然早いけれど、タイピングや画像や表を入れる位置や操作をミスすることがある。すぐに気づけで修正もできるが、明確なタイムロスだ。もっとパソコンや資料作成ソフトの扱い方を身につければ、更なる効率アップが望めるかもしれない。

 

 ……山岸さんに相談してみようかな。

 

「葉隠君!」

「どうしました? 会長」

 

 職員室に呼ばれていたが、何か関係があるのだろうか?

 

「ありあり大ありだよ! 次回の撮影の件なんだけどね」

「会長! 声は落としてください」

「あ、うん、ゴメン。……次回撮影の最後に、真田君と試合させたいってテレビ局側の申し入れなんだけど、真田君がOKしたよ。“八百長なしで、葉隠が了承しているなら俺も構わない”って」

「そうですか、了解しました。こちらの方からも連絡しておきましょう」

 

 真田との試合が確定した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~部室~

 

「ちょうどいい本があるよ。私が最初。……えっと、小学生の頃に勉強した時に使った本なんだけど、分かりやすくてすぐ使えることもたくさん書いてあったから。入門書にはいいと思う。パソコン関係の本は色々あるんだけど、その本は基本的な使い方に重点を置いて書いてあるし……あっ、でも昔の本だから情報が古いね。今の機種だと色々変わってるから……葉隠君がやりたいのは書類作りとかお仕事だよね? なら、やっぱり資料作成ソフトの専門書の最新版がいいかな……」

「お、おお……」

 

 山岸さんが饒舌になった。真剣に考えて教えてくれているのはとてもありがたいけど、時々出てくる専門用語にもわからない言葉がある……その辺りからきっちり頼みたい。

 

「? ちょっとゴメン」

「あ、電話? どうぞどうぞ」

 

 断りを入れて電話に出る。

 

「お待たせしました、近藤さん」

 

 近藤さんからの連絡内容は……

 

「鶴亀のデータを送った。はい、わかりました。急いで帰って確認します」

 

 昨日話していたデータ分析の結果が出たのだろう。

 

「ごめん山岸さん。ちょっと急ぎの用ができた」

「例の雑誌の事だよね。また大変そう……こっちのことは気にしなくていいから、頑張って。パソコンの本は良さそうなのを選んでおくね」

「ありがとう。助かる」

 

 お礼を言って、先に寮へ帰ることにした。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~自室~

 

「なんだこれ……」

 

 近藤さんから受け取ったデータは、予想より遥かに詳細かつ確実なものだった。

 というか……鶴亀の内部資料にしか見えないんだが。

 

『はい、近藤です』

「近藤さん、葉隠です。資料を確認しました。これって……」

『おそらく葉隠様がご想像している通り、鶴亀の内部資料です。分析も行われていますが、本部から密かにクラッキングも行われていたのです。今回の情報はロイド様が情報部の一員として、訓練も兼ねて抜き取った物だそうです』

 

 そういやあいつ、今そういう仕事してるんだっけ……

 

「大丈夫なんですか?」

『ハッカーとしての能力は元々高いものをお持ちだったようですね。クラッキングを行った痕跡まで消したそうで、今のところ出版社内で気づかれた様子はありません。万が一気付かれたとしても、元を辿れないよう偽装は万全です』

「そうですか、なら問題ありません。ここに書かれている内容でほぼ確定として、トークの方向性を考えます」

『よろしくお願いします。こちらも目高様に分析結果として、お伝えしておきます』

 

 電話を切って、パソコンの中のデータと向き合う。

 

 スクープ! 話題の高校生の隠された過去! 葉隠影虎は“居てはいけない子”だった!

 

「……酷い書き方するなぁ」

 

 さも“元同級生の発言”のように書いてあるけど……

 おそらく元々は俺がヤンキーの息子で、素行不良と言われている。

 だから一緒に遊んじゃいけないと親に言われていた。

 だから一緒にいたら親に怒られる。一緒に(・・・)居てはいけない子。

 という感じだろう。記事の内容を読めば、そういう意味だとだいたい理解できる。

 

 なのにこの見出しだと、俺の存在すら否定された気がしてくる。

 でも平然とこんな見出しが書かれていたら、気にはなるだろう。

 少なくともインパクトはありそうだ。

 手に取ってもらいやすくなる、そんな気はする。

 

 ……うん。

 

 妙に納得する反面で、暗い感情が心の奥底から湧き上がるようだ。

 

「矢口、いや鶴亀の出版社……さすがにウザいなぁ……ん?」

 

 読み進めていくと、記事とは違うファイルが含まれている。

 

「“Dear Tiger”……ロイドからの私信か?」

 

 ファイルを開いてみると、中身は八種類のハンバーガーのレシピと手紙だった。

 

「……へぇ」

 

 ロイドのペルソナである“グレムリン”は、機械と接続してデータのやり取りや操作ができる、という特殊な能力を持つ。現在ロイドは仕事の他に、その能力でできる事の幅を広げて、限界の把握に努めているらしい。

 

 そしてその中で新たに“味覚のデジタル化とシミュレーションによる再現”が可能だと判明したそうだ。

 

 細かい話はロイド本人も分かっていないようで、かなりざっくり書かれているが……ロイドの感覚器官(五感)を介して得た情報を、グレムリンを通すことで直接データ化できるらしい。

 

 さらに料理法による変化や食塩1グラムの味など、日常生活の中で収集したデータを元に、既存の料理に塩を足した場合の味をシミュレートして実際に味を感じることもできるのだとか……

 

 少々信じがたいが、食物の味を科学的に分析する“味覚センサー”については既に研究開発が進められている分野だとの事。さらに舌に微弱な電気刺激を与えることで、甘みや苦味を感じさせる技術も開発され、現在は医療分野への応用が試みられている段階。

 

 つまりペルソナの能力(謎の力)で実際にできているというだけでなく、科学的な視点から見ても“全く不可能とは言い切れない”らしく、現在はその能力を研究することで前述の技術開発に応用できないかと注目が集まっているそうだ。

 

 そのために毎日少しずつ、ロイドの夢であるバーガーショップ経営の準備も兼ねて、新作ハンバーガーの開発が日々行われている。

 

「で、このバーガーがその試作で出来上がったレシピと……うわっ、全部アンジェロ料理長の監修受けてるし……」

 

 俺が言うのもなんだけど、何て贅沢な。

 かなり本気で力を入れているレシピのようだ。

 

 最後にメッセージ……

 回復効果については考慮してないけど、とりあえずおいしい物ができたから送ると。

 鶴亀の記事については、あちらの関係者全員がおかしいと思っているし、怒りを覚える。

 今後も何かあれば送るので、とりあえずこのバーガーを作って食べて頑張ってくれ。

 追伸には感想を聞かせてもらえれば助かると書かれている……

 

「ありがたいな……」

 

 先ほどまでの黒い感情が薄れ、だんだんと落ち着いてきた。

 

「……撮影で話す内容を考えよう」

 

 真っ向から、正々堂々と叩き潰してやろう。

 アメリカチームの応援を受けて、そんな気分になった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

「書類系は昨日のうちに覚えたし……残りはDVDか」

 

 近藤さんから受け取った資料で、共演者の事を予習する。

 

 ……IDOL23の歌や踊りは、テレビに出てるな……としか思っていなかったが、各個人の情報を頭に叩き込んで見るとまた違った。歌とダンスの得手不得手、アイドルなのに可愛い振り付けが苦手だったり、色々な人がいる。

 

 そしてもう一人の男子“光明院光”。

 

 

 彼も久慈川さんと同じく、先日デビューライブを行っていたらしく、手元の映像では新人チームの先頭で踊っていた。

 

 ……彼に関してはどう対応しよう?

 

「前回の撮影で会った時の様子を考えると、あまりいい印象がないんだよな……」

 

 あの時の彼は、俺があちらのプロデューサーにスカウトを受けているところを目撃し、睨みつけてきた。競争率が高いのかもしれないけど、露骨に邪魔そうな顔をしていた。

 

 今更言っても仕方がないが、今回の課題でダンスを勉強をした事や、結果を知られると目の敵にされそうな気がする。

 

 彼との付き合い方は要注意だ。

 IDOL23のメンバーに関しては、向こうもあまり過度な接触は控えるだろう。

 会話は予習の内容を中心に、失礼のないよう心がければ大丈夫か?

 

「とにかくできることをやるしかないな」

 

 とりあえず全部の映像は記録したし、これを参考に歌とダンスを真似てみよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~長鳴神社~

 

「……先輩、さっきから何やってるんですか?」

「クゥン……」

「見て分からないか? 踊ってる」

「いや、それは分かりますけど……何で?」

 

 もちろん今度の撮影の為だ。

 

「それにロイドの味覚シミュレーションの話をしただろ? 俺も似たようなことができないかと思って試してみたら、できたんだよ。俺の場合は“動画内のダンスのコピー”だけど」

 

 必要なのはダンスの動画と、踊っている人物の身長のデータ。

 そして俺の“アナライズ”“周辺把握”“距離感”“分度器”といった独特のスキル群。

 

「そうだな……“召喚”」

 

 二人の前に、変形能力を与えた人形のシャドウを一体召喚。

 

「このシャドウは今、俺の体型をそのまま反映させてる」

 

 ここからまず身長をデータに合わせ、記憶しておいた動画の映像と比較して縮尺を割り出す。

 さらに手足の長さを整えることで、ダンサーの体に近い人形を作る。

 そして目の前で映像と同じ動きをするように、見比べながら操作して動きを記憶。

 

「最後にその記憶を反転させれば、動きと手足の角度まで推測できる。映像から、より具体的なダンスのお手本を作れる感じかな」

「すごくめんどくさい気が……」

「俺としてはそれほどでもないと思う。説明のためにシャドウ召喚したけど、実際には全部脳内で処理できるし」

「まぁ、先輩がいいならいいんですけど……」

 

 何だ? 歯切れが悪いな?

 

「……先輩。深夜の神社で忍者装束の男が、無音で黙々とアイドルのダンスを踊る姿は、はっきり言って不気味です」

「ワン!」

 

 あ……音楽も脳内再生だから聞こえないのか。

 考えてみたら確かに不気味だった……




影虎はカラオケをした!
共演者の歌を勉強した!
演劇とダンスで学んだことを応用した!
独学で歌の技術を磨いている!
店員に哂われた……
影虎は生徒会の仕事をした!
真田との試合が確定した!
影虎はパソコンの技術を学びたがっている……
鶴亀の内部情報を手に入れた!
三ツ星シェフが監修したハンバーガーのレシピを手に入れた!
スタジオ撮影の準備を整え、自主練習に励んだ!

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