前回の続きはニつ前からです。
9月27日(土)
放課後
~アクセサリーショップ・Be Blue V~
「オーナー、このリングの在庫なんですけど」
「ああ、これね。業者さんに問い合わせたけど、人気に生産が追いつかないらしくて補充にはもう少しかかりそう。そのシリーズは今のところ陳列されてる限りね。次回入荷は確か……」
「来月の3日ですよ」
「そうそう、そうだったわ。ご予約いただけたら取り置きもできるとお伝えしてちょうだいな」
「わかりました! 葉隠君もありがとう」
「どういたしまして」
岳羽さんが表へ戻っていく。
先日のことで、オーナーとも以前より打ち解けてきている気がする……
裏方として働いた!
……
…………
………………
終業後
夜
~ポロニアンモール~
バイトが終わった。
「それじゃ俺はこれで」
「あれ? 葉隠君、帰らないの?」
「男子寮ってそっちじゃないよね?」
「明日が撮影でさ、共演者の方の歌を練習したくて。1時間だけカラオケ寄って帰るよ。ほら、共演者の方にあなたのこと知りませんって言うのは失礼だし、知ってますと言いながら何一つ歌えなかったりしたら気まずくない?」
「気まずいって言うか、社交辞令モロバレだよね」
「そっか、あんまり遅くならないようにしなさいよ」
岳羽さんと島田さん。
バイト仲間の2人と別れ、階段を上る。
……
…………
………………
~カラオケ“マンドラゴラ”~
「よし、やろう」
おとといの続きだ。まずは発声練習をしてから一曲。
……
うん、前回のラストと同じぐらいの感触だ。
これを磨き上げていこう。
この曲は一番で女の子が恋心に気づき、二番で悩み、三番でそれが解決していく。
歌詞に従って、この前の演技と同じようにキャラクターを構築。
感情の波を意識する……
……
…………
………………
どうにも難しい……女心というものがわからない……
想像で補うにもなかなか……
そして何より、歌っていると違和感がある。
どんなに女の子の気持ちを考えても、俺は男なのだ。
歌っているうちに、男の声の違和感がひどくなる……
……だったら声を変えてみようか?
以前の撮影で、サポーターの渋谷さんから学んだものまねの技術を再確認。これまで影時間や地下闘技場で使い分けてきた声の出し方も見直して、女性らしい声を作れないだろうか?
……
…………
………………
少し時間はかかったが、声はなんとか完成した。
あまり無理に出す声では歌えないので、ややハスキーめだけれど女の子らしい声。
歌ってみても問題なく、多少違和感も軽減されている。
違和感についてはこれから練習量でカバーしたい。
しかし、まだクオリティーをあげられる気がする。
だけど、ほとんど満足しているような気もする。
どう表現すべきか……歌としては、素人レベルなら十分だろう。
でも文化祭のステージの時はもっと何かが……!
「……はい」
「お時間5分前ですが、延長なさいますか?」
……撮影は明日だし、もう少し納得できるまでやってきたい。
「1時間延長で、あとウーロン茶をお願いします」
「かしこまりました」
……
…………
………………
時間を延長して、何度も歌って、文化祭のステージと比較。
その結果、ようやくこれは? と思える感覚を掴めた。
それは、歌を聞かせる相手の有無。
“観客に聞かせることを考えているか否か”。
ダンスや演劇は発表が決まっていたため、特に意識することなく、人に見せる事は考えていた。
しかしこの歌は、別にどこかで発表しなくてはならないものではない。
ただ共演者との話題づくり、相手に失礼にならないようにしているだけ。
歌うとしても知っていますよ、という意味で軽く歌えばいいだろう。
さらに上のクオリティーを求めているのは、俺の気持ち。趣味。そんなものだ。
だから他人に披露する、という意識が演劇やダンスと比較して、欠けていたように思える。
……問題を理解できたのであれば、次は改善。
あのステージを思い出して、相手に聞かせることを考えて。
そうなると……人に歌詞の内容を訴えかけることにもなる。
……コールドマン氏から学んだことも役に立つだろうか?
姿勢を正し、心から堂々と、言葉に気持ちを込めて歌う……
……
…………
…………………
!!
今回は良かった。これまでで一番の出来だ。
一曲を歌い上げてそう確信した瞬間に、新たな力を手に入れた。
“演歌の素養”
「……また微妙にわけの分からないスキルが……」
効果はどうやら、アンジェリーナちゃんが持っていた“歌姫の素養”と似たスキルのようだ。
彼女のスキルは彼女の歌を聴いた相手を“魅了”するが、俺のスキルは俺の歌を聞いた相手を“動揺”させるらしい。ただし歌えばなんでもいいというわけではなく、今回のように相応の練習が必要そうだ……
「効果はいいけど、なんでまた演歌…………あ、なるほど……」
携帯でネット検索してみると、演歌は政府批判などのメッセージを込めたり、日本人の感覚、情念に基づき表現する歌のようだ。
演説の歌、だから“演歌”か。なるほどなー……
そして演説の歌で聴いた人の心を動かす、動揺させるって事かな……
「とりあえず、良い出来だったってことでよさそうだな」
満足したが、延長した時間がまだ余っている。
せっかくなので今の感覚を忘れないようにもう2、3回。
それから他の曲もちょっとは歌えるようにしておこう。
延長時間がなくなるまで、歌の練習を行った!
……
…………
………………
翌日
9月28日(日)
「ヒヒヒ……まさかまたテレビ局へ行く日がくるとは」
「あの時は一回きりのつもりでしたよね」
今日はテレビ局での収録日。
先生と近藤さん、そして運転手のチャドさんと共に車でテレビ局へと向かう道中、話題は前回の撮影になっていた。
「緊張はどうですか?」
「スタジオでの撮影は二度目ですが、カメラには慣れたと思いますよ」
事前準備はガッチリやってきたし、後はぶつかっていくだけだ。
「先生こそ大丈夫ですか? 今日は先生も少し出ると聞いていますが」
「ヒヒヒ……私は健康とカレーの話を少しするだけですから。まあ大丈夫でしょう。それにしても私のカレーについても番組中で取り上げたいだなんて、想定の斜め上から依頼がきましたねぇ」
「葉隠様の運動能力の秘密が、江戸川様のカレーに隠されているのではないかと思われているようですね」
「それなら取材すべきは影虎君のお母様の手料理だと思うのですが……文化祭で目立ちすぎましたかね」
「葉隠様の演劇やダンスがかなり注目を集めましたから、その影響も大きかったのでしょう」
ここで近藤さんが思い出したように、手持ちのカバンから書類を取り出す。
「葉隠様。お伝えし忘れていましたが今朝方、ボスを経由してエリザベータお嬢様からこのようなメッセージが届きました」
エリザベータさんから? ……おぉ……
3ページに渡って、この前の演劇の感想とダメ出しがびっちりと書かれている……
相変わらずの辛口だ。
「彼女、あれを見たんですか?」
「我々がボスに送った映像を、ボスが見せたようですね」
自分でも気づいていなかった問題点が大量に書かれている。
渾身の一回。俺の最高の出来だったが、やはり超一流から見ると、まだ荒が多いのだろう。
しかし、少なくとも下手になっているという指摘はない。
そこだけは一安心。
「今後の参考にさせていただきます」
指摘の内容をしっかり記憶して、書類は返した。
……
…………
………………
~テレビ局~
おはようございます。
テレビ局に着くと、受付の前でADの丹羽さんが待っていた。
何かあったのだろうか?
挨拶を交わすやいなや、俺たちは局内へ案内された。
丹羽さんに妙な緊張感がある。
さらに、途中から俺と先生達は別行動になった。
江戸川先生は収録中に出すカレーの準備のため、別室で準備をするらしい。
近藤さんもそちらの打ち合わせと言って、先生と一緒に別の方に案内されていく。
そして俺一人で丹羽さんについていき、
「葉隠君、ここが控え室です。」
案内された部屋には、四人の先客がいた。
「おはようございます」
「「「「おはようございまーす!」」」」
元気に挨拶を返してくれたのは、アイドルグループ“IDOL23”に所属する4人組。
会議室のような部屋の上座に、四人で向かい合って座っていたけれど、わざわざ立ち上がって。
確か左から……
“上島ひとみ”
ボブカットの高校3年生。
中学生からアイドル活動を始め、現在はチームの副リーダーを務めている。
バラエティ路線は少々苦手らしいが、歌とダンスの腕前ではグループのトップクラス。
“下村楓”
高校2年生。ゆるくウェーブのかかったロングヘアーと、メガネがトレードマーク。
一見しっかりしてそうな雰囲気だが、実は超弩級の天然キャラ。
去年デビューで経験は浅いと言われるが、そのキャラでバラエティにはひっぱりだこ。
“右手千佳”
中学2年生。小柄でツインテールの元気な妹系アイドル。
今年4月にIDOL23へ加入したばかりで、アイドルになってからまだ半年も経っていない。
若干、久慈川さんとキャラが被っている人。
苗字が珍しく、加入していきなり話題になったらしい。
“左手直美”
中学2年生。黒髪ロングのストレート、しっかり者の委員長キャラ。
右手さんと同じく今年4月に加入したばかり。
こちらも珍しい苗字かつ、右手さんと対になる。
ネット上では他のメンバーの発言もあって、“両手が揃った”と話題になった新人アイドル。
彼女達四人はIDOL23というグループ名だけでなく、それぞれの苗字の一文字をとって“チーム上下左右”と呼ばれている。元々は彼女たちがメインの番組内で通称とされていたものが、今では公式化して近々この四人で楽曲を発表するとも言われている。
そんな彼女たちがどうしてここにいるのだろうか?
俺をここに連れて来た張本人へ目を向けると。
「今日の控え室は彼女達と共用ということで」
「えっ!?」
「ええっ!?」
「へー、そうなんだ!」
「そういうわけで、葉隠君も皆さんもよろしくお願いします。それではまた後で打ち合わせに来ますので、もうしばらくお待ちください」
丹羽ADはそう言い残して、止めるまもなく部屋を出て行った。
「「……」」
残されたのは、俺と四人の女性アイドル。
いきなりの状況に困惑すること約2秒。俺は気づいた。
これ、ドッキリ?
影虎はバイトをした!
カラオケで歌の練習をした!
学んでいた別の技術を応用した!
新スキル“演歌の素養”を習得した!
影虎はエリザベータからのメッセージを受け取った!
テレビ局で、共演者と顔を合わせた!
影虎は違和感を覚えた!