んー……周辺把握に隠しカメラが引っかかってるし、間違いなさそう。
ということは知らないフリをした方がいいんだろう。
とりあえず会話を……
「“チーム上下左右”の皆さんですよね? 初めまして。葉隠影虎といいます」
「あっ、すみません。申し送れました。左手直美です」
「千佳でーす! よろしくねっ!」
「上島ひとみ。IDOL23のサブリーダーやってます。よろしくお願いします」
「下村楓ですぅ。よろしくですぅ」
「こちらこそ! ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします」
年下の二人も芸能界では先輩だ。
この番組以外で関わる機会はないだろうけど、だからと言って適当な扱いはできない。
「あの……葉隠さん」
「はい」
左手さんは躊躇しながら口を開いた。
「誤解しないでいただきたいのですが……何かおかしくないですか?」
「この状況の事ですよね? ……そうですね。正直控え室はそれぞれ別室、せめて男女では分けると思ってました。もう一人男子の参加者がいると聞いていたので」
「ですよね!」
……なるほど。
オーラと反応を見る限り、左手さんはターゲット。
先輩二人は仕掛け人だ。髪型と衣装で隠しているけど、二人ともイヤフォンをつけている。
右手さんは……完全に黄色。気にしてないのか、仕掛け人を楽しんでいるのか分からない。
イヤフォンがないからターゲットかな……オーラを見る力も万能ではないなぁ……
「さっきから変な事が続いて、私も何かおかしいと思ってたんですけど……」
「不良品なんてよくあるよぅ。ねぇ? ひとみちゃん」
「うん、そうだね」
「直美ちゃんは気にしすぎだよ~」
下村さんは一番冷静、というか自然体?
上島さんは仕掛け人役に緊張気味。
右手さんは……何も気にしてないっぽい。
「それよりほら、座って座って」
「ありがとうございます」
椅子が壊れたりはしないか……
「何か飲む? これ好きなの飲んでいいって」
「じゃあお言葉に甘えて、お茶を」
「……」
左手さんが飲み物をガン見している。
何かあるのか?
ペットボトルを手に取り、開けてみると……開かない。
「あれ、これ開きませんね」
「そうそう、これ全部そうなんだよ~」
「右手さん知ってたんですか?」
「もちろん」
「さっき全部試したからね」
上島さん……じゃあ何で勧めたんだろう?
「え? えっと……あははっ!」
明らかにごまかそうとしている……
「いや、ほら、男の子なら開くかと思って。ね?」
「さっきからずっとこんな調子なんです……普段はこんな人じゃないんですよ?」
「いつも通りじゃないのは、なんとなくわかります」
左手さんが警戒するのも無理はないな……
あ、よく見たらこれ接着剤か何かで固めてある。
開いてもあまり飲みたくない……
「あの~、葉隠さんって夏休みにニュースになった人ですよね?」
「そうですね。色々とありまして」
右手さんはこの状況を一切無視? マイペースに話しかけてきた。
でも丁度良い。あちらに聞きたいことがあるのなら、それを会話の糸口にさせてもらおう。
こうして夏休みのことを話す。
「……というわけです。今はほとんど何とも思いませんね。せいぜい休みを四日も損した! とかそのくらいで」
「そんなものなんですか?」
「撃たれた翌日に目が覚めていれば、もう少し早く騒ぎにも対応できましたしね。目が覚めた時にはたくさんの方々に心配していただいていて、だから早く目が覚めていれば無事の報告ももっと早くできたと思うので」
「はい、わかりましたぁ」
「……」
突然虚空に向かって返事をする下村さん。
まさかイヤフォンからの指示に答えた?
「楓!」
「下村先輩?」
「あ……」
これはもう言い逃れができないだろう。
「葉隠くんはぁ、私たちのこと、知ってますかぁ?」
何事もなかったかのように!? 今のは明らかにおかしいって!
「「……」」
先輩二人から、空気読んで! お願い! みたいな目で見られている……
「そ、うですね。もちろんです。IDOL23の皆さんは有名ですから」
テレビのコーナーなら、勝手に動いては迷惑かもしれない。
知らないふりを続けることにした……
「僕は体を鍛えてばかりだったので、あまりアイドルとか流行とかには詳しい方ではないんです。それでもお二人が出演されていた番組は拝見していました」
それに今回競演させていただくにあたって、少し勉強したことも素直に伝えておく。
知らないの一言で済ませるのは失礼だが、無理に知ったかぶる必要はない。
知らないことも多いですが、私はあなたに、人としてちゃんと興味を持っています。
そう伝わるよう心がけて話す。
「右手さんと左手さんも、オーディション映像と先日のライブを拝見しました。既存の楽曲だけでなく、七期生だけでの新曲とダンスまで、練習大変だったでしょう。僕の方がダンスだったので、先日ほぼ初めてしっかりダンスを勉強させていただいたんですが……」
ダンスの難しさは課題で体験したから少しはわかる。
映像を見て思ったことをいくつか話題に出して、
「見ていて楽しくなるようなライブでした」
「本当ですか! ありがとうございます。それに本当にしっかりと見ていただけて嬉しいです」
「ありがとう~」
「結構しっかり見てるぅ」
「ちゃんと見てもらえるのは嬉しいよね」
パーフェクトコミュニケーション!
……何かが違う。でも四人のオーラは前より明るくなっている。
初対面で良い印象を与えられたようだ!
しかし話が終わると、次の話題に困る……
公式プロフィールによると、左手さんは明日が誕生日だったはず。それを話題にしようか。
いや、度重なる失敗で上島さんの緊張が露骨。こっちを先に何とかすべきか?
得意のダンスの話題を出してみるとか。
丁度IDOL23のダンスにコピーできない部分があった。
フォーメーションで移動が入ると動きが隠れるんだよな……
……
…………
………………
~Side 目高~
「談笑していますが……葉隠君は気づいているのでしょうか」
「間違いないやろ。まさかフォローのための先輩二人が、あそこまでボケ倒すとは思わんかったわ……」
前回と同じく司会を務める“島幸一”。
そしてアシスタントのアナウンサー。
控え室の映像をモニタリングしながら会話する二人にはそつがない。
「……葉隠君は上手くやれていますか?」
「ええ。今のところトラブルもなく、順調に撮影が進んでいます」
彼は期待以上の仕事をしてくれる。
最初に会った時には、全くと言っていいほど期待していなかった。
ただ学校側が事前にテストまでしてくれて、その最優秀者と言うから選んだだけ。
この仕事を10年以上やってきて、毎年大勢の芸能人が現れては消える姿を見続けて。
僕はなんとなくだけれど、新人が売れるかすぐ消えるかを感じるようになっていた。
具体的にどこがどう違うとは言えないけれど。
そして葉隠君には……全く売れる予感がしなかった。他の参加者やこれまで見てきた才能ある人々から感じる、輝きのような何かが彼には無かった。容姿に華があるわけでもない、どこにでもいる真面目なだけの高校生。悪く言えば凡人であり、有象無象。だけど撮影を始めて一気に評価が変わる。
想像以上の身体能力と驚異的な成長速度。
最初は本当にただの素人だった彼が、懸命に練習して実力を伸ばしていく姿。
こう言っては本当に悪いけど、他に何も目立つ所がないからこそ純粋にそれが伝わる。
直感的に番組のメインに据えることを考え、最終的に彼はこちらの期待に応えてくれた。
結果を見ると、彼は天才と言って良い人間だと思う。
だけど、失礼とは分かっているけど、普段の彼はどうにも凡人に見える。
どこにでもいる普通の高校生らしさ。それが良い。
撮影を見ていると習得速度に驚かされるだけでなく、はるか高みにいる天才達に凡人が努力で食らいつくような……夢や希望のような物を感じた。
気づけば純粋に今後が楽しみになっている自分がいる。
「彼はよくやってくれていますよ」
「そうですか。こういうものは怪しまれたらアウトかと心配していたのですが。葉隠君はなかなか鋭いので」
「大掛かりなドッキリでばれてしまうと問題ですが、今回は新人アイドルの素の表情を引き出すことが目的ですからね。これはこれでアリだと思います。突然のお願いにも関わらず、ご協力ありがとうございました」
この企画は本来、葉隠君ではなくもう一人の男子、Bunny's事務所の光明院君に依頼していたが、どうも“仕掛人として参加”との誤解があったらしく、前日になって事務所NG。原因は新人マネージャーの認識に齟齬があった事。
本人は参加を熱望していたけれど、すでに企画内容を事務所から聞かされていた上に、今が大事な時期なので下手な印象を植え付けられると困ると、丁寧な謝罪はあっても事務所の許可はおりなかった。そこで代役として白羽の矢を立てたのが葉隠君。
「こちらこそ我々の仕事を信用していただきありがとうございます。彼も後で事情を話せば理解してくれるでしょう。……ところで元々予定していた光明院君とはどういう子なのですか? 葉隠君と面識があるようで、彼が気にしていたのですが」
「ああ……ここだけの話にしていただきたいのですが、彼は少々やる気が
彼はこの番組で求められる運動能力はもちろん、ルックス、ダンス、歌……その他アイドルとして必要な能力を新人ながら高い水準で備えている。男性アイドル事務所としては業界最大手のBunny's事務所がバックアップすることを考えると、この番組を踏み台にどんどん頭角を現していくはずだ。
ただし、そんな彼の唯一の欠点が“我の強さ”。
「やる気があるのはとても良い事なんですが、誰よりもカメラの前へと行きたがる子でして。芸能界は人気を取ってナンボ。激しい競争を強いられる世界です。デビューまでにも相当な競争があったでしょうし、うかうかしていたら後輩に追い抜かれると思っているのでしょう。実際に芸能界では下克上もありますしね」
それは間違っていないけれど、問題は他の若手に強いライバル心を持っている事。
本人は隠しているつもりだが、それなりに年季のあるスタッフにはすぐに分かった。
撮影中などスタッフがいる所では愛想がいいのに、一人にすると豹変する。
Bunny's事務所に今回の企画を断られた理由の一つでもあるだろう。
葉隠君と光明院君。
あの二人を足して2で割れば丁度いい感じになりそうなんだけれど……
「やはりそうですか」
「やはり、というとご存知でしたか?」
「葉隠君が気にしていました。なんでも……」
近藤さんからの話を聞いて僕はつい目を覆ってしまった。彼が言うには前回の撮影の合間に、彼のプロデューサーが葉隠君をスカウトした現場を光明院君が見ていたという。
「あの時か……」
「心当たりが?」
「私もその場にいました」
言われてから思い出した。
短時間だったのに、彼はしっかり把握してたのか。
それで睨まれていたとなると……
「彼が来たら、目を配っておきます」
「ありがとうございます」
「いえいえ……」
葉隠君も大変だ……大変と言えば、今回のフリートーク用の話題。
「近藤さん。鶴亀を意識した話題ですが、本当によろしいのですね? あんな意地の悪い質問を彼にぶつけて」
「構いません」
「……」
あっさりと言い放たれた。
この人、葉隠君のサポート担当だよな……
「……目高プロデューサー。あなたは葉隠君のサポート役だろう? 代わりに対処しないのか? と思っていますね?」
「! ……そうですね。否定はしません」
鶴亀は業界内でも評判が悪い。
“雑誌が売れれば”他の事はどうでもいいとでも言わんばかりの、酷い捏造記事もよくある。
記者は自分の記事で誰かが傷つく事など構わない。
それでいて会社がつぶれないので、裏側が真っ黒とも言われている。
鶴亀が原因で芸能界から消えた、将来有望だった芸能人もいる……
「高校生の相手には、いささか荷が重いのではないかと」
「確かに、そうかもしれません。ですが我々の役目は彼のサポート。彼が必要な時に全力を発揮できるよう準備を行い、その成長を手助けをする事が我々の仕事。彼を大切に守る事ではありません。
もしも彼の心が完全に折れ、ただ守られることを望むのであれば……我々は彼の元を去り、本来のボスの下へ戻るでしょう」
「それは……」
「我々のボスは彼が前へ進み続けることを望んでいます。困難の中でも前へ進み続けた、その末を見たいと。ですから彼が自ら前へ進むことをやめるのならば、結果を残せない人間への投資は打ち切られます。
もちろんそうなる前に我々は手助けは致します。過剰な仕事はこちらで調整、処理できるものは処理します。失敗した場合は我々がフォローいたしましょう。ですが、困難を乗り越えるのは彼自身でなくてはなりません」
「そうですか……」
アメリカ的な考え方と言えばいいのか……いくら優秀とはいえ高校生、子供にシビアする気がしてしまう。葉隠君は大変な所と契約したんじゃないだろうか……
「ではもし今後、葉隠君と光明院君をチームで何かに挑戦させる企画があれば、賛成していただけますか?」
「……貴方も中々、彼に難題を押し付けますね。先ほどの評価を聞く限り相性は悪いと考えますが」
「それはそれ、これはこれ。個人的感情と仕事は分けますよ。
葉隠君と光明院君はそうですね、正反対のタイプと言ってもいいでしょう。ヘタをするとどちらかが潰れかねない諸刃の剣だと思いますが、上手くはまった場合は大きいとも思います。1段階上の成長を促す機会になるかもしれません」
「その辺りは本人の希望もありますし、光明院くんの事務所と協議を重ねる必要がありそうですね。ひとまず撮影の様子を見せていただいてから検討しましょう」
画面に映る真っ直ぐな少年少女をまぶしく感じつつ、僕は大人の汚い話を始める……
影虎はドッキリを仕掛けられた!
影虎は気づいていないフリをした!
影虎は代役だった!
近藤と目高は怪しい話をしている……